ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
14-112.しばしのお別れね
エルテがヒロに出会う二年前。
――アラニスの村。
王国第二の都市ウオバルから一日半の距離にある小さな村だ。その外れにある小さな丘が村を見守っている。丘には蒲鉾型に削り出された石の板がいくつか安置されている。それら石の表面には何やら文字らしき物が掘られている。墓地だ。
その一つの石の前に若い男女が一組。男は紫のベレー帽を目深に被り、仕立てのよい青のシャツに白いズボンを履いている。皮の黒ブーツにも手入れが行き届いており、隙のない身なりだ。歳は二十代半ばといったところか。
もう一人の女も歳は男より少し若く二十歳くらい。薄い鼠色のローブを着ているが、フードを下ろして、艶めいた濃い紺のロングヘアを露わにしている。村娘には似つかわしくない程にその肌は白く透き通っていた。
「やはり行くのですか? エルテ」
ベレー帽の青年が訪ねる。
「えぇ。養父様の遺言ですもの」
彼女がブルーの瞳を青年に向ける。
「神官は大変な仕事です。大陸各地に派遣されますし、冒険者のパーティに入れば命の危険もあります。いくら貴方が神官の英才教育を受けてきたといっても、安全の保証はありません。それなら一緒に……」
青年の名はシャローム・マーロウ。父の跡を継いでウオバルで商会を開いていた。シャロームはエルテに何かを言おうとした。あるいは、プロポーズのつもりであったのかもしれない。だが、そのシャロームの言葉をエルテは遮った。
「困難から逃げる者の魂は永遠の眠りにつく、真実に従う魂にのみリーファの加護は与えられる……。大司教様のお言葉よ、シャル」
「そう……。そうですね。選択肢が現れたら困難な方を選ぶ。貴方はいつもそうだった」
「あら、商売だって大変な仕事よ、シャル。貴方もマーロウ商会からシャローム商会に名前を変えたのでしょう?」
「えぇ。これまでの屋号を使えば楽なのは分かっています。父の代からの付き合いがありますからね。でも、それに頼って商売をするのは嫌なのですよ」
「ほら、貴方だって困難な方を選ぶじゃない」
エルテはくすくすと笑った。
エルテは赤子の時、この小さな村の村長の元に預けられ、ここで育った。だが父親代わりを務めた村長にして元神官であったクライファートは、エルテが二十歳の誕生日を迎える一月前、病に倒れた。
――大司教から真実を聞きなさい。
彼は死の間際、自分は本当の父親ではないとエルテに告げ、二十歳になったら、王都に行って大司教グラスと会うようにと言い残してこの世を去った。
大司教グラスはリーファ神殿の最高神官だ。若き頃から俊英と呼ばれた彼は、大司教の座についてもう十年を数える。彼は毎年数ヶ月を掛けて王国各地を巡錫するが、ウオバルへ赴く際には必ずアラニス村に立ち寄った。
大司教グラスは、古き友人であるクライファートの家に宿を借り、昔話に花を咲かせ、エルテに神官魔法を教えた。エルテは大司教グラスを伯父様と呼んで慕っていた。その彼に二十歳になったら会えというのは、成人になった報告の為だけではあるまい。
それはエルテも十分に分かっていた。亡き養父は、大司教から、真実を聞きなさいと言った。もしかしたら、顔も知らぬ本当の父母の事を教えてくれるかもしれない。エルテの心には不安と希望が交互に顔を見せていたが、今は希望が目を覚ましていた。
エルテの笑顔にシャロームも苦笑いした。エルテとシャロームは幼馴染みの間柄だ。シャロームも数年前、父母を亡くし、父が営んでいた商会を継いでいる。両親がいないという意味では二人は同じ境遇にあった。
「直ぐに戻ってくるのですか?」
「どうかしら」
エルテは首を振った。
「私は養父様から神官になるための教育を受けたわ。けれど、正式な教育ではないし、神官試験も受けていないの。だから、直ぐに神官にはなれないと思うわ」
「では……」
「私は大司教様にお会いして、正式な神官となるためのお願いをしようと思ってるの。だから、何時になるかは分からないわ」
「……貴方ならきっと神官になれますよ。大司教グラスの秘蔵っ子なのですから」
シャロームは努めて明るい表情で言った。
神官になる為には長年に渡る厳しい教育を受け、神官試験をパスする必要がある。その上で、司教の推薦と三人以上の司教の了承を得なければならない。そうして初めてリーファ神殿の神官として任じられるのだ。その難しさは王国全土に響き渡っていた。
大司教自ら、毎年こんな寒村にやってきて、エルテに神官魔法の手解きをした。いくら大司教とエルテの養父クライファートが親友だったとはいえ、普通ではあり得ない事だ。しかし大司教は、エルテに魔法の才能があれば、神官教育を施してくれるようエルテの母から託されていた。
大司教はその約束を忠実に守ったのだ。エルテに抜群の魔法の才を見出した大司教は、持てる限りの魔法を教えた。元神官の養父クライファートと、大司教から、直々の薫陶をエルテは、メキメキと魔法の力をつけていった。
「エルテ。では、貴方が戻ってくるまでに、私はシャローム商会をウオバル一の商会にしておきましょう。その時には、貴方に祝辞を上げていただきたい。約束してくれますか?」
「良くてよ、シャル。その時を楽しみにしているわ」
エルテは踵を返して、村を見渡すと、両手を組んで何やら祈りを捧げた。そしてシャロームに振り向いて、そっと微笑んだ。
「しばしのお別れね。シャル」
「気をつけて。エルテ」
再会の約束を誓ったエルテは、大きな希望と不安を胸に、王都へと旅立った。
