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シロ紅葉

運命の日 end

 午後二十時二十分。
 月の光りで淡く照らされた、狭い路地裏を二つの人影が駆け抜ける。
「はあはあ……ここまで……移動できれば充分だろう」
「ええ、……そうねここから先は、もう少しペースを落として行きましょう」
 人影は止まる。一息でここまで走ってきたのだろうか、乱れた呼吸を整え、一息つく。
「そうだな。ひとまずはここで身を隠し、もう少し人目がつかなくなってから移動するとしよう」
 日影は雨宮家の名刀残刃刃を床に置き、壁を背もたれ代わりにして、ゆっくりと腰を下ろす。しかしこの寒い冬空のなかでは、アスファルトで出来た床や壁では冷たくて、ゆっくりは出来なかった。
 凍えた体を暖めるように縮こまる二人。
「とりあえずの目標としてはこの町を出ることかしら」
「できれば日付が変わるまでには、出たいな」
「へえ、そうか。この町を出るのか?……なら、今ここで死んで貰うとするか」
 あまりの寒さに警戒心を緩めていたのが運のつきだった。その気配には気づかず、不用意にもその男の接近を許してしまった。
「お前は昨日の……確か浅草春彦」
「敵に名前を覚えてもらっているとはな。……だが、オレの標的はお前の妻。魔女、雨宮奏だ」
「やっぱり気付かれていたのね。……この傷が原因かしら」
「あれは失言だったな。傷のついた時間帯と場所を話してくれて助かったぜ。おかげでこうしてこの町を脅かす魔女の発見に至ったんだからな」
 自らの発言で自らの首を締めてしまった。昨日に引き続き、今日も重大なミスを犯してしまった、自分が情けなく思う奏にそっと寄り添う父、日影。
「昨日今日に会ったばかりで悪いが、オレがアンチマジックでお前が魔女である以上……おとなしく死んでくれ」
 春彦は手に提げているゴルフバッグのような形をしたカバンを背にかけ懐から一挺の拳銃を取り出し、銃口を奏に向ける。
「おいおい、オレの嫁にそんな物騒なものを向けないでくれや。オレ達にはあんたの息子と同い年の娘がいるんだからよ」
「そうね。お互い子どもがいる身なのだから、ここは見逃してくれてもいいんじゃないかしら」
 日影達は両手を挙げ、最後の悪あがきとして抵抗してみるが、相手に火に油を注ぐだけだった。
「問答は無用!!」
 それを合図に銃声が響き渡る。
「ち、やっぱ無理か」
 舌打ちと共に日影は名刀残刃刃を引き抜き、迫り来る銃弾を刀の峰で弾く。同時に奏が魔法を発動し、右足に奇妙な紋様が浮かび上がり、そのまま足に張り付く。
「強化魔法か。それも脚力の一撃を高めるタイプ」
 流石に場数をこなしているだけで、冷静に相手の魔法を分析する春彦。
 自らの肉体を強化するタイプの魔法は基本的には、相手に近付かなければ、あまり意味がない魔法だ。春彦の使用武器は拳銃。相手の強化された蹴りが食らわないような距離で攻撃が可能な武器なので、奏には少々分が悪い。だが、そんな有利な状況に立っている春彦は気を抜くことなく相手の出方を見る。
 瞬間、奏のいた場所に爆風が浮かび上がり、春彦の眼前に姿を現す。そのまま強化された右足で春彦を蹴り飛ばす。だが、その攻撃に反応することが出来た春彦は後方へ跳び、蹴りの威力を和らげた。
「流石はB級の持ち主。今ので反応するとはね」
「正直驚いた。まさかそこまでの脚力を持っているとはな。……しかしどうやらそれも今の一撃で最後のようだな」
