行くも餓えるもこれ一重

神取直樹

【開戦の喇叭が聞こえて、夢に落ちよう】

「……聞いたか、高校の話」
「今日はその話だろう」
「管理課に貸しを作ったしなあ」
「えぇい、クソ。子供とは言え使えん奴らだ」
「鋸身屋は何をしていた」
「当主が支族に関与するなど」
「今までの贄が水の泡ではないか」
「十二柱目の神の加護も持ったとかいう話だ」
「だが完全じゃないんだろう?」
 口々に、彼らは呟いて、吐き出していく。畳、領域は既にその、「当主」の域であるというのに、彼らは何も臆することなく、言葉をこぼし続けていた。
 大宮家の支族たちは、皆焦っていた。理由は様々ではあるが、揃って考えていたのは、オシラサマの本体が、現実に顕現したという話の、恐ろしさである。それに加えて、大宮家によって絶対安全が保たれていたはずの黒稲荷高校から、数十に上る一般人の被害者が出たことも、恐怖と焦りを助長させていた。邪神の顕現、安全神話の崩壊は、自分達の信頼が崩れるという恐怖を持たせた。そんなことのあった数日後に、揃って、各支族の当主またはその候補が呼ばれたのだ。何が無いということもない。これは戦争である。絶対権力を持つ分家と本家に、如何にいちゃもんを付けて蹴落とすのか。逆に、支族が何か怠ったことを指摘されて、消されることもある。しかも、今回は屈服させられる可能性も孕んでいた。
 説明する、話し合う、そのための会場として、分家の鋸身屋と羽賀屋が選んだのは、本家の住む屋敷、黒稲荷神社の敷地の中であった。その屋敷の中の、紫陽花が多様に植えられた庭を見渡せる、広間。そこに、数十人に上る支族の長達は集められていた。十代の若者もいれば、皺がれた老人たちもいる。全員が顔見知りで、殆どの者たちが、一つ結託をしている。それは自分たちが生き残るため、宮家に立ち戻るためである。それを隠すことも無く、まだ来ない、大宮家の若き当主たちへ態度を現していた。
「……本家の当主はまだ十二歳。ここに参加する権利はないはずだ。儀式も終えていないなら、私達に何か言う権限もない。この会場は、鋸身屋と羽賀屋が、本家と強く繋がったと見せたいのでしょう」
 一言、青年が言った。暗黙の了解。宮家では、齢十三で一人前。当主候補が双子で生まれてくれば、その片方を生贄に捧げる儀式を十三歳で行う。大宮家の当主はまだそれに準じていない。そういう、誰も否定しない、肯定もしない、ルールであった。だから、これは分家を失脚させるチャンスであると、青年は遠回しに放ったのだ。
「そうだとええなあ」
 京都訛で、ある男が言った。
「まあ、規格外なら十二歳で当主ってこともあるんやし。そもそも当主様の弟君は双子といえど、当主様ほどの才はあらへん。殺さんでも、儀式なんかせえへんでも、ええんとちゃう?」
 染めた癖毛の、茶髪に、糸目で瞳の色はわからず、黒い着物で肌を覆う。肌はあまり健康的には見えず、外にあまり出ることは無いのだろうと推測された。彼はのらりくらりといった態度で、列の一番後ろから、ケタケタと笑っていた。
「自分が十二で当主になったからと、勝手なことを言うなよ。安倍家の」
 老婆が、諭すように、少々怒りを含んだ声を出す。
「それに、兄の方が問題なのだ。あんなバケモノが生まれてくるなんて誰が想像した。しかも思想は贄を出さない革新派。他人に扱われぬ当主なんぞ、無くていい」
 その老婆の言葉に、ピクリ、と、指を動かしたものがいた。
「バケモノではない。あの方は、神だ。新しい神」
 そう言っていた男は、見た目は二十代前半だが、ヤクザのようなオールバックの黒髪生え際に白髪をぽつぽつと持つ。瞳は、薄く金にも近い黄色みがあるが、赤い。正装である服装のシンプルさも、彼を死神のように見せる。彼は笑いながら、その赤い瞳を細めて言った。
「古い我々の神を殺すのだ。殺してあの方は神になる。そのために生まれたに違いない」
 妄想、幻想の世界にまどろむその目は、嫌に真実味を持っていて、目を合わせるには至らない。
