行くも餓えるもこれ一重

神取直樹

一人行く

 水で満たされたようなその校舎では、酸素は必要ないらしい。呼吸しているという感覚がほぼない。その不思議な感覚に、一部の人間は酔っているようで、一人の少年が、教室の隅で既に吐いていた。状況確認が終わったらしい樒が、その生徒の背を摩った。
「郁君、大丈夫ですか」
 少年を郁と呼び、少年が苦しそうにするのを多少は心配そうに、言葉をかける。それを横に見て、一夜は、外の様子、特に廊下の方を見ていなかったと、一夜がそちらの方に顔を向けると、ガラリと扉が開いて、真樹とカズが雪崩れ込むように、勢いに任せて、教室に入った。
「おー、見事に宮家と仕え人しかいないな」
 カズの発言を皮切りに、各々、もう遠慮するものはないと、口々に、ここを発生させたのはお前かだとか、何か知っている者はいないかと、残っている数名に声をかけていく。ただ、それに意味がないことは一夜はわかっていた。個々の性格がきつい宮家同士、その関係者同士で、統率が取れるはずが無いのだ。いつここはパニック状態になってもおかしくはない。そう悩んでいると、ヒヨとフセ、真樹、カズが一夜の元に集まる。一番に一夜へ話しかけたのは、冷静沈着なフセだった。
「一夜、この状況、どう打破する」
 早速、脱出を考えているらしい。相変わらず話が早すぎると、一度、無言で手で、彼女を黙らせる。すると同時に、一夜の元に集まっていた全員が黙って、一夜の言葉を拾おうと必死であった。周囲を見渡して、誰が誰か、誰がどんな人物かを把握しようと、首を捻る。そんな中で、一夜に気が付いたのは、紫がかった黒髪に、赤めの紫色の瞳を抱いた少年のみであった。真っ赤な一夜の瞳を正面に構えて、少年は、ズンズンと向かってくる。輪の中に入ると、少し、わざとかそうでないかはわからないが、張った声で言った。
「俺は日宮家鋼屋の守護者、上桝谷の与市。状況とお前らの身元を確認したい。この状況だと、うちの主人もここに来てる可能性がある。協力願えるか知りたいんだ」
 無表情に、淡々と、利害関係の素の言葉だけを呟く。それは簡潔で、一種、恐ろしいとも思うようなものである。ロボットのような、機械のような、その返答に一部分困っていると、後ろから、それ以外の声も聞こえた。
「何だ、大宮家の当主もいるのか。じゃあすぐ出れるな」
 黒髪と何かに染められたような緑の瞳が、口から出た気泡に包まれながらこちらへと向かう。その後ろから、真っ当な墨のように黒い髪と紫色の瞳を持った少年もやってくる。おそらくは、他クラスの者だろう。
「三輪君と笠井君?」
 真樹がそう呼ぶと、緑色の瞳の少年が、おう、と、小さく短くはっきりと答える。
「三輪? あぁ、あの魔女の血族の」
 一夜が一種の納得をしていると、緑目の少年は不機嫌そうに言った。
「おう、その魔女の血族だ。不本意ながらな。こっちのさっきから黙ってるのが笠井だ。こっちはほぼほぼ一般家庭だからこういうのに慣れてない。俺達も協力願いたい」
 笠井というらしい少年は、三輪の後ろでコクコクと頷いて、意思を示した。おおよそのメンバーがそろったらしいその場で、立ち位置上、リーダー的である一夜は、フッと溜息を吐いて、教室の隅で未だ落ち着かない、郁と樒を見やる。
「まずはこの異界がどんな背景で作られたかを推測しなくちゃならん。とは言え、おそらくは人為的に術式で作られた異界だと俺は思う」
 何故? と、カズが発言を促す。その顔は嫌に笑顔で、気味が悪い。
「自然発生する条件が無い。霊は基本的にいないし、神や異形も特別な奴はいない。入り込んだ気配もしてなかった。しかも、今、現状、俺が耳を澄ませても、異界を発生させるような異常な心音は聞こえない。それに、こういう感じの異界は俺も初めてじゃない」
