ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

14-115.貴方にこれを授けておきます

 
 「貴方の言いたい事は分かっていますよ、エルテ。本物のレーベの秘宝を探しているのは王家も同じです。歴代のフォス王はみな秘密裏にレーベの秘宝を探させてきました。その役目を代々担ってきたのがラクシス家なのです。くだんの石板には、レーベの秘宝の在処が記されているとされ、ラクシス家の家宝として、先祖代々受け継がれてきました。先王フォス二世は、歴代のフォス王と同じく、貴方の父ウラクトに、レーベの秘宝を探索するよう命じました。ウラクトも長年を費やして石板の解読に当たりましたが、残念ながら解読することはできませんでした。無論、何代にも渡って解読されていない石板です。そう簡単に解ける筈もありません」

 レーベの秘宝は、王たる正統性を担保するアイテムだ。王家が持っている『黄金水晶』が贋物だと知っている王家が本物を探索するのは当然といえた。だが、その重責をラクシス家が担っていたとは。

「あるとき、フォーの迷宮探索を行った冒険者が不思議な石板を発見しました。そこには奇妙な文様が描かれていました。誰にも読めない文字のようなものです。当時の学者達は色めき立ち、こぞって石板の解読に当たりましたが、誰にも解けませんでした。多くの者が子供の落書きか何かだろうと匙を投げる中、貴方の父君ウラクトは、その文様がラクシス家に伝わる石板の文様と同じであると気づき、石板を買い取って解読に当たったのです。けれども、それが仇となってしまいました」

 グラスは沈痛の表情を浮かべた。

「ラクシス家が、フォーの迷宮で発見された石板と同じ文様が刻まれた石板を持っていると知ったあの男が、本物の『黄金水晶』を父君ウラクトが隠し持っていると称して、奸計に嵌めたのです。そこからは先程お話した通りです」
「……大司教様。父を死に追いやった者達は今何を」

 エルテの精一杯の問いに、グラスは静かに首を振った。

「今も王宮内で絶大な力を誇っています。彼らの力を侮ってはなりません。彼らは、父君ウラクトがレーベの秘宝を隠し持っていた証拠として、別の『黄金水晶』なるものを先代フォス王に献上したのです。勿論、ウラクトは紛い物だと主張しました。しかし、残念ながら王に聞き入れられることはありませんでした。そして、あの者達は、残り二つのレーベの秘宝を探索したいと王に申し出、その役目をラクシス家から奪い取ったのです。やがて、ウラクト家に伝わる石板を手に入れたあの者達は、石板を頼りに本物のレーベの秘宝を探索し始めました。一時期は、フォーの迷宮を随分と探索したようですが、何も見つける事は出来なかったと聞いています……」

 グラスはエルテの顔を覗き込んだ。彼女エルテの決意を再び確かめるかのような強い口調だった。

「そこで、彼らは、ラクシス家の血を引く者に石板解読の鍵を隠したのではないかと考え、ラクシス家の生き残りを探し出しては次々と捕えては尋問していきました。けれども、エルテ、貴方は赤子のうちにアラニスのクライファートに預けられた御蔭で難を逃れた。彼らはその事を知らない。それだけが救いでした」

 エルテはぎゅっと唇を結んで、グラスの言葉を噛みしめた。現実は非情だ。父を謀殺した者達がラクシス家の血を引く者としての自分を追っている。その中で石板の謎を解かなければならないのだ。エルテはその途方もない困難さに目眩を覚えた。

 だが、当時赤子であった自分は、石板の謎など知るはずもない。育ての親だったクライファートも何も教えてくれなかった。そんな自分を捕らえたところで意味がないのではないか。エルテはグラスに問うた。

大司教グラス様。ですが、私は石板については何も教えられておりません。何一つ知らないのです。そんな私を捕らえたとて、一体何ができましょう」
「手を……」

 グラスは小さく呪文を唱えると、言われるがまま差し出したエルテの右手の甲をそっと人差し指でなぞった。すると、彼女の白い手にうっすらと赤くハートの形が浮かび上がった。

 ――!?

