ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

19-171.壁の向こう

 
 ヒロが考え込んでいる間に、ソラリスとエルテも周りの壁を調べた。リムの精霊の光があるとはいえ、流石に壁を十分に調べるだけの光量はない。そのせいなのか、彼女達も何も見つけることはできなかった。ヒロは先程リムが読んでみせた、壁に刻まれた古代文字を思い起こした。

 ――!

 ヒロがリムに顔を向ける。

「……リム、すまないが、マナの流れを観てくれないか」
「え、は、はい」

 リムは一瞬戸惑った表情を見せたが、直ぐに指示に従う。目を閉じ合掌して詠唱を始める。

「皆さんからマナが上に抜けていくのが見えます」
「リム、それ以外にはないか?」
「ん~」

 リムが眉間に皺を寄せる。

「あ、ほんのちょっとだけ横の壁にも吸い込まれてます」
「指で指してくれ」

 ヒロの指示にリムは右手を自分から見て正面やや右の壁に伸ばす。ヒロはリムが示した壁に近づき、入念に調べる。

 ――!

 ヒロは壁として積み上げられた石の高さが周りと比べて親指一本くらい、僅かにズレていることを見つけた。そのズレは規則正しく人の背丈の上まで続いている。ズレの左右を同じ様に調べる。先程のズレから、丁度二歩くらいの位置に同じズレがあった。

 ヒロがズレの内側をぐいと押してみる。ジリっと微かな音がした。もう一度、今度は全体重を乗せて押し込んでみる。石壁はズレに沿って向こう側に少しだけ凹んだ。

 ――これか。

 ヒロは反対側のズレを確認する。そちらの石壁は反対にこちら側に押し出されていた。ヒロは小さく、うんと頷いた。

「リム。ありがとう。ソラリス、エルテ。こっちに来てくれ」

 ヒロは、リムが瞑想を解いたのを見てから、ソラリスとエルテを呼んで壁について説明する。

「エルテ、準備ができたら合図をくれ。何も無い事を祈るが。リムはエルテの傍にいてくれ」
「はい」

 エルテが一歩下がって、詠唱を始める。少し時間が掛かることは分かっている。一分、二分。焦る気持ちを押さえながら、ヒロはエルテの合図を待った。 

「ヒロさん。行けます」
「よし」

 ヒロとソラリスは、先程ヒロが押し込んだ石壁の左側のズレに手を当てた。二人掛かりで押し込む。石壁はガリガリと重い音を立てて、少しずつ押し込まれていく。左側の端が押し込まれた分だけ、右側の端が押し出されていった。

 ――どんでん返し。

 ヒロとソラリスが押した石壁はどんでん返しになっていた。ヒロがこの異世界に来て、リムと出会うことになった落とし穴から脱出したとき、落とし穴の脇にあった中部屋に同じようなどんでん返しがあった。その奥にあった階段から外に出ることができたのだ。

 もしかしたら、ここも同じ作りになっていないかとヒロはダメもとで試してみたのだが、それが当たったようだ。ただ石壁が重く、一人ではなく二人掛かりで動かすしかなかったのだが。

 ヒロとソラリスは時々休みを入れながら、石壁を動かした。体感で十五分くらいだろうか、どんでん返しの石壁が周りと垂直になったところで、重労働を終える。ヒロは肩で息をして汗びっしょりだったが、ソラリスは少し息を切らした程度で平然としている。

「なんだ、ヒロ、意外と体力無いんだな。もっと鍛えないと駄目だな」
「はぁ、はぁ……ソラリス、君と、一緒にしないでくれ。はぁ……、魔法使いは体力なんて要らないのが相場なんだろ」

 ヒロのささやかな反論に、詠唱を解いたエルテがくすくすと笑った。ヒロは、エルテに魔法による援護を指示していたのだが、要らぬ心配だったようだ。リムもにこりと微笑んでいる。事態打開の糸口が見えたことで緊張が解けたのだ。

「ヒロ、でもよくここに扉があることが分かったな」
「あぁ、それは……。リム、もう一度マナの流れを観てくれ」

 リムは、はいと返事をすると、再びマナの流れを観始める。

「ヒロ様が今開けた扉の奥に向かってマナが流れ込んでいます」

 ヒロは、ありがとうといって、リムのマナを観る瞑想を解かせると、ソラリスの深紅の瞳に視線を合わせた。

このフォー迷宮は、人のマナを吸い取る仕掛けがされているようだけど、所構わず吸い取る訳じゃないと思う。さっきも所々に設置されている例の青い炎がマナを吸い取っていた。少なくとも、マナは青い炎に向かって流れていくことだけははっきりしている。もしも、ここが全くの落とし穴だったとしたら、マナは天井の穴に向かって流れていく筈だ。だけど、もし壁の向こうに別の青い炎があったら、そっちにも流れるんじゃないかと思ったのさ」
「そういうことか。リムにマナを観させたときは何を考えてるんだと思ったけど、やるね、ヒロ。流石あたいが見込んだ通りだ」

 ソラリスが、ヒロの背中をバンとはたいて、素直に褒めた。だが、当のヒロは注意を促すことを忘れなかった。

「だけど、まだ脱出路が見つかった訳じゃない。扉の先に何があるかも分からない。これからだ」

 ヒロはエルテの方を向いて、迷宮内で魔法発動に多少の時間が掛かることを確認する。ヒロは、万が一、扉を開けた瞬間に、モンスターか何かに襲われた時に備えて、エルテに防御魔法を発動する準備をさせていた。幸い何も起こらなかったが、やはり、マナに乏しい迷宮内では、エルテ程の術者でも魔法発動にそれなりの時間が掛かることが分かった。少なくとも戦闘中に、オンタイムで魔法は使えそうにない。使えるのは膨大な体内マナオドを持ち、無詠唱で魔法発動できるヒロだけだ。安易に考えてはいけない。ヒロは気持ちを引き締めた。

「そうだね。だけど、こんな落とし穴じみた仕掛けといい、隠し扉といい、お宝は近いね。これはあたいの盗賊としての勘さ」

 ソラリスは白い歯を見せてニッと笑うと、握り拳を作り、親指を立てて扉の奥を指して見せた。
 

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