お狐さま、働かない。

きー子

十七話/イブリス教団原理主義派襲撃事件・急

 ひゅん、と空を切る音。
 扉にぴしりと線が走る。フィセルはそれを勢いよく蹴破り、教祖の間へと踏みこんだ。

「なんだ、騒がしいぞ僧兵長。曲者は――」

 そこにいたのは禿頭が目立つ一人の男。
 扉に背を向けていた彼は大義そうに振り返り、そして、フィセルを目にした瞬間目を剥いた。

「――な、き、貴様、何奴かッ!?」

 フィセルは無言でずかずかと歩み寄り、男の姿を確かめる。瞳の奥に欲望を煮えたぎらせた眼差し、壮麗な黒と金の僧衣、樽のように肥え太った身体つき。
 間違いなくこの男だった。イブリス教団原理主義派教祖コルネーロ。

「無礼だぞ、名を名乗れ! いったい私をだれだとおも――ぶげぇッ!?!?」

 フィセルは無言でコルネーロの頬をぶん殴った。男は勢いのままに倒れこみ、歯が何本か折れて飛んでいく。

「〈魔具〉はどこにある?」

 フィセルは彼の胸ぐらを掴みあげて問う。

「……な……き、さま、どこから……そ、おぶッ!?」

 反対の頬をぶん殴る。頭を床に押さえつけながら再び問う。

「〈魔具〉は、どこにある?」
「や……やめ、るのだ……わた、しは……おごッ……」

 太鼓腹に蹴りを入れる。男はまるで水揚げされたばかりの魚のようにビチビチと痙攣した。

「……〈魔具〉はどこにある?」

 フィセルの剣呑な眼差しが男を射抜く。

 瞬間、コルネーロは確信せざるを得なかった。正直に答えるまでこの女は絶対にこれを止めない、と。
 コルネーロは早くも心折れ、台座の上に置かれた小箱を震える指で指し示す。色とりどりの宝石で装飾された豪奢な小箱。

 フィセルはコルネーロを解放し、小箱の中身を確認する。〈魔具〉さえ見つかればこの男に用はない。
 小箱を開け、そしてフィセルは呆気にとられた。

 ――――小箱の中身は空だった。

「……ちっ」

 虚言か。いや、この状況で嘘を吐く意味は無い。現にコルネーロは痛みで身動きもできない状態だ。

「あんた、今日この部屋に誰が入ってるか覚えてるかい。答えな」
「……わたしと、僧兵長……そしてリーネ司教……彼女が先刻私を起こして報告したのだ……何者かによる襲撃が起きた、と……」

 フィセルはその答えで得心が行く。リーネとやらがコルネーロを起こす直前、どさくさに紛れて〈魔具〉を盗み取ったのだろう。何者か、すなわちフィセルが奪いに来たことを予感して。

「あんた、部下に恵まれてないね。空っぽだよ」

 コルネーロはまんまと裏切られて囮にされた格好だ。そしてフィセルは囮にまんまと引っかかったというわけだ。ため息を吐いて豪奢な小箱を放り捨てる。
 腹いせ紛れに金庫を破ってやろうかと思うが、止めた。あれは各勢力で山分けにしたほうが政治的に好都合だろう。

「な……ば、馬鹿なッ!! 確かに、確かに〈魔具〉はここにあるはずだ! 無いはずがない!!」
「……鈍いね。取られたに決まってるだろう?」

 空っぽの小箱を手の中で弄び、呆然と脱力するコルネーロ。全身がわなわなと小刻みに震え、意味不明のうわ言を何度も繰り返す。

「……もう寝てな」
 もうこの男から情報は得られそうにない。フィセルはコルネーロの脳天に手刀を打ち、強制的に意識を刈り取った。邪魔くさい肥満体を引きずりながら教祖の間を出る。

「目標は確認できなかった。内部の人間が盗んでいったみたいだね。私はそいつを探すから、この男を確保しておくように」
「お安いご用で」

 不測の事態が起きてしまったが傭兵たちの士気に曇りはない。フィセルは魔術師たちを見回して言う。

「あんたらは私に付いてきな。しかるべき相手に引き渡す。……滅多な気は起こすんじゃないよ?」

 大人しく無言で頷く魔術師たち。教団内でどう扱われていたかは定かではないが、ユエラかスヴェンに引き渡せば悪いようにはしないだろう。
 先んじては報告のため、フィセルは行動を再開する。

