異世界転移-縦横無尽のリスタートライフ-

じんむ

リスタート

 気が付くと、心配そうにティミーがこちらを覗き込んでいた。

「ティミー……?」

 何を思うでもなく尋ねると、ティミーが僅かに顔を綻ばせる。

「お母さん、アキ起きたよ!」
「ほんと?」

 優し気な声が聞こえると、やがて目の前にヘレナさんが現れる。

「良かったアキ君、目が覚めたのね」
「えっと、ここは?」

 状況が呑み込めない。上半身を起こすとヘレナさんが気づかわしげな眼差しを向ける。

「起きて大丈夫?」
「ああ、えと、はい。ありがとうございます」

 どうやら俺はベッドで寝ていたらしい。
 辺りを見回してみれば暖炉とタンス、シンプルな木の机、そしてその上にある何かの動物の置物が目に入る。
 同時に、先ほどの事を思い出す。

「そ、そうだ! 魔物は! 魔物はどうしたんです!?」
「魔物……ああそっか」

 一瞬何かを考えた様子のヘレナさんだったが、やがて合点がいったのか微笑を湛える。

「えっとね、魔物はハイリちゃんが倒してくれたの。だからみんな無事」
「え?」

 そういえばあの時、確かにハイリの姿が見えた。
 ただ、あの時俺がいたのは森の中のはずだ。今いる場所の情景とはどうやってもつながらない。

「あの、ここはどこなんです?」

 聞くと、ヘレナさんの口から衝撃的な事を告げられる。

「ここはサンフィエンティルにある仮のお家よ」

 絶句した。
 同時に身体がベッドから跳ね降りていた。

「アキ君!」

 ヘレナさんが後ろから呼ぶが、気にせず外に飛び出す。
 石畳の道には同じようなレンガ造りの家がいくつも並んでおり、時々人が歩いている。ここがサンフィエンティルか確かめるすべはないが、明らかにそうらしかった。
 四方八方へ目を向けると、ふと角へ歩いていくハイリの姿を捉える。
 ほぼ条件反射で足がハイリの方へと向かっていった。

「おいハイリ!」

 呼び止めると、ハイリがこちらに振り返る。

「おお、アキ。目ぇ覚めたみたいだな」

 人懐っこい笑みを浮かべハイリは手を振って来るが、返ってその所作は俺の神経をなでた。
 ハイリの傍まで駆け寄ると、胸倉をつかむ。

「なんで! なんであんな事を!」
「あんな事……?」

 ぽかんと小首をかしげるハイリはとぼけているのだろうか、あるいは本当に覚えてないのだろうか。
 まぁどちらにせよ俺は知っている。ハイリが俺の意識を飛ばした事を。

「お前、俺の気を失わせやがっただろ! なんでそんな事したんだ!」

 俺がやらなきゃならないのに、俺が護衛しないといけなかったのに。

「ああそれか。いやだってよ、あんまりにも疲れてそうで見てられなかったんだよ。だからからわざわざ寝かして……」
「余計なお世話なんだよ!」

 思わず語気が荒くなる。

「おいおいなんでそんな怒ってんだよ?」

 戸惑い気味のハイリがひどく憎く目に映る。一瞬、胸倉をつかむ握力が強くなってしまったが、即座に抑える。自分勝手な要求で人を傷つける事だけは断じてしちゃだめだ。
 半ば突き放すかのように手を放すと、やりようのない怒りに後押しされるがまま石畳の上を走った。
 とにかく足を動かし続けると、噴水のある円形の広場に出る。
 疲れやら何やらで噴水の淵に手をかけると、肺が酸素を取り入れようと必死で呼吸を始めた。


 どれくらいこうしていただろう。かなり長い時間ここにいた気がする。
 呼吸が落ち着いたころ合いに水面を覗いてみると、水鏡には噴水の流れで歪んだ自らの醜悪な顔が映り込む。

 ああなんて野郎なんだろうな。今回は運よく誰も死んだりなんかはしていないらしい。だがもしあの場がいなかったらどうなってた? たぶん村は壊滅していただろう。

 それに俺は人を傷つけた。まずベルナルドさんだ。あの時俺がすぐに出ていればあんな痛手は負わなくて済んだはずだ。そしてもう一人はティミー。幸いな事に物理的に傷つけられたわけじゃないが、精神的には傷ついたはずだ。きっと想像絶する恐怖を体感したに違いないし、ベルナルドさんが一方的にやられる姿も子供にはかなり堪えたのではなかろうか。

 俺がしっかりしていなかったからこんな事になった。あの時俺がしっかりと一歩踏み出していれば誰も傷つかずに済んだのだ。

「こんなところに居やがったかアキ」
「ハイリ、さん」

 突如背後から声がかかったので振り返ると、ハイリが呆れたように笑いながら立っていた。

「ずいぶん思い詰めた顔をしてどうした?」

 思わず押し黙る。言葉を紡ごうとしてもうまく言葉が出ない。
 やがて俺の返答を諦めたか、ハイリがこちらに近づいて背中を叩いてくる。

「何を悩んでるのか知らないけどお前は正義の英雄なんだぞ? もっとしゃんとしろって」

 正義、英雄。この二つの文字が激しく肩にのしかかる。
 違う、俺はそんな大それた人間じゃない。戯言も甚だしい。

「そんなわけないじゃないですか。俺は人を傷つけたんです。そんなヒーロー……英雄なんてたまったもんじゃないですよ」
「ん? ちゃんと助けたじゃないか。皆元気だぞ? だったら……」
「違う!」

