美人に転生したけれど、悪役令嬢の私に彼は振り向いてくれなかった

魔法少女どま子

薔薇の似合う男

 意識が戻ったときには、私は宙に浮いていた。足元に目を向けると、はるか地上に住み慣れた住宅街がーー

 って、空飛んでるってどういうこと!

「ぎゃああああ!」
 思わず私は絶叫した。これが可愛い女の子なら愛らしい悲鳴になったのだろうけど、悲しいかな、私の絶叫はゾンビのそれだった。

「あっはっは! すっごい声だなあ」
 言われて顔を向けると、さきほどの美青年が私の隣を歩いていた。彼も同様に宙に浮いているが、その動きには微塵の迷いもない。さもそれが当然であるかのように、堂々たる振る舞いで空を歩いている。

 薔薇。
 そう、彼の一挙手一投足はいちいち美しい。彼のそばに一輪の薔薇を添えたら、さぞ王子様みたいなんだろうなあ……

 けれど、いまの私にその光景を楽しむ余裕はまったくなかった。だって私、いま空飛んでます。

「すっごい声って……」
 わけもわからず、私は泣きじゃくる。こんな経験、生まれてこのかたしたことがない。社会の教科書にも載っていなかった。いったいなにがどうなっている。

 と、ふいに。
「慌てないで」
 美青年は私の背後にまわりこみ、両手を握ってきた。
「落ちることはないさ。僕と一緒に行こう」
「え……?」

 どういうわけだか、彼に手を繋がれた瞬間、心の底から安堵感が沸き起こってくるのを感じた。彼に守られているという安心があった。

 ーー今日だけじゃない。
 ふとそう思った。いつだか遠い過去に、同じようなことがあった気がする。そのときも私はテンパっていたけれど、彼が優しくエスコートしてくれた。

 そこまで考えて、私はぶんぶん頭を振った。私はどこにでもいる平凡な高校生だ。そんなことがあろうはずがない。

「どうだ、歩けるだろう?」
「え……う、うん」

 彼の歩くテンポに合わせて、私も一歩一歩、確実に踏み込んでいく。まるで透明なガラスでも張っているのか、きっちりと地面に足をつけている感覚がある。

 彼はにっこりと目元を緩ませた。
「うまいじゃないか」
「あ、ありがと……」

 チュンチュンという鳥の鳴き声が聞こえた。まさか私たちを祝福してくれているのだろうか、数匹の小鳥が、歌いながら私たちの周囲をぐるぐるまわる。
 なんて可愛いんだろう。私は思わず微笑んだ。

「さて」
 と彼は言った。わずかながら笑みが消え、やや真剣味のある表情で続ける。
「これから君は色々な経験をするだろう。もちろん嫌なこともある。だけど忘れないでほしい。僕だけは君の味方だ」

 色々な経験? 嫌なこと? なんのことだ。

「……ごめん、話がよく掴めない」
「そのうちわかるさ。忘れないでほしい。辛くなったら僕の顔を思い出して」


 


 

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