 待ってくれと言わんばかりに、ヒヨが一夜の肩を叩いて、落ち着き払ったように見せかけながら、実に彼らしい質問を問うた。
「異界って自然発生するもんなのか?」
 何を言っているんだと言うように、真樹などを除いた少年たちは、不思議そうにヒヨを見ている。一夜は仕方がないといったように、ヒヨを正面に見て、口の動きを見せるように言った。
「気持ちの強い霊だとか、神だとかがポンと創り出したりすることがある。まあ、引き金になるのは生きた人間であることが多いけど。神隠しだとかが良い例だな」
 あぁ、そうだ、と、すっぽ抜けた情報を脳の中にもう一度叩き込んで、一夜は口を動かす。
「完全な一般人が巻き込まれて無いのも、ここが人為的に作られたってわかる条件だ。自然発生してたら、普通は一般人が巻き込まれてるはずだからな」
 確かに、辺りを見渡してみれば、今のところ、一般人だと確定している人間はいない。樒の隣でダルそうにしている少年はがどうだかはわからないが、おそらくは、その黒い艶のある髪と、赤い瞳で、一般人などと言えはしないだろうと思われる。郁というその少年は、樒に肩を貸されて、一夜の下までゆっくりと歩いた。
「大宮支族の十朱家の、長男の子です。名は郁。こっちに来るのに思いっきり酔ったらしいです。暫くそっとしておいてあげてください。ほら、話、続けてくださいよ」
 樒がそう言って、掌をひらひらと、かったるそうに動かす。ただ、その、話すことと言うのも、次、どう動くかと言うことくらいしか頭になくて、やはり、一瞬悩む。その一瞬が続くと、答えが出ないのを見計らって、樒が溜息を吐いて放った。
「もしこの空間が学校そのものであるなら、職員室に行きましょう。他の先生方もいらっしゃるかもしれませんし、他学年の者もいないわけではないと思いますから」
 簡単に、樒は言うが、どうも彼が連れている少年の事を考えると、動くに動けないではないかと、一夜は首を捻る。そんな中、三輪が、一言、謳う。
「分かれるか。この教室に残る奴、職員室に行く奴。人数と戦力的に、もう一つ、ここ周辺を探索出来る奴も作ろう」
 そうだな、と言いたいが、どうも一つ、欠陥がある。
「チームの連絡はどうする」
 フセと樒が揃って言った。
「私がやるわ」「伏子さんが出来るはずです」
 その二人の言葉に、ヒヨがうんうんと首を縦に振った。
「まだそこまで安定していないけど、意思の疎通くらいだったら、携帯を利用してそこそこ出来るはずよ。樒先生、どうせ携帯常備してるでしょ? 樒先生が待機の連絡役、私が探索の連絡役。職員室に行けば連絡手段は他にもあるはずだから、職員室に行く人たちに今は携帯要らないわ」
 成程、解決だと、一夜は小さく呟く。
――――さて、どうしようか。自分を最高戦力として集まっているのなら、自分が一番不安定な場所に行くべきだろう。探索は、フセを信頼するとするならば。それならば。
「俺は職員室に行く。他は、どっか用事あるって言うのあるか?」
 黙っている。誰も、異論はなく、思考は欠如していると見える。ヒヨが多少、不安そうな顔でこちらを見ている。それを見て、溜息を吐いて、床を一度、慣れないスニーカーで、踏む。水のような空間にいる弊害か、床を踏んでいるような気がしなかった。
「ヒヨは俺と一緒に来い。笠井は樒先生たちと一緒にここで待機。三輪とカズがフセをエスコートしてくれ。あと、真樹も俺と一緒な。上桝谷もだ」
 満足気な顔をする一部と、不安げな顔で濁したままの大半が、異論を唱えるのを待つ。しかし、何もそんな発言は出ることなどなく、心配無用であったことを理解する。不安なのは、自分に対してだろう。そんな安心感で、一夜は人間に対する思考を取りやめた。
「じゃあ、一夜、職員室に行ったら、この番号にお願い」
