ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
11-083.試練の洞窟
――とある洞窟の入り口。
辺りは夕闇に包まれていた。人気のない山肌を木々が覆い、黒々とした影を晒している。もう少しすれば全てを闇に飲み込むのだろう。
――ぽぅ。
突然、小さな炎の固まりが宙に浮かび上がった。炎は二つの人影を浮かび上がらせる。どちらも同じローブを身に纏い、三角帽を被っている。炎が二人の顔を照らす。とても若い男だ。
十五にも満たないと思われる少年二人は疲労困憊していた。一人は自力では立てないくらい疲弊してた。もう一人が肩を貸している。
「ロッケン! 外だ。助かったぞ」
肩を貸した一人が、もう一人を下ろして岩壁にもたれ掛けさせ、隣に自分も座る。
「よかった、な。……ロンボク」
若き日のロンボクとロッケンだ。ロンボクは懐に手をやり、小さな小箱を取り出して、ロッケンに見せる。
「ロッケン。君のお陰だ。あの奇鬼に魔法多弾頭弾を撃ってくれなかったら二人ともお陀仏だった。洞窟の中で魔法多弾頭弾を発動できるなんて。やっぱり君は天才だ」
ロッケンが興奮気味に語りかける。だがその言葉はロッケンの耳には届いてないようだった。と、彼の口元から鮮血が滴り落ちた。
――!
ロッケンの様子がおかしいことに気づいたロンボクはロッケンの顔を覗き込んだ。ロッケンは虚ろな目で虚空を見つめている。その瞳にはロンボクの姿は映っていなかった。
「ロッケン! まさか君は」
慌てたロンボクは覚えたての治癒魔法を施した。自分のちっぽけな治癒魔法が効く自信などなかった。だが、今はそんな躊躇をしているときではない。ロンボクは全力を尽くした。
「……あ。あぁ」
ロッケンの口から微かに息が漏れる。目玉だけをぎょろりと動かし、ロンボクに瞳を向ける。
「ロッケン、もう喋るな! オドが尽きるぞ。こんなところで君を死なせない。死なせるもんか」
皆伝免許を貰う為の最後の試練だった。鬼の洞窟を探索し、その奥深くに置かれた宝箱を取ってくるという課題だ。魔法使いにとって、マナを集めにくい洞窟は鬼門だ。そこを如何に考え、工夫し目的を達成するか、冷静な判断と果断な決断を試す最終試験だった。
ロッケンとロンボクのコンビは、知恵を使い、魔法を効果的に使いながら、宝箱を手に入れた。全ては順調だった。あの時までは。
ロンボクがほんの些細なミスから、大奇鬼を呼び起こしてしまった。普通であれば、パーティを組んで戦って勝てるかどうかという相手なのだ。ましてや、剣はもとより得意の魔法ですら存分に使えない洞窟内で大奇鬼に見つかったら最後、生きて帰れた魔法使いはいない。兄弟子の魔法使いが何人も大奇鬼の手に掛かって命を落としたと聞いた。自分達もその後を追う筈だったのだ。ロンボクは死を覚悟した。
それを救ったのがロッケンだった。大魔力を消費する上級魔法、魔法多弾頭弾を放って大奇鬼を撃退したのだ。
だけど、その代償がこれだなんて、納得できない。
治癒魔法を施すロンボクの手が震えている。彼の目には涙が浮かんでいた。
――――
――
◇◇◇
「彼は自分の命を削って魔法多弾頭弾を発動したんです……」
ロンボクは絞り出すような声でいった。
「ヒロさん、貴方も魔法使いですから、もう御存知でしょうけど、魔法は大気から集めたマナを錬成することで発動します。けれども、洞窟や地下迷宮のように空気の流れが殆どない所では、マナが十分にはなく、魔法を発動させるのがとても難しくなるんです。なんとか発動できたとしても、威力は極端に落ちる。例えば、普通なら上位魔法級の大炎爆でも、炎粒くらいにしかなりません」
ロンボクはそこまで言って、苦し気な表情を浮かべた。ヒロにはロンボクの次の言葉が分かった。
「ロンボク、つまり彼はマナじゃなくて、体内マナを使ったんだな」
