お狐さま、働かない。

きー子

五十四話/深層攻略

〈封印の迷宮〉を囲うように築かれた白亜の組積造――〈封印の大神殿〉。
〈封印の迷宮〉の玄関口とも称されるこの場所に、早朝、四人の女たちが集う。

 早朝だけにたむろする探索者は決して多くない。が、彼女らはそれゆえにかえって耳目を集めていた。

「この度はよろしくお願い申す。レイリィ・アルメシアだ」

 一人は聖騎士長レイリィ・アルメシア。全身鎧の兜のみを外して顔を晒し、挨拶代わりに礼をする。鎧が払われた瞬間、水の色にも似たブロンドの髪がふわりと揺れる。
 175suを超える長身かつ鍛え上げられた身体でありながら、その美貌は一見して華奢な印象をかもしだす。

「フィセル・バーンスタインだ。……堅苦しいのは無しで行こうじゃないかい。背中預けてやってかなきゃなんないんだからさ」

 一人は万年単独行の女剣士、フィセル・バーンスタイン。彼女も170su近い長身で、くすんだ金髪はやや色濃い。剣呑な眼差しの碧眼をわずかばかり和らげ、どこか愛嬌のある丸っこい顔立ちに笑みを乗せる。

「リーネです。……正直あまり来たくはなかったけどご主人さまの意向だから、その分は真面目にやるよ」

 一人はいかにも華奢な女魔術師リーネ。砂色の髪を眉の上で切り揃え、片目を眼帯で隠す。肌は病的なほど白く、ほっそりとした体の線をフード付きの黒ローブで覆っている。彼女の身の丈は160su弱と決して低くないが、それでも他の二人と比べればやや見劣りした。

「私は皆様と面識がありますが、一応――クラリス・ガルヴァリンです。……では、突入の前にお互いの役割確認といたしましょうか」

 最後の一人は女司祭――クラリス・ガルヴァリン。150su強とやや小柄な身体を白い法衣に覆い、長やかなる藍色の髪も同色のヴェールに覆われている。胸元には金十字の意匠が輝き、公教会の所属であることを知ろしめす。

 彼女たちこそは公教会の密命を負った一部隊。
 その目的は単純明快――〈封印の迷宮〉の完全攻略に他ならなかった。

「私は順当に行けば殲滅役だろうね。大抵のやつは剣一本で行けると思う」
「フィセルさんは単身で地下六十五層の記録をお持ちですから。彼女が行動の主軸になるかと思われます」
「……なるほど。アルバート殿を単身で討ち取ったという噂は決して伊達ではないということか」

 クラリスが横から補足すると、これにはレイリィも嘆息せざるを得なかった。
 単独での探索というのがまず常軌を逸している。特に地下五十階層以降を魔術師無しで踏破するのは至難と言って良い。それをやって退けているのだから彼女はまさしく本物だ。

「私はその補助になるかな。専門は炎系魔術。火力と発現速度だけはそれなりに自信があるから、固い奴は私に回してください。……立ち回りは、その、素人程度だけど」
「まぁ、そのうらなりじゃあね」
「余計なお世話だよ。……遅れることはないと思うから、その心配はしなくっていいよ」
「長期戦になりますから、負担は分散していきましょう。殲滅役がフィセルさんのみでは負担が多くなりすぎますから」

 目標は一度の探索で五階層。一階層を一時間で抜けるとしても五時間はかかるため、実際にはそれ以上の消費を見積もることになる。その点、クラリスの発言は全く理に適ったものだった。

「では、私が矢面に立つことになるだろう。先行しての斥候、敵の足止め、引きつけだな。ちょっとした魔術の心得もあるが、これはおまけのようなものだ」
「魔物には鎧の守りが通じないやつも少なくないよ。そいつで大丈夫なのかい?」

 フィセルは一瞥して懸念を示すが、レイリィは堂々と胸を張って頷いた。

「問題ない。鎧の装甲は元より魔術に因る強化を前提としている。小隊規模の人数を前提とする密集陣形ファランクスは使えないが、それに代わるものはあるということだ」
「あなたが足止めする敵は私が狙い撃つ――と、いうことになるかな」
「後は私が行くかだね。どっちが出るかは……相手を見て判断しようかい」

 クラリスが懸念を示した通り、フィセルの持久力は無尽蔵には程遠い。魔術が通じる相手ならば積極的に任せるのも一つの手だ。

「では私ですが、加護と治癒が主たる役目でしょう。力を底上げする加護は消耗が少なく済みますが、喪失を補う治療では消耗が大になります。典型的な後方支援ですね。マッピングや照明などの雑事もこちらにお任せ下さい」
「ああ、それなら私も熱源探知をやれるかな。後方の警戒は任せてほしいな」