 フセが、ポケットに入れていたマジックで、一夜の手の甲に、番号を書いていく。一夜には見覚えのある番号で、それがフセの携帯の番号だと理解できた。
「あぁ」
 短めの返事で、納得したのか、フセはすぐに手を離した。廊下の方を見て、一夜とフセを先頭に、少年たちが歩み出す。もう、行ける。職員室までのルートを思いめぐらす。何度か行ったことのある廊下だ。形は把握できている。アクシデントの予想は出来ないが、何となく、自分たちに害はない気がした。そんな予想を立てて、出来るだけ楽観的になりたいのだ。いつもは出来ない、仲間との高揚というか、そんな感覚が、楽しくて、仕方がない。
 さあ、行こう。ガラリと、扉を開けて、廊下に足を踏み出す。何が迎えに来るのかは、やはり、その水の流れだけではわからない。隣でヒヨの蝶が鱗粉を水に溶かす。こそばゆくて、集中が利かなかった。



 廊下、そして階段はとても静かである。本当に、深海のようで、自分たち以外は、本当に、いないんではないかと錯覚してしまう。それくらいに、静寂が彼らを包んでいた。音が無いと、落ち着かないもので、何か話したくはなる。しかし、それでは、何かあったときに上手く対応できない。どうしようかと、考えてはみるが、まあ、何かがあったときにどうにかすればいいだろうと、気を緩める。体の筋から力を抜いた。壊すのだという意識を、外から中に引っ込めているような感覚だ。そんな風にしていると、視界の明るさが変わって来る。どうやら、張りつめていた気は、ものの見方を変えていたようで、どうしても、どうしても、全てが暗色に見えていた。
 蛍光灯は薄暗く、青色に染まり、あぁ、海なんだなと思わせる。魚の大群でも来てくれれば、きっと、見ものだろう。一夜は小さい頃に一度だけ、水族館に行ったことがある。その時の記憶が、頭の中を駆け巡って、幸福を貪った。
「何だあれ」
 与市が、そう言ったのに気が付いて、一夜はハッと目を開ける。階段の、上の階から、何か、生き物の影が見える。それは、とても大きく、生を誇張していた。
「何かキラキラしてるね」
 真樹がそう言ったとき、ヒヨが気が付いて、放った。
「魚の群れだ! あれ!」
 そう言った瞬間、それはこちらの方をゆっくりと正面に向ける。不思議であった。それが何であるかわからなかったから。こちらに尋常でないスピードを出して、迫って来るとは思っていなかったから。
「よくわかんないけど逃げるべきなのかこれは」
 一夜はそう聞くが、そんなことを耳に入れる前に、与市が真樹と一夜を抱えて、走り出した。自分たちが歩いていた階段の、すぐ下、その階は丁度、三年生の教室がある場所で、学年用の集会場が広く、あった。
「こっちだ!」
 聞き覚えのあるような、声が聞こえる。張りつめていなかったから聞こえなかったのだろうか。あの、危険な少年の声が、耳に入った。小柄な少年二人を抱えた与市と、ヒヨが、スライディングで、羚の開けていた扉に突入する。魚が入って来るギリギリで、羚は扉を閉め、葛木と、その担任である三枝と共に押さえつける。ガタガタとずっと、音が鳴っていた。が、暫く経つと、その衝撃は無くなり、また、静寂がその場を蝕んだ。一息ついて、安心したように、羚が扉を背に脱力した。
「どうにかなったね」
 部屋の中には、羚、葛木、三枝の他に、少女のような顔をした少年、そして、金糸屋の真夜と海夜がいた。少女顔の少年は、一夜達が、体育の時に見た覚えのある者であった。
「僕ら以外に異界に来てる子がいたとはね」
 少年がそう言いながら、一夜達の体をジロジロと見回して、笑った。
「でも良かった。怪我はないね」
「アンタ誰」
 ヒヨがぶっきらぼうにそう言った。少年は苦笑して、言う。