――――神っていうのが冗談にも思えないから怖いんだよ……
 郁は、そう、心の中ではっきりと言った。疎まれる、下に見られる者達、特に若者は、基本的には後部に座らされる。その中に、十朱の三人が揃って座らせられていた。普通ならば、十朱の当主の席にもいない三人はここに集められることもないはずだが、事件の当事者として、出席を認められたのだ。それでも、発言を許さないというように、三人は後部も後部、あの京都訛の男と隣の、最後部に身を置いていた。
「これじゃあ、擁護も何もあらへんな。まあ、そんなこと、最初っからわかっとったけど」
 男が、そう笑った。
「貴方もそういうのですか」
 丁度隣にいた郁がそう尋ねると、男は、頷いただけで、前を見直す。
「もうそろそろ来るで。よそ見厳禁や」
 ガタリと、正面の、少々遠い襖が鳴る。前から騒めきが伝染して、最後部まで伝って、ストンと落ち着いた。いつもの二人、銃夜と異夜が洋装で前に立って、畳を踏んでいる。これはこの会ではよくある光景だが、何か、一つ違う。二人のうち、銃夜の方の、守護者二人。裸女と晴嵐がいないのだ。異夜の守護者の二人が隣にいないことはよくあることだが、銃夜の守護者がいないというのは、あまり良くある話ではない。
「おう、集まってんな」
 そんなことも気にするなというように、銃夜は切り出した。
「今回はお前らの話を聞いてる暇無いから、報告だけする。俺達のオアシスにオシラサマの分身が、どうやってかは知らないが、出現した。被害は甚大。百名近くが死んで、記憶の処理何かに管理課に借りを作った。幸い、宮家なんかには軽傷しか残らなかったから、管理課の態度以外はこれ以上気にすることは無い。以上だ」
 胸を張っている。白シャツにズボンの青年は、爛々と目を輝かせている。スカートを靡かせる青年は、少しにやついて、まるで何かに勝ったかのように、無い胸を共に張っていた。
「何が以上だ!」
 怒号。若い男の声が、響いて、顔にぶつかったように、銃夜は一歩、足を引いた。異夜が睨んでそれを見ると、立ち上がってこそないが、動き、周囲の目線で、列の中間程度にいるとわかる。
「結界を壊したのはお前ではないのか、鋸身屋。お前たち二人は今年入学したのだろう? 羽賀屋には無理であるとして、結界に精通しているお前なら弱くても出来る。それに、その日は当主様がそこに来ていた。それを、お前は、計画して破壊したのではないか」
「ふうん?」
 銃夜は腰を畳に降ろし、陣取る。それに合わせて異夜がスカートの裾を気にしつつ、正座で淑やかに座った。
「それで? 論の展開はそれで終わりか」
 嬉々として尋ねる銃夜の表情が、その場にいる皆には気味悪くて仕方がなかった。グッと、歯を噛んで、男は声を絞り出す。
「子供を殺すくらいならお前にだってできるだろう」
「それは自分でも出来ると思っているからだろ」
 異夜が、代わって、男に放つ。その言葉に、ビクリ、と、肩を震わせた。
「オシラサマさえ差し向ければ殺せると思った。そうだろう。見境なく殺し食うあの邪神なら、そうなるだろうと思うのも無理はない」
 そもそも、と、異夜は弁論を止めない。
「神を殺せる人間なんて考えやしない。神と対峙したらやり過ごすか逃げるかだけだ。お前がいつもそうしているように。お前にはそれしか出来ないからな。ましてや自分よりも一回り年下の子供が、当主と呼ばれていると言えど、出来るとは思えない」
 意外にも饒舌な異夜は、何故だか気分を高揚させているようで、いつもよりも冷静さを欠いている。いつもよりも不気味で、嫌に不意を突けない二人に、男は言葉を失っていた。論の展開はこれ以上出来ない。だが、否定しなければならないことがある。
「何故お前たちは、まるで俺がオシラサマをけしかけたみたいに言うんだ」
 目を見開きながら、彼は言う。しかし、それも、銃夜が笑って指を指す。
「別に。お前がやった何て言っていないさ。ただ、あんまり舐めてかかると駄目だ」
