ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】

日比野庵

3-025.あんた訳ありなんだね

 
 ヒロとリムはソラリスの案内で、とある宿泊専門宿の一室に通された。今晩の宿がないことを知ったソラリスが伝手つてを使って宿を取ってくれたのだ。なんでも、今晩宿泊する筈の王国聖騎士とお付の二人の到着が一日遅れるとかで、空室が出来たらしい。ソラリスも別の部屋だが、同じ宿に泊まるという。

 部屋は騎士の御用達らしく広かった。二階建宿の二階部分の大半を占めるその部屋は、寝室と思われる部屋にベットが二台。四つ足の小振りのテーブルに椅子が二つ。曲木のコートハンガー。寝室の脇に三畳間程の控えの間がある。控えの間には背もたれのない椅子が三つ、壁にピタリとくっつけて並べられている。一泊で王国正金貨一枚もする。おそらくこの世界の宿では高級スイートルームに当たるのだろう。

 ベットルームのテーブルには、酒でも入っているのだろうか、白い陶器の入れ物と、同じく白の陶器のカップが二つ置かれていた。

「ありがとう、助かったよ」

 ヒロがベットに腰掛けてソラリスに礼をいう。リムは隣のベットに寝っ転がると、そのふかふかの感触を確かめるようにゴロゴロと転がっては、ふにゃあとなっている。

偶々たまたまさ。それにしても、お前等の為に宿を取る羽目になるたぁ、あたいも貧乏籤を引いたもんだね」

 ソラリスは、テーブルの椅子に腰掛けると足を組んだ。茶色いガウンの隙間から、ショートパンツが覗き、太い腿が顕わになる。女性らしいすべすべした肌が、よく発達した大腿筋によってぐいと盛り上がった。

「……悪いね」

 ヒロが肩を竦める。

「まぁいいさ。そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。あたいの名はソラリス。ソラリス・レイってんだ。お前は?」

「俺はカカミ・ヒロ。ヒロでいい。こっちは……」

 ヒロがリムに目をやると、リムははっとして、ぴょんと跳ね起きた。膝から折った両脛を外に出して、お尻をぺたんとつけて座る。俗に言う女の子座りだ。

「私の名はリム。精霊見習いです。ヒロ様のお手伝いの修行中です」

 リムは真っ直ぐに垂らした両手をベッドに付けたまま、腰だけを曲げるようにしてぺこりとお辞儀する。

「へぇ。リーファ神殿で同じ格好の精霊をみたことがあるけど、皆、こんな子供なのかい?」
「子供じゃありません。人間なんかよりよっぽど年上ですっ」
「分かった、分かった。じゃ、そういう事にしといてやるよ。

 両手を上げて抗議するリムに、ソラリスは両の手の平を向けて制した。ヒロは、リムが何千年も前の金貨を持っていることを思い出した。だが、リムに歳を聞くことは止めておくことにした。

「ヒロ、お前はあたいに案内しろって言ってたけど、何処に行きたいんだ?」

 ソラリスがヒロに目を向ける。

「最終目的地は決まってない。だが、まずはこの世界で生きていく算段をつけたい。そのために、ウオバルに行こうと思ってる」
「ウオバルなんざぁ、ここからじゃ四半日で行ける。案内なんざぁ要らないよ」
「……道案内だけじゃない」

 ヒロは座ったまま両手の指を組んで膝の上に乗せた。

「こちらの世界のことをもっと知りたい。そのために仕事が欲しい」
「初めてウォーデン公領こっちに来たような言い方するんだな。仕事なんざぁ、お前の国にもあるだろう?」
「訳あって、元の国に戻れない。なんとか戻る方法を探したいと思っている。だが、何をどうすればいいかも分からないんだ。今日、明日でどうにかなる問題じゃないと思う。だから、まずこちらで生活基盤を作っておきたい」
「ふ~ん。何だか分からないけど、訳ありなんだな。それでウオバルで仕事を探したいという訳かい……」

 ソラリスはそう言って、陶器の入れ物を傾け、二つのカップに琥珀色の液体を注いで、一つをヒロに渡した。

「ウオバルは確かに人も多いし、仕事もなくはない。なら、あたいはヒロの仕事の世話をすりゃいいってことかい?」

 ソラリスはカップに口をつけ、そのままぐいと飲んだ。

「さしあたってはね。何か当てがあるなら紹介して欲しい」
「そりゃ、あたいにもウオバルに知り合いがいないこともないけどさ……。でもなヒロ。お前、何が出来るんだ。誰でも出来るような仕事なんざぁ、わんさかと人が集まるぜ」
「だろうね。元よりそんなにいい仕事に就けるとは思ってない。ここで使えるような技術スキルも持ってない。でも、ウオバルは学問が盛んだと聞いている。働きながら読み書きを習いたいと思ってる。何が出来るかどうかはそれから考えたい」

 ヒロは受け取ったカップを口元に寄せた。凝縮された葡萄の香りの中に微かに樽の香りが混ざっている。そのまま一口含む。上等な蒸留酒だ。胡椒は入ってない。ヒロはやっと酒にありついたと思った。

「……そうか。じゃあ、最初の案内アドバイスをしてやるよ。ヒロ」

 ソラリスは空になったカップを、カツンと少々乱暴にテーブルに置いた。

「まずは、その変梃な恰好を止めて普通の服に替えちまうことだ。あたいが見繕ってやるよ。ウオバルへ行くのはそれからだ」

 乱暴な口調だったが、ソラリスの顔は満更でもなさそうだ。

「いいのか?」
「代金は今飲んだ蒸留酒ヴァン・ブリュレってことにしといてやるよ。明日の昼前迄に此処を出ればウオバルには十分間に合うさ。明日の朝、呼びにくる。それでいいかい」

 ソラリスは立ち上がって、自分の部屋に戻るとヒロに告げた。

「問題ない。よろしく頼むよ」

 部屋を出るソラリスの背にヒロは声を掛けた。出会いは最悪だったが、話してみると人が悪い訳ではなさそうだ。最初は強面こわもてな印象だったが、大分薄らいだ。

 それにしても、ソラリスは、初めて賭けに負けて悔しいだろうに、そんな気持ちをおくびにも出さない。あるいはそういう性格なのかもしれないが、あそこまでさっぱりしていてくれると、こっちも気を使わなくて済む。さしあたっては仕事を見つけるまでの付き合いになるのだろうが、それでもこの世界ここに詳しい人物が近くにいてくれるのは有り難い。取り敢えずはそれで十分だ。ヒロはベットにうつ伏せになって目を瞑っているリムが寝息を立てていることを確認すると、部屋のランプを吹き消した。

 炎のオレンジの光が無くなる代わりに、開け放した窓から、蓮の月が柔らかな虹の光を投げかける。

(そういえば、何故、俺は急に念話テレパシーが使えるようになったんだ?)

 ヒロは窓から月を見ながら、ふと思った。もちろんテレパシーという概念は知っている。そんなものは小説やアニメで日常茶飯事だ。元の世界でも、スプーン曲げとかのいわゆる超能力をテレビで披露する人達もいた。ヒロは元の世界では超能力者でも何でもない。唯の一般人だ。

 だが、自分がこの世界で念話テレパシーを体験することになるとは思いもよらなかった。リムによれば、この異世界でも念話テレパシーを使える人間は少ないという。それなのに何故自分が……。いや、もしかしたらリムとの間だけしか使えないのかもしれない。ヒロはあれこれと思考を巡らした。無論、答えなどある筈もない。

(今は現実を受け入れるしかないか……)

 ヒロはそれ以上考えるのを止めてとこについた。
 

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