2度目の人生を、楽しく生きる

皐月 遊

93話 「黒と白の子狼」

「取り敢えず食料は手に入れたけど、これからどうするか…」

今俺は先程落ちてきた湖の近くに来ていた。 もちろんイノシシも引きずってきた。 めちゃくちゃしんどかったが、飢え死にするよりはマシだ。

……さて、俺はサバイバルなんてやった事がない。 サバイバル関係の本も読んだ事がないし、そんなテレビも見た事がない。

つまり………何をすればいいのか分からない。

「やっぱりまずは焚き火か? いや…寝床を確保するのが先か? でも周りの安全を確保するのも大事だよな……あーー! もう分かんねぇよおおおぉぉ!!」

もともとインドアな生活をしてきた俺には、アウトドア系の生活は分からないことばかりだ。

こんな事をしている間に、もう夕方になってきていた。 太陽が沈みかけている。

「…よし、焚き火をしよう」

暗くなったら何が起きるか分からない。 明かりは大事だ。

そう思い、俺は薪を探しに行くために森の中へ入った。

あんまり遠くに行くと迷ってしまうかもしれない。 だから湖が見える範囲で地面に落ちているちょうどいい長さの薪を拾っていく。
両手いっぱいになったら湖の近くに薪を置き、また薪を拾いに行く。
そんな事を数回繰り返すと、十分薪が集まった。

「よし! あとは火をつけるだけだな」

拾ってきた薪を地面に置き、どんどん重ねていく。
幸い、この世界では火をつけるのは簡単だ。

火球ファイアー・ボール!」

威力弱めの火球を薪に撃つと、簡単に火がついた。
人生初の焚き火の完成だ。

焚き火のおかげで少し暖かい風がくる。 しばらく焚き火の近くで暖まっていると、俺の腹が鳴った。

「…あぁそうか…飯も自分でやらなきゃダメなのか…」

渋々立ち上がり、イノシシの近くに行く。
流石にこの量を一回で食べる事は出来ない。 

取り敢えず半分だけ食べるか。

水流ウォーター!」

水流を使い、イノシシについている泥を洗い流す。
それを数回行ったあと、片手剣を持つ。

「うぅ…思った以上に緊張するなこれ…」

動物を捌く。 これは職人ならいつもやっている事だろうが、一般人の俺には抵抗がある。
先程まで普通に生きて、動き回っていた動物を捌く。

それに罪悪感を感じながら、黙々とイノシシを捌いていく。

そして、ようやくイノシシを捌き終わり、イノシシの肉を先端を尖らせた木の棒に刺す。
これで食べやすいだろう。
そのあとは肉を刺した木の棒を焚き火で焼くだけだ。

一人分にしては多い量だが、まぁ食べきれるだろう。

イノシシの肉を焼きながら、俺はこれからの事を考える。
今日はもう移動は出来ないが、明日はきっと大移動をする事になるだろう。

俺はここにサバイバルしに来たんじゃない。 龍化を覚えるために来たんだ。 その為には戦うしかない。
戦いの中で龍化のコツを掴むしかないんだ。

そして、気になるのがレイニクスが言った言葉だ。 俺に足りない物とはなんだ?
もちろん、俺は完璧な人間じゃない。 だから欠点はある。

だが、レイニクスが言ったのはそういう事じゃない気がする。

「…もう食べれるか…?」

どれくらいがいい焼き加減か分からないが、この際生じゃなければなんでもいい。
そう思い、肉にかぶり付く。

「……美味いな」

予想以上の美味しさに思わずそう呟く。
調味料を何も使ってないのにこんなに美味いとはな…肉も柔らかくて食べやすい。

あっという間に食べ終わってしまい、今度は眠気が襲ってくる。

「…寝るか」

寝床も毛布もないが仕方ない。

念の為焚き火を消し、地面にそのまま横になり、眠りについた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…ごちそうさまでした。 っと…」

次の日の朝、残りのイノシシの肉を食べ、焚き火を消した後に出発する準備をする。

「肉、少し残っちゃったな……非常食にするか」

結局全部食べきる事は出来ず、少しだけ残ってしまった。 俺はその肉をポケットに入れた。

最後にイノシシの骨にもう一度合掌し、歩き出す。

森の中では方角なんて分からない。 だから適当に進む。

そういえば、グリムとセレスは無事だろうか、出来れば会いたい。
まぁ……あの2人ならサバイバルなんて苦でもなんでもないんだろうけどな。

そんな事を考えながら歩いていると、草むらから物音が聞こえて来た。
俺は咄嗟に剣を抜き、構える。

そして、草むらから物音の正体が姿を現わす。

「……は?」

草むらから現れたのは、黒色の子狼と、白色の子狼だった。 大きさ日本の子犬と同じくらいで、2匹とも体が泥だらけだ。
何かあったのだろうか。

「おい、大丈夫か?」

「! グルルル……」

「クー…」

俺が近づこうとすると、黒色の子狼が白色の子狼の前に出て威嚇する。
…警戒してるのか?

