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シロ紅葉

first day end

 剣道場から家に戻ってきた彩葉は、すっかり冷めてしまった体を暖めるべく、熱いお茶を用意してから自室に戻る。
 彩葉の部屋には、ぬいぐるみやおしゃれな衣服などはほとんどなく、ベッドに折り畳み式の小さな机が部屋の中央に置かれているだけだ。それ以外にはタンスに家族三人写っている写真立てが置かれているだけでおおよそ中学二年生の女の子の部屋としては、かなり殺風景な造りになっている。
 部屋事態はかなり寂しいものだが、置かれている家具のデザインは十代の女の子らしい可愛らしい物になっている。
 彩葉的にはあまり気に入る家具が少ないから自然と物が少ないのだという。
 部屋に入り、机の上に入れてきたお茶を置き、ベッドに大の字で倒れ今日一日の間で起きた様々な出来事に思いを馳せる。
 朝から悪夢を見て、そこからは普通の日常を過ごしていたはずだ。まあ悪夢を見ることはあまり普通とは言えないが、それでもまだ普通の日常には入るだろう。
 決定的に違ったのは魔女が現れるということだ。今こうしているときにも薄暗い闇のなか、外ではアンチマジックが魔女の行方を追っていることだろう。
 魔女。いや、魔力を持つ者は見た目は人間と大差ない。違う部分といえば魔力印が体に刻まれているかの違いだけでそれ以外は普通の人間だ。
 人は科学の常識から外れた異能の力には興味が惹かれ、同時にその強大な力に恐れ、いつか自分もその力によって命を落とすかも知れないそんな恐怖を抱く。
 それを拭い、人々に平和と安全を確保するためにアンチマジックが存在する。
「……魔女か」
 この存在が夕方からの日常をめちゃくちゃにした。考えれば考えるほどに憎しみを募らせる存在。
 彩葉は疲れきった体をゆっくりと起こして、机の上に置かれたお茶を飲み干す。
「げ、せっかく熱いのを入れてきたのにぬるくなってる」
 これじゃあ全然温かくならないじゃんと毒づきながら布団に潜る。
「アキ達は無事に帰れたかなあ。怪我とかしていないといいんだけど」
 何もかもが変わってしまった一日だった。
 明日からはどう生活をしていけばいいのか?そんなことを考えながらうずくまっておると、不意に強烈な睡魔が襲ってきた。
 彩葉はその力には抗えず、身を委ねるように深い眠りについた。


 またこの場所だ。昨日みた暗い空間に一人取り残された彩葉。今度はあの白い人物は現れず、唐突に映像が流れ始める。
 映像も昨日みたものと同じだ。
 だが今回は続きがあった。映像には彩葉、アキ、茜ちゃん、仁のいつもの四人のメンバーが今までに経験してきた日常が写っていた。
 始めは小学校三年生の時に茜ちゃんと出会ったこと。続いて、小学校四年になってクラス替えが終わって始業式の日。馴れ馴れしく話しかけてくるアキとお供みたいについてくる仁。茜ちゃんは初めは戸惑っていたけども徐々に話しかけにいくようになっていく。仁はこの時からあまりしゃべる方ではなかったのでなかなか馴染めなかった。
 この瞬間から私達の長い思い出が始まったのだ。
 懐かしい記憶に顔が綻んでいく。
 やがて中学の入学式が流れていく。
 期待と不安の二つが入り交じった眼差しをして新生活を思い切り楽しもうと輝いている彩葉達。
 二年生になりクラス替えの発表日、去年に引き続いて同じクラスになれたのが嬉しくて子どものように喜びあう四人。そして今日この日にたどり着く。
 今日、彩葉が目覚めた部分が流れ始めたのと同時に画面右上に六桁の数字が現れる。
 数字は映像の流れに合わせて、刻々と小さくなっていく。
「何……あの数字。あんなもの昨日はなかったじゃない、それにこの映像も」
 よくみれば数字は、右二桁が六十から零まで動き、真ん中の二桁は五十九から零まで、そして左二桁は三十九から零まで動いている。それは一日の時間を表していた。
「もしかして……これは何かの警告?……いやカウントダウン!?」
 映像は止まることなく進み、数字は徐々にすべての桁を零にしようと目まぐるしく変わる。
 初めは39:00:00もあった数字は24を切ろうとしている。
 楽しかったかけがえのない毎日。それもいまや崩れ去ろうとしている。
 残り三十分を切ったところで再びあの残酷な映像に戻る。相変わらず白い靄はかかったままだが、彩葉はあることに気づいた。
「……もしかして、これって……未来の映像?」
 過去に経験した物から今日の体験。ここまでは記憶に残っていること。そしてその後に流れるいまだ記憶に無い映像。
 これらのことから明日、もしくは一ヶ月後。いつかは分からないが自分の身に降りかかるであろう出来事だという結論にたどり着いた彩葉。
 そして、すべてが零になったとき。窓ガラスを金属バットで叩き割ったかのような音とともに映像は砕け散り、真っ暗闇の世界が割れた。
 彩葉は割れた世界のひびに吸い込まれるこのように落下していった。
 そうして気づく。もうすでに私の……いや、私達の世界が変わるカウントダウンが始まっていることに。

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