 思わず声を荒げてしまう。噛みつくつもりなんて無かったのに。
 だが、一度堰を切ってしまえば、抑え込まれていた水は怒涛の勢いであふれ出る。

「違うんです! 俺はもっと早く対処できた! だけど未知の敵の前に怯えて、怖気づいて! 動けないでベルナルドさんやティミーを傷つけた! 一応最後はなんとか踏み出せました、けどそんなのただの言い訳だ!」

 我ながら情けない。こんな事この子に言ってどうなるんだ。馬鹿か俺は。
 自己嫌悪の渦中にいると、つとハイリは呆れたように手をふる。その動作は少なからず神経を刺激するものだったがなんとかこらえた。

「わかったわかった。お前さ、なんかすごい奴とは思ってたけど、やっぱそれでもガキというかなんというか」
「なん……」

 なんでガキにそんな事言われなきゃならない? 言っておくけど俺はもう二十を超えてるんだ。

「お前に……」
「うぬぼれんな!」

 突然、ハイリが吠える。
 噴水が勢いよく天に立ち昇ると、動きかけていた俺の口は言葉を紡ぐのを放棄した。
 ただ間抜けに呆然としている俺に対して、ハイリは強く言い過ぎたと思ったのか、僅かに口元に笑みを浮かべ、先ほどよりも優しい口調で話し始めた。

「お前はすごい、確かにすごい。サイクロプスを一人でやったんだろ? とても普通の子供とは思えない」

 でもな、とハイリは続ける。

「いくらとてつもない力を持ってても、人間である以上完璧にすべてをこなすなんてできないんだ。お前の話を聞いてると自分は人間なんかじゃない、"神"なんだ。って言ってるようにも聞こえたぞ」

 神。
 そんな言葉、普段の俺ならば中二病と嘲笑していたに違いない。
 だが、今に至っては何故か激しく脳を揺さぶられるのを感じた。
 そうなのだろうか? 俺は自分を神とでも思っていたのだろうか? ただ俺は全てを完璧にこなそうと、今度は絶対に失敗はすまいと、後悔はすまいと、なんでもできると思い込んで……なるほど、確かに言われてみればその通りかもしれない。

 元の世界にいた頃俺はなんでも人並み以上にこなし、中学、高校と滞りなく受かり、人生を順調に進んでいた。交友関係もだいたいは良好だ。だからこそ俺は漠然と、これからの人生に失敗などあるはずは無いと根拠もないくせにタカをくくっていたのだ。

 しかしそんな事はなかった。

 今思えば運が良かっただけなのか、志望していた高校は本当にあっさり受かった俺だが、大学はそうではなかった。その途端、俺は言われようもない焦燥感にとらわれ、猛勉強をしリベンジを挑んだ。だが結果は惨敗。
 俺はまず自尊心を激しく傷つけられた。もうこの時点で自意識の塊だ。自らを神だと思っていたに違いない。そうして自分の存在意義を見出せなくなり、何かに救いよう求めようとネットの世界にどっぷりとつかっていった。

 ネットなら俺と同じような奴は探せばいくらでもいた。都合の良い場所を見つけてはそこで傷をなめ合うのだ。だが、ふと気づけばリアルの俺は、ただ独りでたたずむ廃人と化していた。もうなんの意欲もわかなかった。
 しかしそんなある日、ふと昔の事を思い出した。
 まだ友達にも囲まれていて、思うべき相手が俺にもいた事を。
 でも既に手遅れだ。あの頃は絶対に戻ってこない。そう思い到った俺は自分をひどく殺したくなった。

 だからもうやめようと思った、色々と。
 とは言え、もちろん死のうなんて気を起こせるほど俺の精神は強く無い。まぁ死んでもいいかな、ぐらいの事を考え、ただ逃避のために街を徘徊していた。
 そうすればどうだ、本当に死が訪れたかと思えば俺はこの異世界に転移してしまった。

 そこでティミーたちと出会い、賢主の遣いだどうだともてはやされ、自分で魔術を覚え、村を守る役割を担った。
 きっとこれは神様がくれたリベンジのチャンスだ、今度こそ俺は完璧にこなし、"神"である事を証明してやる。
 そんな事を思いながらまた同じ過ちを繰り返すところだったのかもしれない。俺は所詮ただの"人間"に過ぎないのに。

 正直、なんでこの世界に来たのかは知らない。もしかしたら本当に誰かが俺に神になるチャンスをくれたのかもしれない。だが俺はそうであったとしてもこの世界では神なんぞほざくことなく"人間"としてこの地に立ちたい。今なら嘘偽りなくそう感じる。

「まぁ、なんだ……とりあえず来い!」

 あまりに俺が長く沈黙していたからだろうか。ハイリは気まずくなったのか、頭を掻きだすと、突然俺の腕をつかみ引っ張った。
 女の子にしては強いその力に抗う事もできず、ハイリに誘われるまま元来た道へと連れられた。

「見ろよ」

 ハイリが示す方を見ると、そこにはディーベス村の人達が通りを行き交っていた。都会なんて生まれて初めて、案外住み心地がいい、家同士が近くなったのは便利だ、今日の晩御飯は何にしよう。そんな平和なやり取りの交わされている。そして。

「皆笑ってんだろ? だからお前は何も失敗してない。何も間違ってない」

 そう、笑っていた。集会所では魔物に恐怖を抱き、どことなく影が差していた表情だったが、今は思わず見入ってしまう程に笑っていたのだ。

「そう、ですね」

 気付けばハイリの言葉を肯定しているのだった。

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