チャット始めたら、危ない女が現れた。
6 偽善者
今、自分がどこに向かっているか分からない。
なぜなら、俺は健一に腕を掴まれどこかに連れていかれている途中だからだ。
健一が連れて行こうと思っているのは恐らく東階段と思われる。
そこは人通りが少なく、全面鏡が右側と左側にあり、合わせ鏡になっている。
それを見ると不幸な事が起きるらしい。
だから生徒や先生でさえもあまり通る事をしない。
でも逆にその場所は格好の安らぎ場とも言える。
やはりというべきか、健一が歩くのを止めた。
もちろん、その場所は東階段。
そんな場所に俺を連れてきたということは、それだけ重要性のある話ということだ。
「なぁ、ここまで連れてきた用件はなんだ?」
健一が俺に話掛けようと戸惑っていたので話しかけた。
用件など、もう大体は予想がついている。
岬のことだろう。
詳しくは知らないけど……
「ちゃんと正直に答えろよ! 返答次第では、俺はお前を殴る」
殴るとか理不尽過ぎるだろ。
健一の瞳は真っすぐなままだ。
本気で俺を殴るつもりだろう。
それならば俺もそれだけは避けないとな。
「あぁ、それで何なんだ?」
慎重に言葉を選ぼうと思ったが逆効果になると思い、いつも通り話を通す。
「はぁー」と深い息を大きく吐き、彼が言った。
「お前さ、岬ちゃんと付き合ってるんだろ?」
「い、いや……」
「俺に隠すことは止めてくれよ。俺だって岬ちゃんのこと好きだけど、彼女の幸せが一番見たいからな。だから、お前で本当によかったと思ってるんだぜ」
健一が言葉を紡ぐ。笑いながら。
しかし、目は全く笑っていない。恵梨香も同じような表情をしていた。
「俺と岬は付き合ってなんかない。俺と岬はただの文化祭実行委員ってだけだ」
俺がそう事実を告げると健一が呆れ顔になってポケットの中からスマホを取り出す。
そのまま俺をガン無視してスマホを30秒程慣れた手つきでいじると、俺に画面を見せてきた。
「………………」
俺は絶句した。言葉が出なかった。初めての経験だ。
スマホの画面に表示されていたのは俺と岬が廊下でキスをしている写真。
しているといっても二人の唇の間にハートマークのスタンプがされており、しっかりとしたキスシーンではない。
 だが、一目見ただけでは確実にキスをしているというしか見えない。
だから、こうやって健一が怒っているわけだ。
「昨日、お前と岬ちゃんのキスシーンがTwitterで出回ったんだ。これでも逃げるっていうのかよ?」
健一の表情が硬い。本気で怒っている顔だ。
「こ、これは……」
なんなんだよ! と叫びたいがこういう状況になってしまった理由が分かる。
多分というか、普通に気付く。
この写真は昨日の文化祭の集まりの後に岬と会話していた時だ。
おまけにそれも岬が俺の耳元で言葉を囁いてる時。
「あまりの驚きを隠せてないようだな。いつもマイペースのようにして、実は冷静な夕でも流石にこれは……無理があったか。いつも学級の問題は直に解決してるのにな」
気付いていたのかよ。俺が学級の問題を解決してたことに。
「いや、だから……」
「いや、だからじゃねぇーだろ! どう見てもキスシーンじゃねぇーかよ! お前さぁー恵梨香ちゃんって彼女がいるんだろ?」
今でもかなりややこしいが、これ以上被害を大きくしない為に一刻も早くに誤解を解かなくては……
とりあえず、最初は健一からだ。
「これは実行委員の集まりの後だ。その時彼女が俺の耳元で囁いたんだよ!」
自分でもいい訳がましいと思う。だけどこれが真実だからしょうがないだろ。
お願いだ。俺の友達だろ?
普段なら、友達という関係を使って脅迫じみたことはしたくないが使いたい。
「ふぅーん、そうか。よかったな、学園のアイドルに囁いてもらって」
健一がそっぽを向き、『学園のアイドル』を強調して言った。
その言葉はとても皮肉でかなりイライラする。
「あぁ、よかったよ。最高だったよ」
こっちだって、そっちがやる気ならやってやるよ。
ほら、かかってこいよ?
