異世界転移-縦横無尽のリスタートライフ-
黒髪の娘ハイリ
周りを見れば既にハイウルフの姿は無い。先ほどの風で全て消し飛ばされたのだろう。
「ハイリちゃん!?」
ヘレナさんが言うと、ハイリという少女の黒い髪の毛が揺れる。
「その声はヘレナさんか!」
「やっぱりそうなのね。大きくなって」
「へへっ」
ヘレナさんが感心したように言うと、照れからかハイリの頬はほのかに染まっている。
これはかなり可愛い部類に入るだろうが、男口調なのはなんか似つかわしくないな。
「お、おめ、おめぇ、ハ、ハ、ハ……ハイ……」
ふと、どこからか過呼吸が聞こえる。見れば、瞳孔を開きよろよろと何かに取憑かれたようにベルナルドさんが歩いてきていた。
「お、親父……」
ハイリが呟くと、ベルナルドさんの顔が嬉しそうに笑った途端――――
その身体は宙に浮いていた。
「んだこのザマはぁ!?」
ハイリの昇龍拳によるものだった。えっと状況が読み込めない。
「ハ、ハイリ!?」
ベルナルドさんの顔に絶望の色が走ると、ヤンキーよろしく膝を曲げベルナルドさんにガンを飛ばす。
「こちとらあんたを倒すためにここまで来たんだぜ!? なのになんでそんなボロボロなんだよぉ! おい! おい!」
ベルナルドさんの肩を凄まじい勢いで揺さぶるハイリを村人たちが慌てて止めに入る。
「あの、ヘレナさん、あの子誰ですか……」
まぁだいたい察しはつくものの一応聞いてみる。
「ハイリちゃんはベルナルドさんの娘よ。元々ディーベス村に住んでいたんだけど、色々あってみたいで八年くらい前に離れ離れになっちゃって」
「なるほど……」
何があったのかは少し気になるが、とりあえずまぁ何年かぶりの感動の再会なわけか。
その割にはなんかもうナニがナニでナニだな。
ようやくハイリがベルナルドさんから離れると、ふと目が合ってしまった。
「ん? 誰だお前」
「あ、えーっと……」
今の俺は十歳。相手はたぶん四つか五つ離れてそうだから敬語で答えるべきか。いやあるいは十歳の子供ならこれくらいの子が開いてならおいブスとかそういう事を平然で言っちゃうものか? どっちで行けばいい……。
「少し長くなるんだけど……」
考えていたせいで黙りこくっていたからか、ヘレナさんが代わりに全部代弁してくれる。
サイクロプス戦含め俺についての説明が終わると、ハイリがすたすたと俺の目の前までやってきた。
なに、なに? なんかあっちの方が身長高いから威圧感あるんですけど? しかもこの子ボロボロの人を平気で揺さぶるような子だから余計怖いんですけど!
「アキって言ったか、お前、凄い奴だったんだな!」
ハイリは少し屈むと、輝かしい視線を対等に合わせ両肩を掴んでくる。
「あー、うん、えと、そんな事ないですよ」
「いや凄い! お前凄いわ! ありがとうな、この村助けてくれてよ!」
肩が揺さぶられぐわんぐわんと脳がミキサーされる。酔いそうだからやめてほしい。
「ちょ、まじやめ……じゃなくて、ほんとにやめてくだざぃ……」
なんとか声を絞り出すと、ハイリは肩を揺さぶるのをやめてくれる。
「あーいやぁ、わりぃわりぃ」
ハイリは八重歯を軽く見せ笑いながら後頭部辺りをさする。
「しっかし、そんなちっさい癖にサイクロプスを倒すなんて見上げた野郎だぜ。ほんとにありがとうな」
ありがとうという言葉が肩に重くのしかかる。
「……俺はそんな事言ってもらえる立場じゃないですよ」
ほとんど独り言のように呟くと、聞き取れなかったかハイリが少し不思議そうな顔をする。やがて聞く必要は無いと判断したか、ハイリの視線はヘレナさんへと向く。
「なぁそういえばヘレナさん」
「どうしたのハイリちゃん?」
「ティミーの姿が見当たらねぇようだけど……」
「あらそういえば……」
言われてみれば確かにティミーがいない。