「僕は格由光廣。大宮家、金糸屋の双子姉妹に仕える、修復特化型の守護者さ。そこの垂れ目で癖毛の子は同じく守護者の葛木龍ノ介君。で、この子たちが僕らの主人の、真夜さんと海夜さん。これで良いかな?」
 ふうん、と、半分くらい興味もなさそうに、ヒヨが返事をすると、真夜が眉間に皺を寄せて、大きく息を吸った。しかし、それをたしなめるように、三枝が真夜の肩を叩いた。
「すまないが、一年生だな、お前たちは」
 三枝がそう言うと、一夜が、そうだ、と短く言った。
「ということは、お前が一夜か」
「あぁ、そうだ」
 二つ目の返事をすると、三枝は小さく呟いた。
「成程、父親にも母親にもそっくりだ」
 最大の侮辱のような、誉め言葉のような。不明瞭な言葉で、一夜は一瞬、頭がいっぱいになった。しかし、それを振り払って、隣に立った羚に答えを求める。
「今の状況は?」
 淡々と、そう聞くと、羚は笑顔で返す。
「急に世界が青くなって、教室には三枝先生と双子さんたちと、葛木君しかいなかった。その隣のクラスから、格由君が飛んで入ってきて、外に魚の大群がいるって話をしてきた。それで一度外に出てみたら、魚に海夜ちゃんが攻撃されて、もう一度ここに避難して、それから動けもせずに潜伏中」
 フフっと笑うが、割と冗談じゃない状況であると、一夜は察して、眉間の皺を指で直す。ふと、怪我をしたと言っていた海夜を見た。目が合うと挙動不審になって、ひっと声を上げる。そんなに恐れることをしただろうかと、首を捻ったが、ふと、一つ、思い出して、三枝に駆け寄った。
「三枝先生。携帯持ってます?」
 そう言って、手の甲の数字の羅列を見せた。
「これは」
「月ノ宮伏子の携帯電話の番号。合流したってことを伝えないといけないと思って」
「成程」
 三枝はジャージのポケットから出した携帯電話に、一文字ずつ、数字を打ち込んでいく。全て打ち尽くすと、プルルと感じの良い音がなって、ガチャリという音もなった。それを聞いて、一夜は三枝に寄こせとジェスチャーした。渋々、三枝は一夜に携帯を渡す。奥から一番に聞こえる声は、やはりフセである。
「もしもし、一夜? 職員室に着いたの?」
「いや、三年生の教室……三枝先生の所に、三年生たちと一緒にいる。戦力になりそうな奴らばっかだ。とりあえず、俺達の方は、階段で魚の群れに襲われたけど、現状は安全だ」
「そう」
「そっちは」
 悩むような、その間の奥の奥で、樒の声も聞こえる。どうやら二つのチームとも近くにいるようで、何かを話し合っているようだった。
「こっちは、ちょっとトラブルがあったの」
 優しげに、冷静に、フセは言う。
「廊下に出てすぐに、アンタ達が見えなくなったあと、大きなイルカに襲われて、カズが噛まれたのよ」
「そうか。ざまあないな」
 即答した一夜を制止するように、フセは、まだ続きがあると言って、小さく溜め息をついた。
「まあ別に命に別状がある感じではないわ。ただ、ここの空間って水が満たされてる感じでしょう? そのせいか、傷が再生しにくいの。長くは持たないわ。早くここから脱出するか、修復特化の人を連れてこないといけないと思うの」
 そんなの放置しておけ、と、言ってやろうかとは思ったが、一夜はそれを我慢して、ぐっと堪えて、解決方法を提案する。
「こっちに修復が出来る奴がいる。大宮家の分家に仕えてる守護者だ。そこそこの実力はあると見てる。連れて行くか」
「どう連れて行くつもり?」
 周囲が、電話の内容を聞いていたらしい。廊下に出れば、危険があるのは承知である。この大人数で動けるとは思えない。特に、一度襲われて怪我をしたという海夜は、もう、外には出たくはないだろう。そんな根性無しが通用するとは言えないが、ふと、一夜は校内の地図を思い起こした。
