僕だけが蘇生魔法を使える!

AW

9.月夜の災い

 大都市ティルスへの僕たちの旅は躓きの連続だ。
 勇者歓迎の村を昼過ぎに出発して以降、何だかんだと魔物の襲撃が続いたんだ。これも呪いですかね。

 一般的には大都市に繋がる街道は治安が良いはずなんだけど、例の黒いローブの魔女の件で、警備隊は街道を放置して捜索にかかりっきりになっているみたいだ。

「こうもオークばかりに狙われるなんて、美少女も大変だわ!」

 オークを数合の撃ち合いの末に斬り捨てたルーミィが、恥ずかしがりもせずに美少女宣言する。

「心も美少女なら、そういうのは口にしないんだけど、な!」

 僕も、風刃をうまく牽制に使いながら、浮遊魔法で背後をとってオークに止めを刺す。宿屋店員だったラールさんや、蝶の姿でひらひら飛んでいるミールは戦力外。

「灯台もと暗しよ!あたしの魅力に気がつかない人が近くにいるから言うしかないで、しょ!」

 最後のオークをルーミィが斬り伏せ、やっと戦いから解放された。

「ルーミィ、お疲れさん!
 お!?レベルが6に上がってるよ!」

「あたしもレベル6になったわ!」

「私は戦っていないけど、レベル4です」

「パーティだと経験値を共有できるの。ラールさん、そこは役割分担だから気にしなくていいよ!」

「分かりました。でも、私も少しは戦えるようになりたいです!」

「なら、あたしが鍛えてあげるわ!」

 ルーミィが師匠とか、こわっ。けど、僕は弱いからルーミィに任せるしかないんだよね。

「お願いね!で、そろそろ日が沈むわね。夜営は魔物が多い森や水場を避けるのが基本よ。あっちの岩場の方で夜営をしましょう!」

 旅慣れたラールさんがいてくれて本当に助かる。馭者に食事にと大活躍だ。しかも癒し系美少女!性格はルーミィと正反対で飾らないし健気なんだけど、最近は何かと積極的なんだよね。変な方向に頑張ってる気がするよ。

 みんなで楽しく食事をしたあと、僕たちは現実的な問題に直面していた。でも、ここは男の意地の見せどころだ!

「僕が見張りをするからみんなは休んで!」

「ロトも疲れたでしょ?あたしも見張りするわ!」

「私も見張りくらいならできます!魔物が来たらみなさんを起こせばいいんですよね?」

『やっとワタシの出番かな?暗闇でも多少の魔力感知ができるからワタシに任せてね!』

「こういう話し合いって、逆に疲れるんだよね。ある程度は戦える人が見張りをした方がみんなが休めるし、男としても引き下がれないし!午前中に少し寝かせてもらうから見張りは任せな!」

 何とか言い切って僕が見張りをすることになった。



 ★☆★



 ゴブリンやオークは夜だからって容赦はなかった。美少女だから狙われるとか、全く関係ないじゃん?ルーミィは食料としか見られてないんだよ。何度か撃退したあと、東側から馬が駆ける音が近づいてきた。

 人間!?
 洞窟で会った盗賊を思い出した僕は、背筋を冷や汗が滴り落ちる。みんなを起こさなきゃ!僕は馬車の幌を開けて寝ているみんなに声をかける。

「馬蹄の音がする!人が向かってくる!」

 ルーミィがすぐさま起きて剣を握る。ミールは女の子の姿になった。やっぱり裸だ……。ラールさんが服を着せてあげている。

 僕たちが数分間馬車の中で待機していると、馬の嘶きと人の声が聞き取れるほどに近づいてきた。逃げるべきだったか!?


『あ、いたいた!君たち無事だったんだね、良かったよ!本当に安心した!』


 月に照らし出された鎧には見覚えがあった!
 昨日街道で会った騎士団の人たちだ。例の黒いローブを探しているのだろうか。騎士たち3人は笑顔で馬車に駆け寄ってくる。安心した。

「はい、騎士のみなさんのお陰です!」

『なに、騎士なんて役に立たないよ』

 謙遜か、自嘲か、騎士たちは笑っている。
 最初に違和感を感じて動いたのはミールだった。素早く紐状に変身すると、僕の肩を抱き寄せようとする騎士の顔を鞭のように叩いた。

『いてっ!大人しく吸わせろよ!』

「えっ!?」

 至近で見た騎士の口からは牙が生えていた!
 こいつ、ヴァンパイアか!?