「ってか、お前は恵梨香ちゃんって彼女がいるんだろ? それならなぜ……」
だから、俺と岬は何もねぇーって。
だけどここで引き下がりたくないと心の底で思った俺は歯向かう。
ほんとに自分って馬鹿だな……って思ってる。
俺ってかなり変な所で負けず嫌いなんだよね。
「ああ、そうだ。俺には彼女がいる。それも、とびっきりに可愛い。今まで隠してたけどな」
健一が怒りを隠せず、俺の頬を思い切り殴った。俺は数メートルほど飛ばされ、床に吹き飛ぶ。
こんな衝撃だから痛いと思うはずだが、全く痛みが感じられない。
「おい……なぜ、それならなおさら……岬ちゃんに手を出した?」
手を出した? 意味が分からない。こいつは何を言ってるんだ。
健一の目が俺を威圧している。
敵に回したら怖い奴とかいるけど、俺にとってはこいつが一番怖い。
何を考えて—―いや、こいつは考える前に行動か。
何をするか、分からない。
だから怖いんだ。
「なぁ、どういうことだよ? 手を出したって……」
「へっ、お前まだ逃げるのかよ? パンチがまだ足りなかったか?」
健一が拳に力を入れ始める。
流石にアドレナリンどくどくで興奮しているとしても何度も殴られるのは後に響く。
「いや、そういうのじゃなくて……本気で分からないんだ! 教えてくれ」
俺は健一に頭を下げた。高校に入って初めてだ。
「お前……本気で知らないのかよ?」
明らかに健一の声が震えている。
なんなんだ。俺の知らない身近で何が起きてるんだ。
「あぁ、わかんねぇー。だからこうやって頭を下げてる。分かってるんだったら頭など下げないのはお前が一番知ってるだろ?」
「あぁーまぁーな」
「それで何があったんだ?」
俺が尋ねると健一がさっきの写真が貼られたツイートを俺に見せてきた。
「なぁ、なんだよ? これ……さっきの写真だろ? 何かおかしいのか?」
すると、健一が呆れた顔になる。
「ちゃんとよく見ろよ」
健一に言われ、次はちゃんと見た。
『今日は彼氏の夕君と一緒に岬は文化祭実行委員の集まりに参加しました。今日も夕君はかっこよかったです。それとキス……嬉しかった』
その他にも色んな顔文字や絵文字がふんだんに使われ、ツイートオードブルって感じだった。
まぁ、それはさておき内容だ。
意味が分からない。の一言で解決したいと思うがそれだけで解決する問題ではない。
だって、これが『岬』のツイートだったから。
おまけにさっきのキス―シーンの写真も投稿している。
ってか、このツイートが元凶だったらしい。
リツイート回数は26回と言った所だ。
26回と言えば、ほぼ全員の学校の人が見たと言える。
これは本気でまずい……
「なぁーこれってかなりまずくないか?」
俺の言葉を聞いて眉を細めながら健一が答える。
「まずい? 何がそんなにまずいんだ? いかがわしいことなんてないだろ? だって、お前と岬ちゃんの仲にはやましいことなんて無いんだろ?」
健一がほくそ笑む。
「そ、それは……」
確かに無いとは断言できない。
「だろ? それなら認めろよ。お前は岬ちゃんが好きなんだろ? それでお前と岬ちゃんは付き合ってるんだろ? 俺はそんなにもう怒りは収まった。だから、ちゃんと教えてくれ」
『あぁ、そうだ』
いつもなら、普段なら、昔の俺ならそう言っていた。
八方美人な俺なら。
だけど……それが間違いだと気付いた。いや、分かっていた。
気付かない振りをして、逃げていた。
現実から。皆に嫌われないように。
もう、嫌われたくない。
あの時の様に大切なものはもう二度と手放したくないと思ったから。
だから、今前に居る友達だけには……
「岬には俺は特別な感情は持っている。だけど、それは恋心ではない。ただ……力になりたいんだ。あの子の力になりたかったんだ」
