お狐さま、働かない。

きー子

十二話/教育的指導

「――――ふむ。そりゃ面倒だのう」

 スヴェン・ランドルートの管理下にあるセーフハウス。
 ユエラは街の郊外にあるその家を借り受け、一時的に寝泊まりする場所と定めた。スヴェンにとっても使われる予定がない資産であり、それならユエラの居場所が分かるほうが都合がいいという。

「あんたの周囲を嗅ぎ回るやつが出てくる可能性がある。気をつけておくんな」
「……とすると、この場所に移ったのは賢明だったかもしれんな?」
「まさしく。私達の居場所を特定される前に趨勢すうせいを決するが吉かと存じます、ユエラ様」

 現在はユエラ、テオ、フィセルの三人が広々とした居間に集い、先日の報告と情報交換を行っている。
 フィセルからは〈勇者〉の部隊について。ユエラからはスヴェンが協力してくれるということについて。

 今後の行動方針はまさにテオが口にした通り。敵対者に素性を暴かれるより早く、こちらから白状してしまえば良いのだ――自分に協力的な権力者の庇護下に入るという形で。

 最たる懸念事項はスヴェン本人の安全だが、彼もやはり迷宮街の有力者。最低限、身を守るための兵力は有しているという。普段は探索者として迷宮に挑むものが多いが、有事にはスヴェンの私兵と化す。典型的な傭兵である。

「しかし、傭兵ね。正直、私からすると今いち信用ならないんだが」
「お金を払う分には戦って下さるのでは?」
「中々そうもいかぬ。まあ、金額の多寡で契約主を乗り換えるような輩は多くなかろうが……金よりは命が惜しかろうよ」

 もっとも、街中で傭兵同士が激突するような事態はほとんど無いという。揃えた探索者の質と量で勝敗がおよそ決してしまうから、命の取り合いにまではならないのだとか。
 おかげで探索者からも楽な臨時収入源として重宝されているらしい。殺伐としているのかぬるいのか、今ひとつ判断しがたい街である。

「私としては戦ってもらわねばな。数的にも質的にも不利な状況で、それでも敵に喰らいついてみせるような死兵。でなければ脅しにはならん。あやつ――スヴェンには手を出したくない、そう恐れさせねばならん」

 ユエラが指揮を執れば容易いが、そんな危ないことはやりたくない。流れ矢にでも当たったらどうしてくれるのか。

「……なるほどね。で、どうするつもりだい?」
「訓練をする」
「そこでまた地道だねあんたは……」

 呆れたように肩をすくめるフィセル。

「スヴェン殿よりひとまず手隙の二小隊十二人を直率としていただきました。これをイブリス教団の制圧に投入するものとします」
「二人よりはだいぶ現実味があるね。取りこぼしを出すようなヘマはしないで済みそうだ」
「はい。ですので一隊を私、そしてもう一隊をフィセルに率いていただくことになります」
「……私がかい」

 テオの説明を受け、呆気にとられたように目を丸くするフィセル。誰かを率いることになるとは考えもしなかった、という顔。

「私ではどうにも格好がつかんからな。前線指揮官というのも性が合わん。訓練には口も手も出すが、人を使うのは好きにやるが良い。どうせ私のものではないからな」

 ユエラはくつくつと楽しげに笑い、さてと勢いよく跳ねるように椅子から立ち上がった。

「さて、行くかえ」
「……どこにだい?」
「何を聞いておった。訓練場に決まっておるだろう」
「今からかい!?」
「ユエラ様が行くというからには今から行くのです。さあ参りましょう」

 意気揚々と先頭を行くユエラ。いささかの気後れを感じながら後に続くフィセル。その背中を押すように歩くテオ。
 三人は揃って傭兵たちが待つ練兵場――スヴェンの私有地へと向かった。

 ◆

 練兵場――周囲を背の高い柵で囲われた真っ平らな砂地に、十二人もの男が集まっていた。
 それぞれ身なりは良くもないが悪くもない。生きるだけなら不自由はしないが金には困っているという面構え。

 彼らの共通点は探索者であること、ある有力者と傭兵契約を結んでいること。高い実力を有する探索者ほど契約を嫌うことが多いから、傭兵とは往々にしてごろつきと紙一重の違いしかなかった。

