異世界転移-縦横無尽のリスタートライフ-

じんむ

畏れ

 水車小屋に面する小川を少し歩き、水面を覗けばティミーと俺の顔が映る。やっぱり子供だな。
 元いた世界に比べて圧倒的に清々しいそれの中にいる自分を感慨深く眺めていると、ティミーが話しかけてくる。

「ねぇ、アキってどうやって魔術使ってるの?」
「ん? ティミーも使ってるんじゃないのか?」

 治癒の魔術が存在するのは地属性草系統のみ。魔術を扱う時、術者には適正属性系統アニマスルールという物が存在し、それによって何の魔術が使えるようになるかが変わる。属性は全部で天地炎水四属性あり、その中から細分化して系統となり適正属性系統アニマスルールが確定するのだ。その中でも、地属性草系統を持つ人間の人口が一番少ない部類に入るらしい。

「たぶん魔術なんだと思うけど、治って欲しいってお願いするだけだから」
「なるほど」

 まぁ要するに無意識にティミーは魔術を使っているという事だな。ていうか何それ、凄い才能あるんじゃないのかなもしかしてこの子。

「だから私もアキみたいな魔術使って見たくて」
「そう言う事か」

 だとすればそうだな、草系統の魔術ってあんまり知らないからあれだけど、共通して使える魔術の基本中の基本【クーゲル】なら教えられるか。

「俺が使った球を放つ魔術あるだろ? あれならたぶん使えるぞ」
「ほんと!?」

 ティミーが嬉しそうに目を輝かせる。さて、期待させといて覚えられなかったとかなら凄い罪悪だが、やれるだけやってみよう。

「まず頭の中で球をイメージしてくれ」
「う、うん……」
「細部まで、明確に。ティミーの場合草系統だから緑っぽい球だと思う」

 ちなみに俺の場合は赤だった。そこは紺色じゃないのかと思うが、まぁ炎属性専用の魔術じゃないしな。

「で、できたよ……」
「よし、分かった。じゃあ後はそれを手から押し出す感じで。できるだけ勢いよく名前と一緒に……クーゲル!」
「く、クーゲル!」

 俺が赤の魔力弾を放つと、ティミーの手から青色と緑色の混ざったような球が現れる。おいおいあれってもしかして複属性持ちじゃないのか……?

「で、できたよねアキ!」
「あ、ああ……そうだな。うん……」

 いやいや複属性持ちだと? 魔術書には書いてあったけど、そんな人間はほんとに限られた少数派のはず……。でもあの色は明らかに複属性。いやでも、なんだろう、なんとなくティミーなら複属性でも不思議じゃない、なんとなくだがそう感じる。
 嬉々とした様子のティミーとは裏腹に、内心でかなり驚いていると、不意にティミーが沈んだ表情を見せる。

「……でもアキと同じ色じゃないね」
「ん? まぁ炎属性も確かにかっこいいかもしれないけど、それよりもっとすごいぞティミー」

 けっこう火っていうのは子供に人気なんだな。確かに燃える感じはかっこいいし、俺も子供の頃こういう感じで火を操るのに憧れはあったし。

「……む」

 ふと、ティミーが小さく音を漏らすと、何故だか可愛らしく少しばかり頬を膨らませていた。

「どうしたんだ?」
「別に」

 聞いてみるも、帰ってくるのは短い返事のみ。うーん、何か地雷でも踏んだのか? 地雷原があったすれば……。
 原因の究明を試みようとしていると、ふと、不吉に草木がざわめき揺れ、鳥の大群が羽ばたく音が聞こえる。
 咄嗟に小川から目を離し振り返ると、何か黒い布切れが木々の間へと入っていた。

「誰だ……!?」

 思わず後を追っていたが、既にその姿は見当たらなかった。
 確かに何かいたはずだ。でも何もいない。幻覚、あるいは異世界だけにテレポート何てこともあり得るのだろうか……。

「どうしたのアキ?」

 ティミーが心配そうにこちらを窺うので、返してやろうとすると、不意に響くのは轟音。
 軽い振動と共にその音の発信源が中継所だと本能的に理解した。それはティミーも同様だったらしい。

「まずい、かもしれない」
「もしかして……」

 自然と言葉を口が紡ぐと、ティミーと共に来た道を走った。


×    ×    ×


 木陰から覗くと、案の定、馬車の泊まった中継所には魔物がいた。
 オーガ、ではないかもしれないが、ベルナルドさんと対峙するのは、身の丈の三倍以上はありそうな一つ目の巨人。
 角もある事から金棒を持つその緑色の姿は悪鬼にすら見える。

