異界に迷った能力持ちの殺人鬼はそこで頑張ることにしました

鬼怒川 ますず

40話 思いもよらない敵(後編)

 「…ったく、なんでお前はこうも無鉄砲なんだ。回収するこっちの気持ちにもなれ」

 「あ……あ…」

「無理に喋るな、まだガスの症状でろくに動けないんだ、ガスがないところまで運んでやる」

 シャデアは気付いたら妙なマスクを被り、皮膚が見えないほど厚着をした男に引きずられるように運ばれていた。
 引きずった人物は、顔が見えないにもかかわらず
シャデアの知っている人物だとわかった。

ナナシ

シャデアに剣の基本を教え、騎士でも敵わない魔獣を1人で倒した人。
シャデアはそこまで考えるほどに回復し、考えが回るようになった。
ふと引きずられながら彼女は背後を見た。
そこには先ほどまで掴んでいたシャデアを探している髑髏の魔獣がいた。
魔獣はウロウロと辺りを見回しながら、シャデアを探しているようだった。

 「あいつに俺たちは見えてない、ついでに倒そうと思って死体を使って攻撃させたが…まさかすぐに起き上がるとはな」

ナナシがくぐもった声でそう言った。
シャデアはそれだけで、今までこの魔獣を弄んでいたのがこの人だと気付き、驚く。

「な、ナナシさんはあの死霊術師ネクロマンサーの操っていた死霊人グールに干渉して操っていたんですか!?」

「干渉したというか色々と弄ってたら出来た。俺も正直驚いているが、今もこうしてあの骸骨に認識を変える力が通用するってことはそういうことだろうな」

確かに。

「どこへ行った?私の手からいつの間に逃げた?あの銃撃の後で視界から消えるなどできるはずもない。間者がいるはずだ探せ」

シャデアが見た限り、あの死霊術師ネクロマンサーはナナシの『認識を変える』力を受けてこちらを認識できなくなっている。
未だにこちらを見ることができなく、死霊人グールたちに向けて周辺の捜索を命じている。
シャデアとナナシには一切気づかず。
そんな死体達をくぐり抜けながら、ナナシとシャデアは敵陣から抜け出す。

敵の群れから抜け出したナナシは、シャデアをぽいっと平原に投げ、自分の体をポンポンと払う。
慎重に死霊人から奪ったと思われる服を脱ぎ、この辺りでは見たこともない手袋も地面に捨てた。

「……これで、大丈夫か?……危なかったな、あのガス普通の人間が吸ったり浴びたりしたら死ぬぞ」
「そ…そです…」

そうですか、そう言いたかったのだがシャデアの呂律はまだ痺れ、皮膚の回復もまだ間に合っていなかった。改めてあのガスがとても危険な代物だと気付き、慎重にマスクを外すナナシの姿を見て改めて自身の情けなさを感じた。

勝手に突っ込んでおいてこの有様。
弱い。
あれだけ痛感した自身の弱さを、このような力を得てしてもまだ感じてしまう。

情けなくて顔を地面に向けるシャデア。
おそらくナナシも怒っているはずだ。
そう思っていた。
しかし、ナナシはいつもの真っ黒な顔を遠くで狼狽える魔獣がいる方向に向けて言った。

 「あいつに撹乱が通じた。これであいつの出来る範囲に穴があるのも分かった。あとは倒すだけだ」

言ってからナナシはシャデアに手を差し伸べる。

「早く立て、さっさとあれを倒すぞ」

一体何を言っているのか、最初はシャデアも理解できなかった。
口の回復が終わったのか、シャデアは思っていた事を口に出してしまう。

「……私は足手まといです、こんな私を連れてもヤツを倒すのは…」
「確かに突っ込んだ時は馬鹿野郎とは思ったが、そんなお前でもあいつらを救ったんだ。その点に関しては俺でもできたかどうかだった」

ナナシは思い出す。
最初にシャデアが突っ込んだ後に、自身の『認識を変える』能力を使った。
死霊人グールとは最初、能力が通じなかったときのために戦う準備もしていた。

もし力を使ったのが死霊術師ネクロマンサーとやらにバレたら?
もしジャック・ザ・リッパーのような敵ではなかったら?
この数を相手してこの場で勝ち目など無い。
しかも相手は銃を持っている。
いかにシャデアの剣を避けれるナナシであろうと、無数の鉛玉を避けるのは不可能。
そう、この場所において、シャデアという常人を超えた存在があったからこそ、こちらに注意が向くこともなく、時間も稼いだおかげで十分にどこまで通用するかを試すことができた。
それは間違いなくシャデアの功績だ。
それだけは断言できた。