 ◆

 ――――まさか、あんなに手が早いとは思わなかったなあ。

 教団拠点の一階から通じる地下空洞。まばらにランタンが設置されただけの薄暗い坑道に、ひどく顔色の悪い女がいた。

 目元まで覆うほど長い砂色の髪、黒と青の目立たない僧衣、そして血管が透けて見えるほど青白い肌。悪霊にも見紛いかねない妙齢の女は焦りもあらわに、地下通路を駆け足で進んでいく。

 彼女の名はリーネ。イブリス教団原理主義派司教リーネ。
 かつては〈闇の緋星〉で副教祖をつとめ、原理主義派と内通して襲撃を手引した人物でもあった。その功績が認められ、教団内においても高い地位を得たわけだが――
 肝心のしっぽを振った相手が、ほんの数日も経たないうちに破滅すると誰が考えようか。

「……はぁ……はぁ……参ったな、もう……」

 リーネは額の汗を拭い、土を蹴るように走っていた脚を緩める。恐る恐る背後を振り返るが、そこには人影の一つも見当たらない。どうやら追手はかかっていないようだ。

「……ふぅっ……」

 襲撃犯は地下通路の存在を把握していないのかもしれない。いざという時のための逃走経路。この道の先は〈封印の迷宮〉上層と直接的に繋がっている。接続点には大魔石を用いた結界が張られ、迷宮側から魔物が侵入することはまずありえない。

 迷宮の上層階に現れる魔物は弱敵ばかり。そしてリーネには多少なりとも魔術の心得がある。後は何くわぬ顔で迷宮から脱出すれば良い。

 ――――むしろ、問題はこの後どうするか。

 今回の襲撃犯には見当がついている。かつてはイブリス教団普遍派の走狗であり、〈闇の緋星〉に引きこまれた懐刀――暗殺者テオ。彼女の姿があったということは、十中八九、〈災厄の神狐〉の差金に他あるまい。

 そもそもの話、テオを生け贄に捧げるよう推挙したのはリーネその人だ。彼女が〈闇の緋星〉を裏切るにも、テオが邪魔になることは必然だった。ゆえに前もって排除することにしたのだが――本部跡地でばったり出会った時には愕然とした。まさか生きていようとは、と。

「……まあ、なんとかなるかな。これさえあれば」

 リーネは懐を探り、ひんやりとした金属の感触を確かめる。
 それは〈災厄の神狐〉が復活しない限りはなんの意味もなさない〈魔具〉。ゆえに、彼女が復活したあかつきには千金以上の価値を持つ――〈災厄共鳴の羅針盤〉。

 これさえあればどこにでも自分を売り込める。もはや原理主義派に縛られる必要はない。公教会に情報を売るのも良いだろう。情報だけで金貨三枚というのだから、この〈魔具〉にはそれ以上の価値があるはずだ。