 探索者の主たる壊滅要因、それこそは後方からの奇襲である。原因の八割方はこれだといっても過言ではないだろう。後方支援役を刈り取られた部隊パーティは緩やかに消耗し、攻略拠点に戻ることなく力尽きる。そこかしこにありふれた探索者の末路である。

「その時は私が遊撃に回ろう。前方は一時的にレイリィに任せることになると思うけど」
「構わん。多少ならば一方的な攻勢にも耐えられよう。……だが、深層に進めばやや危ういのも事実だ。どの程度の魔物が現れるか、未知の領域では想像もつかない」
「……確かに、そうですね」

 クラリスは念には念を入れ、七十層近辺に出現する魔物を総ざらいする。

〈封印の迷宮〉の構造上、あまりに巨大な魔物は出現し得ない。しかし深層に及ぶほど内包する魔力は濃度を増し、個体も強力なものになる。これは魔力の供給源――すなわち、封印されている魔王が近くにいるからだと言われている。

 七十層近辺で最も危険なのはハイオークと称される、豚とも猪ともつかない亜人型の魔物である。彼らは魔物の骨を削りだしたと思しき武器を手にしており、独自のコミュニケーション方法で連携の取れた攻撃を仕掛けてくる。かつての魔王軍においては前線の指揮官を担った魔物でもあるという。

「なるほどね。連携を崩してやればいいわけだ」
「はい。危険ですが、十分に対処が可能な魔物です。七十五層からはデュラハンが現れ、これは一体一体が強力ですが基本的には単独行動。これも対処は可能です。……が」

 と、クラリスは言葉をひそめる。
 本当の問題はそれ以降。情報が皆無に等しい八十層以降をいかに犠牲なく攻略するかである。
 ただ進めれば良いという問題ではない。公教会としては、魔王と思しき強大な魔物への対処もしなければならないのだ。

「今から懸念しても仕方がない。急ぐ事情なのは重々承知しているが、慎重を極めて探索を進める他はないだろう。何となれば、命あっての物種だ」
「いざという時の探索中止という選択もあってしかるべき……いえそうなってほしいというのが私の気持ちだけど。考えるのは実際に行ってからでも遅くはないと思うよ」
「違いないね」

 フィセルの端的な頷き――これをもって話はまとまった。
 後は実際に探索を進める他はない。お互いの連携をすり合わせる必要もあろう。

「それに、いい加減目立ってしょうがないだろうし」

 と、フィセルは何の気なしに周囲を見渡す。
 クラリスも釣られて周りを見れば、確かに四人は注目の的だった。むくつけき荒くれ者が多い探索者の中にあって、美しさを保った女たちが集う光景は中々の異様である。部隊のうちに一人二人ならまだしも、全員がそうという場合は滅多にない。

「――そうですね。それでは、参りましょうか」
「ああ」
「うむ」
「……はい」

 一名、やや気乗りしない様子の女がいるものの。
 それはそれとして四人は〈封印の大神殿〉内の大魔石――迷宮内部に設置された〈攻略拠点〉への転移装置――に向かって歩き出した。

 ◆

 ――――クラリス・ガルヴァリン司祭の報告書。

 以下の四人――市井の探索者二名――を基本人員としての〈封印の迷宮〉攻略に着手。

 聖騎士長レイリィ・アルメシア。
 司祭クラリス・ガルヴァリン。
 フィセル・バーンスタイン。
 リーネ。

 地下七十層より出発、一層ごとに半刻強の時間を要し、半日後に地下七十五層に到達す。
 連携に支障なし。死傷者なし。総員が十全に機能したため、基本人員に変更なく明日以降の攻略を続行。
 八十層以降の情報は極めて少なく、攻略速度の地帯が予想される。死傷者を出さないことを最優先で攻略を進めるものとする。

 追加要員――不要。迷宮内部での連携がかえって阻害される可能性。
 補充要員――可能な限り求む。死傷者無く攻略を達成する保証無し。

 内部の探索者が増加傾向にあり。六芒星に鍵十字の紋章――イブリス教団の所属を示す印を多数確認。
 七十層以降へあえて挑む利益は少なく、魔王――あるいはそれに類するものの魔力を観測したのではないかと見られる。市井への情報漏えいが懸念されるが、現時点でその兆候はない。

 探索中に得られた魔石は均等に分配。その分をここに納めるものとする。

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