健一の顏がゆっくりと緩んでいく。
「恋心ではないか……どこまでお前はお人よしなんだよ。呆れるぜ。そんな人間はいつか馬鹿を見るぜ」
「そうか。それでも俺はいいさ。あの子の役に立てるのなら」
「ふっ、だけどなんでそんなに岬ちゃんに拘るんだ?」
「別に、拘ってるわけじゃない。でもあえて言うなら似てたからかな」
「似てた? 誰にだ?」
「俺の初恋の人に」
「初恋? 初恋は恵梨香ちゃんじゃないのか?」
『キーンコーンカーンコーン』と景気の良い響きが鳴る。
本当に都合が良いというか悪いというか……
「お、やべぇぇー。戻るぞ」
「ちょっと待てよ! 恵梨香ちゃんじゃないのか?」
「さぁーな」
俺はそう言って自分の教室へと走る。
俺の方が早めにダッシュをしたというのに健一は運動部であることを主張するかの様に俺を抜いていった。俺はそんな健一の背中を追いかける。
俺が教室に戻ると、既に授業が始まっていた。
先生に怒られ、皆に笑われながらも俺は席に着いた。
鞄から筆記用具と数学の教科書、ノートを取り出し、開く。
ノートを開くと昨日書いていた落書きが残っていて、落書きの続きを描く。
授業なんてものは上の空、全く聞こうともしない。
っていうか、そんな場合では無かった。
俺の席は教室の中で真ん中にあるせいかかなり痛い視線を感じるからだ。
一言、何か伝えれば楽だろうと思うがその一言が浮かばない。
後、もう少しのパズルのピースが失ったみたいに。
そんなことを考えながら無心で描いた落書きはそこそこの出来になった。
自分にしては中々だ。
「まぁまぁのできだな」
一通り、描いたキャラを見て感嘆の声が漏れた。
しかし、他の人は授業に夢中になっていて気づく事は無い。一人を除いては……
「おい、どうしたんだよ?」健一が椅子から身体を乗り出して俺に喋りかけてきた。
さっきまでの怒りは何処へやらと思いたいが元々この男は根に持つタイプではないのだ。
もしかすると彼の魅力なのかもしれない。人を引き付けるというか、仲を良くする秘訣。
「いや、俺の話だ。別にお前には関係は無い」
俺の言葉に少しご不満がある顔をしているが、俺は見せる気など更々ない。
だって自分の絵を見られるの恥ずかしいじゃん。それに俺の絵って下手だし。
「まぁ、いいから見せろって」
無理やり健一にノートを取られあやふやなりながら、腹をくくる。
健一が俺の書いた絵をまじまじと見つめ一人で頷いたり、首を傾げたりする。
勿論、俺の後ろの席なので俺が数学教師に見つからないようにちらちらと後ろを確認してた。
自分の絵を人に見せるという行為は中学の頃の美術の時とは違った感情になる。
あの頃自分が書いていた絵は全てレール上に並べられたものだった。
しかし俺が書き上げたものは脱線をしまくった自分だけが描くことができる個性とはっきりした線で描かれた特徴的な絵だ。
「そのあれだな。上手いと言えば上手い気もするが……あれなんだよ。なんか熱意がたりねぇー」
こいつ俺を絵師にでもするきか?
それとも漫画家?
考えても見なかった新たな出発点が始まるけどいいの?
「熱意かぁー。考えたこともなかった」
今までも何度か人に絵を見せたことがあったけど、熱意が足りねぇーと言われたのは初めてだ。
ってかそんなことを言う奴逆にいんの?
「あ、そう……」
健一が何を考えたのか明後日の方向を見る。
この野郎……親に言われなかったのか?
ちゃんと人と話す時は目を見なさいって。
どうでもいいけど、少し余談。人と喋る時って皆どこ見る?
俺はやっぱり目だよ……と言いたいところなんだけど実際は無理。
なんか恥ずかしくてむずむずするんだよね。
なので俺は下を向いて俯いてる。
あの、別にコミ障じゃないよ?