「お母さ……むぐ」
「待てティミー!」

 叫ぼうとするティミーの口を咄嗟に閉じる。

「まさかサイクロプスさんのお出ましったぁ随分なこって……いってぇどっから現れやがったんだぁ?」

 ベルナルドさんが剣を構えると、凄まじい咆哮が空気を振動させる。

「って……魔物に聞いてもしょうがねぇわな。レイズ!」

 ベルナルドさんが地属性土系統、全身強化魔術【レイズ】を詠唱すると、そのたくましい身体が燈色の光に包まれ、飛翔。宙を舞い凄まじい速さで剣を振り下ろした。

 一つしかない目を捕えたかに思われた斬撃。しかしサイクロプスは巨体からは想像のつかない俊敏な動きで肉体を逸らし、回避。がら空きになったベルナルドさんの背中へ厳かな拳が振り下ろされる。
 視線を移す間もなく吹き上がる砂埃。凄まじい落下だった。まさかやられたのか?
 しかし杞憂。すぐに煙が吹き飛ぶと、ベルナルドさんの刃が煌き、醜悪な緑のふくらはぎから血が吹き出る。
 出血量は少なくなない。そのまま体制を崩してくれるかと期待するが、かなわなかった。
 あろう事か緑の巨人は斬られた足を軸足にベルナルドさんを蹴り飛ばしたのだ。
 太い足の一撃に、たくましい身体はまるでお手玉のように木へ叩きつけられる。太い主幹が折れていた。その傍に座り込むベルナルドさんに動きは、無い。
 ぎょろりとした目が中継所の端に固まる村人へと向く。

「嘘、だろ……」

 あまりの凄惨な光景に思わず声が漏れていた。

「んぅ……!!」

 俺の手に口を塞がれたティミーが飛び出ようとするので、押しとどめようとするが、振り切られてしまう。

「お母さん!」
「ティ、ティミー!? 来ちゃ駄目!」

 突如飛び出した我が子にヘレナさんが叫ぶ。

「クーゲル!」

 ティミーが覚えたての魔力弾を放った。
 青と緑が渦巻く球がサイクロプスの頭に激突すると、殺意が村人からティミーへと移り変わる。

「……ッ!」

 表情こそ見えないが、硬直するティミーの背中には恐怖という恐怖がありありと見て取れる。
 クッソ、行かないと……俺がやらなきゃならないのに……もう一刻の猶予も無いぞ、俺。動けよ足!

「くっ」

 動かない。足が動かない。いくら動けと念じても身体が動こうとしない。いや、脳が動くことを否定しているのか。
 でもさ、だって、あんな化け物相手にどうやって戦えばいいんだよ? ベルナルドさんですら簡単にやられる相手だぞ? 深層魔術があるって言ってもそんなの、また発動してくれる保証は、無いじゃないか。そもそもあの虎が出てきて勝てるのかよ?
 純粋に、純粋に怖い。
 俺は前の世界で大きな失敗を犯している。また、前と同じみたいに失敗するんじゃないだろうか。失敗すれば、今度は死ぬのだ。
 クソッ、この期に及んでなんで俺は……!

「ティミー!」

 俺が動かなくとも時間は動く。
 ふと、ヘレナさんの叫び声が聞こえた。
 見れば、サイクロプスは金棒を振り上げティミーを砕かんと醜悪な歯を見せつけている。

――――ああ、俺はまた失敗するんだ。一度堕落した人間がまたやり直すなんて、不可能なんだよ。

「アキ!」

 ふと、頭を抱えたティミーが俺の名を叫ぶ。
 この危機的な状況に、俺みたいなクソ野郎の名前を呼んだのだ。
 こんなとこで踏みとどまって、わざわざ名前を呼ばせて……俺はどこまで、どこまで堕ちれば気が済むんだよッ!
 ふっと、力が抜けると、ようやく足が動き出す。

「クーゲル!」

 確実に注意を引くように数発薄汚い顔面に魔力弾を撃ち込んでやる。
 初めて巨大な目玉と俺のちんけな目玉が対峙した瞬間だった。

「……鬼さんこちら、手の鳴る方へ、ってな」

 自らを鼓舞するために無理やり笑いかけてやると、サイクロプスの殺意が全身を覆いつくした。


 





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