ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

10-074.緑の路を真っ直ぐいけばいいんだろう

 
「リムは?」
「まだ寝てるよ」

 早朝、いつものようにヒロの部屋に来たソラリスが答える。ヒロは何も言わずに頷いた。連日歩き回って流石に疲れたのだろう。歩いて半日の行程を毎日続けてきたのだ。こちらの世界の基準は分からないが、リムくらいの歳であれだけ歩いて疲れない方がおかしい。もともと今日は休養に充てるつもりであったし、リムもその積もりに違いない。

「流石に疲れたんだな。そのまま起こさないでやってくれないか。ソラリス、俺はこれから大学の図書館に行ってみようと思う」
「ん? 図書館は……」
「場所のことか? 緑の路リディ・ウィアを真っ直ぐいけばいいんだろう?」

 ヒロは初めてウオバルこのまちに来た時に、ソラリスに教えて貰った事を覚えていた。街中を歩くだけなら危険な目に遭うこともないだろう。ヒロは身支度を整えながらソラリスに確認した。

「そうさ。城に向かっていくだけさ。でも、大学と図書館は城の敷地の中にあるから、冒険者の認識票をもっていかないと入れないぜ」
「あぁ、あの木のプレートのことかい」

 ヒロはナップサックに仕舞っていた木のプレートを取り出した。表にカタカナでヒロと彫ってある。

「城門でそれを見せれば中に入れてくれる。リムはあたいが見ててやるよ」
「ありがとう。多分昼過ぎには帰れると思うが、その後はウオバルここで仕事探しをしたい。どこか紹介してくれると助かるんだが」
「そうさな。リムが起きてまだ時間があるようなら、知り合いに聞いといてやるよ」
「それは助かる。じゃあ、昼過ぎにギルドで落ち合おうか」
「それはいいけどね、ま、期待すんなよ」

 ソラリスの口振りからは、本当に見込みが無さそうだ。ヒロは肩を竦めた。

「手に職も学もない、成り立て冒険者を欲しがる奇特な所なんてそうそうないだろうってくらい知ってるさ。でも出来る限りのことはしておきたい。君に口を利いて貰えるだけ有り難いと思ってる」
「ふん。精々頑張んな、新米!」

 ソラリスは鼻を鳴らして、ヒロの背をパシンと叩く。

「そうさな。行ってくる」

 ヒロは部屋の扉を開けて出ようとしたがふと立ち止まった。自分を見送ってくれる人がいる。この世界にきたのはほんの数日前だというのに。右も左も何も分からないこの世界にいきなり放り出されたのだ。そのまま野垂れ死にしてもおかしくなかった。

(今こうして居られるだけでも幸運なのかもしれないな……)

ヒロの心にほっこりと小さな灯りが点った。


◇◇◇


「ラルパを一つ貰えるかな」
「あいよ。兄ちゃん。今日も頑張ってんな」

 虹の広場での朝市。ヒロは店仕舞いを始めたある露天商で果物を買った。実際のところ残り物しかなく選ぶも何もなかったのだが、無いよりましだ。朝市に何度か顔を出すようになって、ヒロの顔を覚えてくれた店もいくつかあった。今、果物を買った店もその一つだ。

 ウオバルの朝市は、日の出と共に店を開け、品物が無くなり次第店を畳む。大抵の店は昼前には片づいてしまう。冷蔵庫なるものがなく、冷やして保存するという慣習がないこの世界では、その日に売り切り、その日の内に食べるのが基本だ。ウオバル程の規模の都市となれば、それなりに物資も集まるし、人も買いにくる。売れ残ることは殆どないが、売れ残った品は別の露天と物々交換する。大抵のことはそれで済んでいる。

