異世界転移-縦横無尽のリスタートライフ-

じんむ

奇策

 聞き返すと、ベルナルドさんは呆れるように問いただす。

「おいおい参ったなぁ、深層魔術ってったら一握りの人間しか使えない超高位魔術だぜ? まさか知らねぇってこたぁねぇだろう」

 知らないです……。いやそもそもこの世界に来たのついさっきなんで。

「ベルナルドさん、アキは記憶喪失らしいんです」
「へ?」

 ティミーが言うと、ベルナルドさんは虚を突かれたように間抜けた声を出した。
 せっかくティミーが言ってくれたので、俺の口からもそれを伝えておく。

「はい……気付けば森で倒れて、どこか分からず混乱していた時にたまたまティミー、ちゃんに出会ったんです」

 いきなりティミーが知らない男を連れてしかも呼び捨てにされていたら変な誤解を生みだすかもしれない。子供の姿なので一応ちゃんをつけておいた。もしこれを俺の世界で同い年相手に言えばキモがられるか笑われるかキモがられるかのどれかである。いや、そんな事より信じてもらえるのかの方が問題だよな……。

「うぅ、そいつぁ大変だったなぁ……。そうかそうか、アキって言ったか、あんたも苦労してんだなぁ、よーしよーし、いくらでもこの村でゆっくりしていくといいからなぁ、うんうん」

 心配とは裏腹に、ベルナルドさんは一つも疑った様子は見せなかった。
 子供の言う事だから信じてもらえる可能性があったとしてもまさかここまで言ってくれるとは。むしろ中年おやじがそれくらいで鼻水流しながらおいおい泣いてる姿はなかなかに気持ち悪くもある。
 とは言え、かなりいい人感がにじみ出ているので、別段不快な気分では無かった。なんとも矛盾である。

「じゃなかった。そんな事よりリュネットばあさんは見なかったか? あとはあの人だけと思うんだけどよ……」
「あ、それなら滝の方に」
「そこまで行ってたか……。ありがとう、ティミーちゃん、今は魔物がいなさそうだから、先に二人は集会所に走って行ってくれい!」

 俺達に言い残すと、ベルナルドさんは滝のある方向へと走り去った。

「行こ、アキ」
「おう」

 ティミーに手を引っ張られると、俺は集会所のすだれをくぐり抜ける。

「よかったティミー!」

 入ると、いかにも外国の農家の恰好をした村人たちが多くいる中、まず最初に髪の毛を後ろにまとめたティミーの姉と思われる人がこちらに駆け寄って来た。
 ティミーと同じ琥珀色の髪の毛は綺麗だ。ついでに胸もあるのでひょっとしたらティミーも将来的にはそれなりに期待できるかもしれない。そしてかなりの美人。

「お母さん!」

 ティミーは嬉しそうに顔をほころばせると、お姉さんに抱き着く。お姉さんに。え、待って? お母さんって言った?
 視覚と聴覚が別々の主張をしているせいで、軽く頭がこんがらがっている中、二人の会話は続く。

「大丈夫? ケガは無かった?」
「大丈夫だよ。危なかったけどベルナルドさんとアキが助けてくれたから」
「アキ?」

 必死で脳内が状況を処理しようとしていると、二人の視線がこちらへ向いていた。

「森で魔物に追いかけられてた時、しんそうまじゅつ? だっけ、それで助けてくれたんだー」
「まぁ、深層魔術を、しかも子供なのに使えるの?」
「え、えと、一応、そうみたいです」

 ベルナルドさんや、お姉さんお母さん略しておなぁさんの驚きぶりから、どうやらこの世界では深層魔術はおろか、子供が使用していること自体かなり特殊らしい。
 それを聞いたのか、周りに座る村人達もざわつき始める。なかなか居心地が悪い。

「すごいわ、本当にありがとうね、アキ君」
「ど、どもっす」

 ティミーのおなぁさんは俺の手を握ると、聖女の如き微笑みをこちらに向けてくれる。軽く脈拍が早くなるのを感じつつも、疑問を口にしてみる。

「え、えと、ティミーのお姉さんで、いいですよね?」

 聞くと、おなぁさんは一瞬きょとんとした様子を見せるも、クスリとおかしそうに笑った。

「嬉しい事言ってくれるわね、いいえ、私はティミーの母親のヘレナ・テンデル。ついでに言うと、もう三十も越えちゃった」
「なんと……」

 これで三十を超えてるとかあり得ない。いやだって、さっき握られた手とか全然かさかさしてないし、いくら微笑んでも小じわ一つ見えないし、どう考えても二十代後半、いや前半だ。下手すりゃJKでもいけるんじゃないのか!? 