 そう言って奏の傷の悪化を指摘する。
「奏!まさか傷が開いたのか!?」
「……このぐらい平気よ。まだまだいけるわ」
 そうは言うが、開いた傷口からは真っ赤な血液は止まることも知らず流れ続ける。
「あーあ、だから今日の夕方に無理はしないようにと忠告してやったのにな」
「……っ!」
「あまり無理はするな。……次はオレがいく」
 抜いた刀を再び構え、無作為にも春彦へと接近する。
「馬鹿が、銃相手に刀で突進して来るとはな。死に急いだか!!」
 無防備で迫る格好の的となった日影に引き金を引く。だが、当たったはずの銃弾は日影の体を貫くことはなく、ただ弾かれるだけだった。
 春彦は突然の出来事に驚愕するが、よく見れば、日影の体を蒼白い紋様がまとわりついていた。
「まさか!?お前もそうなのか!!」
「何を驚いているんだ、オレぁ一言もただの人間だと言った覚えはないぜ」
 雨のように降り注ぐ銃弾に目もくれず、春彦の前まで接近し、腰を低くし、斬りつける。春彦はとっさに背に提げていたゴルフバッグサイズのカバンで防ぐ。すると甲高い音が路地裏内に響き渡る。
「おいおい、そんなでかいカバンに何詰めてんだ。あんた」
「披露する機会があれば見せてやろう」
 その後も幾度となく刀とカバンで斬りつけ合っていたが、春彦が片手に拳銃を構え出してからは、一気に春彦の方に形勢が有利になる。
 カバンと銃。二つの猛襲に耐えきれなくなった日影は大きく後退した。
「なかなかやるな。ここまで粘るとは思っていなかったぞ」
「――いや、こちらこそ。流石はB級というだけのことはある。オレの斬撃をここまで防ぐとは」
「ちょ、ちょっとなによ二人して熱くなっちゃって。私もいることを忘れないでよね」
 お互いに実力を認め合う二人に、すっかりおいてけぼりにされていた奏は、存在を必死にアピールする。
「母さんはもう少しおとなしくしてな。オレ一人でいけるところまではいく」
「いいえ、私も戦います。――それにあなた圧され気味だったじゃない」
「こ、これから本気出すんだよ!」
 敵を目前にして、いつもの調子に戻っていく様子に殺気立っていた現場は緩やかに落ち着いていくが、春彦だけはさらに殺気立っていた。
「やれやれ、夫婦喧嘩はそのぐらいにしてくれないかな?こちらは殲滅する対象が二人に増えて、苛立っているんだよ」
「へー、そうかい。だったらさっさとケリ着けますか」
「ここからは、私達二人で行かせてもらうわ」
「……そうか。ならば、こちらも本気でいくとしよう」
 春彦は手に提げていたカバンの中身を取り出し、それを右手に構える。
 それを見た日影達は驚愕を隠せない。それは、この狭い路地裏で使うにはあまりにも危険過ぎるものだった。
「……バズーカ、だと!?」
「嘘でしょ。こんなところでそんなものを使うつもり?」
「できれば使いたくはなかったがな。……さて、第二ラウンドを始めるとするか」
 日影達はそれぞれ強化魔法をかけ、春彦は右手にバズーカ、左手に拳銃を構える。
 弛緩していた殺気が再び高まり、日影、奏、春彦の三者による、戦の火は切って落とされた。


 元々は細長い通路だったこの道も三者に戦い、主に奏の脚力強化の魔法によって強化された一撃でみるみる内に地形が変わっていく。壁が砕け、大地が割れる様に焦りを感じ始める春彦。
「――不味いな」
 狭かった通路が少しずつ横に広がっていく。だが、それを起こした当の本人はすでに息が上がってきており、キレのあった蹴りは、弱くなっていく。
「……はあ、はあ。まだまだ」