探してみると、小さな天使は頬を紅く染め、何故か馬車の陰からこちらをのぞき込んでいた。
「おっ、あれか?」
ハイリも見つけたらしく、声をかける。
刹那、ティミーは離れたところから見ても分かるほど肩をぴくりとさせ凄まじい速さで顔を引っ込ませた。
しばらくハイリと共にティミーの方を見ていると、また少し琥珀色の髪の毛が馬車の陰からひょっこり出てくる。
ゆっくりゆっくりとまたティミーは顔を覗かせると、また脱兎のごとく馬車の陰に身を隠す。
何なんでしょうかねあの天使。とりあえずテイクアウトで。
「ごめんね。あの子恥ずかしがり屋で……」
「まぁそっかー、まだティミー0歳くらいだったもんな俺がいた時」
ヘレナさんが困ったようにほほ笑むと、感慨深げにハイリが腕を組む。
まぁ要するに初対面になるわけか
「ほらティミー、隠れてないでおいで」
ヘレナさんが促すと、ティミーがまた顔を覗かせて恐る恐るといったように近づいてくる。
「おおティミー久しぶり! 覚えてるか? ……って覚えてるわけないよな。0歳の時だもんな!」
なははと笑いかけるハイリ。しかし肝心のティミーは今度は俺の後ろに隠れてしまう。
「ほら隠れるなって」
俺がロリっ子に盾代わりに使われるという紳士としてはとても嬉しい状況ではあるが、これじゃハイリが可哀想だ。
無理やり前に立たせると、ティミーは後ろからでも分かるくらいにあたふたしだし、急に頭を下げだした。
「あ、あの……すみません覚えて無くて!」
「え? い、いや、ほら当たり前だろ覚えてないのはっ。俺こそすまないおかしなこと言って!」
何故かハイリまで頭を下げる始末だ。なんだこのやり取りは。
しばらくこの惨状にため息が漏れそうになっていると、ふとまた何か既視感のようなものを感じる。
またこれか……こっちに来てからデジャヴが多くなった気がするな。でもまぁいいや、気にしないでおこう。
「ハイリ、久しぶりじゃな」
モグラたたきよろしく頭を下げ合うティミーとハイリの元に村長が歩いてくる。
「おっ、じいさんか! 久しぶり!」
ハイリが村長の方へ顔を向け、嬉々としてあいさつする。
「村長じゃと言うておろうが」
「まぁ気にするなって!」
「やれやれ」
ハイリとは親しい仲だったのか、どことなく厳格なじいさんのイメージがある村長だが今は少しフランクな感じだ。でもまぁそうだな、十年前なんて子供はハイリくらいのもんだっただろうから孫娘みたいな感じなのかもしれない。ハイリの性格も遠慮し無さそうな感じだし。
「して、お主はもしや騎士団になったのではないか?」
「おっ、よく分かったな」
「顔つきを見れば分かるものじゃ」
「ほえー、そんなもんなのかぁ」
ハイリが感心したように言うと、ベルナルドさんが声を上げる。
「ハイリ、おめぇ騎士団になったてぇのか!?」
「へへっ、まぁな! だから親父と勝負しにきたってぇのに、ここまで手傷を負ってるんだもんなぁ」
やれやれと手を挙げ首を振るハイリにベルナルドさんは面目ねぇと頭を掻く。まぁおおよそ騎士団になって強くなった自分を試そうとしたとかそんなところなんだろうハイリがここにいるのは。
「してハイリ。騎士団に入ったという事はそれなりに力はあるという事じゃな?」
村長が言うと、ハイリは意を得たりという具合にニヤリとした笑みを返す。
「だいたいの事はヘレナさんから聞いてるから分かってるぜ。俺もサンフィエンティルまで協力する。親父もこのザマだしな」
ハイリの言葉に村長は薄く笑うと、高らかに告げる。
「ここはまだ危ないやもしれぬ。少し夜にかかるじゃろうが次の教会まで行くとする。皆、馬車に乗り込むぞ」
こうしてサンフィエンティルへの大移動がまた再開した。
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