「なぁ、夕。俺も実は気になってることがあんだ。
だから……岬ちゃんにTwitterのことを聞こうと思っている」
健一が言葉をさらに紡ぐ。
「だから……その」
健一が頭をぼさぼさと掻く。
「岬ちゃんのことをそんなに悪く思わないでほしい」
なぜ、こいつが謝る。謎だ。
「安心しろ。悪くは思ってない。寧ろ、俺とのキスショットの写真を流通されていることが可愛そうに思えてくるレベル」
それに二ヵ月間、岬を見ていて俺と似てる気がした。
学園の美少女と俺が似てるってのはおこがましいかもしれないが、何か分かるんだ。
同じ匂いがしたってか、そんな感じ。
でも—―彼女はあまりにも優しすぎる。
頼まれたらそれを断ることができない。
断るという行為を知らないから。
断ってしまったら、相手に拒絶されると思っているから。
相手の期待に添えようとしてしまう。
そんな『岬』という名の化け物が彼女を蝕んでいく。
だから、俺は度々心配になって偽善者になった。
彼女の負担を少しでも和らげる為に。
といっても俺ができたことと言えば、黒板消しや花瓶の水替えぐらい。
元々、これは誰かがしなければならなかった。
誰がしなければならなかった?
皆でしなければならなかった。
皆は誰かがやってくれる。岬がやってくれる。
だから—―俺は、私はやらなくてもいいと思ってしまった。
そして彼女がその空いた仕事を受け持った。
こうして—―彼女の心の底に生まれた化け物は少しずつ彼女を食べていく。
だからこそ、俺は彼女を救いたい。
今まではただの偽善者だった。
でも俺は変わりたいんだ。
もうあの頃のように逃げたりはしない。
だから—―俺は岬と友達になりたい。
外から彼女を見るのではく、内側からしっかりと見ていたい。
そして困った時はお互いに助け合いたい。
「そ、そうか。お前って結構自虐ネタ使ってくるよな。自分に自信持てよ」
健一が俺の肩に手を乗せてきた。その手は何かかなり温かかった。
これが友達の温もりと言うやつなのか?
「まぁ、今度からは少し控えるよ。あ、俺も手伝うよ。岬のこと」
健一は俺がこんなことを言わないと知ってるからかなり驚いている。
本当に失礼な奴だ。人間ってのは直に気持ちがコロコロと変わるものなんだよ。
「でも悪いな夕。俺が先だ」
健一がニヤリと笑う。
「えっ? 一人ずつ行くのか?」
「勿論だ。マンツーマンじゃないと伝わらないものがあんだよ」
サッカーじゃねぇーんだぞ!
なぜなら、俺は健一に腕を掴まれどこかに連れていかれている途中だからだ。
健一が連れて行こうと思っているのは恐らく東階段と思われる。
そこは人通りが少なく、全面鏡が右側と左側にあり、合わせ鏡になっている。
それを見ると不幸な事が起きるらしい。
だから生徒や先生でさえもあまり通る事をしない。
でも逆にその場所は格好の安らぎ場とも言える。
やはりというべきか、健一が歩くのを止めた。
もちろん、その場所は東階段。
そんな場所に俺を連れてきたということは、それだけ重要性のある話ということだ。
「なぁ、ここまで連れてきた用件はなんだ?」
健一が俺に話掛けようと戸惑っていたので話しかけた。
用件など、もう大体は予想がついている。
岬のことだろう。
詳しくは知らないけど……
「ちゃんと正直に答えろよ! 返答次第では、俺はお前を殴る」
殴るとか理不尽過ぎるだろ。
健一の瞳は真っすぐなままだ。
本気で俺を殴るつもりだろう。
それならば俺もそれだけは避けないとな。
「あぁ、それで何なんだ?」
慎重に言葉を選ぼうと思ったが逆効果になると思い、いつも通り話を通す。
「はぁー」と深い息を大きく吐き、彼が言った。
「お前さ、岬ちゃんと付き合ってるんだろ?」
「い、いや……」
「俺に隠すことは止めてくれよ。俺だって岬ちゃんのこと好きだけど、彼女の幸せが一番見たいからな。だから、お前で本当によかったと思ってるんだぜ」
健一が言葉を紡ぐ。笑いながら。
しかし、目は全く笑っていない。恵梨香も同じような表情をしていた。
「俺と岬は付き合ってなんかない。俺と岬はただの文化祭実行委員ってだけだ」
俺がそう事実を告げると健一が呆れ顔になってポケットの中からスマホを取り出す。
そのまま俺をガン無視してスマホを30秒程慣れた手つきでいじると、俺に画面を見せてきた。
「………………」
俺は絶句した。言葉が出なかった。初めての経験だ。