 三年生の部屋と、二年生の部屋と、一年生の部屋は、全て、重なっている。床は天井になっている。では、今ここで天井を壊したら、下の階に、廊下を渡らなくとも行けるのではないか。
「手が一つある。上から降ってくる瓦礫に備えろ」
 それだけ伝えて、一夜は、通信を切って、掌を床に付けた。
「おい双子、真樹、手伝え。床ぶっ壊すから」
 それだけで、真樹と葛木は一夜と同じように、床に手を置く。葛木が、マスク越しに言った。
「俺も分断持ってるんでね。ちったあ手伝わせてもらいますよ」
 真樹が心強いなあ、と、気の抜けた合いの手を入れていると、一夜は真夜と海夜に目を向ける。
「お前らは手伝わないのか。治療ならし放題だろ。反動を怖がってんじゃねーよ」
 悪態付くが、真夜はそれに引けを取らずに、べったんと床に膝と手をついた。
「海夜は生まれつき上手く能力の制御が出来ないのよ。アンタと違うの。死ぬかもしれないことを強要しないで」
 真夜は一言、重く、そう言った。それは、海夜を守っているようにも見える。海夜は後ろで小さく、ごめんねと呟く。そして、光廣の隣にそっと佇んだ。ふと、三枝も跪く中に入る。割と、壊すこと切ることが得意な人間が多かったらしい。一夜は高らかに声を上げる。
「いっせーのーせ」
 バキリ、床が割れる。ヒビが入って、ガタガタと、下に、水の抵抗を感じながら落ちる。ただ、これは一夜が想像していたよりも遥かに規模が大きい。人が多く携わったからではない。お互いに、どれ位の規模で壊せばいいかは知っていたはずだ。しかし、誰かが制御しきれずに、全員が、外の廊下ごと落ちていく。落ちていくさなか、真樹が顔を青ざめさせていたのがわかった。

 三年生の階の下は、二年生の教室の階である。同じクラスの、違う学年の部屋。そこには誰もおらず、誰の声もしない。しかし、一緒に壊れた壁ヒビが入る音、そこから壊れていく廊下や隣の部屋に通じる扉や壁が崩壊する音は分かる。
「マズイ。逃げるぞ」
 すぐに体勢を立て直して、周囲を見渡せていた、ヒヨと与市の目に写っていたのは廊下にいた、魚達の群れ。イルカの群れも同じくこちらを見て、らんらんと目を輝かせている。まるで、玩具を見つけたかのように。それに全員が気がついたのはすぐだったが、海洋生物モドキ達は、真っ先に、我先にと、こちらに向かってくる。逃げる暇はない。戦わなければいけない。そう思って手を伸ばした時、攻撃から身を守ろうと、手で体を覆った時。それらの生物は、一気に一夜達の身体を避けていった。
 真っ先に魚達イルカ達が向かったのは、一番窓際にいた海夜である。
「え」
 気の抜けた、絶望の声が、聞こえる。真夜が、魚達に囲まれて見えなくなっていく海夜に手を伸ばした。葛木が、一緒になって、海夜の手を取った。
「海夜! 力使いなさい! 私たちごとやんなさい! 早く!」
 真夜が叫ぶ。このまま離されれば、どこに行くかわからない気がして、一夜は、真夜と葛木の二人が、海夜を離さないように願った。周囲の魚達を消していく。パンパンと軽快な音を発して、血を吹き出して破裂していった。が、消しても消しても終わらない。一夜の手は血だらけになっていく。他の者達は、襲いかかるイルカを殺したり、避けたりで対処するので精一杯だ。
「海夜!」
 引きずり込まれていく。何処かへ、連れて行かれる。それがわかって、手を繋いだ真夜と葛木共、海夜が魚の群れに引っ張られていって、それでも三人は手を離さない。危機感を覚えて、一夜は消えて何処かに行く、その扉である、魚の群れに飛び込んだ。
「一夜!」「一夜君!」
 黒髪と青眼の二人が叫ぶ。あぁ、何で、この二人は声まで似ているのだろう。そう、余計なことを考えているうちに、一夜は、一度、視界を暗転させた。

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