ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

15-122.色無し通り

 
 ヒロとエルテと共にシャローム商会を後にして、紫の路ブレウ・ウィアを真っ直ぐ奥に向かっていた。エルテを彼女の家に送り届けるためだ。彼女がその実力を発揮すれば何の心配も要らないのだが、表向きは冒険者の代理人マネージャーだ。その正体ブラック・アンタッチャブルはまだ伏せておかなければならない。

 エルテの家は紫の路ブレウ・ウィアを通り抜けた下町通りにある。エルテによると貴族や金持ち、騎士、魔法使い、大学生、職人など、資産かそれなりの身分があるものはウオバルの五色の通りメインストリートに居を構えることができるのだが、そうでないものは、通りを外れたの住居に住むのだそうだ。勿論、色無しといっても透明であるわけではなく、ただの白壁かくすんだ鼠色なのだが。

 やがて二人はその色無しの路に足を踏み入れた。

 今通ってきた紫の路ブレウ・ウィアは、玄関先に吊されたランプが路を照らし、夜であっても、多少なりとも人通りがあった。しかしそれを抜けた途端、ぱったりと人通りが絶える。路も石畳から、剥き出しの土に変わる。無論、路を照らすランプなどあろう筈もなく、蓮の月明かりだけが頼りだ。

 辺りを見渡すが、建物は見あたらない。まだ開発がされていないのだろうか。草原が広がっているだけだ。ヒロは、いつの間にかウオバルの外に出てしまったのではないかと不安になったが、しばらく行くと再び建物が目に入った。

 建物の造り自身は五色通りと同じ長屋形式で、いくつも同じ建物が立ち並んでいた。一目で相当古いものだと分かる。壁の色は、元々白色だったのだろうが、くすんで灰色掛かっていた。窓もあるにはあるが、それほど大きくはない。明かりを灯さなければ昼間でも室内は薄暗いだろう。戸板のような窓の庇は、窓枠の下から伸びるつっかい棒で支えられている。その奥には壁に掛けられた燭台の炎が揺れ、住人の声が僅かに漏れる。

「この街は、みんな色のついた家に住んでいると思っていたよ」

 色無しの路をしばらく歩いたヒロはエルテに声を掛けた。

「いいえ。それは身分のある方だけ。ウオバルの五色通りのどれかに家を持つことは成功者の証。シャロームもその一人ですわ」

 エルテは平然と答える。だが、彼女エルテは元々貴族の生まれなのだ。何もしなくても五色の路に家を構えることが出来る筈だったのに、今は一介の代理人マネージャーとして生きている。彼女エルテの実力があれば、冒険者になるだけで、その成功者の仲間になれるだろうに。ヒロは彼女が背負った運命の重さに、哀しみに似た感情を抱いた。

「エルテ、一ついいかな?」
「はい。何でしょう?」

 ヒロは気に掛かっていたことをエルテに尋ねる。

「先程君は馬車の中で自分の生い立ちを話してくれた。それが大っぴらに出来ない事だということも。だが、そんな大事な事を赤の他人である俺に話してしまってもいいのか? 俺が君の存在を密告してしまうとは考えないのかい?」

 ヒロの問いにエルテは微笑みで返した。

「貴方はそんな事はしませんわ。私は代理人マネージャーとして数多くの冒険者と接して来ました。けれど、殆どの冒険者は、私のような新米代理人マネージャーなど歯牙にも掛けませんでしたわ。水晶玉でマナを測らせてくださいとお願いしても、侮蔑の眼差しを向けるだけ。何度もお願いして、ようやく水晶玉に触れて下さる方もいらっしゃいましたけれど、本気にする人は誰も居ませんでしたわ」

 エルテは曇りのない藍の瞳をヒロに向けた。

「でも貴方は違った。私を軽んずることもなく、普通に接して下さいました。マナの測定にも気軽に応じて下さいました。そして先程、いきなり襲いかかるという無礼を働いた後にも関わらず、私の話を最後まで聞いて下さいました……」

 エルテの顔には、やっと探し求めていた人に巡り会えたという安堵感が浮かんでいた。

「ヒロさん、貴方は冷静な判断が出来る方です。そのような方が私を売った後どうなるかまで考えていない筈がありませんわ」

 エルテが指摘する通りだった。エルテの父ウラクトを罠に填めたという者達はまだ生きているらしい。今のフォス王が国を固めるのに腐心しているというのが本当であれば、まだその勢力を保っていると見るべきだろう。仮にエルテを売って、幾許かの金を得る事が出来たとしても、その行動によって、そういう人物だという評価がついて回ることは避けられない。

 一旦そうしたレッテルが貼られてしまうと、その後の行動に制約が掛かる事は十分あり得る。勿論、エルテの言うことの方が実は嘘で、自分を利用しようとしている可能性もない訳ではない。だが、それならば、ちやほやとおだてるなり、莫大な報酬を用意するなりして釣ってやる方がずっと簡単だ。ましてや、戦闘力を測る為に襲いかかるような事は愚の骨頂以外の何物でもない。相手を怒らせて依頼を撥ね付けられてしまったら元も子もないからだ。

「それに……」

 エルテは悪戯っぽく笑う。

「そもそも貴方が信用できない人でしたら、シャロームが付き合おうとは思いませんわ」

 エルテの答えにヒロは肩を竦めた。彼女エルテの観察力と洞察力は中々のものだ。それにフォーの迷宮を探索するにしても、ただ闇雲に行くのではなく、事前に地図を手に入れておく事といい、同行できる力を持った冒険者を探す事といい、しっかりと計画を立てている。黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルの姿を借りて、俺を襲ったのも、本当にフォーの迷宮に行くだけの力があるのか試すためだといった。そこまで慎重に事を進めることの出来る彼女エルテならば、レーベの秘宝を捜し当てる可能性は、決して低くないのかもしれないとヒロは思った。

 ヒロとエルテの二人はそのまましばらく歩き、一軒の二階建ての建物の前に着いた。

「ここですわ」

 建物は色無し通りの他の建物と同じで特に変わったところは見あたらない。エルテはここのニ階部分を間借りしているという。

「お手数を掛けさせてしまって申し訳ありません」 
「いや、なんてことはないよ」

 ヒロが手を振って応えると、エルテが礼をいって頭を下げる。

「ヒロさん。今日は有り難う御座いました。では、明後日、シャローム商会で。よい御返事をお待ちしていますわ」
「そうだね。明後日」

 ヒロはエルテが家に入るのを見届けると、帰路についた。

 そんなヒロの後ろ姿を物陰から監視する一つの影があった。小柄な男だ。顔の左半分には焼けただれた痕があり、鼻は醜く潰れている。頬と顎には大きな瘤がある。背を丸め鼠色のフードを目深に被っているが、その目は爛々と異様に光っていた。

「キヒヒヒヒヒャハハハ」

 その男は、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルの監視をラスターから命じられたバレルだった。バレルは薄気味悪い嗤い声を小さくあげると振り返り、暗闇に向かって小さく合図した。
 

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