ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

6-042.お主の魔法を使えないよう干渉している存在がおる

 
 ――目も眩まんばかりの光。

 形容するならば、そうとしか言いようがない程の光の洪水が、ヒロ達のいる部屋を満たしていた。

 ヒロが右手をかざした水晶玉は深いルビー色に発光している。室内が隈無く、水晶玉の光で赤く照らし出された。余りに眩しくて水晶玉を直視できない。それ程の輝きと光量だった。

 「ほっ、ほっ、ほっ、思った通りじゃ。伝説の勇者すら軽く超えておるの」

 目を細めて、モルディアスが呟く。ヒロは片目を瞑り、左手を目の前にかざして、自ら発した光の暴力を回避しようと努力していた。一体何なんだ、これは。ヒロの疑問が言葉になる前にもうよいぞ、とモルディアスが指示した。

 ヒロがかざした右手を避けると、水晶玉は輝きを止め、元のアクアマリン色の水晶玉に戻る。

「これはどういうことなんだ?」

 ヒロがモルディアスに迫る。だが、モルディアスはヒロの言葉をスルーして、十歩ばかり離れた所で固まっているリムに声を掛ける。

「次は精霊の番じゃの。こちらへ来るのじゃ」

 モルディアスはそう言って、鋭い眼光をヒロに向ける。

「お主は、向こうで控えておれ。話は精霊のが終わってからじゃ」

 モルディアスの言葉には、反論を許さぬ響きで満ちていた。こんなところで争っても詮無きこと。ヒロはそのまま後ずさりして、リムとソラリスの居るところにまで戻った。

「……ヒロ様」

 リムがヒロを不安そうに見上げている。ヒロはリムの頭をそっと撫でて、大丈夫とだけ言った。ヒロの言葉に、リムはゆっくりと水晶玉のあるテーブルに近づき、恐る恐るモルディアスの顔を覗き込んだ。モルディアスはまるで孫を愛でる好々爺のように目を細め、水晶玉に手をかざすよう促した。それを見てリムは覚悟を決めた表情で手を伸ばした。

 ――金色の爆裂光。

 リムが水晶玉に手をかざすと、一拍置いて、水晶玉が爆発的に輝き出した。その光の強さと量は先程のヒロの時と変わらない。ただし光の色が黄金色であることだけが違っていた。リムはその光の強さに吃驚して、思わず水晶玉から手を離してしまう。水晶玉は直ぐにその輝きを無くし、元に戻った。

「はわわ、すみません。私、手を、あの……」

 リムが慌ててモルディアスに謝る。しかしモルディアスはニコニコと笑いながら、リムに優しく言った。

「問題ない。あれで十分じゃ。こちらの精霊も大したものじゃ。正精霊を飛び越えて、上級女神か其れ以上じゃの」

 モルディアスはリムにヒロの所に戻るように告げると、椅子から腰を上げた。再び部屋の奥に行き、壁際に立て掛けていた木の杖を手にする。杖は硬い木を使っているのか、床に先端を付ける度に、カツンと高い音を立てる。杖のもう一方の先端は傘の柄のように湾曲し、その中に青い石が填め込まれている。如何にも魔法使いが使いそうな杖だなとヒロは思った。

 再び水晶玉のテーブルに戻ったモルディアスは、自分も水晶玉に手をかざして魔法力マジックポイントを測るのではないかと身構えていたソラリスに一言だけ告げた。

「そこの巨人族の女、お主は測るまでもないの」

 けっ、と言ってソラリスはそっぽを向く。ヒロは、ソラリスの背中に手をやって、ぽんぽんと叩いた。気にするな、何かあったときは頼りにしていると囁く。ヒロの言葉に多少機嫌が直ったのか、ソラリスの顔に少しだけ笑みがこぼれた。

「モル。そろそろ説明してくれ。何が何だかさっぱりだ」

 ヒロが痺れを切らした。

「そうじゃの」

 モルディアスが手にした杖で床を叩いた。カツンと一際高い音が部屋の中を木霊する。

「ヒロ、お主は途方もない魔力を持っておる。ただ、制約があって使えないだけじゃ」
「いきなりそんな事を言われてもついていけない。順を追って説明してくれないか?」
「ふむ、分からぬか。魔法の原理は習ったことはあるかの」
「いや、全く。俺の国には魔法というものなんてなかった。習うも何も魔法が現実にあるだなんて誰も信じない」
「ほう。そんなところがまだ有ったとはの。長生きはするもんじゃな」