「ふ……ふ、ふ……!」

 こらえきれずにほくそ笑む。実に綱渡りではあったが、自分は最大の危機を乗り越えたのだ。これからはより大きな組織の庇護のもと、存分に私腹を肥やせばいい。

 少しずつ地下通路が明るくなってくる。迷宮が近づいている証拠だろう。いよいよ栄達の道は近い。リーネは青白い顔を興奮に上気させ、無意識に歩く足を速め――――

「――――そんなに急いでどこに行くつもりかえ?」

 視界に現れるは地下通路と迷宮を接続する大魔石。
 それに悠々と腰掛けた幼い娘が、急ぐリーネの前に立ちはだかった。

「……ッ!?!?」

 驚愕のあまり意識が凍りつく。脚が地面に縫われたように動かない。
 薄紫色の唇をぱくぱくと痙攣させ、リーネは呆然と彼女を見た。

 銀と見紛うほど艶やかな灰色の長髪に白い肌、やや吊り目がちの蒼い瞳。華奢でちいさな身体を白のフリルワンピースに包みこみ、裾からはふわふわの毛並みが見え隠れする。

 灰色の毛並みは二尾の尻尾のみならず頭の上の耳までも。それこそは狐人テウメッサの証。
 ゆえにこそ、否が応でもリーネは気づく――――彼女がいったい何者なのか。

「何を驚いておる。……なあ、持っておるのだろう? おぬしが」

 少女は大儀そうに立ち上がり、ゆっくりとリーネに歩み寄る。

「ヒッ……ち、ちか、近づかないでッ……!」

 リーネは慌てて後ろに下がり、うっかり尻餅をついてしまう。そのまま立ち上がることもままならず、尻を擦りながら後ずさる。

「私に監視をつけるなぞ断じて許されん。おかげでずいぶん手間取らされる羽目になったぞ? まぁ、その分いくらか持ち駒は増えたがのぅ」

 少女は不機嫌そうに喉を鳴らし、リーネを睥睨する。
 リーネは咄嗟にこの場を切り抜ける手段を考える。〈魔具〉を渡してしまっては全てがご破算だ。しかし、いずれにしても生きてこの地下から抜け出られる保証は全く無い。

 なにせ相手は神代の怪物。世界を大混乱に陥れた稀代の雌狐――〈災厄の神狐〉テウメシアにほかならないのだから。

「ほれ、さっさと出せ。持っておるのだろうが、私の居所を探る猪口才な〈魔具〉とやら。こんな道から逃げようとしておいて、持っておらんとは言わさんぞ?」
「……あ、あなたが、〈災厄の神狐〉なんだね? 本物の?」
「……左様、であったらなんだ?」

 露骨に引き延ばす言葉のためか、少女の声がひときわ圧力を帯びる――否、それはもはや魔力と呼べるほどの域にあった。

「……ど、どうして、ここがわかったの。ここは、ほんの一部の信者しか……」
「おぬしのお仲間が全部吐きよったわ。おぬしが何をやったかも全てな。……ま、〈闇の緋星〉の件は誰かの手引きだろうとは思っておったが」

 リーネはその言葉で思い至る。ボルト司教。やはり彼はテウメシアの手に落ちていたのだ。もはや生きてはいないだろう。

「つまり、おぬしがどのような嘘を吐こうが私にはいささかの信用もならんということだ。……そのつまらん〈魔具〉、死蔵しておけば良いものをわざわざ持ち出しおったのだからな」

 それは、事実上の死刑宣告だった。
 テウメシアは一歩ずつリーネとの距離を詰める。リーネは必死に後ずさるが、どこまで行っても逃げきれるはずがないということは分かりきっている。

 ――その時、リーネの背中に何かがぶつかった。硬い感触。彼女は慌てて後ろを振り返る。

「――――ッ!!」

 そしてリーネは息を呑んだ。

「久方振りです。副教祖様」

 淡々と告げる声。
 白黒エプロンドレスの小柄な少女――テオがリーネの後ろに立ちふさがっていた。

「来おったか」

 少女はテオの姿を認め、穏やかに瞳を細めて微笑みかける。

「そやつはもう副教祖でもなんでもなかろうよ、テオ」
「正直に申しまして、もうどうでも良いかと思いまして」
「そやつが〈闇の緋星〉を壊滅させた張本人でもか?」

 テウメシアの告発に戦々恐々とするリーネ。テオほどの暗殺者に目をつけられては逃げるべくもない。
 だが、テオは意外なほどあっさりと首を横に振った。

「どうでも良いことです、それも含めて。普遍主義派本流ほど憎くもなく、さりとてユエラ様ほどの恩を感じるでもなし。むしろ〈魔具〉を守り切れなかったことを思えば不甲斐ないことこの上ありません。当然の報いでしょう」
「おまえさらっと殺し文句を言いおるな……」
「恐縮です」

 主人と従者、というには仲睦まじげに言葉を交わす少女二人。
 彼女らに挟まれながらリーネはひそかに息をつく。自らの罪を咎められずに済んだのだ。これで少しは生きる目も出てきたのではないか。
 リーネが抱いたほんのかすかな希望。しかしそれは、続いたテオの言葉で絶望のどん底に叩き落とされた。

