ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】
2-014.宿無し達の金貨
 
――ギィ。
扉を開けて酒場に入ったヒロとリムを迎えたのは、杯を重ねていい気分になっている客の好奇と幾分の警戒を含んだ視線だった。
あまり人目に付きたくないと思っていたヒロであったが、こちらの世界の住人にとって、サラリーマンスーツは余りに異質だ。それに加えて酒場にはそぐわない少女を連れている。目立つなという方が無理だ。ヒロは思わず肩を竦めてしまった。
店の中は意外と狭かった。建築技術が未熟で、余り大きな建物は作れないのかもしれない。四つの背もたれのない椅子が置かれた古ぼけた木造のカウンターに、これまた年季の入った木製のテーブルが三脚。壁の端にはテーブルを分解したと思われる木の台座と板が立て掛けられている。
ざっと見たところ、客は十人ばかり。テーブルに八人。カウンターに二人だ。如何にも酒場然としていて、アルコール臭が充満している。ヒロが心配になってリムをみたのだが、彼女は割と平気な様子だった。
ヒロはリムの手を引いて、カウンターに行き、空いた椅子にリムを座らせる。ヒロはその隣の席に腰を下ろした。
「見ねぇ顔だな。兄ちゃん」
店主と思しき大男が、カウンター越しにヒロをじろりと睨む。酒場の店主というには場違いに思える程、良い体をしている。ラガーマンのような分厚い胸板が、ノースリーブの一張羅を引き裂かんばかりに張り出し、丸太のように太い腕が、筋肉の鎧でコーティングされている。酒場のマスターではなく、棍棒を振り回す戦士だと言われた方が余程説得力がある。ゲームの設定よろしく、荒くれ者が集う酒場ではこれくらい腕っ節が強くないと務まらないのかもしれないなとヒロは思った。
「あぁ、そうだよ。遠い異国から来た。この辺りは不案内なんだ。宿を探している。知らないか」
「うちは『冷やかし』なんざぁ置いてねぇ。異国だか何だか知らねぇが、只で物ぉ教えて貰えるとこなんざ天国しか知らねぇな。早く注文しな。用が無けりゃ帰ぇるこった」
「すまない。何がある?」
「あん? 兄ちゃん嘗めてんのか。呑むのか呑まねぇのか、どっちだ」
店主は苛立った表情でヒロを睨みつけた。まずは酒を飲む他なさそうだ。
「……余り強くない酒を」
「ふん。じゃあ麦酒だな? 一パムだ。とっとと出しな」
どうやら代金は先払いらしい。ヒロはリムに目配せする。
「リム。頼めるか」
「はい。ヒロ様」
リムは懐から皮の袋を取り出して、白い手を突っ込んだ。しばらくゴソゴソしてから、金貨を一枚取り出した。
「店主さん。これで持ってこれるだけ持ってきてください。御釣りは要りませんから」
リムはカウンターに金貨を一枚置くと、えっへん、という顔をした。
ヒロには、店主が代金だといった一パムというのがどれくらいのものか分からなかったのだが、流石に金貨一枚に等しいとは思えなかった。釣りが要らないというのは少々勿体ないとは思ったが、リムの得意気な顔をみて、口を挟むのを止めた。
店主は、リムの金貨を摘むと目の前でしげしげと眺めた。表、裏と何度も引っ繰り返しては、不思議そうにしている。子供にしか見えないリムが金貨を惜し気もなく出して見せたのに驚いたのだろうか。それとも釣りは要らないと言ったのが意外だったのだろうか。だが、店を預かるカウンターの大男が次に発した言葉は、そんなヒロの予想を大きく覆すものだった。
「お嬢ちゃん。なんだこりゃ」
店主はそう言って、金貨をリムに向かって放り投げた。金貨は二回バウンドしてカウンターの外に跳んだ。
「はわわ」
リムは慌てて両手を広げて金貨を受け止める。何が起こったのか理解できないとばかり顔を上げたリムに向かって、店主が人差し指でリムの掌の金貨を指さした。
「見た目は金貨みてぇだが、そんな金貨は見たことがねぇ。生憎此処は、大人が酒を呑むところでな。使っていい金貨は王国正金貨かバルド準金貨だけだ。玩具の金で飯事やりたけりゃ、他所でやってくれ」
「えええええぇぇぇぇぇ」
意外な言葉にリムが目をうるうるさせる。
「これは由緒正しい金貨です。玩具なんかじゃありません」
店主はそんなリムの必死の抗議を無視して、非難の矛先をヒロに向けた。
「兄ちゃんよ、子供の教育がなっちゃいねぇな。いいか。いくら温厚な俺でもな。我慢には限度ってもんがあるぜ。いい加減にしとかねぇと、兄ちゃんの首が胴とサヨナラするのを止められなくなるぜ」
漫画やアニメでないと聞けそうにない台詞だ。しかし、筋骨隆々の大男から生で聞かされるとまた格別の迫力がある。このままでは悪戯に印象を悪くするだけだ。
(素直に詫びて退散するか、別の何かとの物々交換を願い出てみるか……)
結局、ヒロは一旦引いた方が得策だと判断した。
「悪かったな。店主、じゃ……」
ヒロは、拳を握って間違いなく金貨だと主張するリムの頭をポンと軽く叩いてから腰を上げた。
「お客人。ちょっとお待ちいただけますか?」
店から出ようと踵を返したヒロの背に一人の男が声をかけた。