「少し、落ち着け」
 奏は、すでに限界がきていた。右足の感覚がなくなってきているのだ。せいぜい、あと二、三回が限界だろう。
 春彦はその様子をみて、止めとばかりに奏の傷口目掛けて発砲する。
「……っう!!」
「――奏!!」
「これで一体一だな」
「……お前!」
 状況は先程よりも春彦に有利になっていく。しかし、春彦の方もバズーカを所持して戦闘していたので、体力に限界がきていた。
 日影は肉体の防御力を上げる魔法をかけ、春彦の銃弾を全て肌で弾き、春彦に斬りかかるが、春彦が咄嗟に後退して斬撃をかわす。そこに、すでに限界がきていたはずの奏が接近していた。それはもはや、執念に近かった。絶対に敗けられない、こいつをここで倒し、生き延びる為に。その思いだけが奏に再び戦う力を与えた。
 奏の渾身の蹴りは春彦が次の動作に移る余裕を与えず、胸骨が砕ける音と共に後方へ吹き飛ばした。
「……はあ、はあ……もう無理」
「いや、よくやった。これであいつもしばらくは動けないだろう」
 そのまま力尽きて倒れんだ奏のそばにより労いの言葉を掛ける日影。しかし、その一瞬の油断が致命的なミスに繋がる。
「……っうぁぁぁぁぁぁ!!」
 鮮血が眼球から迸り、そこには鉛が埋め込まれている。日影は無事な片目で路地裏の闇を見つめる。そこには、軋んだ身体をゆっくりと起こし、硝煙の噴き出す拳銃を片手に愉悦に浸った春彦がいた。
「はは、これで終わりだな。悪しき魔力保持者どもめ」
「……くそ、まだ動けやがったか」
 視界がぼやけるなか、刀を構え、戦闘体制をとる日影に対して、春彦は拳銃を棄て、最悪の兵器を取り出す。
「なっ!?てめえ正気か?そんなものをこんなところで撃ったらどれだけの被害が出るのかわかってんのか?」
「わかっているさ。だが、被害は最小に済ますことが出来る。貴様が受け止めればの話だがな」
 挑発をしている。だが、これは確実に日影に命中するように仕向けられている。日影の背後には、すでに立ち上がる気力もない奏がいる。避ければ、奏は死ぬだろう。しかし、日影には肉体を銃弾すらも通さぬ鋼の肉があるが、果たしてアレを受け止めれるほどの体力はあるのか。
「――ダメよ、あなた。私のことはいいから逃げて!!」
 必死で叫ぶ、奏。
「……ばか野郎。惚れた女守れねぇほどオレはやわじゃないぜ」
 自身の持てる全ての魔力をこの一撃に耐える為、肉体強化の魔法を最大限の状態に保つ。
「死ねーー、雨宮日影ーー!!」
 迫り来る無情な砲弾にも怯むこともなく、逆に空回りし過ぎた気力はそんな感情すらも抱かない。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
 凄まじい衝撃が路地裏に拡散し、辺り一面が吹き飛び、硝煙は空高く、舞い上がる。
 やがて、視界が晴れて行き、そこには人影が立っていた。
 その男の胸には、もはや肉と呼べるものがなく、赤黒い血と共に焼けた骨格が覗ける。
「いやーーーーーー!!」
 そのままゆっくりと冬空の下、倒れる。奏は動かない足を引き摺り、匍匐前進の要領で、夫の凄惨な亡骸にすがり付き泣き叫ぶ。もう何度も流した涙は涸れることなく、流れ続ける。しかし、そんなことには一瞥もくれることなく春彦は、無情にも拳銃の照準を奏に向ける。奏は恐れることなく、泣き腫らした眼を持ち、恐ろしいほどの殺気を放ちながら春彦を睨み付ける。
「……絶対に殺してやる!」
「……」
 一言も交わすことなく引き金は絞られる。眉間を貫かれた奏は亡き、夫に覆い被さるように、静かに眠る。