ここで地面に無様に倒れる精神がまだ幼い少女は、ナナシやお世話になっていた騎士団の全員を守った。
それが騎士のあるべき姿かはナナシには分からない。
だが、それでも言ってあげる言葉はあった。

「ここまでやったんだ、最後はお前があいつを倒せ、あそこにいるテラスもそう思っているかもしれん」
「…ナナシさん、テラスは来ていませんでした」
「…よし、あいつの倒し方を知ってそうなやつに聞くか」

ちょっとした決め台詞の締めを、なぜか邪魔されたような気がしたナナシ。
そのままシャデアの手をとって起き上がらせ、彼女が素で言った発言をスルーし、話を魔獣退治に変える。
腰に巻きつけてあった麻袋を外し、そこからゴロンと、ある人間の首を地面に転がす。

ジャックザリッパー、切り裂きジャックと名乗る魔獣の生首だ。
顔は少し爛れていたが、口に詰め物していたのが功を奏し、詰め物を外した瞬間息を吸って吐いてを繰り返す。
生首は苦しそうに唸りながら、仰向けになって2人を見上げる。

「…一体何事ですか?これって私への新たな試練ですか?」
「お前の同業者がやったんだ、詳細は知らんが、お前と同様に死ななくてな。どうやったらあれを止められる?」
「はぁ…ここからでは私の同業者が見えませんね。ちょっと持ってもらっても良いですか?」

ナナシはジャックの言う通りその髪を掴み上げ、魔獣のいる方へと顔を向けた。
感心したように『素晴らしい、これぞ死の完成系!これぞ神の御力!!』と宣ってたが、ナナシがブンブンと振ったら気持ちが悪くなったのかおとなしくなり、ブツブツとナナシたちに告げる。

「あぁ…あの人はわざわざここに玉石を持って来てますね。どおりであんな数の死体を従えているわけだ」
「玉石?」
「言うなれば我々の命みたいなものです」
「…おいちょっと待て、お前今なんて言った?」

平坦に驚きの発言をしたジャックにナナシは表情も変えられない顔で聞き返した。
内心、今までこの生首相手にやってきた事が無駄だと思いギクシャクと揺れ動く。
だがジャックは至って普通に語る。

「本来なら我らの神が預かって管理している物で、アレが壊れない限り私たちが滅ぶことはまず無いです。ですが、近くにあればあるほど魔獣である本体の私たちに莫大な力が送られます……ここまでは大丈夫ですか?」
「続けろ」
「あの玉石を持っているということは、私とは違って彼は死ぬリスクを背負いながら魔獣最大の力を発揮しているようですね」
「うん…で?」
「で?とは」
「どうして今のいままでそんな大切な情報を黙っていた、知ってる情報は全て吐けって何度も拷問したよな?」
「いや、なんか言いそびれまして…ははは」

 照れたように言いのけた生首。
ムカっとしたナナシは掴んでいた髪をぱっと離して地面に落とし、落ちてすぐにその頭を踏んづけた。
さっきと同じように苦しそうに呻くジャックを無視し、シャデアに顔を向ける。
シャデアはシャデアで、自身の中にその玉石が有るのではと体の至る所を触り始めた。

「ど、どこにあるのかな?」
「自分の心臓を探すな、やるなら終わってからだ」
「りょ、了解です…」

 自身の魔力の源を興味本位で探し始めるシャデアに注意し、それとは別に両の足しっかりと立つまでに傷が癒え、回復したことに呆れる。
ここまで元気なのはその『玉石』が原因だったかと、改めて人間じゃないのがわかる。
とにかく魔獣の不死性は分かった。
あとはどこにその玉石があるかだ。

「それと問題がもう一つ…」

ナナシは騎士団の方に目を向ける。
騎士団はもう直ぐにでもあの魔獣がいる場所に到達しそうだった。
あのガスで充満した場所に。
シャデアがあのガスに入った時にどうなったかは見ていたはずだが、今の彼らは煙から出たシャデアの姿を認識出来なくなっている。
何も無しにあそこにはいればそれこそ殺されるだろう。

殺人鬼がそう思ってしまうほど、あれが危険な代物だと理解している。
だからこそ、
早急に対処しなければならない。

「…ナナシさんの力で認識変えればいいんじゃないですか?」
「やっぱそうだな、本当に面倒だけど通じるんならやるしかないな」

シャデアの冷静な指摘に、能力を使う労力がうんたらと言っている場合ではないと判断し、しょうがなく『死ぬほど疲れる』全力を惜しみなく使う事にした。

魔獣を絶対に『殺す』ために。
内心、楽しみで笑う

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品