「これが、貴方がラクシス家を継ぐ者である証です。ラクシス家は代々子供が生まれると、跡継ぎに魔法印を手に刻印すると貴方の父ウラクトから聞いています。貴方の魔法印は貴方の母マリーが直接施したものです。普段は見えませんが、ある呪文を唱えることでこれが浮かび上がります」

 グラスは、マリーから伝えられた魔法印を浮かび上がらせる呪文をエルテに教えた。

「あの者達は、ラクシス家と少しでも関係のある者は片端から捕らえ、一人残らず投獄しました。欠片ほどの証拠でさえも残したくなかったのでしょう。ラクシス家の縁者が一人も居なくなれば、自分達以外にレーベの秘宝を発見されてしまう恐れは無くなりますから。今や、ラクシス家に所縁ゆかりのある者は一人も生き残ってはいません。貴方以外には……」

 グラスは軽く拳を握って、羊皮紙の上からテーブルを叩いた。トン、と乾いた音が鳴った。

「私はウラクトから、この石板の写しを預かりました。もし、貴方がラクシスの名を継ぐと決めたならば、石板の謎を貴方に託すようにと……。貴方が石板の謎を解き、真の『黄金水晶』を手に入れることができたならば、父君ウラクトの名誉を回復する道も拓けましょう。無論、簡単な道ではありません。ウラクトを含め長年誰にも解けなかった石板です。そう易々と解読はできますまい。もしかしたら何年、何十年も掛けて大陸中を冒険の旅に出ることになるかもしれません」
「はい」
「そこで貴方にこれを授けておきます」

 グラスはアクアマリンの水晶玉を手にした。

「これは?」
「魔法を使うものにとって洞窟や迷宮がどんな意味を持っているか知っていますね」
「はい」

 グラスの言葉は、マナを集めにくい迷宮では魔法発動が困難になることを意味していた。エルテは瞬時にそうと分かった。

「この水晶は、司教になったものに下賜される特別なものですが、体内マナオドを測る力があります。治癒魔法を掛ける際、相手の体内マナオドの消耗、あるいは回復具合を測るために使われるものです。ですが残念な事に、その感度には、相当なばらつきがあります。ほんの少しの体内マナオドでも反応するものもあれば、大魔導士や英雄クラスの体内マナオドでなければ光らないものもあります。この水晶は後者です。それも跳びきりの。膨大な体内マナオドがない限り光らせることは出来ません。高位の魔法使いや神官であっても無理だとされています。私であっても、です」

 そういってグラスは水晶玉に手を乗せてみせた。だが、水晶玉は何の反応も示さない。

「大司教様でも……」

 エルテの驚きをグラスは頷いて肯定した。

「それゆえ、この水晶玉は司教に下賜することもできず、このまま死蔵される運命でした。けれども、ラクシスの名を継ぐと決めた貴方にこそ、これが必要となるでしょう。これを光らせることのできる人を見つけなさい。その人物こそ、貴方がレーベの秘宝を手にする助けとなるでしょう」

 エルテは青緑の水晶玉を手にとると、そこに映った自分の顔を見つめた。ラクシスの名を背負って生きると決意した顔がそこにあった。

「もしも、運命の人を見つけることが出来たなら、その人を説き伏せ、ともに石板の謎を解き明かすのです。それがラクシス家再興の切っ掛けとなる筈です」

 グラスは静かにエルテに告げた。

「ウオバルに行きなさい。王都ここは目立ち過ぎる。ウオバルには大陸中の冒険者が集まっています。運命の人を探すには最適です。それに、あの街にはフォス王の弟君であるウォーデン卿がいらっしゃいます。現フォス王もウォーデン卿も貴方の父を奸計に陥れた者達を快くは思っていません。ウォーデン卿には、貴方に便宜を図っていただくよう、私から内密に話を通しておきましょう」
「ありがとうございます。大司教様」

 エルテは深々と頭を下げた。

「お行きなさい。エルテ。真実に従う魂にのみリーファの加護は与えられるのです。貴方にリーファの御加護のあらんことを」

 大司教グラスの言葉を背に、エルテは自分で選んだ人生の第一歩を踏み出した。

 ――彼女エルテが探し求める冒険者と出会う二年前の出来事。
 

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