 銃夜の拳が、畳を傷つける。襖が、もう一枚、開いた。
「正直さっきまでの会話じゃ、誰が犯人かなんてわかんねえよ。阿呆」
 一夜が、少々重い襖を両手で開けようとする。が、半分ほど開いて、顔を出すだけに留めた。自分の顔を驚きの顔で見る者達に、舌打ちと声を届ける。
「知らない顔ばっかで気持ち悪いなこれ」
 正直に、唐突に、そう言う一夜は、苦虫を噛み潰したように、異夜と銃夜に目配せした。それを笑っていた銃夜は、急に笑い声を落として、全員に目を通す。
「良いかお前ら。これが我らの当主代理だ。間抜け面だろ?」
「殴るぞ」
「現実だと筋力ないから叩かれてもそんな痛くないぞ。その辺は安心しろ。こいつの守護者は暗殺スキル高すぎるけどな」
「銃夜、今、お前の後ろに羚を置いてるんだが」
「すまん言い過ぎた。本題に入ろう」
 銃夜と一夜の、そんな会話で、支族たちは一部を除いて、更に焦りつつある。来ないだろう、そう思っていた子供が、今までの会話を聞いていたという。自分たちが、当主、絶対的に上位の存在だと崇める者に、自分たちの軽口を聞かれたのだ。どうなるか、それがわからない。わかっているのは、この、一夜という少年が、バケモノ、神とすら言う者がいる少年であるということ。その認識にはムラがあるが、初めて対峙した、その場にいる全員が今しがた理解したことがある。
――――ただの子供ではないか、これは。
 黒い短髪に、健康そうな透明感のある肌と、宝石を埋め込んだようなルビー色の瞳は、実に子供らしく、柔らかそうな肌と指の関節、頬が、一層、それを誇張している。ただ、眉間に寄った、常に怒っているような表情は、酷く大人びたような気もして、芽生えた多少の親心を崩壊させる。
「ただのガキじゃあないか」
 ポツリ、先程まで、中列で懸命に声を上げていた男が、そう零す。聞き逃さず、もう一人、死神染みた男が、掴みかかった。
「貴様は! 何度! 狼藉を働くのだ!」
 至極、驚いた表情で、皆がその様子を見た。しかし、郁はそのもっと前で、銃夜がにっこりと笑ったのを見る。不思議に思って、ふと、一夜を見やると、襖の間から、やっと身を乗り出して、二人に近づいた。
「とりあえず」
 声を一つ上げて、一夜は二人の動きを止める。
「名を聞こうか」
 手を離したことで、一人の体が畳に倒れる。もう一人、死神のような男は、実に嬉しそうに、一夜の正面に向きなおした。
「伊達の泉家当主、登司と申します」
 しっかりした声で、そう、嬉々として、泉は言う。それを、一夜は鼻でふうん、と鳴らして、もう一人に向く。
「……久慈の柳沢。当主代理で出席の崇知」
 一夜は崇知のそれを聞いて、一度、首を傾げる。何を思ったか、二人の手をおもむろに触りだす。泉は嬉しそうにしているが、崇知は心底嫌そうに、少し引き気味で、一夜に手を預けた。
「成程、どっちも捨てがたい」
 独り言のようにつぶやいた一夜は、不気味なほどにんまりと、口角を上げた。
「泉だったか。子供はいるか」
「はい、おります」
「そうか。柳沢は代理ってことは、まだ当主が存命だが危険ってことだろうしなあ」
 ふとそう呟いた内容を聞いて、郁が、ハッとする。わかっている。というように、何か言い出したい口を、咲耶に伏せられた。
「泉のにするか。大きさも丁度いい」
 スッと、一夜は泉の手を撫でて、それに高揚した泉が、一夜の顔を見る。目を合わせようと試みるが、一夜はそれを許さない。目を逸らす。というよりも、一夜は、自分が出て来た襖の間、その暗闇の中を見やった。

「オシラサマ、これで支払いにしよう。手、以外は食っていい」

 ずるりと、白い長い腕が、隙間から現れ、泉の腕を、掴んだ。それがオシラサマの腕であることは、一夜の言葉によって、確定していた。そこでやっと、泉は恐怖を覚えていた。すとんと表情が抜ける。次にどうなるか、が、わかる。動揺を隠せない支族達は、泉から遠ざかった。