 静まり返った路地裏に規則正しい電子音がいやに響く。
「……こちら、浅草春彦。対象魔力保持者。雨宮奏、そして新たに現れた魔法使い、雨宮日影の殲滅を達成」
「よくやった。任務終了のところ悪いが、至急支部に戻れ、浅草。詳細を細かく報告してもらう」
「了解しました」
 春彦は、大坂支部、支部長に任務終了の報を入れ、二人分の血が散乱した現場を後にした。


 午後二十時五十分。
 鳴り響いていた戦闘音は静まり、世界が祝福するかのように雪が降り始めた。
 嫌な予感がする。先程から心臓の高鳴りが止まらない。走り疲れたからじゃない、奇妙な焦燥感が私を焦らせる。それが結果的に心音の高まりに繋がっているんだ。
 確か、土煙が見えた場所はここを曲がったところだったはず。
 広まった道路から街灯が明滅するだけの薄暗い闇へと足を向ける。肌で感じる寒気とは違う別の何かを感じとりながらも前へと進む。不意にアスファルトを踏む足音に水が跳ねる音が付加される。
「水?いや、違うこれは……血!?」
 流れる方へと目を向けると、二つの人影が覆い被さるようにあった。その近くには、見覚えのある刀が落ちている。まさか……あれは斬刃刃。雨宮家の名刀が月の光りに照らされて淡く光っている。
 慌てて二人に近寄ろうと、駆け出したが、すぐに後悔する事になった。
 辺り一面が血の海になり、壁には血が飛び散っている。激しい嘔吐に駆られたが、必死でそれを抑えながら、恐る恐る顔を見る。
「――!!……父さん?母さん?」
 震える手ですでに冷めきった体に触れてみて、死を実感し涙が流れる。一度流れ出したら止まらなかった。父さんのいつものノリ、母さんの笑顔、全部、全部なくなってしまった。憎い、父さんと母さんを殺した奴が憎い。何にも悪くない、ただ魔力保持者というだけで殺したアンチマジックが憎い。絶対に私がこの手で殺してやる、そう思ったときだった。銃声が路地裏に鳴り響く。ああ、そうだった。もう何度も見たのに、私が殺される瞬間をあの夢で。ということはこの後ろにいるんだ、父さんと母さんをそして、私を殺した犯人がいる。
「……お嬢さん。君、もう印が出ているよ」
 声が聞こえた方へと振り向こうにも体は鉛のように鈍く、思うように動かせない。仇がすぐそばにいるのに顔もみれないなんて悔しい。そして視界がぼやけ始め、心の蔵から流るる血液を残して、全てがスローモーションのように見える。ああ、死ぬ、死んでしまう。せめて……せめて私にもっと力があれば、母さん達を守れたのに。もっと私が気を張っていれば、仇の顔が見れたのに。薄れゆく意識にただ、私の無力さと憎しみだけが膨れ上がり、意識を失ってしまう。
 そして、その想いは力を与える。


 また、いつものあの場所にきている。もう三度目か、流石に驚きもなくなってくるわね。
 閉ざされた闇に光りが灯る。何だろうアレは、見覚えがある。そう、アレは白い影。前回はいなかったアレは一体なんなの。人の形をしている以上アレは人で間違いないはず。
「あなたは一体誰なの?……返事くらいしてよ!」
「……私はあなた。――そして力」
 びっくりしたあ、返事しろとは言ったけども、まさか返っくるとは思わなかったから。アレ、でも変だな。私、この声を知っている。
「お願い、姿を見せて」
 そういうと、スーっと白い霧が剥がれていきます。
 そこには、剣道着の上に紅葉の柄がはいった着物を羽織った私がいました。その異様な姿に思わず目を奪われてしまう。……って私!?