俺は片手剣を地面に置き、両手を広げる。

「ほら、俺は危ない人間じゃないぞ? 」

「グルル…」

だが黒色の子狼は警戒を緩めない。 後ろの白色の子狼は怯えているのか、ずっと震えている。

なるほど、黒色の子狼は白色の子狼を守ってるのか。

「警戒を緩めないなら…仕方ないな」

俺がそう言うと、黒色の子狼は姿勢を低くする。 今にも襲いかかってきそうだ。
ポケットに手を入れ、名残惜しく思いながら取り出す。

イノシシの肉を見て、2匹は目を見開く。

「ほら、腹減ってるなら食べていいぞ」

そう言って2匹の前に肉を置く。
2匹は最初は警戒していたが、食欲には勝てなったのか、ゆっくりと肉を食べ始めた。

俺は地面に座り、2匹が肉を食べ終えるのを待つ。

「…お、食べ終わったな。 んで、お前達親はどうした?」

そう言った瞬間、2匹の体ががピクッと動いた。

こんな子供がこの森で生きられるわけがない。
絶対に親が居るはずだが……

「まさか、はぐれたのか?」

黒色の子狼は首を振る。
はぐれたわけじゃないなら、なんだ?

この2匹がこんなにボロボロなのも関係あるのか?

「クー…」

すると、白色の子狼が俺の足元に来て、俺のズボンの裾をかじり、引っ張る。

「どうした?」

「グル…」

しゃがんで白色の子狼の頭を撫でていると、黒色の子狼が2匹が出て来た草むらの方に首を向けた。

「ついて来いって言いたいのか?」

そう言うと黒色の子狼頷き、走り出した。
それに続いて白色の子狼も走り出す。

「ちょ、おい!」

俺も慌てて走り出し、2匹の後ろに着く。

2匹は迷わずに走っている。 この先に親がいるのか? ならなんで逆方向にいた…?
そのまま走り続けると、急に2匹が止まった。

「どうした?」

「グル」

「クー」

2匹が見ている方向を見ると、洞窟の入り口があった。

……そして、その洞窟の入り口に2人の大人が立っていた。
手の甲を見るが、刻印がない。 と言う事は、龍族じゃない。

そのまま動かずに見ていると、洞窟の中から何かを引きずる音が聞こえて来た。

「あー重いな! 」

「抵抗するんじゃねぇよ!!」

引きずる音と共に、別の4人の声が聞こえて来る。
そして、その姿が見えた瞬間、俺は目を見開いた。

大きな白色の狼と黒色の狼が、口と首に縄を巻き付けられて引きずられていたのだ。

「……あれは、お前達の両親か…?」

2匹は頷く、2匹共あの6人を睨んでいる。
なるほど…あの狼はこの2匹を逃したのか。

そして、これは予想だが、あの6人はあの狼を売り物にする気なんだろう。 あの狼に傷がないのがその証拠だ。

「グル…」

「クー…」

2匹は俺の顔をジッと見つめてくる。
これは言葉がなくても理解できた。

””親を助けて””

