宇宙大殺人事件
人体冷凍保存に夢は見るのか?
僕は歩いている。
細長い通路。人が1人だけ通れるスペース。狭い狭い道だ。
一歩、進むだけで、足音が甲高い音に変化して通路に響いては消えていく。
どうやら、普段はコンベアのように、地面の方が動いて人間を運ぶ仕掛けになっているようだ。
今、それが作動していないのは経費削減か? それとも僕如きに使う電量ではないと判断されたのか?
おそらくは後者なのだろう。
狭い道。連想するのは遠い昔の城。
まだ、人間に今ほどの個が認められていなかった時代は、人と人が大人数で、大規模に戦う事があった。
それは……確か……そう戦争という名前の現象だった。
僕が若い頃には、まだあった現象だ。思い出すと、意外と頻繁にあった。
別に、消滅した現象ではない。限りなく消滅した現象なだけだ。
例えば、80年前の戦い。僕たち船員が経験し、あの2人が死去した戦いも、ある種の戦争ではないだろうか?
あれは、なんだったのだろうか?僕たちは何と戦ったのだろうか?
あれは……僕たち5人の戦いは、ひょっとしたら宇宙戦争だったのかもしれない。
いや、それは関係ない話だ。正確には、まだ関係ない話。
なぜなら、これは夢だから……
人体冷凍保存中に夢を見るのか?
そんな疑問が聞こえてきそうだが、結論を言ってしまえば、夢を見る。
眠りが浅くなった瞬間が、そのタイミングだろう。
裸でカプセルに入り、気体が内部に充満され、意識が失われていくタイミング。
あるいは、その逆で、気体が外部へ排出され、意識が覚醒へと向かい始めるタイミング。
その2つのタイミングに夢を見ている……気がしている。
確かめた事はない。今の技術力なら、簡単に確かめられるのだろうけれども……
さて……この夢はいつの時か?
どうやら、追記録というやつらしい。
僕の経験の追体験だ。
ん?誰が追体験しているんだ?
……それも僕か。さて、話を戻そう。
僕は、自分の意識を薄めて、当時の僕を再現させる。
僕は城を連想させた。
それは、かつて戦争があった時代。
城内へ雪崩込む敵兵の進軍を抑えれるため、あえて通路を狭く作り、少人数で大軍を相手にできるようになっていたらしい。
確かに、大人数が直線の通路を走ってきたら、良い的だろう。
射撃のセンスが皆無の僕だって外す事はない……と思う。
だから、警戒心を強める。
なぜなら、僕がこれから会う人間は、それらを想定している人物だからだ。
大人数の人間に攻め込まれる事を想定して、こんな建物に住んでいる人物。
そんな人物がいる部屋が見えてきた。
部屋の前、ドアをノックしようか考えた。
しかし――――
「よく来た。入りなさい」
部屋の主から声をかけられた。
僕は「失礼します」と小声で言いながらドアを開けた。
白一色の部屋。
広い。その広さは尋常ではない。
そして、部屋の真ん中にベッドが置かれている。
誰か寝ている。彼が、僕を呼んだ張本人なのだろうか?
――――いや、彼は僕に反応しない。なんの反応も見せない。
それだと、僕の入室を許可した声は誰なのか?
僕は、ベッドに近づく。ベットの主は老人だった。
やはり反応はない。寝ているようだ。
病人なのかもしれない。頭部にはケーブルが繋がれている。
脳波を測定している装置なのかもしれない。
「初めまして、キャプテンサワムラ……と御呼びすれば宜しいかね?」
いきなり、話しかけられた。一体、どこから?