スマホの画面に表示されていたのは俺と岬が廊下でキスをしている写真。
しているといっても二人の唇の間にハートマークのスタンプがされており、しっかりとしたキスシーンではない。
 だが、一目見ただけでは確実にキスをしているというしか見えない。
だから、こうやって健一が怒っているわけだ。
「昨日、お前と岬ちゃんのキスシーンがTwitterで出回ったんだ。これでも逃げるっていうのかよ?」
健一の表情が硬い。本気で怒っている顔だ。
「こ、これは……」
なんなんだよ! と叫びたいがこういう状況になってしまった理由が分かる。
多分というか、普通に気付く。
この写真は昨日の文化祭の集まりの後に岬と会話していた時だ。
おまけにそれも岬が俺の耳元で言葉を囁いてる時。
「あまりの驚きを隠せてないようだな。いつもマイペースのようにして、実は冷静な夕でも流石にこれは……無理があったか。いつも学級の問題は直に解決してるのにな」
気付いていたのかよ。俺が学級の問題を解決してたことに。
「いや、だから……」
「いや、だからじゃねぇーだろ! どう見てもキスシーンじゃねぇーかよ! お前さぁー恵梨香ちゃんって彼女がいるんだろ?」
今でもかなりややこしいが、これ以上被害を大きくしない為に一刻も早くに誤解を解かなくては……
とりあえず、最初は健一からだ。
「これは実行委員の集まりの後だ。その時彼女が俺の耳元で囁いたんだよ!」
自分でもいい訳がましいと思う。だけどこれが真実だからしょうがないだろ。
お願いだ。俺の友達だろ?
普段なら、友達という関係を使って脅迫じみたことはしたくないが使いたい。
「ふぅーん、そうか。よかったな、学園のアイドルに囁いてもらって」
健一がそっぽを向き、『学園のアイドル』を強調して言った。
その言葉はとても皮肉でかなりイライラする。
「あぁ、よかったよ。最高だったよ」
こっちだって、そっちがやる気ならやってやるよ。
ほら、かかってこいよ?
「ってか、お前は恵梨香ちゃんって彼女がいるんだろ? それならなぜ……」
だから、俺と岬は何もねぇーって。
だけどここで引き下がりたくないと心の底で思った俺は歯向かう。
ほんとに自分って馬鹿だな……って思ってる。
俺ってかなり変な所で負けず嫌いなんだよね。
「ああ、そうだ。俺には彼女がいる。それも、とびっきりに可愛い。今まで隠してたけどな」
健一が怒りを隠せず、俺の頬を思い切り殴った。俺は数メートルほど飛ばされ、床に吹き飛ぶ。
こんな衝撃だから痛いと思うはずだが、全く痛みが感じられない。
「おい……なぜ、それならなおさら……岬ちゃんに手を出した?」
手を出した? 意味が分からない。こいつは何を言ってるんだ。
健一の目が俺を威圧している。
敵に回したら怖い奴とかいるけど、俺にとってはこいつが一番怖い。
何を考えて—―いや、こいつは考える前に行動か。
何をするか、分からない。
だから怖いんだ。
「なぁ、どういうことだよ? 手を出したって……」
「へっ、お前まだ逃げるのかよ? パンチがまだ足りなかったか?」
健一が拳に力を入れ始める。
流石にアドレナリンどくどくで興奮しているとしても何度も殴られるのは後に響く。
「いや、そういうのじゃなくて……本気で分からないんだ! 教えてくれ」
俺は健一に頭を下げた。高校に入って初めてだ。
「お前……本気で知らないのかよ?」
明らかに健一の声が震えている。
なんなんだ。俺の知らない身近で何が起きてるんだ。
「あぁ、わかんねぇー。だからこうやって頭を下げてる。分かってるんだったら頭など下げないのはお前が一番知ってるだろ?」
「あぁーまぁーな」
「それで何があったんだ?」
俺が尋ねると健一がさっきの写真が貼られたツイートを俺に見せてきた。
「なぁ、なんだよ? これ……さっきの写真だろ? 何かおかしいのか?」
すると、健一が呆れた顔になる。
「ちゃんとよく見ろよ」
健一に言われ、次はちゃんと見た。
『今日は彼氏の夕君と一緒に岬は文化祭実行委員の集まりに参加しました。今日も夕君はかっこよかったです。それとキス……嬉しかった』
その他にも色んな顔文字や絵文字がふんだんに使われ、ツイートオードブルって感じだった。
まぁ、それはさておき内容だ。
意味が分からない。の一言で解決したいと思うがそれだけで解決する問題ではない。
だって、これが『岬』のツイートだったから。