 モルディアスは信じられないという顔をした。この世界は本当に魔法というものが当たり前なのだ。

「ヒロ、魔法と云うてもの、大気のマナを集めて錬成し、特定の物質に変換するだけのことじゃ。召還魔法はまた別じゃが、そう大したことではない」

 モルディアスは事も無げに言ってみせた。

「大気のマナを多く集めることができれば、それに応じた魔法となるし、錬成レベルが高くなれば、それだけ威力が増す。魔法を使う者の多くは、如何にマナを沢山集めることができるかを求める。本当はそんなものではないがの」
「世間で魔法力と称しているのは、マナを集められる能力を指しているに過ぎぬ。短時間に大量のマナを集められる者を魔法力があると云うておるだけじゃ。巷の水晶玉は、そのマナを集められる力だけを測っておる」

 ――そういえば。

 ヒロは、ギルドの受付で魔力を測るとき、得意の呪文を唱えるように言われたことを思い出した。あれは、マナを集める呪文か何かだったのだろうか。

「じゃがの。魔力というものはそれだけではない。自らの体の中にもマナがある。それをオドと呼ぶ者もいるの。体内のマナは霊魂を肉体に止め置く力であり、全ての力じゃ。これを使つこうて、魔法を使うこともできる。ただ、その量には個人差があっての。大概は外から集めるマナの方が遙かに大きいが故に余程の事がない限り使われることはない。それに体内のマナを全部使つこうてしもうたら、霊魂が肉体から離れてしまうからの」

「つまり、死ぬということか?」
「まぁ、そういう事じゃ」

 モルディアスはそういって、テーブルの水晶玉を撫でてみせた。水晶玉は、リムには全然及ばないものの、ぼうっと黄色に輝いた。

「この水晶玉はの。体内のマナを測るためのものじゃ。水晶玉こいつを光らせるには、其れ相応のマナが必要じゃ。そこいらの魔法使いでは光らせることはできんの」
「ではあの時も……」

 ヒロは冒険者ギルドで、代理人マネージャーを名乗ったエルテの水晶球を一瞬だけ赤く光らせたことを思い出した。エルテの水晶玉も体内マナを測るためのものだったのか。そんなヒロの疑問を見透かしたかのようにモルディアスが口を開く。

「そうじゃ。あの女の水晶玉も体内マナを測るためのものじゃ。あのタイプの水晶玉を持っておるのはそうおらん筈じゃがの」

 ヒロの次の言葉を待たずにモルディアスが続ける。

「お主には莫大な体内マナがある。人種族の域を遙かに越えておる。もしかしたら大陸一かもしれぬの」
「では、俺にも魔法が使えるようになるのか?」

 ヒロは自分が少し興奮しているのを覚えた。魔法が使える。それだけで、今後の生活は随分変わるかもしれない。この世界で魔法使いの扱いがどうなっているかは分からないが、魔法が当たり前の世界であれば、魔法使いもそれなりの社会的地位を得ている可能性が高い。異世界であっても居場所があるのとないのとでは、行動の自由度は大きく違うのだ。この時のヒロの頭の中には、魔法を使ってほしくないと懇願したリムの言葉は消えていた。

「ほう。少しは興味が出たようじゃの。魔力があれば魔法なぞ少し訓練すれば誰でも使えるようになる。じゃがの、先程儂は、お主が魔法を使うには制約があると云わんかったかの。その制約が有る限り、魔法は使えん」

 杖を持ったモルディアスの手に力が籠もる。杖の先端に取り付けられた、青い石が心なしか銀色の光を帯びているように見えた。

「制約とは何だ?」
「お主の魔法を使えないよう干渉している存在がおる。それを取り除かない限り、魔法は使えぬの」
「干渉? 誰だそれは」
「お主のすぐ傍におる」
「え?」
「其処の精霊じゃよ」

 ――リム?!

 ヒロは思わずリムを見た。リムはその金色の目を大きく見開いて硬直していた。
 

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