『さっきのおっさんの血が不味かったからな!口直しにお前らのを頂きにきたんだよ!』

 こいつら、昨日の騎士じゃない!?
 この声は……確か、あの洞窟にいた盗賊じゃないか!

 どういうこと!?
 騎士が盗賊で、盗賊がヴァンパイア?なら、騎士がヴァンパイア?そんなわけない!盗賊がヴァンパイアで、騎士が負けたんだ!まずいまずいまずい!

「ロト君!逃げるよ!!」

 ラールさんの怒鳴り声で頭が冷めた!

 僕の身体が咄嗟に動く。アイテムボックスから聖水を取り出し先頭の男にぶちまけると、素早く反転して馬車に乗り込む!

 ラールさんは既に馬に鞭を打って馬車を出していた。いざとなったら僕が浮遊魔法を使うことは想定ずみらしい。

 ルーミィは馬車の中で臨戦態勢だ。

 ミールは相変わらず紐の姿で相手の顔を狙う。騎乗しているヴァンパイアたちは片手しか自由に使えないのが幸いしている。でも、蘇生は1回しか受けられない!

「ミール、逃げるよ!!」



 僕たちの馬車は全速力で走る!
 態勢を整えたヴァンパイアたちは猛然と差をつめてきた。振り返ると20m後方に牙を剥き出しにして叫ぶ姿が見える!

「逃げ切れない!戦うぞ!」

 絶対にみんなを守るんだ!
 僕は父さんの短剣を握りしめる。父さん、母さん!力を貸して!!

 決死の覚悟で浮遊魔法を発動し、迫りくるヴァンパイアに奇襲をかける!

「風刃!」

(ガキンッ!)

 風の刃は重厚な鎧に弾かれる!致命傷は無理だ!やむを得ず馬の足元を狙う!

「風刃!!」

 馬は激しく嘶くが速度は衰えない!
 あっという間に馬車が3人のヴァンパイアに取り囲まれた!くそッ!自分の非力さに悔し涙が流れる。


『ボウズ、諦めろや!』

 ヴァンパイアの重い剣戟を受けきれず、僕の身体は激しく地面に打ちつけられた。

「ロト!!」

 馬車が急停止し、ルーミィが飛び出してくる!赤い目……バーサーカーを発動している!!

「ロトを、いじめるなッ!!」

 しかし、ルーミィ渾身の一撃すらもヴァンパイアは笑って受け止めた……。

「ルーミィ逃げろ!!」

 僕は必死に叫ぶ!
 ルーミィだけには傷を負わせたくない!

「バカっ!あたしがロトを守るんだから!」

 ルーミィは僕の前で仁王立ちだ。

『ぎゃはは!女に守られる男、笑わせるぜ!!
 おい、女!男を殺されたくなければ武器を捨てな!』

 ルーミィは迷わず武器を投げ捨てた。

『次は、そうだな……服を脱げ!』

「なっ!!」

 左右のヴァンパイアたちがゲラゲラ笑いながら剣を向けている。

「やめろ!!」

 僕は、動かない右腕から短剣をもぎ取り、左手をがむしゃらに振り回す。

 彼らの笑い声が闇に響き渡るなか、ヴァンパイアに体当たりを仕掛ける影があった!

『ふんっ!』

「キャァー!」

 片手で軽く凪ぎ払われたラールさんは、僕の隣で蹲っている。ミールは蝶の姿で心配そうに飛び回っている。

『ベッピンが2人もいるぜ!俺がこの金髪な!』

『じゃあ、俺は赤いのを貰うぜ!』

『ふざけんな!俺は男より女がいい!赤いのは俺にくれよ!!』

 こいつらは!!
 僕の大切な仲間たちを!!

 怒りで頭が爆発しそうだ!
 何も考えられず、怒りのままに突進する。何度叩き伏せられても、何度蹴られても、僕は必死に立ち上がって挑み続けた……。

『うぜぇ!!』

 右上から振り下ろされた剣が、受け止めた短剣ごと肩にめり込む……激痛で意識が飛びそうになるのを、必死の叫びで食い止める!