おまけにさっきのキス―シーンの写真も投稿している。
ってか、このツイートが元凶だったらしい。
リツイート回数は26回と言った所だ。
26回と言えば、ほぼ全員の学校の人が見たと言える。
これは本気でまずい……
「なぁーこれってかなりまずくないか?」
俺の言葉を聞いて眉を細めながら健一が答える。
「まずい? 何がそんなにまずいんだ? いかがわしいことなんてないだろ? だって、お前と岬ちゃんの仲にはやましいことなんて無いんだろ?」
健一がほくそ笑む。
「そ、それは……」
確かに無いとは断言できない。
「だろ? それなら認めろよ。お前は岬ちゃんが好きなんだろ? それでお前と岬ちゃんは付き合ってるんだろ? 俺はそんなにもう怒りは収まった。だから、ちゃんと教えてくれ」
『あぁ、そうだ』
いつもなら、普段なら、昔の俺ならそう言っていた。
八方美人な俺なら。
だけど……それが間違いだと気付いた。いや、分かっていた。
気付かない振りをして、逃げていた。
現実から。皆に嫌われないように。
もう、嫌われたくない。
あの時の様に大切なものはもう二度と手放したくないと思ったから。
だから、今前に居る友達だけには……
「岬には俺は特別な感情は持っている。だけど、それは恋心ではない。ただ……力になりたいんだ。あの子の力になりたかったんだ」
健一の顏がゆっくりと緩んでいく。
「恋心ではないか……どこまでお前はお人よしなんだよ。呆れるぜ。そんな人間はいつか馬鹿を見るぜ」
「そうか。それでも俺はいいさ。あの子の役に立てるのなら」
「ふっ、だけどなんでそんなに岬ちゃんに拘るんだ?」
「別に、拘ってるわけじゃない。でもあえて言うなら似てたからかな」
「似てた? 誰にだ?」
「俺の初恋の人に」
「初恋? 初恋は恵梨香ちゃんじゃないのか?」
『キーンコーンカーンコーン』と景気の良い響きが鳴る。
本当に都合が良いというか悪いというか……
「お、やべぇぇー。戻るぞ」
「ちょっと待てよ! 恵梨香ちゃんじゃないのか?」
「さぁーな」
俺はそう言って自分の教室へと走る。
俺の方が早めにダッシュをしたというのに健一は運動部であることを主張するかの様に俺を抜いていった。俺はそんな健一の背中を追いかける。
俺が教室に戻ると、既に授業が始まっていた。
先生に怒られ、皆に笑われながらも俺は席に着いた。
鞄から筆記用具と数学の教科書、ノートを取り出し、開く。
ノートを開くと昨日書いていた落書きが残っていて、落書きの続きを描く。
授業なんてものは上の空、全く聞こうともしない。
っていうか、そんな場合では無かった。
俺の席は教室の中で真ん中にあるせいかかなり痛い視線を感じるからだ。
一言、何か伝えれば楽だろうと思うがその一言が浮かばない。
後、もう少しのパズルのピースが失ったみたいに。
そんなことを考えながら無心で描いた落書きはそこそこの出来になった。
自分にしては中々だ。
「まぁまぁのできだな」
一通り、描いたキャラを見て感嘆の声が漏れた。
しかし、他の人は授業に夢中になっていて気づく事は無い。一人を除いては……
「おい、どうしたんだよ?」健一が椅子から身体を乗り出して俺に喋りかけてきた。
さっきまでの怒りは何処へやらと思いたいが元々この男は根に持つタイプではないのだ。
もしかすると彼の魅力なのかもしれない。人を引き付けるというか、仲を良くする秘訣。
「いや、俺の話だ。別にお前には関係は無い」
俺の言葉に少しご不満がある顔をしているが、俺は見せる気など更々ない。
だって自分の絵を見られるの恥ずかしいじゃん。それに俺の絵って下手だし。
「まぁ、いいから見せろって」
無理やり健一にノートを取られあやふやなりながら、腹をくくる。
健一が俺の書いた絵をまじまじと見つめ一人で頷いたり、首を傾げたりする。
勿論、俺の後ろの席なので俺が数学教師に見つからないようにちらちらと後ろを確認してた。
自分の絵を人に見せるという行為は中学の頃の美術の時とは違った感情になる。
あの頃自分が書いていた絵は全てレール上に並べられたものだった。
しかし俺が書き上げたものは脱線をしまくった自分だけが描くことができる個性とはっきりした線で描かれた特徴的な絵だ。
「そのあれだな。上手いと言えば上手い気もするが……あれなんだよ。なんか熱意がたりねぇー」
こいつ俺を絵師にでもするきか?