「ふい~、なんとか今回も全員無事だったぁ……なんとか魔物も撤退してくれたようで……」

 ティミーのお母さん、ヘレナさんのあまりの若さに仰天していると、すだれを開き、ベルナルドさんとリュネットさんが中に入って来た。

「ベルナルドさん、お疲れ様です。うちのティミーも助けてくれたみたいで」
「いやいやヘレナさん。あなたのためなら例えこの身が朽ち果てようとお助けしますよ」
「あらあら」

 ベルナルドさんの言葉に軽く顎に手を当てほほ笑む所作は確かに大人びている。それでもやはり信じがたいのには変わりないけど。

「いやでもほんとに、いつも助かるねぇ」
「ベルナルドさんがいなけりゃあたしらは今ごろぽっくりさ」
「いえいえ、引退した身ながらも、元騎士団員として、使える力はどんどん使っていきませんとねぇ!」
「よっ、村の守り神!」

 集会所内がからからと笑い声で包まれる。
 全体的に年齢層の高い村人たちだが、ベルナルドさんにかける言葉には暖かみが帯びており、ベルナルドさんのこの村での人望の厚さが窺える。

「いやでもしかし、お恥ずかしい事に歳のせいかに腕がにぶっちまいまったみたいで、今回はちと危なくてですなぁ。村が守れたのは私の力だけではなく、この深層魔術の少年の助力のおかげでもあるんですよ」

 ベルナルドさんが俺の背中をバシバシ叩いてくると、村人の視線が一挙にこちらへ向く。

「そうじゃ、そういえば本当なのかい? その子が深層魔術を使えるなんて」
「ええ、このベルナルドがしかとこの目で見ました。基礎の魔術も扱えるようで」
「ほほぉ、それは感心するねぇ。一体何者なんだいその子は?」
「いやぁ、それが記憶喪失らしくてですなぁ。私としては賢主かしこぬし様のご子息、そうでなくとも何か関係があるんじゃねぇかと疑ってるんですがねぇ」
「なるほど、それなら深層魔術も納得できる」
「賢主?」

 聞きなれない単語に思わず聞き返すと、ヘレナさんが説明してくれる。

「ここら一帯を守っていると言われるお方よ。私はまだいなかったんだけど、昔この村を偉大な力で救ってくれたことがあるらしいの。何か心当たりとかあったりしない?」
「いや、まったくありませんね……」

 そもそも俺は日本人なのでその賢主様とやらと面識があるはずが無い。

「しかしもしそうじゃとすればなんとも有り難い事じゃ」
「のう。二度もこの村を助けて下さるとは」

 口々に村の人たちが言うと、皆こちらに手をこすりあわせだす。
 いや待って、それ崇拝対象明らかに間違ってるからね? 少なくも賢主様とやらとはなんと面識も無いから!

「違う、アキはアキだよ!」

 この状況に困惑していると、突然ティミーが口を開いた。

「何を言うんじゃティミーちゃん、賢主様のお遣いなさった方に決まっておる」
「ううん、アキだよ! 賢主様とは関係ない!」
「これティミーちゃん、あんまりそういう事を言うもんじゃない。それに見てみなさい、服装も普通とは違う」

 言われたので見てみると、死ぬ直前に来ていたチェック上着とベージュのズボンが装備されていた。ただしサイズはしっかりと合わせられている。不思議。

「でもアキだよ!」

 ティミーの言葉に周りが若干剣呑な雰囲気に包まれていく。まずいな。

「まぁまぁティミー、分かったからとりあえず落ち着いて」

 ヘレナさんもこの空気を察したのだろう、なだめるようにティミーに語り掛ける。

「だ、だって……アキは私の……」

 ティミーがそれでも何か言おうとすると、とうとう村人のうち一人が我慢ならないというように立ち上がるので、俺は咄嗟に前に出る。

「まぁまぁ皆さん。僕……いや俺が賢主様に関係あるように思いますよね。基礎魔術も扱えるし、なんたって深層魔術も使えます。ですが、残念ながらその人と俺は何の関係も無い、ただの悪ガキだったって事は思い出したんです。それを今から証明しましょう!」

 もう一度確かめよう、俺は確かに日本では二十を超えたまぁ成人だ。でも今は違う。俺は十歳の子供だ。もう一度言う。十歳の子供だ。ついでにこの頃俺の身長はけっこう小さい。
 ズボンのベルトに手をかけると、一気にそれをずり下ろす。下ごと。
 途端、村人の目に戦慄が走った。気がした。

「俺の日課はこうやって飛び跳ねたりすることだった! 懐かしいなぁ! よく誰かに怒られてた! ぞーさんと一緒にな! 分かったか? 賢主様の関係者がこんな阿呆な事はしないからな!」
「なんと……!」
「信じられん!」

 村人たちが絶句する。
 はぁ……何してるんだろうなぁ俺は。まぁ、十歳ならできる。まだ間に合うだろう。これが幼稚園くらいならなお良かった。十歳とか早い奴は……これ以上やめよう、自分を苦しめるだけだ。

「アキ、分かったからとりあえず履け、な?」

 いつまでこれを続ければいいだろうと憂鬱になっていたところ、ベルナルドさんが声をかけてくれたので救われた。ティミーにはちゃんとヘレナさんが目隠ししてくれていたので、なお助かった。


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