ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
9-065.三つの影
「ヒロ! 上だ!」
突然ソラリスが叫ぶ。慌ててヒロが、音がした方を見上げると、幾本もの黒い雨が降り注いでくるのが見えた。
――ビュン。
次いで風を切る音が響いたかと思うと、頭上でガキンと音がした。バラバラと何かが落ちていく。それは幾本もの矢だった。いくつかは鏃が根本から折れ、いくつかは矢柄の中程からぽっきりと折れていた。何者かがヒロ達の頭上から矢を見舞ったのだ。しかし、それらは全て、ヒロの魔法のバリアに阻まれ貫通することはなかった。
ヒロが目線を向けた木の枝に小悪鬼が数匹いた。その小悪鬼達は弓を放った姿勢のまま、茫然としている。どうやら、前方の小悪鬼を囮にして、木の陰に隠れた小悪鬼が頭上からヒロ達を狙ったようだ。
(ちっ)
ヒロは小悪鬼達の狡猾さに思わず舌打ちをした。バリアを張っていなければ、どうなっていたことか。だが、御蔭で魔法のバリアが矢を通さないことが分かった。今度はこっちの番だ。ヒロは意識を集中させ、頭上の防御スクリーンの一部に穴を開けるイメージをする。頭上のスクリーンが揺らぎ、六角形の一部が消えた。
――炎粒!
ヒロは声にこそ出さなかったが、右手を上げて、ゴルフボール大の炎の玉を樹上の小悪鬼に向かって放つ。狙いを付けない一撃は、物凄いスピードで、先程穴を開けた防御スクリーンの隙間から飛び出し、樹上の一匹の小悪鬼の脇を掠め、そのまま突き抜けていった。驚いた小悪鬼はバランスを崩し、木から落下する。
それを合図に、ヒロの目の前の小悪鬼達が一斉に矢を放ったが、先程と同じく矢はヒロの魔法のスクリーンに弾かれ、折れ、砕けていく。一本とて貫通しない。
矢が通じないと分かると、小悪鬼達は目を見開き、キィキィと甲高い叫び声を放った。それが何かの命令だったのか、四方八方から小悪鬼達がナイフを手に突撃してきた。が、彼らの剣もヒロのバリアに阻まれ、切っ先すら通らない。中には体当たりを試みる者もいたが、虚しくバリアに弾かれる。大丈夫だ。このバリアは剣も矢も通さない。ヒロの心に少し余裕が生まれた。
「凄ぇな。ヒロ。何もしなくていいじゃないか」
ソラリスが短刀を構えたまま感心してみせる。リムはソラリスの影に隠れるようにしていたが、危害が及ばないと分かって、ほっとしたような表情を見せている。
「まだ、安心できないよ。でも……」
ヒロは警戒を緩めない。まだ戦闘中なのだ。だが、バリアが小悪鬼の攻撃を全て防いでくれるなら、大分楽になる。ヒロはその場から一歩踏み出した。スクリーンバリアはヒロの動きにあわせて一緒に移動する。ヒロはバリアが自分についてくることを確認すると、ソラリスとリムに目配せする。
「大丈夫そうだ。ソラリス、リム、このまま行こう。但し、完全に抜けるまで警戒は解かないでくれ」
ヒロはゆっくりと歩きだした。ソラリスとリムも後に続く。リムはソラリスにしがみつくようにぴたりと寄り添っているが、小悪鬼達と初めて相対したときよりは随分落ち着いている。リムがパニックを起こさなくてよかったとヒロは安堵した。
ヒロ達三人は、山道をゆっくりと進む。小悪鬼達はまだキィキィと鳴き声を上げているが、攻撃を仕掛けてくる様子はない。時折、矢を放ったり、ナイフを突いてくるのが何匹かいたが、バリアを破ることはできず、むなしく弾かれるばかり。このまま突破すればいい。だが、ヒロにはこの鉄壁とも思えるバリアをいつまで張り続けられるものなのかという不安があった。このまま一気に駆け抜けるか、それとも……。
ヒロ達が小悪鬼の集団から抜け出そうとした丁度その時、それは起きた。
◇◇◇
「ひぃぃぃぃぃいいいやっほう!」
――ドス。
角度のついた矢が、ヒロ達を飛び越え、小悪鬼を襲った。矢は一匹の小悪鬼の腕を射抜いた。体重の軽い小悪鬼は、矢の勢いに押されて後ろの木まで飛ばされ、幹に背中をつけてようやく止まる。腕を貫いた鏃がそのまま幹に刺さったのか、小悪鬼は腕から矢を引き抜こうと必死になっている。
「ギシャァァアァ!」
矢が抜けず雄叫びを上げる小悪鬼。と、次の矢が小悪鬼を襲い、今度は反対側の腕を貫き、そのまま幹に刺さる。
――三射、四射。
矢は小悪鬼の両腿を貫き、小悪鬼は幹に縫いつけられた。
五射目は肩、六射目は腹と段々と急所に近づく。まるでいたぶっているかのようだ。射抜かれる度に小悪鬼は悲鳴を上げる。額に止めの矢を受けた小悪鬼は、針鼠のような姿で絶命した。
ヒロが辺りを見渡すと、木々の枝をまるで猿のように飛び移る人影が見えた。移動しながら矢をつがえ、息つく間もなく矢を連射する。人影が矢を射る度に小悪鬼は幹に縫いつけられる。今度は縫いつけるだけで致命の矢は放たなかった。あるいは矢が尽きたのかもしれない。だが、その理由はその直後に分かった。
突如ヒロの頭上に渦が出来た。渦は、周囲の空気を集め靄となり、黒雲を作り出した。一つ、二つ、三つ……、渦が十を数える頃、渦の中心から轟音と共に稲妻が走り、小悪鬼を直撃する。哀れな小悪鬼は避けることも出来ず、大きく目を見開き、恐怖の形相のまま、その場で黒焦げになった。周囲に肉と毛が焼ける嫌な臭いが立ちこめる。
「……雷魔法だ」
ソラリスがぽつりと言った。これも魔法なのか。なんという威力だ。三十匹は居た小悪鬼が先程の弓と雷の魔法で、はや数匹しか生き残っていない。
小悪鬼は、あまりの惨劇にしばらく動くこともできなかったが、やがてキィと鳴き声を上げると、林の奥へ一目散に逃げ出した。だが、それは叶わなかった。
――ギェィアァァ!!
小悪鬼の悲鳴が、林に響き渡る。ドサッと何かが地面に叩きつけられる音。あの小悪鬼達も逃げることが出来なかったのだろう。弓か魔法か、何者かが最後の小悪鬼を始末したのだ。
(一体誰が……)
緊張の面持ちでヒロがソラリスとリムの無事を確認する。リムはソラリスの陰に隠れて震えていたが、ソラリスは短剣を下ろし、ホルスターに仕舞った。ソラリスには小悪鬼を始末した彼らが何者なのか大体察しがついているようだ。
果たして、林の奥から三つの影が姿を現した。
 
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