 助けてくれ、と、泉が崇知に目を向けるが、それも、目を逸らすことで避けられてしまう。命の懇願を、最期、一夜に向けた。
「贄、に、反対なんじゃあ」
「そういうわけでもないんだ、これが」
 ウッと黙っている崇知の方を睨む一夜は、そのまま続ける。
「俺は自分が憐れんだ奴は救おうって思う。それ以外はどうでもいい。もっと言ってしまえば、一夕以外の人間に興味はほとんどない。その残った興味も、お前にはない。どんなに俺を崇めても、媚びても、俺はお前に興味は無い。黙って俺の贄になれ」
 青い顔の泉は、その言葉を聞いたか、聞き終わる前かで、腕を残して、襖に引きずり込まれていた。最早、一夜の言っていたことなど、聞いてなぞいないだろう。ブツンといって取れた手は、既に一夜が拾い上げて、その手に持っていた。片方だけの手で、畳を掻きむしるが、誰も助けようと手を取ろうとはしない。声が出ない。誰も、それを静かに見守るばかりで、助けの声も出ない。助けてくれという声も出ないのだから、当たり前である。
 そのうちに、オシラサマの頭、白い馬の頭蓋骨がぼんやりと浮かぶ。ずるりと引きずり込まれた泉は、馬の頭蓋骨が浮かぶ闇の中に入り、消えた。襖がピシャリと閉まって、中で、何が起きているのかがわからない。血液が垂れることも無ければ、断末魔が聞こえることも無い。
「やっと帰った」
 一夜が溜息交じりに、泉の手を揉みながら、そう言う。隣でパクパクと鯉のように口を開ける崇知に、不思議そうに一夜は顔を向ける。それを見ていた銃夜が、仕切り直しだと言うように、一声上げた。
「これで一時解散ってことで、良いか? どうせお前らこれ見たら帰りたいって思ったろ。俺も帰りたい」
 それを聞いて早々に立ち上がったのは、崇知であったが、それを見た他の者たちが次々に立ち上がって足を動かしていった。一瞬、逃げるように消えていく老若男女の誰かに、足を踏まれて、崇知は畳に倒れた。
「あ、お前は残れ。宿は用意してやるから半年くらい」
 一夜が、倒れて天井を見つめる崇知の顔を覗き見る。それに、はい、と、崇知は引きつった笑みで返した。殆どの人間がいなくなると、そこに残ったのは、十朱の三人と、安倍と呼ばれていた京都訛の男、銃夜、異夜、一夜の数名で、最後に一人、不満げにも崇知が残っていた。
「さて、清掃費がとんでもないことになりそうだな」
 血だらけになったその場を見渡して、一夜はそう言う。ハハッと、乾いた笑いを上げたのは、銃夜であった。
「もう皆出て来て良いだろ。まったく、本当にお前は色々と馬鹿なことやらかすな」
 自分の後ろにあった襖を片手で滑らせる。その中からは、ワッと、羚、真夜、晴嵐、裸女、葛木、光廣が顔を出す。
「本当に私、出なくて良かったのかな。私も分家ではあるんだけど」
 真夜が不安げな表情で、そう言ったが、一夜が真夜の目を見て、唸った。
「俺以上に舐められそうな奴が出てどうするんだ。それこそ上げ足取る部分が大きくなるだけだろ」
 一種の溜息をついて、一夜は言う。それもそうだ、と、異夜もそれに共鳴するように溜息を続けた。
「まあ、良い。裸女の代わりの腕も手に入ったし、支族への細工もこれで成功だ」
 銃夜が、そう、一夜の手にある、泉の手を指した。名を呼ばれた裸女が一夜に近寄ると、黙って一夜は裸女にその手を差し出す。呪符らしき包帯を巻かれた裸女の手の断面からは、血が滴っていたが、それも構わずに、受け取った。
「異界で縫い付ければ動けるはずだ」
 一夜が言った言葉に、裸女は、すました顔で言った。
「えぇ、知ってますよ」
 その意味を置いて、一夜は、そう、と、声を置く。さて、と、一夜は何か言いたげな十朱の三人の方を見た。
「説明欲しい人」
 バッとすぐさま手を上げたのは、郁だった。だよなあ、と、一夜は声を落とし、その場に胡坐をかいて、目を閉じる。それは言葉を検索して、言葉をかみ砕いて、ハッと目を開いた時には、すんなりと言葉が出るようにである。
「俺の話をしよう。まず、お前らも俺がゲンにぶん殴られたところまでは覚えているな?」
