宇宙大殺人事件

チョーカー

自己紹介

 
 重力に逆らい、空へ―――空へ―――

 流石は最新型の機体だ。
 今までのボロ船とは、性能が大きく違う。
 その性能差は操縦桿を握る僕の手に伝わってきた。
 発射の瞬間、キャプテンに必要な技術は機械の精密性と力強さ。
 しかし、この機体は、例え手離ししても、操縦桿が真っ直ぐに安定するだろう。

 青い空と重力を置き去りに――――
 周囲の空間は色を失い、黒に染まった。
 大気圏を突破し、宇宙空間に侵入した。

 僕は、体を固定していたベルトは外す。
 出発直前同様にトーマスがマイクを投げてくる。
 重力のない空間でマイクが変則的な速度で向かってきたが、難なくキャッチした。

 『こちらは操縦室ブリッジです。当機は無事に大気圏を超えて宇宙へと飛び立つ事に成功しました。 皆様、ベルトを外して無重力空間を楽しんでみてはいかがでしょうか?
 なお、後方をご覧になりますと、我々が愛する美しき惑星、地球が見えてきます』

 僕は、マイクのスイッチを切り、ため息をつく。
 いつまでも慣れないものだ。今でも発射と着地の瞬間は緊張する。

 「それじゃ、乗客へ挨拶に行ってくる」

 船員クルー達はそれぞれ「いってらっしゃい」と軽く手を振った。


 乗客は7人。

 今回のスポンサーであるスペクター機関に所属している研究者達だ。
 この組織には、国の関与がない。国の関与がないのにも関わらず、未知の惑星を探索できる。
 昔なら考えられない事だが……無論、理由がある。
 片道40年の距離。この距離の間に、人類未踏の惑星がいくつ存在しているだろうか?
 それら、全てを国が調査する事は不可能だ。
 ゆえに、国が審査し許可を出した組織には、未知の惑星探索の許可を出している。
 その組織数は100以上。

 おかげで、僕たちはお給料をもらえているわけだ。
 スペクター機関の本拠地は日本らしく、乗客の多くは日本国籍を有している。
 この仕事が舞い込んできた理由として、キャプテンの僕が日本人っていうのは無関係ではないかもしれない。
 まぁ……
 だとしたら、人選ミスも酷い。
 このキャプテンサワムラ、好きな日本語は「スシ、テンプラ、テッカドン」だ。

 客席の扉が開く。
 乗客たちはリラックスモードに入っており、僕の存在には気づいていない。
 「……5、6、7人」と、どうやら全員が揃っているみたいだ。
 さて、お客さんへの第一声は、なんと話しかけるか?
 そう考えたが、答えを出す前に話しかけられた。

 「キャプテンサワムラ、私は、このプロジェクトのリーダ―を務めさせていただいているカエサルと言います。よろしく」
 「こちらこそ、よろしく」

 僕は差し出された手を握り返した。
 カエサルは大柄な男だ。
 まるで熊。
 髪の毛は赤毛。髭面の顔がワイルドで、研究者とは思えない風貌だ。

 「すまないがカエサルさん」と僕は、できるだけ申し訳ない感じの演技を行う。
 「はい?」と眉をひそめるカエサル。
 「できれば、他の乗客を紹介していただけないですか?」
 「あぁ、なるほど。もちろんですよ。喜んで」

 
 『デリタ 専門 宇宙物理学』

 『エイサイ 専門 植物学』

 『ウキョウ 専門 宇宙生物学兼遺伝学』

 『スミレ 専門  宇宙医学』

 『ウミヒコ 専門 地球惑星科学』

 『ヤマヒコ 専門 惑星地質学』

 ……さすがは日本の機関だ。
 カエサルが一声かけると、研究者たちは、規則正しく一列に並んだ。
 何が起きるのか?そう訝しがっていると、彼らは紙切れを渡してきた。
 1人1人、順番にだ。一体、何の儀式だ? 
 次から次に渡される紙を受け取っていたが、その意味に気がついたのは、最後のカエサルの順番になってからだ。

 『カエサル スペクター機関 宇宙部主任』

 僕は、そう書かれた紙を彼から受け取った。
 念のために僕は、こう意味を確認してみた。 

 「……名刺ですか? まだ、日本では、このような文化が残っているのですね?」

 しかし、カエサルの答えは否定だった。

 「いいえ、日本でも滅んだ文化ですよ。ただ……」
 「ただ……?」
 「ご覧のように、我々の専門は非常に難しい。覚えてもらうには一度の言葉ではなく、文字を書かれた紙を何度も見てもらった方が早いですね。そのための名刺なのです」
 「なるほど、合理的なのですね。ところで……生憎ながら僕は名刺を切らしているので、またの機会にお渡ししましょう」

 僕は社交辞令で返した。 たぶん、僕の名刺は永続的に補充される事はない。
 さて、僕の手には七枚の名刺。まるでトランプのババ抜きみたいになっている。
 どうしたものか? 
 カエサルはニコニコと笑顔を見せているが、自分からは何も言ってこない。
 ん~ 少し困った。通常、この時間帯は乗客とコミュニケーションを図る時間だ。
 行き帰りは一瞬でも(実時間は40年だが、これは体感時間の話だ)、惑星に到着すれば、短くない時間を共にしなければならない。円滑な人間関係の構築は、必要不可欠なんだが……
 しばし、悩む。そして、僕はキャプテンらしい判断を下す。
 よし、操縦室ブリッジに戻ろとしよう!
 何も、コミュニケーションを図る機会は、これだけではない。
 今後の予定として、晩餐会がある。
 なぜ、晩餐会があるのか?
 なぜなら、これが地球から持ち込んだ食糧を、そのまま状態で食べれる最後のチャンスだからだ。
 これ以降の食べ物は、カラッカラッに水分を抜いて乾燥させるのだ(80年も保存させるために)。
 水分を補充すれば、元に戻るとは言え……
 やはり、人間は、自分が食べる物に対して、必要以上に人間の手が加わり過ぎていると嫌悪感を抱くという我儘な生物なのではないだろうか?
 そして、晩餐会が終われば、お待ちかねの……
 おねむの時間。 カプセルに入り、注入されるガスを吸えば、40年後の世界になっている。

 「何ですか?それ?」
 ブリッジに戻った僕にトーマスは話かけてきた。
 僕が並べて遊んでいる名刺が珍しいみたいだ。

 「乗客の名前と肩書きが書かれた紙だ」
 「なんで、そんなものをキャプテンがもっているんですか?」
 「そりゃ、お前……貰ったからだ」

 「へぇ~」と気がない返事をして、トーマスの意識は居眠りを始めた。
 飽き性な奴だ。なぜ、この仕事が続いているのか、よくわからない。
 僕は、視線を名刺に戻した。

 どうして、この名刺にはファーストネームしか書かれていないのだろう?


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