ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

15-121.家までエスコートしてやっていただけませんか

 
 ヒロがシャロームからの報酬を受け取るのを確認したエルテは、シャロームに軽く視線を投げかけ、席を立つ。

「支度をしてきます」

 エルテの言葉を訝るヒロにシャロームが笑みをこぼす。

「ヒロ、一つお願いがあるのですが」
「何だい?」
「エルテを家までエスコートしてやっていただけませんか? 一応、女性なのでね」
「妙な事を言うんだな。エルテの実力なら大抵の暴漢など一捻りできるだろう」

 ヒロは不思議そうな表情を見せた。エルテは黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルなのだ。そこいらの冒険者では相手にもならないだろう。

「エルテは、此処でおもてむきは冒険者ではなく、ただの代理人ですよ」
「ん? ウオバルでは代理人の顔で通さなくてはいけないという事か。でも、この街はそんなに物騒には見えないがな」

 ヒロは驚いた顔で尋ねた。元の世界での日本並みとはいわないまでも、ウオバルここは、それなりに治安がいいと思っていたからだ。

「五色通りは酒に酔った冒険者が絡んでくるくらいで左程心配要りませんが、下町はちょっと……。もちろん外でモンスターを相手にする程ではありませんがね」
「此処で朝まで待つのは駄目なのか?」
「朝は人目が多くて目立ちます。今はまだ私がエルテと繋がりを持っていることは極力伏せておきたいのです。顔を隠そうにも、シャローム商会から黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルが出てきたら、どんな噂が立つかお分かりでしょう?」

 シャロームは肩を竦めて見せた。が、シャロームの言うことには一理ある。黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルは冒険者ギルドでも、謎の存在扱いされている。それがシャローム商会と関係があると知られたら、要らぬ詮索をされてしまう事は容易に想像できる。だが、代理人マネージャーのエルテが出たところで、やはり同じ事なのではないのか。ヒロは素直な疑問を口にした。

「なるほど。でも黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルは兎も角として、君達二人が幼馴染であることは、とっくに知られているんじゃないのか?」
「ハハハ。勿論、知っている人は知っていますよ。しかし、子供の頃はそれでいいかもしれませんが、それなりの年になると、やはり色々と勘ぐられてしまうのですよ。余計なリスクは避けておきたいのです」

シャロームが両手を横に広げて、お手上げのポーズを取る。

「そうでなくても、商人の私では護衛役は勤まらないのでね。ヒロ、冒険者である貴方にお願いしたい」
「……そういうことなら、引き受けよう」

 ヒロがシャロームに承諾の意志を示した時、エルテが戻ってきた。

「お待たせしました」

 ――!?

 エルテは、紫のローブに着替えていた。フードを外し、濃い紺色の髪はポニーテールに纏めている。額の白いサークレットはそのままだが、淡い色合いだった口紅は濃い赤になっていた。先程までの柑橘の香りが薔薇の香りに変わっている。

「今の私は、黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルではなく、冒険者の代理人マネージャー。アラニスのエルテですわ」

 驚いた表情を見せるヒロにエルテはにこりとする。服装と髪、口紅を変えるだけで、こうも印象が違うのか。なるほど、仮面で顔を隠していたとはいえ、今まで黒衣の不可触ブラック・アンタッチャブルの正体が謎だった訳だ。

「変装とはいかなくても、結構変わるものでしょう? 冒険者が代理人マネージャーをエスコートする。ここではごく当たり前の光景ですよ」

 シャロームが補足する。確かにこれならエルテはヒロと契約を結んだ代理人マネージャーに見えるだろう。ヒロはシャロームとエルテの配慮を評価した。

「すべて計算してるんだな。それでエルテの家は遠いのか?」

 ヒロはエルテに尋ねた。まさか今からアラニスの村に行くことはないだろう。エルテはにこりとして答えた。

「いいえ。外れではありますけれど、ウオバルの中ですわ。それほど時間は掛かりません。お手数をお掛けしますけれど」
「いや、大丈夫だ」
「では、お願いします」

 ヒロとエルテは、シャロームと明後日の再会を約束し、立ち上がった。
 

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