「大学の図書館は、ここの緑の路リディ・ウィアを行けばいいんだよな」

 代金の一パム銅貨を支払ったヒロは店主に確認する。

「朝から熱心だな。兄ちゃん。おうさ。あそこに城が見えるだろ。城に入って直ぐ右側に大学がある。その隣が図書館だ。玄関に司書あんないが居るから訊けば教えてくれるぜ」
「ありがとう」
「だけどよ、兄ちゃん。あそこに行くには許可証がいるぜ」
「分かってる。持ってるから大丈夫さ」

 ヒロは礼をいって露店を後にする。

 ――シャリ。

 緑の路リディ・ウィアを歩きながら、ヒロは手にした果実をかじった。ヒロが買ったラルパという果物は、ここではありふれた果物だ。林檎に似たオレンジ色のそれは、林檎よりずっと甘く、酸味は殆どない。食感は林檎だが味は桃に近い。

 緑の路リディ・ウィアは、領主の居城へと続くためなのか、他の四色の路よりずっと道幅がある。びっしりと敷かれた石畳には轍があり、少し窪んでいる。石と石の隙間には、小さな小石のようなものが挟まっていて、キラキラと朝日を反射していた。それは緑の路リディ・ウィアにしかないものだった。何のためのものだろう。ヒロは少し考えてみたが分からない。まぁいいさと先へ進む。

 路の両脇には、緑の壁と屋根の建物が並ぶ。この路リディ・ウィアは、騎士と聖職者が住んでいる通りだ。建物の玄関先には紋章旗が掲げられている。紋章旗が掛かってない家は本人が不在の印だとソラリスが言っていた。流石に朝だけあって紋章旗が掛かってない建物は殆ど見かけない。

 しばらく歩いたヒロは正面に見える城を取り囲む堀の前に辿り着いた。

 堀は深いが淀んではおらず水の流れがある。多分河から引いているのだろう。ヒロは堀に架けられた跳ね橋を渡り、城門の前にいく。御多分に漏れず、ここにも門番をしている衛兵が左右に二人いた。

 衛兵はウオバルの街の門番と同じく、黄色と黒のシャツにゆったりとしたズボンを履いていたが、帽子は頭のサイズに合わせた黒のベレー帽だった。剣を腰にしている以外、手には何も持っていない。衛兵は直立不動で門を守っているのだが、門は開け放たれていて、多くの人が出入りしていた。ただ一人残らず、衛兵に小さな金属のプレートを見せてから門をくぐっている。多分あれが許可証の代わりなのだろう。ソラリスは冒険者の認識票が許可証の代わりになると言っていたが、金属でもなんでもない只の木板で大丈夫だろうか。ヒロの心に不安がよぎった。

 ヒロは冒険者認識票のプレートを手にして、他の人と同じように衛兵に見せる。衛兵は目線を動かして認識票とヒロの顔を見ると、直ぐに別の人の許可証に目を移した。どうやらこのまま通れるようだ。

 城門をくぐったヒロの目の前に城の敷地が広がる。城までまだ数百メートル以上は軽くある。とんでもない広さだ。右手に石造りの大きな建物が二つあった。

 手前の一つは長方形の四階建の建物で大きな正面扉の左右にギリシャ建築風の柱が三本づつ並んでいる。

 奥の一つは、真ん中が窪んだコの字型をしている三階建の建物だ。窓の数からみて数十以上の部屋がありそうだ。窓には他の建物には見られない窓ガラスのようなものがある。

 どちらの建物にも多くの人が出入りしていたが、比較的若者が多いように見えた。ヒロは二つの建物が大学と図書館なのだろうと当たりをつけた。どちらが図書館かは分からなかったが、訊けばいいだろうと、手前の長方形の建物に足を運んだ。

 長方形の建物の正面玄関は開け放たれていたが、二階分の高さがあった。近づくと玄関右横の壁に受付と思しきカウンターがある。二、三人が其処に並んでいる。ここで訊こう。ヒロは列に並んでいたのだが、前から何々の本は何処にあるのかという声が聞こえてくる。ここが図書館で間違いなさそうだ。ヒロは順番が来るのを待った。
 

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