きっとこう言ってるんだろう。
なら、俺の答えは。

「任せろ」

2匹にそう言い残し、草むらから飛び出し、6人の元へ走る。

「あ? なんだお前」

「ガキが何の用だ」

狼を引きずっていない2人が俺を見てそう言ってくる。
どうやら狼を抑えるには最低でも2人は必要らしい。
現に今、白色の狼を2人、黒色の狼を2人で抑えている。

なら、この見張りの2人さえ倒せばいいわけだな。

「いやー、大きな狼だなーと思って。 ちょっと触ってもいいですか?」

「ダメに決まってるだろ。 傷がついたらどうする」

「売り物にならなくなるだろうが」

やっぱりな。 こいつらは狼を売る気なのか。

俺は子供っぽく無理やり笑顔を作り、狼に近づく。

「えー、いいじゃないですかー。 触るだけですって! 」

そう言って狼の方へ走る。 これで運良く狼に触れればそのまま縄を解いて解放だ。

「調子にのるなよガキが」

だが、男の1人が俺の右手を掴む。

こうやって俺を掴んできたら…

熱手ヒート・ハンド!」

「熱っ! テメェ…!」

右腕を急激に熱くした事により、右腕を掴んでいた男が手を離す。
その瞬間、俺は風加速を使い、男との距離を詰める。

「逃がすかよ! 炎斬えんざん!」

至近距離で炎斬を撃つと、男は後ろに飛んでいき、気を失った。
まずは1人目。

「このガキが!」

2人目の見張りの男が襲いかかってくるが、俺はそれを回避し、距離を取る。

石連弾ロック・マシンガン!」

石連弾を撃った直後に風加速を使い、石連弾の後ろにつく。
石連弾が男に当たり、男が怯んでいる隙に、男の顎を思い切り蹴り上げる。

「カッ…!」

顎を蹴られた事で脳が揺れ、男は地面に倒れる。

俺は狼を抑えている2人を睨む。

「その狼には子供がいる。 大人しく縄を解け」

「子供ってのは、こいつらの事かぁ?」

目の前の2人とは違う、また別の声が、後ろから聞こえた。
そして後ろは、俺が出てきた場所…つまり、あの2匹がいた場所だ。

慌てて振り返ると、ガタイのいい男が両手で黒と白の子狼を鷲掴んでいた。

「そいつらを放せ!」

「ヤダね、知ってるかぁ? この黒いのはルナ・ウルフ、んで白いのはソル・ウルフってんだ。 2匹共高く売れるんだよぉ」

男は気持ち悪いほど顔をニヤつかせて言った。

ルナ・ウルフにソル・ウルフ? 確か生物研究部で聞いたな。 確かルナ・ウルフが魔獣で、ソル・ウルフが聖獣だったはずだ。

「全く、ビックリしたぜぇ、用をたしに行って戻って来たらガキ1人にやられてんだもんなぁ」

その言葉に、後ろの4人の体がビクッと震えた。

……どうする…子狼を助けに行ったら親が危ない。 親を助けに行ったら子狼が危ない。

くそっ!!

いや…親狼の方は少しでも縄を持つ力が緩めば、親狼は自力で脱出出来るはずだ。
なら、俺はあの4人の縄を持つ力を緩ませればいいだけだ。

水領域ウォーター・フィールド!」

魔力を多めに使い、一気にこの辺りを水浸しにする。
そしてジャンプし…

雷球サンダー・ボール!」

雷球が水に触れた直後、水にに足をつけていた4人の男の体がが痺れ、縄を持つ手が緩んだ。

「今だソル・ウルフ! ルナ・ウルフ! 子供達を助けるぞ!!」

親狼は自力で縄を解き、横にいた縄を持っていた男達に体当たりする。
体当たりされた男達は遠くに飛んだ後気絶し、動かなくなった。

威力凄いな…

「ガアアアアアアアッッ!!」

「グルルル……!」

黒色の狼が雄叫びをあげ、白色の狼は威嚇している。 黒色の狼が父親で、白色の狼が母親なんだろう。 黒色の狼の方が迫力がある。
仲間だとわかっていても、あまりの迫力に足が竦みそうになる。

「おいおい…やってくれるじゃねぇかガキィ…」

「諦めて逃げた方がいいんじゃないか?」

「クク…ハハハハハッ! 逃げる? 何言ってんだよ、逃げるのは、テメェだぁ」

そう言った直後、男が一瞬で俺の前に来た。
全然見えなかった。

そして、男は俺の腹を思い切り蹴り上げる。

「ぐあっ…!」

「なぁガキィ! たっぷり仕返ししてやるよぉ!」

男は俺の胸ぐらを掴み、拳を強く握っている。
殴られると思った瞬間…

「ガアアッ!」

親のルナ・ウルフが男に体当たりした事により、俺は殴られずにすんだ。

体当たりによって男は地面を転がるが、気絶はしていない。

「ありがとな、ルナ・ウルフ!」

「ガウッ!」

「痛ぇなぁ…痛ぇ痛ぇ。 やられたら、やり返さなきゃなぁ…」

男は両手を上にあげ、ボソボソと何かを呟き始める。

「…この地にある全ての石よ…1つに集まれ。 そして、石の槍となって標的を刺し殺せぇ…!」

男がボソボソと呟いている間、地面の石が重力に逆らってどんどん男の上に集まっていく。

そして、大量の石が男の上に集まると、石同士が固まって形状が変化し、石の槍が数本出来た。
石の槍は落ちる事なく、空中にとどまっている。

「…もう、売り物はいい…テメェらは殺すぅ…!」

「ヤバイ! おい! 皆逃げろ!」

俺がそう言うと、ある程度遠くにいたソル・ウルフと2匹の子狼は逃げられる距離にいたが、俺とルナ・ウルフは男との距離が近く、どんなに頑張っても逃げられる距離じゃない事に気がついた。

