ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
9-067.焼くのさ、炎魔法でね
「ミカキーノ!」
弓矢の男が叫ぶ。
「奴だ! 行くぞ、ロッケン、ハーバー」
そう言うが早いか、ミカキーノは、一斉に黒ローブに向かって掛け出した。残りの二人、ロッケンとハーバーも続く。ヒロはその後ろ姿を目で追うが、先程まで居た筈の黒ローブの姿は何処にも見えなかった。
「おい、小悪鬼を片づけていきやがれ! ミカキーノ!」
ソラリスが叫んだ。だが、その声が届かなかったのか、それとも無視したのか、ミカキーノ達三人はそのまま黒ローブを追っていった。
(取り敢えずは、助かったか……)
ヒロは一息ついた。ちっと舌打ちするソラリスの後ろに隠れていたリムがぺたんと内股に膝を折り座り込む。緊張が解けたのだろう。小さな手を胸に当てて、ゆっくりと深呼吸をしている。もう大丈夫だ。
「ソラリス、片づけるってどういうことだ?」
リムの無事を確認したヒロは、まだ怒りが収まらない様子のソラリスに顔を向ける。ソラリスは、ヒロの問いかけに少し落ち着きを取り戻した。
「あぁ、モンスターを大量に狩ったら、持ち帰らない死体は狩った奴がその場で埋める決まりになってるんだ。放ったらかしにしておいたら、疫病の元になるからな。冒険者の基本中の基本さ」
言われてみればその通りだ。温暖なこの辺りで、死体を放置すればあっという間に腐乱して伝染病の元になる。埋めておくのは理に適っている。
「じゃあ、さっきのスティール・メイデンにこの小悪鬼を埋める義務があるってことか」
「そうさ。スティール・メイデンは、こんなことばかりやってるから、降級点食らって、何時まで経っても上のクラスにいけないんだ」
「そうか。で、この小悪鬼達は俺達が埋めることになるのか? この数はやはり大量の内だよな。」
「あぁ。黒曜犬なら、他の黒曜犬に食われて、直ぐに骨になるからいいんだけどよ。小悪鬼は、黒曜犬も狼人も手を出さねぇ。あたいなら一匹でも埋めておくけどね」
「でも、掘るっていってもこの数だ。道具もないのに……」
「此処ならその必要はねぇよ」
「?」
「穴ならもうあるだろう」
ソラリスは山道の先に見える小屋を指さした。その瞬間ヒロの頭にリムと初めて出会った落とし穴の映像が浮かんだ。そのヒロの思考を読んだかのようにソラリスが続ける。
「そうさ、ヒロ。お前が落ちたという落とし穴さ」
「でもあれは、モンスター捕獲のためのものじゃなかったのか」
「普通はね。でも、こういう時は使ってもいいことになってるのさ。大抵の山の上には、あの落とし穴が掘ってある。大量の死骸が出たら、落とし穴に放り込んでおいて、上から藁や土を被せておくんだ。そうしてギルドに届けるのさ。すると、リーファ神殿から高位神官がやってきて、浄化魔法で死骸を灰にしてくれる。それで終わりさ」
「成る程。そういう仕組みか」
落とし穴はモンスターを捕獲するためだけでなく、死骸を一ヶ所に集めて疫病を防ぐ役目もあるのか。中々考えているものだ。とはいえ、三十匹からある小悪鬼の死骸を運ぶのも一仕事だ。リムは無理として、どれくらいかかるかなと考えてからヒロは、一つの提案をした。
「話は分かった。だけどこの数を全部落とし穴に運ぶのも面倒だ。俺に考えがある。死体は全部ここの道端に集めないか」
「どうするんだ?」
ヒロは、ぐるりと小悪鬼達の死体を見渡してから言った。
「焼くのさ。炎魔法でね」
◇◇◇
深呼吸を一つしてからヒロは意識を集中した。目の前には、ソラリスと二人で集めた小悪鬼の死骸が山となって積まれている。ヒロは、先程使ったスクリーンバリアを張る。今度のバリアはヒロを中心としたものではなく、小悪鬼の死骸の山を覆うように作った。旨くいった。まずは第一段階はクリアだ。
ヒロはバリアにそっと手を触れる。固いガラスか何かで出来ているかと思いきや、意外と弾力があり、指で押すとそのまま凹む。力任せにいくらでも押せそうだったが、破れる気配は全くしない。厚手のゴムのような不思議な感触だ。もしかしたら、バリアを作った本人だからそうなっているだけなのかもしれない。しかし、今のヒロにとってそれは大したことじゃない。