「ですが」

 と、テオは短剣を抜きながら言う。

「〈魔具〉の簒奪。私物化。挙句の果てにユエラ様をこうまでも手間取らせた罪。それら全てが万死に値すると言っても過言ではありません。死で贖える罪ではありませんが、しかし相応の報いは受けるべきです」

 リーネの背筋が凍りつく。肩から背中にかけて、痩せた身体が恐怖に震えだす。

「……と、言っておるが。どうする? さっくりと死ぬか? 死んでみるか? 私はどちらでも良いぞ。ま、生かして欲しいならばそれらしい態度というものがあるだろうがのう」

 後ろから首筋に刃が押し付けられる。テウメシアの可憐な面差しが邪悪なほど悪辣な笑みに歪む。

 死にたくない。リーネはぶるぶると首を横に振る。金や権力を求めたのも、ただただ死にたくないがため。利己的と罵られようが構わない。なのにこんなところで死んだのでは、何が何やら分からない。まだ三十年も生きていないのに。何にもならないまま死ぬなんて、リーネにはあまりにも耐えがたい。

「……わかるであろう? どうすれば良いか。ん?」

 テウメシアがくつくつと喉を鳴らして微笑する。彼女のちいさな掌がリーネの頬を撫で回す。

 リーネは震えながらもちいさく頷き、懐にある〈魔具〉を自ら差し出した。
 傍目には古ぼけた羅針盤にしか見えない。銀色の縁取りに金の針。蓋の類は見受けられず、細かな目盛りが溝のように刻みこまれている。そして漆黒の背面には灰色の九尾が刻印されていた。
〈災厄共鳴の羅針盤〉。テウメシアの魔力を探知する何よりもの手がかりが、今、彼女自身の手に渡ったのだ。

「……さ、他に言うことは無いかえ? 言い残すことがあるなら聞いてやろうぞ?」
「ッ……そ、そんな、話が違うよ!?」
「今のだけでは、おぬしが渡すべきものを渡しただけに過ぎん。……足りんな、全く足りん。それとも、これはおぬしの命に匹敵するほどのものなのかえ?」

 テウメシアは手の中で乱雑に〈魔具〉を弄ぶ。それを何とも思っていないように。何の価値も感じていないように。

「……わ、私、は……」

 喉がからからに乾く。首筋に冷たい刃が押し当てられる。胸が早鐘を打ち、まるで言葉が出てこない。

「……な、なんでもする。何でもします。きみの言うことはなんでも聞く。なんでも、きみに言われた通りにする。だから、どうか――――殺さないで、ください」

 絞り出したのは具体性も何もない命乞い。ただ助かりたいという一心で、リーネは必死に言葉を紡ぐ。
 それが命取りだった。

「なんでも、といったな?」

 テウメシアはにやりと笑み、そしてリーネの目元を覆う前髪を払いのけた。
 片目を醜く潰す火傷痕があらわになる。潤んだ片目は鮮やかなほどの山吹色。

「……うん。いい。なんでもいい。だから、命だけは……」
「良かろう」

 泣きじゃくりながらの懸命な懇願。それに対し、テウメシアはあまりにあっさりと頷いた。
 リーネは一瞬呆気にとられ、そして顔を上げる。彼女のにこやかな笑みを目の当たりにする。瞬間、とてつもなく嫌な予感に襲われる――自分は何か、取り返しの付かないあやまちを犯したのではあるまいか。

「……良いのですか? ユエラ様」
「うむ。まあ、見ておれ」

 それ以上の考えをめぐらせる時間は与えられなかった。
 少女のちいさな掌がリーネの頭にそっと触れる――はっきりと感じられるほど膨大な魔素が渦を巻く。
 瞬間、リーネは否が応でも理解する。これは致命的な魔術だと。例え死に至らずとも、それとなんら変わりない結果をもたらすものであると。