 こくりと、三人が首を縦に振る。
「良し。簡単に進めよう。その後俺は気絶した。そんで二日ほど眠った。これは体が急激な変化に耐え切れそうになかったからだ。オシラサマを重ねた、加護を貰ったばかりじゃ、そのまま起きてたら何が起きるかわからん。あれはゲンの英断だった。で、起きてからは支族を集めて何をするか模索した。俺も初めての参加だったし、ちょっとやりたいことがあったんでな。裸女の腕についてはついででだったが」
 そうして、一夜は郁の隣、安倍家の男を指した。
「監視がしたかったんだ。支族の、出来るだけ地位の高い奴らのな」
 安倍家の男は、自分の目を指さして、笑った。
「まさか、銃夜が当主はんの依頼を持って連絡してくるとは思わんかったわ。確かに監視は得意やけどな」
 懐から、人型の紙を取り出し、床に並べる。
「僕はこういうのが得意やねん。僕自身は君影の血も濃い。それに安倍家は血筋だけなら大宮の本家筋でもある。陰陽師の血もある。意外とやるやろ」
 誇るように、手を胸に当て、ゆっくり微笑んだ。彼は、もう一度、姿勢を直し、歌うように言った。
「安倍家、当主の晴安。どうぞよろしゅう」
 自己紹介を済ませると、晴安は、紙の一枚に触れる。それが、ぼろりと崩れて、灰になって風で何処かに行った。
「晴安には色々と世話になった時期があってな。それで、千里眼って言ったらこいつの右に出る奴はそういないなって思って依頼したんだ。使えただろ?」
 銃夜の言葉を聞いた一夜は、あぁ、とだけ答えて、他の紙を見渡す。黄ばんだものや何の変哲もないもの、それらを全て、書いてある名前を覚え、目に焼き付ける。
「……つまり、一夜君は支族を監視しようと思って、それに関して、晴安さんが手伝い、今に至るってこと?」
 咲耶が、怪訝な表情で、そう問うた。それをまた、あぁ、そうだ、と一夜は軽く返す。
「一番派手にやったことがついでとか、やっぱり頭おかしいんじゃないのか」
 ふと、そう、半分忘れられていた崇知が、一夜の近くで言った。それに眉をひそめて、一夜は崇知を見た。
「血が派手に見えるのは仕方がないことだ。神が上に見えることは仕方がないことだ。だが、本質が見えないんじゃ意味がない。派手なことが本質とは限らない」
「餓鬼のくせによく言う」
「だから崇められたんだ。不本意ながらな」
「成程」
 一夜の威嚇も、何も、もう利かないようであった。
「死ぬ覚悟が出来てるっぽいが」
 一夜がそう尋ねると、崇知は、静かに言った。
「まあ、半年ここにいろと言うのは、つまり、半年は俺を殺さないのだろうと思ったからな。少し安心をしたんだ」
 崇知がそう言うと、一夜は首を傾げて、言葉を落とす。
「成程、本質を見てる」
 だろう? と、崇知が、誇るように歯を見せる。犬歯が鋭くとがって、光った。それを真底嫌そうに、一夜は睨んだ。
「……説明は終わりだ。飯にしよう。細好たちも待ってる」
 一夜が、そう言って、全員を見渡した。見渡すために、ぐるりと、体を回転させた。そのまま、ぐらりと、視線が歪む。目を回したのだろうと、一夜は思って、止まろうとするが、どうにも、体の回転が止まっても、視線の歪みは変わらなかった。内臓の裂ける音が、自分の体の中から聞こえる。周りの音が聞こえない。視界の中の天井から、自分が倒れているのだとはわかる。咳き込むと、赤いものが出た。舌に何も感じられず、ただ、体液が出ただけだと感じる。体は動かせるだろうと、感覚が覚束ない体を揺らす。周囲の、崇知や羚を含めた全員が、自分の体に触れて、何か叫んでいるのが分かった。声が聞こえない。自分の中身の音も、何もかもがわかっていない。次第に、暗くなって、自分が瞼を閉じたことに気が付いて、意識が途切れた。その直前、あぁ、こんなこと、前にもあったなと、一夜は思い出して、深く、眠る。

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