――ギィ。
扉を開けて酒場に入ったヒロとリムを迎えたのは、杯を重ねていい気分になっている客の好奇と幾分の警戒を含んだ視線だった。
あまり人目に付きたくないと思っていたヒロであったが、こちらの世界の住人にとって、サラリーマンスーツは余りに異質だ。それに加えて酒場にはそぐわない少女を連れている。目立つなという方が無理だ。ヒロは思わず肩を竦めてしまった。
店の中は意外と狭かった。建築技術が未熟で、余り大きな建物は作れないのかもしれない。四つの背もたれのない椅子が置かれた古ぼけた木造のカウンターに、これまた年季の入った木製のテーブルが三脚。壁の端にはテーブルを分解したと思われる木の台座と板が立て掛けられている。
ざっと見たところ、客は十人ばかり。テーブルに八人。カウンターに二人だ。如何にも酒場然としていて、アルコール臭が充満している。ヒロが心配になってリムをみたのだが、彼女は割と平気な様子だった。
ヒロはリムの手を引いて、カウンターに行き、空いた椅子にリムを座らせる。ヒロはその隣の席に腰を下ろした。
「見ねぇ顔だな。兄ちゃん」
店主と思しき大男が、カウンター越しにヒロをじろりと睨む。酒場の店主というには場違いに思える程、良い体をしている。ラガーマンのような分厚い胸板が、ノースリーブの一張羅を引き裂かんばかりに張り出し、丸太のように太い腕が、筋肉の鎧でコーティングされている。酒場のマスターではなく、棍棒を振り回す戦士だと言われた方が余程説得力がある。ゲームの設定よろしく、荒くれ者が集う酒場ではこれくらい腕っ節が強くないと務まらないのかもしれないなとヒロは思った。
「あぁ、そうだよ。遠い異国から来た。この辺りは不案内なんだ。宿を探している。知らないか」
「うちは『冷やかし』なんざぁ置いてねぇ。異国だか何だか知らねぇが、只で物ぉ教えて貰えるとこなんざ天国しか知らねぇな。早く注文しな。用が無けりゃ帰ぇるこった」
「すまない。何がある?」
「あん? 兄ちゃん嘗めてんのか。呑むのか呑まねぇのか、どっちだ」
店主は苛立った表情でヒロを睨みつけた。まずは酒を飲む他なさそうだ。
「……余り強くない酒を」
「ふん。じゃあ麦酒だな? 一パムだ。とっとと出しな」
どうやら代金は先払いらしい。ヒロはリムに目配せする。
「リム。頼めるか」
「はい。ヒロ様」
リムは懐から皮の袋を取り出して、白い手を突っ込んだ。しばらくゴソゴソしてから、金貨を一枚取り出した。
「店主さん。これで持ってこれるだけ持ってきてください。御釣りは要りませんから」
リムはカウンターに金貨を一枚置くと、えっへん、という顔をした。
ヒロには、店主が代金だといった一パムというのがどれくらいのものか分からなかったのだが、流石に金貨一枚に等しいとは思えなかった。釣りが要らないというのは少々勿体ないとは思ったが、リムの得意気な顔をみて、口を挟むのを止めた。
店主は、リムの金貨を摘むと目の前でしげしげと眺めた。表、裏と何度も引っ繰り返しては、不思議そうにしている。子供にしか見えないリムが金貨を惜し気もなく出して見せたのに驚いたのだろうか。それとも釣りは要らないと言ったのが意外だったのだろうか。だが、店を預かるカウンターの大男が次に発した言葉は、そんなヒロの予想を大きく覆すものだった。
「お嬢ちゃん。なんだこりゃ」
店主はそう言って、金貨をリムに向かって放り投げた。金貨は二回バウンドしてカウンターの外に跳んだ。
「はわわ」
リムは慌てて両手を広げて金貨を受け止める。何が起こったのか理解できないとばかり顔を上げたリムに向かって、店主が人差し指でリムの掌の金貨を指さした。
「見た目は金貨みてぇだが、そんな金貨は見たことがねぇ。生憎此処は、大人が酒を呑むところでな。使っていい金貨は王国正金貨かバルド準金貨だけだ。玩具の金で飯事やりたけりゃ、他所でやってくれ」
「えええええぇぇぇぇぇ」
意外な言葉にリムが目をうるうるさせる。
「これは由緒正しい金貨です。玩具なんかじゃありません」
店主はそんなリムの必死の抗議を無視して、非難の矛先をヒロに向けた。
「兄ちゃんよ、子供の教育がなっちゃいねぇな。いいか。いくら温厚な俺でもな。我慢には限度ってもんがあるぜ。いい加減にしとかねぇと、兄ちゃんの首が胴とサヨナラするのを止められなくなるぜ」
漫画やアニメでないと聞けそうにない台詞だ。しかし、筋骨隆々の大男から生で聞かされるとまた格別の迫力がある。このままでは悪戯に印象を悪くするだけだ。
(素直に詫びて退散するか、別の何かとの物々交換を願い出てみるか……)
結局、ヒロは一旦引いた方が得策だと判断した。
「悪かったな。店主、じゃ……」
ヒロは、拳を握って間違いなく金貨だと主張するリムの頭をポンと軽く叩いてから腰を上げた。
「お客人。ちょっとお待ちいただけますか?」
店から出ようと踵を返したヒロの背に一人の男が声をかけた。
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