ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

12-091.魔法の元は全てマナじゃ

 
「うん。まず何をすればいい?」

 ヒロの問いにモルディアスは口元を綻ばせた。

「ヒロ、お主、今まで魔法を習ったことはあるかの」
「いや、全く。前も言ったが、俺の国では魔法なんてなかったんだ」
「この間、ここで魔物を斃したとき、お主はどうやって魔法を使ったのかの?」
「ん? それはモルディアスあんたがイメージしろっていったから」
「そうじゃの。魔法使いになるための修行は、マナの流れを捉えることから始まる。風を感じるように大気に満ちるマナの濃淡、流れを掴むのが最初じゃ。両手を合わせて前に出してみよ」

 ヒロは言われた通りにする。

「そのまま、手の平同士を向かい合わせて離すのじゃ」

 ヒロは、手の平を見つめたまま離す。前に倣えの要領で、両手を肩幅くらいに離したところで止めた。

「うむ。手の間に流れるマナが分かるかの」

 モルディアスの問いに、ヒロはよく分からないとばかり首を振る。

「もう一度、手の平を合わせたところからやってみるがよい。今度はゆっくりとじゃ」

 ヒロは再び試みた。ゆっくりとゆっくりと離していく。手の平が暖かくなり、微かにピリピリとした。何も見えないが、納豆が糸を引くように、手の平同士が無数の糸で繋がってどこまでも伸びるような感覚だ。

「?」
「分かったようじゃな。修練を積むと自分だけでなく、他人のマナや大気のマナも感じられるようになる。マナの濃淡が見えると、魔法発動に適する場所も分かるようになるの。体全体でマナを感じられるようになれば、マナを集めることも容易くなる。今のお主の両手には、膨大なマナが流れておる」

 膨大なマナと言われても、ピンとこない。ヒロはまだ半信半疑の表情だ。

「そのまま炎粒フレイ・ウムを出してみせよ」

 これまで何度も発動させたことのある炎の初級魔法だ。ヒロは両手の間に難なくゴルフボール大の炎塊を出現させた。モルディアスは真っ赤に燃える丸い炎を一瞥すると、ヒロに一旦炎粒フレイ・ウムを消すように命じる。ヒロが炎粒フレイ・ウムを消すと、老魔法使いは次の指示を出した。

「次は、手の平を上にして、もう一度炎粒フレイ・ウムを出してみせよ。今度は炎針フレイ・ラグと唱えながらじゃ」

 モルディアスの意図はよく分からなかったが、取り敢えず言われたとおりにやってみる。右手の前に出して手の平を上に向け、ひとつ深呼吸をする。

炎針フレイ・ラグ

 ――ボッ。 

 ヒロの手から再び炎の固まりが出現した。だが、形が少し違っていた。最初の炎粒フレイ・ウムが球形だったのに対して、今度の炎粒フレイ・ウムは卵型だ。

「発動した魔法が如何なる形になるかは術者のイメージで決まる。お主の炎粒フレイ・ウムが球形をしているのは、お主がという言葉にそのイメージをもっているからじゃ。じゃが、今、儂はお主に炎針フレイ・ラグと唱えながら、炎粒フレイ・ウムを発動するように言ったの。その結果がそのじゃ」
「どういうことなんだ?」

 ヒロはさっきも今も、同じ炎粒フレイ・ウムを発動させた積もりだった。呪文を唱えるだけで、魔法が変わるとでもいうのか。

「ほっ、ほっ、言葉には魂魄が宿っておる。言霊というての。言葉を発することで、心にイメージを転写するのじゃよ。その結果、魔法発動の形が変わる。お主は炎針フレイ・ラグと唱えたことで、炎粒フレイ・ウムに持っていたのイメージに、炎針フレイ・ラグのイメージが重なり卵の形に引っ張られたのじゃよ。多くの魔法使いが、魔法発動に呪文を唱えるのは、自身のイメージを補強して固定するためじゃ」
「何をイメージしたかで魔法が変わるということなのか?」
「そうじゃの。魔法の元は全てマナじゃ。それを錬成するときに何をイメージするかの違いでしかないの」

 驚く程単純な理屈だ。マナを集めてイメージする。言葉で説明するとそれだけのことなのだが、単純なだけに極めるのは難しいと思われた。

「それが分かると色んなことが出来るようになる」

 そう言ってモルディアスは、人差し指を遠くの木々に向けて立てた。

炎線斬フレイム・アッシュ

 モルディアスの指先から、細い炎の剣が伸びた。モルディアスがヒロに輪廻の指輪を渡したとき、魔法練習にと召喚した石人形ゴーレムを刻んで見せたあの魔法だ。目視で十メートルくらいはあるだろうか。 

「この魔法とて、マナを線になるようイメージしただけじゃ。慣れてくればこんな事も出来る」

 モルディアスの指にほんの少しだけ力が入った。

釣炎球ダゥ・フレイ・マー

 炎の剣の姿が消えた。いや、切っ先だったところだけに炎が残っている。その火の玉はモルディアスの指の動きに合わせて左右に移動した。

炎線斬フレイム・アッシュは、線にしたマナ全てに炎を錬成したがの、この魔法こっちは、先端だけに炎を出したものじゃ。顕れ方が違うだけで同じ魔法じゃの」

 前方遠くの炎球を見つめるヒロにモルディアスの実演は続いた。 

「更に、こんなことも出来るの」

 モルディアスは、一旦、炎の球を消すと手の平を返し、人差し指で遠くの地面を指さした。何をする積もりなのかと息を詰めていたヒロにモルディアスは一瞥をくれると、地面に向けた指を少し上に折り曲げた。
 

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