「ぐあぁ~!!!」

 しかし、鳩尾に食い込む靴先に、僕は完全に意識をもぎ取られた……。
 ルーミィ……ラールさん……ミール、みんな……ごめ……ん……







 ★☆★







 明るい光で目が覚めた。
 うっすらと目の前に浮かぶのは……ルーミィの泣き顔?あぁ、一緒に天国にこれたんだ。これはこれで幸せか。でも、リンネ様……すみません。


「んっ!?」

 突然塞がる視界、圧迫される口元に、僕の意識がはっきりする。生きてる!?柔らかい感触……初めての感触。これは……ルーミィの唇が僕の唇を塞いでいるんだ。

 最初は動転して手で振り払おうとした。でも、その手はしばらく空中をさまよったあと、ルーミィの頭と肩を撫でていた。ルーミィを抱きしめるためなら、右肩に走る激痛なんて、痒いもんだ。

 長々と続いたキスは、誰かの咳払いで中断させられた。

 ルーミィの涙に濡れた顔が遠ざかると、今度はラールさんの顔が急接近……僕の唇は再び塞がれた。甘い味がした。ラールさんの背後でルーミィの溜め息が聞こえる。僕は左手で優しくラールさんの髪を撫でてあげた。


 僕の口が解放されたときには、既に僕は落ち着きを取り戻していた。

 部屋を見回すと、笑顔一杯のミールもいる。やっぱり癒される。妖精はキスの習慣がないのかな?少し残念かも。

 背後にもう1人の影がある。誰だろう?

 黒い……黒いローブ!?

 えっ!?

 僕は全身に走る激痛を堪えて、ベッドから起き上がった!!

「殺人鬼!!みんな、逃げろ!!」

「ロト、待って!!」

「ロト君、この人が私たちを助けてくださったのよ!落ち着いて!また、ゆっくり横になって!」

 数度目の混乱が僕を襲う。
 落ち着け……目を閉じて、深呼吸をする……。
 すぅ、はぁ~、すぅ、はぁ~、すぅ、はぁ~。



「黒いローブの人……助けていただきありがとうございます。お願いします、説明を……」

 黒いローブの女性は、緊張した様子で頭に被ったフードをあげた。

「ダ、ダークエルフ!?」

『ああ。いかにも、我はダークエルフだ』

 ルーミィたちは驚かず、笑顔で見守る姿勢だ。

『我は“青い月”という、ヴァンパイア集団を追っている。家族の仇だ』

 ダークエルフの女性は、悲痛な表情で自分たちに起きた悲劇の過去を語りだした。

『我の唯一の家族、妹のアネットがヴァンパイアに殺されたのは1ヶ月ほど前だ。我らはティルス北部の森で静かに暮らしていたんだ。それを……突然奴らが襲ってきた。奴らは、殺すことを愉しむかのように村を蹂躙した。我らも戦ったのだが……及ばなかった』

「そんなことが……でも!それは、無差別な殺人を認める理由にはなりません!!」

「ロト、違うの。この人……アーシアさんが殺していたのはヴァンパイアなんだって!」

「そんなバカな……あの村の人もか?」

「ええ。ロト君、今はその村にいるの。さっき、彼に会ってきたわ。彼が殺される前の記憶も確認した。本人には辛い記憶だったけど、全て話してくれた」

「今は!?」

『心配無用だ。蘇生された時点で人間に戻ったようだ。感謝する!』

「そうか……良かった……」

 ほっとした僕の身体は、力なくベッドに崩れ落ちた。

「それでね、ロト。妹さん……アネットさんを生き返らせてほしいの!」

 僕には反対する理由がない。僕たちを助けてくれた恩は無限大だ。アーシアさんのためならなんでもしよう。

「アーシアさん、疑ってすみません。僕にできることはなんでもします!仲間たちを助けてくださって、本当に、本当にありがとうござい……」

 嗚咽で喉が詰まって最後まで言えなかった。でも、気持ちは伝わってくれた。ルーミィも、ラールさんもミールも、みんな、泣いている。

『ロト少年!どうか妹を生き返らせてくれ!』

 アーシアさんも泣いて土下座している。
 命の重みを改めて感じる。
 僕の存在の小ささと、責任の重さ……本当に釣り合っていないよな!でも、僕は、僕にできることを頑張ろう。

 それらを強く心に刻み込んで、僕たちはアーシアさんと一緒に北の森を目指した。

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