引きこもり姫の恋愛事情~恋愛?そんなことより読書させてください!~

雪桃

引きこもり虫と修羅場

「透さん」
「……」
「透」
「なに」

 何故呼び捨てするまで返事しなかった。

「不機嫌そうですね」
「そりゃあね。母さんがいるせいでめちゃくちゃいちゃつけないし」
「お義母かあ様がいなくてもしませんよ。こんな朝っぱらから」

 前回琴子さんと月海が仲良くなったせいで空気になっていた私を透さんがグッドタイミングで仕事を終わらせて迎えに来てくれて追い出されるように部屋から透さんの部屋へ来ました(←今ここ)。

「良いじゃないか。どうせ母さん達には何したって聞かれるんだから」
「もう琴子さんは置いておくとして月海に聞かせちゃまずいです。あいつの情報消費率半端じゃないから」
「じゃあキスだけは?」

 ああそれなら大丈夫だ。いや世間一般的には午前中からイチャつくのはどうかと思うだろうけど毎日毎日家族でキスしているせいでキス=恋愛の方程式がうち皆無になってるし。

「それならどうぞ」
「どうも。目閉じて」

 透さんに向き直って目を閉じる。透さんの吐息を感じてもう少しでキスしそうなところへ

「透様ぁぁ!!」

 障子がスパーン! と開かれた音がして私は突き飛ばされた。

「!?」
「凛音!」

 咄嗟に透さんがだき抱えてくれなきゃお尻を思いっきり畳に打ち付けるところだった。

「どうしてそんな淫乱娘を庇うのですか? 貴方の婚約者とのたまう雌猫を」

 ああ来た電波ちゃん――じゃないや名前は……思い出せん。

「急にやってきて挨拶もしないなんて淑女としてなってないんじゃないか琴音」
「何とでも仰らればよろしくて。それで私が引くとは透様もお思いではございませんでしょう? さっさと透様から離れなさいよ淫乱女!」

 この人琴音さんって言うのか。と、一人思っていた所へその女王様が食ってかかって来た。
 いやね離れたい気持ちはあるんですよ。でも透さんが離してくれないんですよ。分かりますか女王様?

「透様。あなたは騙されているのですわ。こんななんの取り柄も無いような娘なのに女嫌いの透様が好きになる筈ございません。きっと惚れ薬を使われているに違いないわ」
「凛音にそんな興味あるとは思えないけど」
「ごもっともなんですけど他人に言われると傷つきます」
「透様と会話なんかするんじゃないわよ!」

 ああもうキイキイ煩いなぁ。透さんと少しイチャついたら読書しようとしてたのにー。

「一つだけ言わせてもらいますが」
「何よ負け惜しみ? あんたみたいなブスの声なんか聞きたくないのよ」

 じゃあ私はどうしろって言うんだ。三猿にでもなればいいのか? 見ざる言わざる聞かざる。

「あくまでも自分から出て行かないのね。なら良いわ。松方、この女を追い出して」

 松方? 松崎に似てるけど女王様の召使い的な? おおがたい良さそう。あ、じゃないやこれピンチか。

「松方。凛音に手を出すようならタダじゃ置かない」
「お嬢様のご命令が第一でございます」
「良いわよ松方。私が透様を宥めておくから。ねぇ透様ぁ?」

 いつの間に寄ってきたのか女王様が透さんの体をまさぐるように守っている。

「やめろ琴音!」
「あぁん透様ぁ。さあ愛の口付けを」

 わあ透さんが取られるー! って私も楽観出来ないや。きゃーへし折られるぅー!

 ビュン!

 空を切る音がして私の目の前で大の男が伸びていた。

「なんか音がすると思ったら電波女か。キャンキャン吠える負け犬かと思ったわ」

 うわぁ超嫌味。女王様も私だけしかいないと思って月海の登場に驚いてるし。

「あ、あなた確か……!」

 透さんから離れて女王様は月海に抱きつく。おい女王気づけ! 月海の尋常じゃない殺気に気づけ!

「辛かったわねもう大丈夫よ。こんな女の為に我が身を犠牲にして松方を倒せるくらい強くならなくちゃいけなくて。私が来たからにはもう大丈夫よ。守ってあげるからね」
「はぁ?」

 同情など微塵も感じられないその声色に女王は気づきませんよどうしましょう。

「この金髪も女に自分と同じ黒髪にするなって強要されたのよね。可哀想な瑠奈・・ちゃん」

 女王イントネーションで何となく分かりますよ。ちゃんと人の名前を漢字まで覚えなさいよ。
 るなは“瑠奈”じゃなくて“月海”。当て字じゃなくて風柳と共にお母さんが花鳥風月を文字ったんだから。

「ねえ瑠奈ちゃん? うちにいらっしゃい。そうすればこの淫乱女とも」

 バキ!
 月海ぁ!? イラついてるからって透さんの部屋の障子ぶっ壊さないで! 後あんた今日スカートでしょうが! 足上げちゃ丸見えでしょうが!

「る、瑠奈ちゃん?」
「いい加減にしてくんないあんた。正直ウザイんだけど」

 普段より何倍もトーンを低くして月海は言った。身長が低くなければもっとかっこよかったんだけどなぁ。

「どうしたの? まさか淫乱女が怖くて」
「さっきから淫乱淫乱うるせぇんだよ!!」

 女王がやっとブチ切れてることに気付きました。いや気づいてないのか? なんで怒られてるの? 私悪いことしたの? 的な顔してる。

「私が凛音に操られてる? ハッ。馬鹿言うのも大概にすれば? 脳内花畑の勘違い女。凛音は家族よ。あんたみたいな部外者が顔突っ込んで来んな」
「瑠奈ちゃん……私はただ」
「さっきから思ってんだけどさ。瑠奈って誰よ。私は月の海で月海よ。勘違いもここまで来ると笑いもんよ」

 わあ顔が悪役令嬢そっくりだわ月海。言ってること全部正論だけどね。

「……」

 女王様沈黙。

「ありがとう月海ちゃん。代わりに玉砕してもらって」
「母さん」

 廊下から琴子さんがこちらに歩いてくる。松崎親子も一緒に。

「琴音ちゃん。私はあなたがここに来ることを了承した覚えは無いのだけれど。そんなに透を好きなことは親としてありがたいけど凛音ちゃんまで巻き込むなら対処しなければならないわ」
「おば様! 私はただ」
「出ていきなさい。今後許可なくここに立ち入ることを禁じます」

 女王様でも透さんのお母さんには勝てないらしい。私の方を睨んできた。

「絶対あんたみたいな淫乱女と透様は結婚させない!」

 そう言って踵を返して走り去ってしまった。
 「負け犬(笑)」と月海が罵ったのはこの際放っておこう。

「ごめんね凛音ちゃん、月海ちゃん。折角遊びに来てくれたのにこんな嫌な思いさせて」
「いいえ琴子さん。修羅場に入ってきたのは私達の勝手ですので」

 月海は障子を破ったことに気づいてなかったらしく修羅場が終わった後自分の足の在り処を見て顔面蒼白にしていた。どんだけキレてたんだよ。

「凛音。多分これから琴音が迷惑をかけると思う。だからその時は真っ先に伝えて。僕なら何とか話は出来ると思うから」
「……はい。ありがとうございます」

 夕暮れも近くなり私達は家路を急ぐ。
 はあ。やっと平穏に読書が出来ると思ったのに。また新しい難問がやってきました。 

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