――アラニスの村。
王国第二の都市ウオバルから一日半の距離にある小さな村だ。その外れにある小さな丘が村を見守っている。丘には蒲鉾型に削り出された石の板がいくつか安置されている。それら石の表面には何やら文字らしき物が掘られている。墓地だ。
その一つの石の前に若い男女が一組。男は紫のベレー帽を目深に被り、仕立てのよい青のシャツに白いズボンを履いている。皮の黒ブーツにも手入れが行き届いており、隙のない身なりだ。歳は二十代半ばといったところか。
もう一人の女も歳は男より少し若く二十歳くらい。薄い鼠色のローブを着ているが、フードを下ろして、艶めいた濃い紺のロングヘアを露わにしている。村娘には似つかわしくない程にその肌は白く透き通っていた。
「やはり行くのですか? エルテ」
ベレー帽の青年が訪ねる。
「えぇ。養父様の遺言ですもの」
彼女がブルーの瞳を青年に向ける。
「神官は大変な仕事です。大陸各地に派遣されますし、冒険者のパーティに入れば命の危険もあります。いくら貴方が神官の英才教育を受けてきたといっても、安全の保証はありません。それなら一緒に……」
青年の名はシャローム・マーロウ。父の跡を継いでウオバルで商会を開いていた。シャロームはエルテに何かを言おうとした。あるいは、プロポーズのつもりであったのかもしれない。だが、そのシャロームの言葉をエルテは遮った。
「困難から逃げる者の魂は永遠の眠りにつく、真実に従う魂にのみリーファの加護は与えられる……。大司教様のお言葉よ、シャル」
「そう……。そうですね。選択肢が現れたら困難な方を選ぶ。貴方はいつもそうだった」
「あら、商売だって大変な仕事よ、シャル。貴方もマーロウ商会からシャローム商会に名前を変えたのでしょう?」
「えぇ。これまでの屋号を使えば楽なのは分かっています。父の代からの付き合いがありますからね。でも、それに頼って商売をするのは嫌なのですよ」
「ほら、貴方だって困難な方を選ぶじゃない」
エルテはくすくすと笑った。
エルテは赤子の時、この小さな村の村長の元に預けられ、ここで育った。だが父親代わりを務めた村長にして元神官であったクライファートは、エルテが二十歳の誕生日を迎える一月前、病に倒れた。
――大司教から真実を聞きなさい。
彼は死の間際、自分は本当の父親ではないとエルテに告げ、二十歳になったら、王都に行って大司教グラスと会うようにと言い残してこの世を去った。
大司教グラスはリーファ神殿の最高神官だ。若き頃から俊英と呼ばれた彼は、大司教の座についてもう十年を数える。彼は毎年数ヶ月を掛けて王国各地を巡錫するが、ウオバルへ赴く際には必ずアラニス村に立ち寄った。
大司教グラスは、古き友人であるクライファートの家に宿を借り、昔話に花を咲かせ、エルテに神官魔法を教えた。エルテは大司教グラスを伯父様と呼んで慕っていた。その彼に二十歳になったら会えというのは、成人になった報告の為だけではあるまい。
それはエルテも十分に分かっていた。亡き養父は、大司教から、真実を聞きなさいと言った。もしかしたら、顔も知らぬ本当の父母の事を教えてくれるかもしれない。エルテの心には不安と希望が交互に顔を見せていたが、今は希望が目を覚ましていた。
エルテの笑顔にシャロームも苦笑いした。エルテとシャロームは幼馴染みの間柄だ。シャロームも数年前、父母を亡くし、父が営んでいた商会を継いでいる。両親がいないという意味では二人は同じ境遇にあった。
「直ぐに戻ってくるのですか?」
「どうかしら」
エルテは首を振った。
「私は養父様から神官になるための教育を受けたわ。けれど、正式な教育ではないし、神官試験も受けていないの。だから、直ぐに神官にはなれないと思うわ」
「では……」
「私は大司教様にお会いして、正式な神官となるためのお願いをしようと思ってるの。だから、何時になるかは分からないわ」
「……貴方ならきっと神官になれますよ。大司教グラスの秘蔵っ子なのですから」
シャロームは努めて明るい表情で言った。
神官になる為には長年に渡る厳しい教育を受け、神官試験をパスする必要がある。その上で、司教の推薦と三人以上の司教の了承を得なければならない。そうして初めてリーファ神殿の神官として任じられるのだ。その難しさは王国全土に響き渡っていた。
大司教自ら、毎年こんな寒村にやってきて、エルテに神官魔法の手解きをした。いくら大司教とエルテの養父クライファートが親友だったとはいえ、普通ではあり得ない事だ。しかし大司教は、エルテに魔法の才能があれば、神官教育を施してくれるようエルテの母から託されていた。
大司教はその約束を忠実に守ったのだ。エルテに抜群の魔法の才を見出した大司教は、持てる限りの魔法を教えた。元神官の養父クライファートと、大司教から、直々の薫陶をエルテは、メキメキと魔法の力をつけていった。
「エルテ。では、貴方が戻ってくるまでに、私はシャローム商会をウオバル一の商会にしておきましょう。その時には、貴方に祝辞を上げていただきたい。約束してくれますか?」
「良くてよ、シャル。その時を楽しみにしているわ」
エルテは踵を返して、村を見渡すと、両手を組んで何やら祈りを捧げた。そしてシャロームに振り向いて、そっと微笑んだ。
「しばしのお別れね。シャル」
「気をつけて。エルテ」
再会の約束を誓ったエルテは、大きな希望と不安を胸に、王都へと旅立った。
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