 自分に見とれてしまったあまりの恥ずかしさに赤面してしまった顔を隠す。これじゃあ私ナルシストじゃん。
「どうして照れてるの?」
「だ、だって自分の姿見て美しいと思うなんて変じゃん」
「ああ、酔いしれていた自分を恥じているのね」
「そのいい方やめて。すっごく傷ついちゃうから」
 ふふ、っと柔らかい笑みをして私に近づいてくる私。近くでみるとより美しさが感じられる。……って違う違う、何を考えているんだ私は。
「私はね、あなたの想いから生まれた存在。――そして、あなたに新しい世界の鍵を開く者」
「……想い。……鍵」
「そう、だから受け取って。この力を。そして受け入れて、この想いを」
 もう一人の私は、そっと優しく抱き締めてくれる。すると、淡い光りを放ちながら、私のなかに溶け込んでいくのが分かる。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

 負の想いだけが全身を駆け巡る。
 辛い、痛い、哀しい。感覚がある訳じゃないけども、そんな想いが直感的に感じられる。それを受け入れ、全身に張り巡らされる想い。手の甲が痛み、意識が途絶えた。
 そうして、私の新しい世界が開く。


 停止しかけた私の心臓が早鐘を打つのが分かる。しかし、私には意識がなく、想いだけが身体を突き動かす。憎いという感情だけが今の私の全てだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 目映い光りが弾け、辺り一面に炎が燃え広がる。それは路地裏だけに留まらず、外の大通りにまで広がり、町を燃やす。
 お願い、誰か私を止めて!このままだと全てを燃やし尽くしてしまう。
「剣道着に紅葉柄の着物。……それがお前の魔装か?雨宮彩葉」
 眼前に誰かいる。きっとこの人が私を止めてくれるんだ。お願い、はやくして、私があなたを殺してしまう前に。
 銃声が響くが、勝手に体が反応しそれを避ける。そして、足元に転がっている斬刃刃を鞘から抜き出す。  刀には私の炎が燃え移り、より強く降り始めた雪化粧に彩られて、その姿は幻想的に見えているんだろう。
「魔女との二連戦は勘弁してくれよ」
 響く銃声に降り下ろされる刀。
 人を守りたい想いと仇を憎む想いがぶつかる。
 しかし、私達の戦いは激化する事はなかった。銃声が止む。弾切れになったみたいだ。今が好機、戦う術を無くしたんだから後は降り下ろすだけ、簡単なことだ。
 果たして、それは正しいことなのか?そんなことを父さんと母さんが望むのだろうか?揺れる想いは身体を止める。
「どうして止める」
「……あなたを殺したくはない」
「オレがお前の親の仇でもか?」
「――それでも!あなたはあなたの役目を果たしただけ。それにあなたを殺してしまっては……アキが悲しむじゃない。アキにまで私と同じ思いはして欲しくない」
「……だったら、オレをここで見逃すということか?」
「そうしたいけども、私の全身はあなたを殺したくてウズいている。だから、早く逃げて‼私の理性が残っているうちに」
 震える身体を理性で抑えつける。あんなにも仇を討ちたいと思っていたのに、今はそれをしたくない。けども身体は正直だ。どれだけ強く願っても、一度溢れ出した力は止められない。
「そうしたいところだがな、もうこの身体は言うことをきかないみたいだ」
「そんな……!!」
 せっかく、理性を取り戻せたのに、もう駄目だ。これ以上は抑えられない。目の前が真っ暗になり、心の闇が再び私を支配し始める。闇色に染まっていくなか、強い衝撃が私を襲う。
「心を強く保て‼まだ、助かる」
 薄れゆく意識のなか、見知らぬ声が聞こえた。……心を、強く。もう二度とあんな姿にはなりたくない。そう強く願った。


 目を覚ますと白い天井に、埃が積もった家具がそこら中に転がっている場所にいた。私の記憶上こんな場所は知らないはず、というよりどう見ても空き家だと思う。軋む身体を起き上がらせて、月の光りが差す窓から外を見てみるとそこは、野原町だった。一体あの日から、どれくらい経ったのだろう?それに、アキのお父さんは?そしてあの時の声は一体誰だろう。思案に耽っているとノックもなしに扉が開いた。
