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シロ紅葉

first day 5

 二時間程の稽古も終わり、外はすっかり暗くなってしまいました。
 剣道着から私服に着替え、夕食を食べるため、居間に向かう四人。
 今日は総勢六人での夕食になります。
「さあ、今日は茜ちゃんと一緒にたくさん作ったからお腹いっぱい食べてね」
 茜ちゃんはみんなの分の料理の配膳をしてくれています。さすがは茜ちゃん、女子力が高いです。女子力といえば仁君も負けていません。稽古終わりで疲れているはずなのに、配膳を手伝っています。大の字で倒れている父やアキと違ってしっかりしています。
 仁君いわく、男として当然のことをしてるまでだそうです。これができる男というやつなのでしょうか。まだまだ中学二年生の彩葉には難しい問題なようです。
 配膳を終え、いただきますの掛け声とともに食事を始めます。
 と、その前に気になっていることを先に尋ねる彩葉。
「母さん、その足どうしたの?」
 配膳のなか母の太股辺りのズボンが破けており、中に白い包帯が巻かれていることに気づいていたのでなんとなく訪ねてみる。
「これね、さっき茜ちゃんと買い物に行ったときにどこかに引っかけちゃったみたいで破けちゃったの」
「いきなり大声で叫ぶからびっくりしちゃいましたよ」
「ごめんねー」
 どうやら買い物で起きたアクシデントが原因だったみたいで、みんなはそれぞれ心配そうにみていたが、母が平気なことを確認して、結局は笑い話で済んだ。だが、父だけは普段あまりみせない真面目な顔つきになり問いかける。
「本当に大丈夫だったのか?」
 少し強く荒げた声で再度確認をとる父の一言で場が沈黙する。
「ええ、周りにはみえないようにしましたので、誰かに見られたということはないとは思うけど。人通りが多かったから安心は出来ないわね」
 母は父とは目を合わせず、自分の包帯を巻かれた左太股の方を見つめながらどこか申し訳なさそうに答える。
「そうか」
 父はホッとしたようなけども安心は出来ない。そんな微妙な顔付きで一言返した。
 ちょっとした出来事でシリアスな雰囲気になりかけたところをアキがすかさずフォローを入れる。
「彩葉の親父さんでもあんな気遣いができるんだな」
「男なら妻の安全を気にかけるものだ」
「さっすが仁君、わかってるねー。長いだけの男とはいうことが違うなあ」
 先ほどまでの迫力はどこにいったのか一変していつもの調子で子ども達に絡む父。
「長い長い何回も言うんじゃねー!」
 たったこれだけのやりとりだけで暗い雰囲気は一気になくなったが、母だけは変わらず包帯を巻いた部分を見つめ続けるだけだった。
 こうして楽しい夕食が再開されたが、母だけは空元気で振る舞っているようでした。


 夕食も終わり、ドキュメンタリー番組を観ながら、みんな他人の家だということを思わせぬほど好き勝手にくつろいでいるところに、お茶の間のテレビから突然ニュース番組が流れます。
「誰だよー。番組変えたやつは」
 父が子供っぽく言います。だが、画面には速報の文字が流れ、ニュースキャスター達が慌ただしく動いているところをみれば、ただ事ではない雰囲気が感じ取れます。
「何かあったのでしょうか?」
 茜ちゃんが不安を感じさせる声色で呟く。
 テレビからはキャスターが険しい顔で速報ニュースを読み上げる。
「午後十八時三十七分頃に野原市に魔女の出現が観測されました」
 瞬間、父と母が青ざめた顔になりました。二人は金縛りにあったかのようにその場からは動かず、まばたき一つせずテレビに釘付けになってます。
「魔女出現に伴い、アンチマジック大阪支部は野原町一帯に魔女警戒報を発令し、野原町の巡回をする方針に決定しました。野原町にお住まいの方は今後の続報に十分ご注意してお過ごし下さい」
 不穏な雰囲気がお茶の間に流れ、先程までの楽しい時間が嘘のように感じられる。
「アンチマジックが動くということはアキのお父さんも忙しくなるんじゃないの?」
「ああ、親父もさっそく今夜から巡回にまわるだろうな」
「アンチマジックといえば、魔力をもつ人間の捜索又は殲滅がお仕事なんだよね」
「うん、今回は魔女の出現だというから女性に対して厳しい対応がとられるかもな。それに魔力を持つ者は魔法を使って攻撃してくる可能性もあるからな」
 魔女又は魔法使いとは、魔法を使う為の魔力印が体の内部か外部に入っており。内部の場合は、魔法の放出。外部の場合は魔法の装備。例えば、炎を操る魔法を使うとき、内部だと火の玉を出して攻撃したり、剣や鞭、弓矢等武器の形に固形化させて戦うことができる。逆に外部の場合は炎を自身の体に身に纏ったり、剣や鞭、弓矢等に炎の力を付与させて属性のついた武器を作成することが可能だ。それ以外にも例外はあるが、大きく分けるとこの二種類になる。
 ちなみに女性の場合は魔女、男性の場合は魔法使いと区別する。
「なら、最悪この辺りで戦闘が起きる可能性もあるから早めに帰らせてもらうとするか」
 私たちが不安な気持ちになっていくなか、ニュースが流れていた時から固まっていた両親が重々しく口を開く。
「そうしなさい。何か危険を感じたら近くにいるアンチマジックに家まで送ってもらいなさい」
 そう言うと手際よく帰る支度を始めだすアキ達。そうしてみんなが帰る準備をしているなか、インターホンが鳴る。
 父が玄関を開け、来訪者の対応をする。来訪者は黒いスーツを身に纏い、くろぶちのメガネをかけ、これまた真っ黒いカバンを提げた男性が現れた。私からみた第一印象はセールスマンのような男です。
「すいません。こちらにうちの息子が世話になっていると聞いたもので伺ったのですが、まだいらっしゃるでしょうか?」
 父は名乗らない相手に怪訝そうに息子?と訪ね返す。
「ああすいません。私こういう者でして」
 そう言うと男性は左胸のポケットに付いている緑色のアンチマジックの紋章が入ったバッヂを指し、続いて身分証明書をみせる。そこには浅草春彦という名前が入っていた。
「浅草?というと息子というのは」
「ええ、こちらで厄介になっている秋彦の父です」


 二人のやりとりから数分後。帰る支度を済ませたアキ達が玄関に現れる。
「あれ、親父?」
「準備が済んだか?ならすぐ帰るぞ。オレもこの後、巡回に回らないといけないからな」
「あっ待てよ!仁と茜もいるから一緒に連れて帰ってくれよ!」
「わかっている。仁君と茜さんだったか。短い間だがよろしくたのむ」
 春彦は仁と茜ちゃんの方に目を向ける。
「あっはい!こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
 靴を履き玄関を出る三人。それに続いて彩葉と父も見送るために玄関から出る。
「みんな気をつけて帰ってね!」
「子供たちのこと、よろしくお願いします。あと巡回の方も気をつけて」
「ええ任せて下さい。全員無事に送り届けて、町の平和を守ってみせます」
 そう言ってアキ達は魔女の徘徊する闇のなか、家へと帰って行きました。
 私はただ、アキ達の無事を祈るのみです。
 神様アキ達が無事家に帰れますように。

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