ヒロは、バリアに片手を付けたまま、その部分だけバリアを解除する。手の平が触れた部分の六角形が消えた。ヒロは同様に足下と天井のバリアも解除して、そこにも穴を開けた。
ヒロは自分で目の前に開けた穴から手を差し入れ魔法を発動する。
「炎粒」
今度は口に出してみた。何も言わない時よりも簡単に炎の玉が出来上がる。魔法の言葉そのものに発動のイメージが含まれているようだ。ヒロが出した炎のボールは直ぐに大きくなり、ビーチボールくらいの大きさになる。
――もういいかな。
手の平の先で轟々と燃える火の玉を、小悪鬼の死骸の山にぶつける。炎があっという間に死骸を包み込み燃え上がる。
ヒロは手を引き抜いて、バリアの穴を塞ぐ。ヒロは小悪鬼達を、自分が作った半球状のバリアの中で火葬したのだ。
「ふ~ん。面白いことを考えつくんだな」
ソラリスが感心する。
「こうして焼けば、骨だけになる。そうすれば埋めやすくなるだろ」
ヒロが少しだけ得意気に説明して見せた。ソラリスやリムに世話になりっぱなしだったが、恩返しとは言わないまでも少しは負担を減らしてやれる。そんな気持ちだった。だが、ヒロがこうした方法をとった理由は他にもあった。
――バリアの熱耐久力。
先程の小悪鬼の襲撃で、このバリアが矢や剣を防いでくれることは分かった。だが炎などの熱に対してどうかが分からなかった。熱も遮断してくれるのか、それとも壊れるのか。ヒロはこの機会にそれも確認しようと考えたのだ。
バリアの中は炎で埋め尽くされていたが、熱さは全く感じなかった。唯一足下に空けた空気穴から炎が漏れ、少し熱を伝えるくらいだ。天井の空気穴からは、黒煙が上がり、空気が揺らめいている。このバリアは炎も熱も伝えない。これなら、炎魔法の攻撃に対しても有効だ。ヒロはバリアの有効性を確認できたことに満足した。
しかし、ヒロのその素晴らしい思いつきも、長くは続かなかった。
――ブスブス。
炎の勢いが見る見る弱くなっていく。炎が火になり、遂には消えそうになる。
「やばい」
ヒロは火の勢いが弱くなった原因に直ぐ気づいた。空気だ。足下に空けた空気穴が小さすぎたのだ。バリアの中の酸素が尽きれば、燃えなくなる。
ヒロはあわてて、空気を送ろうとしたが、鞴も、団扇もない。手でパタパタやってみたが、全く効果がない。空気穴の周りのバリアを少し解除してみたが、大して変わらない。バリアを完全に解除するという手もなくもないが、それだと高温にするのは難しくなる。生焼けでは、結局、穴に埋めなくてはならなくなる。ヒロは周囲を見渡して、空気を送りこめる何かがないか探した。
「ヒロ様、どうしたのですか?」
リムが不思議そうに尋ねる。
「空気穴に、もっと空気を送り込みたいんだが……、このままだと消えてしまう」
「空気を送ればいいのですか」
ヒロがそうだ、と返事をすると、リムは両手で三角を作ると風の精霊魔法を唱える。
「天空に満ちるあらゆる命の癒し、風の精霊テゥーリよ、大地母神リーファの命に従い、盟約を……」
――ビュゴッッ。
突如突風が吹き、バリアの下の空気穴に向かって流れ込む。小さくなっていた炎は息を吹き返し、再び勢いよく燃えさかった。
「ヒロ様、これで足りますか?」
リムが目をぱっちりさせてヒロを見上げた。ヒロの手伝いが出来て嬉しそうだ。
「へぇ、リム。お前でもたまには役に立つことがあるんだな」
「あ~~。ソラリスさん、そんなことないです。いつもですぅ」
リムがむくれて言い返す。その光景にヒロは不思議な感覚に捕らわれていた。出会って間もない仲間だが、何だか昔からの知り合いだったように思える。この娘達との冒険者パーティなら何処にでもいけそうな気がする。そんな思いがふとヒロの頭を掠めた。いや、何を考えているんだ。ヒロはそれを振り払うかのように頭を振った。
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