それとも漫画家?
考えても見なかった新たな出発点が始まるけどいいの?
「熱意かぁー。考えたこともなかった」
今までも何度か人に絵を見せたことがあったけど、熱意が足りねぇーと言われたのは初めてだ。
ってかそんなことを言う奴逆にいんの?
「あ、そう……」
健一が何を考えたのか明後日の方向を見る。
この野郎……親に言われなかったのか?
ちゃんと人と話す時は目を見なさいって。
どうでもいいけど、少し余談。人と喋る時って皆どこ見る?
俺はやっぱり目だよ……と言いたいところなんだけど実際は無理。
なんか恥ずかしくてむずむずするんだよね。
なので俺は下を向いて俯いてる。
あの、別にコミ障じゃないよ?
「なぁ、夕。俺も実は気になってることがあんだ。
だから……岬ちゃんにTwitterのことを聞こうと思っている」
健一が言葉をさらに紡ぐ。
「だから……その」
健一が頭をぼさぼさと掻く。
「岬ちゃんのことをそんなに悪く思わないでほしい」
なぜ、こいつが謝る。謎だ。
「安心しろ。悪くは思ってない。寧ろ、俺とのキスショットの写真を流通されていることが可愛そうに思えてくるレベル」
それに二ヵ月間、岬を見ていて俺と似てる気がした。
学園の美少女と俺が似てるってのはおこがましいかもしれないが、何か分かるんだ。
同じ匂いがしたってか、そんな感じ。
でも—―彼女はあまりにも優しすぎる。
頼まれたらそれを断ることができない。
断るという行為を知らないから。
断ってしまったら、相手に拒絶されると思っているから。
相手の期待に添えようとしてしまう。
そんな『岬』という名の化け物が彼女を蝕んでいく。
だから、俺は度々心配になって偽善者になった。
彼女の負担を少しでも和らげる為に。
といっても俺ができたことと言えば、黒板消しや花瓶の水替えぐらい。
元々、これは誰かがしなければならなかった。
誰がしなければならなかった?
皆でしなければならなかった。
皆は誰かがやってくれる。岬がやってくれる。
だから—―俺は、私はやらなくてもいいと思ってしまった。
そして彼女がその空いた仕事を受け持った。
こうして—―彼女の心の底に生まれた化け物は少しずつ彼女を食べていく。
だからこそ、俺は彼女を救いたい。
今まではただの偽善者だった。
でも俺は変わりたいんだ。
もうあの頃のように逃げたりはしない。
だから—―俺は岬と友達になりたい。
外から彼女を見るのではく、内側からしっかりと見ていたい。
そして困った時はお互いに助け合いたい。
「そ、そうか。お前って結構自虐ネタ使ってくるよな。自分に自信持てよ」
健一が俺の肩に手を乗せてきた。その手は何かかなり温かかった。
これが友達の温もりと言うやつなのか?
「まぁ、今度からは少し控えるよ。あ、俺も手伝うよ。岬のこと」
健一は俺がこんなことを言わないと知ってるからかなり驚いている。
本当に失礼な奴だ。人間ってのは直に気持ちがコロコロと変わるものなんだよ。
「でも悪いな夕。俺が先だ」
健一がニヤリと笑う。
「えっ? 一人ずつ行くのか?」
「勿論だ。マンツーマンじゃないと伝わらないものがあんだよ」
サッカーじゃねぇーんだぞ!
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