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シロ紅葉

運命の日 3

 午後十九時。
 夕食を食べ終えた私は、そのまま居間に呼び止められ、父は真面目な顔つきで話だした。
「率直に結論を言おう。オレと母さんは魔力保持者。つまり、魔女と魔法使いだ」
「……は?」
 突然の告白に開いた口が塞がらない。……魔女?魔法使い?誰が?両親が?あまりにも話が飛躍しすぎていたので理解が追い付かない。
「今まで隠してきてすまなかったと思っている。……けど、お前を巻き込みたくなかったから。お前を守る為だと自分に言い聞かせてきた」
「ちょ、ちょっと待って。意味が分からない。魔力保持者って、……一体いつから、私そんなの全然知らなかったのに、ちゃんと説明してよ!!」
「すまない。けどもう時間がないんだ。だからのんびりと話しているわけにもいかない」
「時間がないって、そんなの理由になってない!いいからちゃんと――」
「……彩葉」
 説明してよといいかけたところで、それまで沈黙を保ってきた母が口をひらく。
「本当にごめんなさい。……全部、全部お母さんのせいなの」
 母の泣きそうな、それでいて申し訳なさそうに発した声音にようやく昂っていた精神に落ち着きを取り戻し始める彩葉。
「……母さんのせいって、何があったの?ちゃんと教えて欲しい」
 両親の顔をしっかりと見つめ、全てを教えて欲しいと訴えかける私の瞳に、ようやく観念した父は、ゆっくりと事のあらましを話始めてくれる。
「……実は今現在、この町に魔力保持者を捕らえる為のトラップが仕掛けられている。そして、昨日の夕方に母さんが負った傷こそがそのトラップによるものなのだ。それをアンチマジックが感知し、奴らは母さんを殺す為にすぐに手を打った。そうして夕食後に発表された魔女出現のニュース。……あれは、母さんのことだ」
 横でそれを黙って聞いた母さんの表情は少しずつ曇っていく。全部、母さんのせい。つまりそういうことなのだろう。
 母さんがトラップにかかり、それをきっかけに私達が十四年築き上げてきた関係が、今、まさに崩れ去ろうとしているのだ。
 全ての責任は母さんにある。そんなことは決してない。私にも非がある。昨日の時点で、私は両親の様子がおかしいことに気づいていたのに、何もしなかった。
 あの時、私がもっと母さん達のことを真剣に考えていれば、もっと話相手になっていれば、母さんはここまで苦しまなかっただろうと思う。だが、今は終わったことを悔やんでいても仕方がない、これからのことを考えていかなければ。
「それで、これからはどうするの?」
「彩葉はここにいなさい。私達はこの町を出る」
「……え!?」
 それは予想外な発言だった。私を置いて、二人で逃げる?……なぜ?どうして私を置いていくの?
「彩葉、お前は魔女と魔法使いの間に生まれた子どもだ。だからといってお前まで魔女ということではないんだ。魔力印が刻まれていないのがその証拠だ」
 魔力保持者だけが持つ魔力印。魔法を発動するためには必要なもので、魔力保持者と人を区別するもの。
「ごめんね、彩葉。今まで黙っていて。でも、私達は彩葉には知られたくなかったの、あなたには何も知らないまま、元気よく育ってもらって私達とは違って幸せな人生を歩んで欲しかったの」
「……そんなのずるいよ。私だけが幸せになって母さん達だけが辛い思いをするなんて、絶対間違ってる!!」
「オレ達はアンチマジックに追われる身となった。当然そこには常に危険がつきまとう為、仕方がないことなんだ。ただ、これだけは分かっていてくれ、オレ達は離れていてもずっとお前のことを大切に想っている。それだけは忘れないでくれ」
 自分達と同じ魔力保持者の世界に入り込まないようにするため。たとえ、どれだけ娘を騙す罪悪感に囚われようとも、ただひたすらに娘の幸せだけを望んだ両親の愛情だけがそこにはあった。
「そんなのいやだ!私のことを大切に想ってくれているなら、……私を一人にしないで。だって、……私達は家族でしょ!?母さん達だけが出て行くなんて、そんなのおかしいよ」
 今まで我慢してきた涙腺が緩み、滝のように瞳から滴が流れる。一人になるのが怖いからじゃない。いや、もちろんそれもあるけど。なにより、このまま二人を見送ったら二度と会えないような気がして、元の日常が返ってこないような気がして、それが怖かった。だから必死で引き留め、私も連れて行くように懇願した。
 そんな必死になっている私に、不意に母の温もりが包み込んだ。
「……彩葉、大きくなったね。それに友達も出来た。辛いことや楽しいことも沢山あった。それらは全部母さんの宝物」
 聞きたくない。今さら思い出話なんかされても、私の気持ちは変わらない。私の願いはただ一つだけ。母さん達とずっと一緒にいたい。だからそんな、お別れみたいなことは聞きたくなかった。
「もっと、母親らしいこと……してあげたかったなあ。もっと沢山おしゃべりして、いろんなところへお出かけしたかったなあ。……もっと、……もっと彩葉と一緒に、……過ごしていたかったなあ。……さようなら、彩葉。私達の可愛い可愛い大切なたった一人の彩葉」
 全身から母の温もりが去っていくのが感じる。
「待って!!母さんいかな――」
 私の呼びかけは突然腹部に突き刺さった拳によって遮られた。
「……父さん、どうして?」
「生きろ、彩葉。生きて必ず幸せになってくれ」
 両親が私の元から離れていく。追いかけようにもさっきの一撃で体が動かない。薄れゆく意識のなか、私は最初で最後の父さんの泣き顔を見た。