「喰らえぇ…! 石槍雨スピア・レイン!!! 」

そして、大量石の槍が、俺とルナ・ウルフに向かってまっすぐ降って来た。

「やるしかねぇ! 炎拳ナックル・フレア!」

炎拳で数本は落とせたが、まだまだ数がある。 全部は落とす事が出来ない。 
隣のルナ・ウルフは石槍を全て避けている。
やはり運動神経がいいんだろう。

「くそっ…! 石連弾ロック・マシンガン!」

石連弾で石槍を相殺するが、それが、誤った選択だとすぐに気づいた。
石連弾は炎拳のように広範囲に影響のある技じゃない。
だから落とし漏らしが出るのは当たり前だった。

俺の目の前には、5本の石槍が見えている。
今から別の魔術を使っても間に合わない。

俺は思わず尻餅をついて目を閉じ、くるだろう痛みを待つしかなかった。

だが、いつまでたっても痛みがこない。
恐る恐る目をあけると……

「……え…?」

俺の視界を、黒色の体毛が覆っていた、そして、その黒色の体に、何本もの石槍が突き刺さっていた。

「お、おい! な…なにやってんだ! 」

だが、ルナ・ウルフは俺に覆いかぶさったまま動こうとしない。
その体に次々に石槍が刺さり、ルナ・ウルフの血が俺の服や顔につく。

「こんな事すんなって! はやく退け! 退かないなら俺が…!」

俺がルナ・ウルフの下から出ようとすると…

「グルル!」

「痛っ! おい…!」

ルナ・ウルフが俺の肩に噛みつき、放そうとしない。
そして、ようやく石槍の雨が止んだ。 俺はその瞬間にルナ・ウルフの下から出る。

「お前っ! 何考えて……」

ドサリ…と、静かにルナ・ウルフが地面に倒れる。
俺はそれを見て「……は…?」と間抜けな声を出してしまった。

ルナ・ウルフをよく見ると、身体中に石槍が刺さり、尋常じゃない量の血が出ていた。

それを見たソル・ウルフと、2匹の子狼がルナ・ウルフの元へ集まってくる。

「お…おい…? だ、大丈夫か…? 大丈夫だよな…? 」

頭が真っ白になる。 冷や汗が止まらない。

恐る恐るルナ・ウルフの身体に触れると、どんどん冷たくなってきていた。

ソル・ウルフは何かを悟ったのか、ルナ・ウルフの顔に自分の顔を擦り付けている。 2匹の子狼も同じだ。

だが、俺は焦っていた。

俺のせい? 俺のせいか? 俺が選択を間違えたから…俺が石槍を全部落とせなかったから、ルナ・ウルフがこんな事になったのか…?
俺のせいで、この3匹は家族を失うのか…?

俺が…この3匹から家族を奪ったのか…?


ルナ・ウルフがとうとう息をしなくなり、2匹の子狼は涙を流し、大声で泣いた。 ソル・ウルフは声は出さないが、涙を流していた。

そんな光景を見て、俺の中を罪悪感が支配していた。

「ハハハハハ!! いいねいいねぇ! ルナ・ウルフと人間の友情! 泣けるねぇ!」

1人だけ、馬鹿みたいに大声で騒ぐ奴がいた。
俺はそいつの方をジッと見る。

「なんだなんだぁ? どうしたガキ、無表情で不気味だぜぇ?」

無表情…? 俺は睨んでるつもりなんだがな。

どうでもいいが、今は騒がないでほしい。 耳障りだ。
少し冷静になりたい。

「おいおいおーい!! なんか言えよガキぃ! どうだ? 自分を庇って死なれた気分は!?」

気分…? そんなの………あれ? どんな気分なんだ?
俺は今、何を思ってるんだ……?

「憎いだろ? 憎いよなぁ! なら俺を殺してみなぁ! 俺がそいつを殺したみてぇになぁ!」

殺す……? 俺が…? あいつを?
まぁ…うるさいし、殺してもいいかな。

「……殺せばいいんだな?」

殺せば、うるさくなくなるもんな。

「な、なんだその姿ぁ…?」

「……うるさいんだよお前。 静かにしてくれ」

この時、俺は自分では気づかなかったが、俺の顔以外の全身を、黒い鱗が纏っていた。

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