ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
7-051.私もヒロ様を信じます
なんとか魔物を退けたヒロ達三人とモルディアスは、一旦モルディアスの小屋に戻り、休息を取ることにした。モルディアスの言葉に従って、広間の四角い一枚板でできた大テーブルの椅子に腰かける。
「ふぅ」
ヒロは思わず息をついた。闘っている最中は緊張していた所為なのか、それ程感じなかったのだが、体中からどっと疲れが吹きだしていた。このまましばらく動きたくなかった。
「茶でも淹れようかの。そこで休んでおれ」
ヒロ達に背を向けたモルディアスが背中越しにそう言い残して、奥の部屋に消えた。あれ程の戦いを終えたばかりなのに飄々としている。魔物の動きを止めてみせた魔法といい、やはりただ者ではない。
ヒロは右隣に座るソラリスに向かって声を掛けた。
「ソラリス、傷は大丈夫か?」
「かすり傷さ。大したことないよ」
ヒロの言葉に、ソラリスは傷を負った左腕をちらと見て言った。ソラリスの傷は既に塞がっている。リムが簡単な治癒魔法を掛けていた。大事にはならないだろう。
「ソラリス。それにしても、魔物の棘を避ける動きは凄かったな。あんなに疾く動けるなんて知らなかったよ」
「それがあたいのスキルさ。ただね、あれを一度使ったら、三日は空けないとならないんだ。体への負担が大きくてね。ま、切り札って奴さ」
「だから、魔物に向かっていけたのか」
ヒロはソラリスが魔物に突進していったときのことを指摘した。
「あたいのスキルなら、あの程度の棘なら躱せることは分かっていたさ。奴の急所が分からないまでも、せめて目か喉を潰しておけば、あの五月蠅ぇ声もなんとかなるんじゃないかと思ったのさ。投げナイフはある程度近づかねぇと駄目だからよ」
ソラリスは淡々と説明した。あの時は無謀だとしか思えなかったが、その裏にはちゃんと計算があったのだ。流石に長年冒険者をやっているのは伊達ではないのだなとヒロは感心した。
「……リム」
ヒロはリムの正面を向いて座り直した。リムの瞳を真っ直ぐに見つめる。リムの金色の瞳がきらりと光る。その瞳はヒロの眼差しをしっかりと受け止めていた。
「リム……君のサポートが無かったら今頃どうなっていたか分からなかった。ありがとう。だけど、どうして……」
リムはヒロが魔法を使うことに反対していた。その彼女がなぜヒロの魔法発動を手助けしたのか。その真意を知りたかった。
「ヒロ様……」
リムは何かを思い出すかように目を閉じた。暫くして、瞼を開け、そのくりくりした目をヒロに向け、ゆっくりと語りだした。
「あの時、私はきっときっとヒロ様に捨てられるって思っていました。私がヒロ様の魔法を封じていたのは本当です。そして、そのことを隠していたのも本当です。でも……でも、私はヒロ様に魔法を使って欲しくなかった。本当です」
リムはヒロから顔を背け、テーブルに視線を落とした。
「……ヒロ様の魔力は強大です。強大過ぎます。その力に溺れて、破滅した人を私はいっぱいいっぱい知ってます。あの賢者が……あの王がという人でもです。たとえ本人がそうでなくても、周りには欲に溺れた人がいました。沢山、沢山いました。私はもうあんなの見たくない。もしもヒロ様の魔力が暴走したら、この世界が破壊されてしまうかもしれない……」
リムの声は震えていた。
「でもヒロ様は、私がヒロ様の魔力にずっと干渉していた事を知らされたにも関わらず、私を捨てないでいて下さいました。私と一緒にいると魔法が使えなくなると分かっていても、私を選んで下さいました……」
リムはそこで一旦言葉を切って、ヒロにその金色の瞳を向けた。
「あの時、ヒロ様は恩人を捨てなければ手に入らない魔法なんて要らないって仰って下さいました。ヒロ様の魔法発動を邪魔していた私を、何か理由がある筈だといって信じてくださいました。だから……」
リムの金色の瞳が潤み、キラキラと輝きを帯びた。
「私もヒロ様を信じます。ヒロ様はきっと御自分の魔力に打ち勝って、御自身の魔法を統御できると信じます」
リムの口から紡がれた台詞が光の粒となって、ヒロに降りそそいだ。純粋で、透明で、偽りのないリムの言葉がまるで魔法の詠唱のようにヒロの心に響いた。
リムは悠久の時の流れの中で、一体どれ程の喜びと悲しみを見てきたのだろう。そして別れも……。
ヒロはリムの言葉の粒ひとつひとつをしっかりと、そしてゆっくりと噛みしめた。その響きを、言霊を、決して忘れまいと心に刻んだ。
ソラリスはそんな二人を一件落着とばかり、頬杖をついたまま微笑ましく見つめている。
「ありがとう」
ヒロは、リムの頬にそっと手をやると、万感の想いを籠めてそう言った。
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