ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
15-119.ヒロさんのお力をお借りしたいのです
一段とその濃さを増した夜の闇が、ウオバルの街に覆いかぶさる。
シャローム商会二階の応接室で、ヒロとエルテ、そしてシャロームの三人は、依然と交渉を続けていた。
エルテの申し出を断ったヒロに対して、エルテは焦った表情で口を開く。だが、彼女の唇から音声が発されるのをシャロームが制した。エルテの幼馴染の青年商人はゆっくりとした口調でヒロに問いかけた。
「よろしければ理由をお聞かせ願えませんか? ヒロ。そういう答えもあり得ることは当然想定していました。でも、それで引き下がるようなら、商人失格です。カードを見せもしない内にゲームを終わらせる訳にはいきません。交渉の余地があるかないか。それだけでも教えていただきたい」
シャロームが食い下がる。彼は口元に笑みを湛えたままだ。その瞳には、全然諦めてはいませんよという強い意志の光があった。やはりこの男は商人なのだとヒロは思った。
「最初に聞いた質問がその答えだよ、シャローム。話が漠然とし過ぎていて確証に乏しい。フォーの迷宮とやらにレーベの秘宝があるのかも分からない。たとえ地図があっても、迷宮が完全に攻略されていないということは、それなりの理由があるはずだ。それに……」
ヒロは一息ついた。
「同行の冒険者をつれていくとしても、魔法使いでないといけない理由が分からない。剣士の方が余程いいんじゃないのか。たとえマナが集められなくても、それで剣が振るえなくなる理由にはならないと思うが」
「フォーの迷宮には、何種類かのモンスターが住み着いています。それらの殆どは低位モンスターなんですが、数が多く、剣士だけでは捌ききれない事があるのですよ。それに、古い迷宮ですから壁や床が脆くなっている上に、ある種の魔法が掛かっていて、人種が大人数で踏み込むと、迷宮の通路が崩れ落ちるんだそうです。モンスターはその数には入らないようでしてね。格好の住処と言うわけですよ。そして先程もエルテが言ったように、フォーの迷宮にはマナを吸い取る魔法が施されている。一日二日ではどうということもありませんけれども、何日も迷宮内をうろつくことは出来ません。それが長年、フォーの迷宮が攻略されない理由だとされています」
「魔法使いならいいのか?」
シャロームの説明は淀みない。冒険者でもないのにやけに詳しい。商売柄情報に敏感なのか、それともエルテから情報を得ているのか。おそらくその両方だろう。ヒロの次の質問にはエルテが答えた。
「一度に多くの敵を攻撃できるのが魔法の強みですわ。もちろん術者の技もありますけれど。先程の戦いでヒロさんの炎魔法を見せていただきました。魔法の発動時間の短さ、威力、数、そして青い珠発動中でもあれほどの魔法が撃てるのですから、フォーの迷宮でも十分に使えると思いますわ。私も防御魔法は使いますが、攻撃魔法は不得手です。それに風魔法は地下迷宮や洞窟のような風の流れに乏しいところでは威力が出せませんの。ですから、是非ともヒロさんのお力をお借りしたいのです」
先程の戦いであれほどの切れ味と威力を見せたエルテの風魔法。それが不得手だなんて。少しくらい威力が落ちたところで十分通じるのではないか。ヒロのその思いが、つい口をついて出た。
「エルテ、大木を一瞬で木片に変えた君の魔法を見た後だと、不得手だとか威力がなくなるとか言われても信じられないな……」
そう言いながらヒロは別の事を考えていた。攻略難易度が高い迷宮にお宝を隠すというのはよくある話だ。エルテがラクシス家の再興の為に手に入れたいというレーベの秘宝。一体どういうお宝なのだろう。フォーの迷宮には同行できないと言ったのとは裏腹に、ヒロはレーベの秘宝に興味を覚えていた。
「エルテ、さっき君はレーベの秘宝には人知を越えた力が宿っていると言っていたな。その力とは一体何か分かっているのかい?」
「私も色々調べましたけれど、はっきりした事は分かりませんわ。でも、伝承では色々伝えられていますわ。秘宝に宿った精霊獣が秘宝の保持者を守護するとか、大地を切り裂き、天空を渡る力があるとも伝えられていますわ」
「天空を渡る?」
「えぇ、西の国ワーレニアの書物に記されていた伝承ですわ。なんでも天空にはこの世界そっくりな別の世界がいくつも浮かんでいて、そこに自由に行き来できる力だとか……」
――平行世界。
ヒロは咄嗟にそう思った。平行世界の概念がこの世界にもあるのか。尤も、ヒロとて、この異世界に来るまで、パラレルワールドが実在するとは思っていなかった。それだけに平行世界を伝承とし、レーベの秘宝がそこに行き来できる力を持っているという話は、ヒロにとって注目に値した。もし本当にそんな力があるのなら、それを手に入れることで元の世界に帰れるかもしれない。ヒロは自分の気持ちがぐらりと揺れるのを感じた。
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