次の瞬間、何かの起動音が部屋に鳴り響く。
部屋の壁に映像が映し出された。壁は大型映像装置の役割があるようだ。
映像には老人の顔。ベッドの主の顔だ。
「……初めまして、僕がキャプテンサワムラです。そう御呼びください」
僕は、できるだけ驚きを隠すように答えた。
「寝たままの格好で失礼させてもらうよ。もう、ワシの体は動かないのでな」
彼が、次の依頼主。
『スペクター機関総帥 杭打 騎士』
騎士と書いてナイトと読むらしい。
彼の名前は 『クイウチ ナイト』となる。
名前的にほぼ同世代。若干、彼の方が若いのかもしれない。
DQNネームと言われ、その後にキラキラネームと言われる系統の名前。
あの時代、理由はわからないが、東洋人が西洋風の名前をつけるのが忌諱とされていた。
ひょっとしたら、今のように名前はシグナルではなく、神聖なものだったのかもしれない。
彼は、ナイト氏は、僕に近寄るように促してきた。
この部屋のどこにいても、彼と会話する事は可能だと思った。しかし、彼の本体に近寄るのが正しいコミュニケーションだろう。
僕は彼を見る。
おそらくは、頭部のケーブルが、彼の思考を読み取り、外部へ出力しているのだろう。
だとすると、僕の状況を把握して内部へ送る装置は……
思考は止める。ナイト氏が喋り始めたからだ。
「さて……君はどう思う」
「……どう?とは?」
「この部屋にどのような印象を抱いたか……だよ」
第一印象は「病室」だ。しかし、それを素直に言葉にするのは失礼になるだろう。
僕は、「ここまでの道のりは、まるで城だと」と言った。そして、通路で考えた持論を持ちだした。
「……なるほど」とナイト氏は頷いた。(もちろんビジョンの方のナイト氏だ)
「戦争は衰退した。しかし、それは正しくはない」
「正しくはない?まだ戦争は行われていると?」
「然り。核兵器といった大量破壊兵器より、より精度の高い兵器が主流になったのは2000年初頭の話だ。だから、戦争が見えにくい物になったのだ。開始しても最短で決着を迎える」
「なるほど、戦争を開始した瞬間に、指導者を殺せば戦争は起こったように思う事すらない。しかし、それでは……」
「やはり、戦争は行われていない。そうなると?」とナイト氏は笑みを浮かべてきた。
僕は「はい」と答えた。
しかし、ナイト氏は「より水面下で行われているだけよ」と返してきた。
なるほど、僕には認識できないレベルの戦争が行われているようだ。
それから話は、アメリカのスターウォーズ計画に飛び、非核兵器と言った宇宙の話へ変わった。
一体、どのくらい話をしたのだろうか?
いつの間にか話は、世間話を終え、実務的な内容に変わっていた。
僕がスぺクター機関お抱えの研究者を未知の惑星へ送り届ける仕事。
そのプランの話し合い。
話し合いと言うよりもプレゼンテーションに近い。
自然と彼の質問を僕が一方的に答えるという形になっていた。
要するに最終面接だ。
この仕事を僕に決めるか、否か。
今、思い出しても胃がキリキリと締め付けられるような感覚が思い出されていく……
思い出されていく?
あぁ……そうか。これは夢だったのか。
夢の僕は意識を失っていく。現実の僕が目覚めていくのだ。
目が開く。白い気体に覆われた空間。
やがて、気体が排出される。この排出音には慣れる事はないのかもしれない。
人体冷凍保存の装置。その蓋が開かれる。
外側から装置を見れば、まるでガラス張りの棺桶を連想させられるだろう。
宇宙船の事故で、意識のないまま死亡する可能性は0ではない。
最初から、棺桶にも使えるように作られているのかもしれない。
意識を失う前に、死を意識できるような作りか……
僕は立ち上がった。
装置の横に置いてあるタオルを取り、体を拭く。
それから衣服を身につける。
その作業中にノック音がした。
「だれだい?」
「A12です」
短い返事だった。
入室を許可すると彼は入ってきた。
5歳の少年。有機細胞で作られた人工的な彼。
僕の記憶から、彼の姿は大きく裏切っていた。
40年の年月は、彼を10年分の成長を与えていた。
つまり、15才相当の少年の姿に変わっていた。
それは、航海のプランに狂いがないという証拠だった。
しかし――――
彼は入室と同時に事件発生は告げた。
「キャプテン。乗客の内、一名が死亡しております」
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