「お……誰か来たぜ」

 この日の昼。契約主の部下――つまり直接の上司との顔合わせということで、まんまと集められた十二人。

 ゲオルグもそのうちの一人である。黒の短髪に髭面、体格には恵まれたむくつけき男の戦斧使い。訓練ついでに給金まで貰え、拘束期間はたった三日間。こんなに上手い話は早々無い、と喜んで飛びついた口だった。

「あれは……女じゃねえか」
「女と……ガキ二人か?」

 舐められたもんだな、などと軽口を言い合う傭兵たち。
 もっとも、とゲオルグは考える。女戦士は歴戦の猛者であることが少なくない。手弱女たおやめは早いうちに淘汰されてしまうからだ。子どもについては少々判断しかねるが。

「ふむ」

 三人のうち、一番早く声をあげたのは最もちいさな子どもだった。
 身長は140suに届くかどうかといったところ。銀に近しい灰色の髪が目立つ娘。身を包むブラウスにひだの付いたスカートがいかにもお嬢様めいている。目を瞠るほどに綺麗だが、どれだけ可憐でも子どもは子どもである。

 彼女は開口一番、あっけらかんと言った。

「まあ、思ってたよりはだいぶ良かろう。うむ。許容範囲だ」

 直球かつ不躾極まりない言葉。何様だと言いたくなるところだが、雇い主に近い立場とあっては文句も言いづらい。

「よし。私はユエラだ。おぬしらの上官にあたる……が、実際の現場で指揮を執るのはこっちの二人になる。つまり、おぬしらにはこの二人に従ってもらうということになるな。実際に何をやってもらうかについては、前日に伝えることになる。それまでは想定訓練を積んでもらう。ちょいと血生臭いことになるが、危険はさほど無い。ちょっとした警備だと思ってくれ」

 上官、という言葉に引っ掛かりを覚えたのはゲオルグだけでは無いだろう。雇い主の孫娘か何かと思っていたものが大半である。

 さらに驚きなのは、示された二人のうち一人――お仕着せ服姿の少女が頭数に含まれていたことだ。
 黒のショートヘアに薄褐色肌の小柄な従者。身長は150suがせいぜいで、戦士にも魔術師にも見えない。この場の誰もがユエラの付き人に過ぎないと思いこんでいただろう。

「……おいおい、本気かよ」
「何をやらせる気か知らねえが、荒事なんだろ?」
「ちゃんと俺たちを指揮してくれるんだろうな。命令の通りに動かなきゃなんねえんだからよ、途中で逃げ帰られたら困るんだぜ?」

 口々に上がる不満の声。腰に剣を提げた長身の女は憮然とした表情のまま。従者の少女は透明な無表情を保っている。

「まあ、気持ちはわからんでもない。不安にもなるだろう。テオ、なんとか言ってちょっと安心させてやるが良い」
「私だけがですか」
「フィセルよりはおまえのがいくらか不安であろう」
「……致し方ありません」

 お仕着せ服の少女――テオはそういって傭兵たちに向き直った。
 こほんと一度咳払いして、服の袖口から小刀を一瞬で抜き出す。

「私から申し上げられることはそう多くありません。最低限、ユエラ様の身を守る護衛としての技術をわきまえていることは確かです。鉄火場に怯えて逃げ出すようでは護衛は務まりません。人を扱うことにはさほど長けておりませんが、さほど難しい要求ではありません。屋内に突入する、見つけた敵は殺す、それだけです。以上で、納得は――――」
「できるわけあるか!」
「そんななりでまともにやれるのかって話だ!」
「……む」

 むす、と唇を真一文字に引き結ぶテオ。
 その隣で長身の女は肩をすくめ、少女の肩をぽんと叩いた。

「こういうのは言葉で言って聞かせても説得力にはならないよ。身体で分からせてやらないと」
「……むう」

 助言されたのが不服なようだが、しかし彼女はしぶしぶ頷いた。

「しかたありません。では、納得いかない方は順番に向かってきてください。なんなればまとめてでも結構です」
「……んだと?」
「コケにしやがって……」

 やはり納得がいかないのか、鼻につく物言いで火がついたか。
 各々が得物を抜く様子を見ながらゲオルグは考える。にわかには信じがたいことだが、状況からして実力は本物のようにも思われる。隣の実力者らしい女もテオに信頼を置いている様子ではないか。