「お、起きたのか!良かった良かった」
 ズカズカと部屋に入ってきた年若い女性は、私の側まできて、ほっとしたように言ってくる。誰だろう?この人。
「む、なんだその不審者をみるような表情は?仮にも私は命の恩人だぞ。感謝したまえ」
「感謝しろって言われても何がなんだか。それにいきなり知らない人に馴れ馴れしく話し掛けられたら、誰だって怪しみますよ」
「それもそうだったな。……よしまずは名乗っておこう。私は赤緋焔、君をあの日助けてこうして手当てをしてあげた者だ。職業は魔女、よろしくな」
 色々とツッコミたいところがある自己紹介をされてしまった。けども、こうも笑顔で話されたら敵意は感じないように感じ、差し出された手を握り返して、こちらも軽く自己紹介しておく。
 そうして、魔女、赤緋焔はあの日のことを語りだす。
 あの日、私は焔さんの魔法で気絶し、運よく魔女化を免れたこと。私の両親の遺体は焔さんが埋葬してくれたこと。アキのお父さんは生きていて、アンチマジックに復帰したこと。そして私は放火、その放火で出た死者、殺人の容疑をかけられて指名手配されていることを話してくれた。
「そんな、私が指名手配だなんて。それに、私は魔女ではないの?」
「うむ、一度は現れた魔力保持者の証。魔力印が消えているところをみると魔女ではないだろう」
 恐る恐る魔力印が現れた手の甲をみてみると、確かに消えていた。
「ホントだ。どうして消えたのだろう?」
「消えた理由は簡単だ。あの時彩葉が強く願ったからだ」
「どういうこと?」
「そもそも魔力印というのは、魔の力。つまり憎悪や妬み、殺人に麻薬中毒者、その他色々あるが一言で言ってしまえば、人格破綻者や精神崩壊などを起こした者に現れる。社会不適合者の証だ」
「じゃあ、私の魔力印が消えたってことは……」
「うむ。一度は魔にとりつかれたが、心を強く保ったことによって、免れたのだ。……しかし危なかったぞ。もう少しで完全に魔にとりつかれるところだったからな。一度飲み込まれてしまったら、二度と消せないからな。その印は」
 知らなかった。今まで魔力印は魔力保持者の証としか認識していなかったので衝撃の事実だ。
「さて、以上の事を踏まえて聞きたいことがある」
「な、何よ?改まって」
「彩葉はもはや魔女ではない、かといって人の社会に復帰しようにも様々な容疑をかけられて罪人扱いだ」
 そうだった。意図してやったことではないけれども、私の暴走のせいでたくさんの人が死に、大きな被害が出た。そして両親も死んだ。もう、私には帰るべき場所がない。暗く沈痛な面持ちになっていく。
「……私はどうすればいいの」
「……私はな、彩葉。君を私が預かろうと思う」
「……え!?」
「魔力もない彩葉は魔女として生きていく必要もない、かといって人の社会に復帰できたとしても彩葉を育てる親はもういないのだ」
 それを言われて初めて両親の存在の有り難みを感じる。一人だとなにもできない、無力な自分が辛い。
「決めるのは彩葉。君自身だ」
 そうだ。私は一人だとなにも出来ないちっぽけな存在だ。なにも出来ない。なら、私にも出来ることを見つければいいのだ。
「焔さんに付いていきます。……そして、私自身がどうしたいのかを考えます。だから、それまで私を見守っていて下さい」
 焔さんは私の決意を受けて止めてくれたようで、笑顔で私を迎え入れてくれた。
 そうだ、ここから始まるのだ。十四年間両親に彩られた物語が終わり、ここからは私が、人でもなく、魔女でもない私自身でしか歩めない名前のない物語を紡いでいかなくてはならない。
 この物語が終わったころには、きっと何らかの答がでていることだろう。その時まで私は悔いのない人生を歩もう。

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