 同日、午後十八時。
 世界中に四十六の支部と一つの本部によって成り立っている組織。対魔力殲滅委員会、通称アンチマジック。
 その四十六ある支部の一つ、大坂支部に魔女出現の報を受けて、本部よりやって来たS級に支部に駐屯している者など様々な顔ぶれのメンバーが集まっている。
 浅草春彦は大坂支部に駐屯しているメンバーの一人で今日の調査結果を支部長室にて報告をしていた。
「では、例の魔女ではなかったということか?」
「おそらく。今回現れた奴は魔力保持者リストには載っていない未確認の人物の可能性が高そうです」
 机の上で手を組んで報告を受けた支部長はしばらく思案したあと、手元に置いてある報告書に目をやる。
「この女が魔女である可能性はどのぐらい高い?」
「昨日のトラップに引っ掛かった時間帯と本人の証言より間違いなくその人物であると確信しています。……それにオレは直にトラップの跡を視認しています」
「跡が残っているのなら間違いないな。……くそ、この面倒な時に別の魔女が現れるとは」
 予想していなかった展開に、頭を抱える支部長の葛藤に同情を隠しきれない春彦。
 それもそうだ。追っていた獲物が網にかかったかと思えば、釣れたのは未だ見ぬ未知数の力をもった魔女だったのだ。このまま新しく現れた魔女の方を追うか、それとも目当ての魔女を追うか、はたまた両方追うか思案する二人。
 しばらくの黙考の後、部屋に満ちる静寂を先に破ったのは支部長だった。
「……仕方ない。本命の方はこちらで追っておくからお前はもう一人の方。……雨宮奏の情報収集又は殲滅しろ。ただし、無理はするなよ」
「了解しました」


 午後二十時三十分。
 雨宮家の所有する小さな剣道場に一人の少女が倒れている。
 今から一時間ほど前までは、泣き声が響いていたが、今ではそれが初めからなかったかのような静けさに包まれている。
 少女は目覚める。永い永い眠りから醒めたように。
 ぼやけていた視力が還ってくるなか少しずつ意識が覚醒していく。
「父さん、母さん?」
 あの時の母の温もりが、父の言葉が甦ってくる記憶にやるべきことを思い出す。
「そうだ!!父さんと母さんは魔力保持者でアンチマジックに追われているはず」
 時計を見るとまだ、さほど時間は経ってない。追いかけるなら今だ。これを逃すと、多分もう二度と会えない。
 そう考えると行動は早かった。念の為、家内の様子を確認してから家を出る。
「まだ一時間半しか経ってないから近くにいるはず」
 薄暗い闇のなかをひたすらに走る。どこにいるかは分からないけども、追われているなら慎重に行動するはず。その分、移動するペースも落ちるはずだ。……ならまだいける。まだ間に合う。激しく動悸する呼吸を整えながら懸命に走る。だが、ひたすらに動いていた足は不意に止まる。
「……何、この音?」
 激しい銃声に何かが崩れ去る音。すると眼前には火事のように空高く、舞い上がる土煙があった。「戦闘が起きる可能性がある」もう何度と聞いたあの言葉を思い出す。
「……まさか!?父さんと母さん」
 まだ会えるという安堵と無事でいて欲しいと願う思いを胸に、彩葉は再び駆け出した。



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