「そうです……。ロッケンは自分の体に蓄えたオドを使って、最上位魔法である魔法多弾頭弾を発動しました。本来、あれほどの大魔法はマナが十分あっても発動させるのは難しい。だけど、あの時の僕は大奇鬼の恐怖でそんなことを考えることが出来なかった。今だったら、発動前に彼を止めていたでしょう。それが……」
「だけど、ロッケンは君のお陰で助かった。そうじゃないのか?」
ヒロは、今、リーファ神殿で治療を受けているとはいえ、ロッケンが生きていることを指摘した。だがロンボクはしかめた眉を動かさなかった。
「……確かに命は助かりました。ですが、体内マナによる魔法発動は危険が伴います。体内マナが尽きれば死んでしまいますからね」
ヒロはロンボクの説明に頷いた。体内マナが尽きれば、魂が肉体から離れてしまう。深淵の杜の老魔法使い、モルディアスから聞かされた話と同じだ。
「だけど、彼は死んではいない。また少しすれば元通りに回復するんじゃないのか?」
人は大気のマナを少しずつ取り込んでは放出し、体内でゆっくりと循環させているとモルディアスは言っていた。ならば、安静にしていれば、自然に回復するのではないかとヒロは思った。
「……ヒロさん、確かに時間を掛ければ回復はします。ですが、回復しても元通りになるとは限りません。体内マナを使って魔法発動すると、その後、自身へのマナの取り込みと放出が不安定になることがあるんです。取り込むマナと放出するマナの量が極端に違ったり、マナの循環速度が異常に速くなったり……。こうなってしまうと、大気のマナを集めて発動させる通常魔法も安定しなくなります。制御できない魔法は危険ですからね。魔法使いにとって魔法を使えなくなるとはどういうことかお分かりでしょう? それにマナの体内循環異常は、人体にも負担になるんです。あの時、天才魔導士ロッケンは死んだんです……」
ロンボクは右手の拳を額に当てて、その端正な顔を歪めた。
「結局、ロッケンは、最後の試練をパスすることは出来ませんでした。魔法使いになることを諦めるよう師匠に言い渡されたんです。勿論、彼の命を配慮してのことです。ロッケンはそれから暫くして、師匠の元を去っていきました……」
ロンボクの説明にヒロは疑問を覚えた。彼は、魔法使いではないのか。昨日酒場で聞いた話では、黒衣の不可触との戦闘でロッケンは魔法を使っていた筈。ヒロはロンボクに質問をぶつけた。
「でも、彼は、黒衣の不可触とやり合ったのだろう? 魔法が使えない魔法使いを仲間にするパーティなんてあるとは思えない。スティール・メイデンは、ウオバルで一番稼いでいるパーティだと言っていたじゃないか」
ロンボクはゆっくりとヒロに顔を向けた。その瞳には悲しみにも似た複雑な思いが宿っているようだった。
「ロッケンが普段、髑髏の指輪を填めているのは御存知ですか? あれはマジックアイテムでしてね。マナの流れを整える指輪だと聞いています。ロッケンは、あの指輪をある人から貰い受けました。あれを身に付けることで、ロッケンは再び魔法使いとして戻ってくることが出来たんです」
――髑髏の指輪。
ヒロは、冒険者ギルドで初めて、スティール・メイデンの三人にあったときの事を思い出した。確かに親指に銀の髑髏の指輪をしていた。あれはマジックアイテムだったのか。
ミカキーノがソラリスを口説いたのに気を取られていたが、掲示板の蝋板を弾き落としたのは、ロッケンだった。呪文の詠唱をした様子もなかった。あの時は、凄腕の魔法使いだとは思ったが、まさかそんなことがあったなんて……。
だが、ヒロの思考は直ぐにもっと重要な事に向けられた。
「その人とは、まさか……」
ヒロは、独り言のように呟いた。その声はロンボクに届いているか分からない程の小さなものであったが、ロンボクはヒロの口の動きからそう察したのだろうか、小さく頷いてから答えた。
「そう。ミカキーノさんです」
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