「……っ……」

 意識に一瞬挟まれる空白。
 かちん、と鍵をかけるような音が響き、そして少女の手が離れた。

「……な、なにを、したの? 私に……」

 リーネはへたりこんだまま困惑する。肉体への異常は特に感じられなかった。

「テオ、刃を引いてやれ。そやつはもう逃げられん」
「かしこまりました」

 テオは少女の言いつけ通りに短剣を仕舞いこむ。首筋に触れる金属の冷たさが消え、リーネは思わず息を吐いた。

「ユエラ様、彼女になにをなされたのです?」
「こやつの言うた通りにした。――私の言うことはなんでも聞く、私に言われたことならなんでもする。そういうものにこやつはなった」
「……私だけでは御不満ですか?」
「テオ、おまえ、例えば男どもの慰みものになれと言ったとして、本当にそうする気はあるかえ?」
「ユエラ様がそれをお望みでしたら、是非もなく」
「……やめい。おまえは私のものだ。おまえに傷をつけるようなことをわざわざやらせるものか」

 ふん、とテウメシアは鼻を鳴らす。テオは恐縮したようにちいさな頭を垂れるが、薄褐色の肌が薄紅に染まっている――傍目にも満更では無さそうだった。

 同時に、リーネの頭の中で彼女らの会話がぐるぐると回り出す。その言葉が意味するものは、つまり。いや、そんな、まさか。

「まあ、有り体に言えば――――奴隷だな。手荒に扱えるものを残しておいて損はない。壊れたらその時はその時よ」

 雌狐はあまりに平然と言う。リーネに一切の警戒を払わず、無防備に微笑を浮かべたまま。
 逃げるなら今しかない。何をされたかは不明だが、異常らしい異常は感じない。隷属を強いられる類の魔術とすれば、彼女から離れてしまえばいい。そうすれば魔術の影響からも逃れられるはず。

 彼女がリーネを意識していない今こそ好機。リーネはへたりこんだまま意識を集中して大気中の魔素を結合し、

「ぁ……ぅ、くッ……!?」

 ――――瞬間、痺れるような感覚が痩せた女の身体を貫いた。

 リーネはそのまま地べたに転がり悶絶する。青白い顔にじっとりと汗を滲ませて身を揉む。

「……くく、いかんなあ。躾がなっておらんなあ。これだから反抗的な雌猫は困る。……おまえにはもう〈首輪〉がかかっておるのだ。滅多なことは考えるでないぞ?」
「……今のうちに始末しておきましょうか?」
「そう急くでない。なんならおまえも躾けてみるか? なかなか面白いものだぞ?」
「ユエラ様のお手をわずらわせないで済むのでしたら、それもやぶさかではありません」

 青白い顔を赤く上気させて二人を睨めつけるリーネ。しかし下半身は腰砕けになったように動かなかった。
 事ここに至ってリーネは悟る。もはや逃げ場など無いのだと。彼女の奴隷に成り下がる他に、生き残る道は残されていないのだと。

「……私を、どうする、気なの……」

 リーネは湿り気を帯びた声で尋ねる。テウメシアは彼女の襟を掴んで強引に立たせ、じろじろとその身体を眺め回した。

「なに、私は無意味なことはやらん。いちいち命令するのも面倒でな。無意味に痛めつけたり辱めたりするような真似はせんさ。衣食住くらいは整えねばのぅ」

 テウメシアはリーネが通ってきた道を歩き出す。その後ろをリーネは這々の体でついていく。背後にはテオがぴったりとくっついているため逃げ場はない。まるで連行される囚人のよう。

 ――それほど手ひどくは扱われないのかな。

 リーネがそう考えた瞬間、テウメシアは彼女を振り返る――――これ以上となくにこやかに微笑みかける。

「まずはよう働いた傭兵どもに褒美をくれてやらねばな。酒食だけというのはなんとも味気がない。その次に欲しがるものとくればやはり女と相場が決まっておろう、実に好都合ではないか?」
「ユエラ様、あまり俗悪な餌を与えてはなりません。せっかくユエラ様を信奉する信仰の戦士が生まれましたというのに」
「……一理あるな、おまえはちとやりすぎだが。……であれば、うむ、酌でもさせてやるとしよう!」

 ――――リーネは目の前が真っ暗になった。

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