 ゲオルグは長身の女を一瞥し、ふと違和感を覚えた。それは一種の既視感にも近い。

「……あんたは良いのかい」

 と、女は剣呑なほど鋭い眼差しをゲオルグに向けた。
 ぞ、と背筋が怖気立つような震えを帯びる。彼女はなんと呼ばれていたか。フィセル。その名前には覚えがある。どこぞの酒場で耳にした噂話。そう、あれは――

「ふぃ、フィセル? 〈皆殺し〉のフィセルか、あんた?」
「……なんだいその物騒な名前は」

 女の目付きがさらに鋭さを増す。「なんじゃその格好いい二つ名うける」とユエラが腹を抱えて涙を零しそうなほど笑う。

 だがゲオルグにとっては全く笑い話ではなかった。
 たった一人で〈封印の迷宮〉に挑む女剣士の噂。中層を徘徊する彼女が通った跡には、もれなく魔物による屍山血河が築かれるという。

 三十層にもなればほとんどの探索者は部隊パーティを組んでいる。あるいは継続的な互助のために同盟クランを結成する。単身で挑むような命知らずはほぼいない。それが連日連夜ともなればなおさらだ。
 相当な実力者とあって勧誘を試みる人物もいたが、成功例は無かった。彼女の目的は「少しでも速く、少しでも深く」攻略を進めることだったからだ。

 その結果、柄の良くない連中がこれ幸いにと目をつけた。いつも一人でいる彼女を襲撃して捕らえ、奴隷のように使役しようという算段だ。この計画に一枚噛んだものは総勢で十人以上にも達した。
 そしてその全員が殺された。魔物となんら変わりない死に様で。迷宮内の通路でゴミのように骸を晒した姿が発見され、以降、彼女に手出しをしようというものはぱたりといなくなった。

 それで付いたあだ名が〈皆殺し〉。殺した数は問題ではない。魔物か人間かも問わない容赦のなさこそ、その二つ名の由来であった。

「……お、俺は勘弁だ。あんたの下につくぜ」

 そんな彼女に並び立つ少女がどれほどの化物かは想像に難くない。いや、想像もしたくない。ゲオルグは無謀にも武器を抜いてテオに立ち向かう彼らを見る。

「テオ、あまり後を引くような怪我をさせるでないぞ。大事な人的資源だからな。武器は使うでない」
「はい。かしこまりました」
「……ああ、そうだ、せっかくだからテオを倒せたら私の身体を好きにしてもいいぞ。うむ、そうしよう」

 ユエラの一言にこの場の全員が目を剥いて凝視する。

「ユエラ、あんた……」
「ユエラ様、お気は確かですか」
「なに、おまえが力の差を見せつけてやればいいのだ、テオ。案ずるでない」

 からからと気楽に笑い飛ばすユエラ。
 傭兵たちは「何を馬鹿な」と言わんばかりであったが、まじまじとユエラを見るうちに様子が変わってくる。

 ユエラの外見は確かに稚児めいているが、器量良しには違いない。それも千人、あるいは万人に一人という逸材だ。あと五年も経てば絶世の美少女として花開くことだろう。あるいは現時点の彼女こそ、少女に至る過渡期特有の未成熟な果実――幼い蕾の可憐さを思わせもしよう。

「……やってやろうじゃねえか」
「ちょろいもんだ」
「抜け駆けはなしだ。まとめてかかるぞ」

 にわかに傭兵たちの眼が血走る。本気を感じさせる飢えた目付き。殺気立った男たちは一人、そしてまた一人とテオを包囲していく。

「ユエラ、これ、何か意味あるのかい?」
「本気でやってから叩いたほうが物分りも良うなるであろう」
「……本当に?」
「下賤な男であろうが求められるのは気分が良いな! こやつらなんぞに私はくれてやらんがな!」
「……あんたが将来どうなるか心配でしょうがないよ」

 呆れたように肩をすくめるフィセル。彼女らの関係もいささか気にかかったが――

「どうぞ、どこからでも」
「――――おおおおおおおッッ!!!!」

 どうやらそれどころではなさそうだ。
 一斉に飛びかかる傭兵ども――テオはろくに構えもせず、空手で彼らを迎え撃った。

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