異界に迷った能力持ちの殺人鬼はそこで頑張ることにしました

鬼怒川 ますず

22話 殺人鬼vs殺人鬼➁

それは、ジゴズ騎士団が集会を開く前のことだった。


「き、貴様は変態か!?」

「これ見てそれ言うこたぁねえだろ」

とある宿屋、ナナシが借りた部屋に来たテラスは目の前の光景に驚きを隠せずにいた。

なぜなら、今テラスの目にはこの部屋を借りたガタイのいい男がどこかで見たことある少女に姿を変えたからだ。

何度も目を擦っても、その口から発せられる声を何度も聞き直しても、それはさっきまでの男には戻らなかった。

「え!? なに貴様!? まさか幻影の魔法を使えたりするのか!?」

テラスが、コローネに見た目も服装も認識によって変身させたナナシの姿をジロジロ眺めがなら周る。

これにはコローネの顔で不満顔を浮かべるナナシ。


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彼の能力は『認識を変える』ことだ。

それはすべての生物を騙せることだが、それが完璧というわけではない。

彼はこの『認識を変えて見た目を違う人に変える』能力に対して特に気を遣う。

日常生活で変身する分にはワケはないが、それが殺し以外の任務、特に諜報の仕事だったりすると絶対にばれてはいけない。

そのため、彼は標的の近しい人間に化けなければいけない。

認識を変えるのだから簡単だと思うが、先に言った通り『絶対にばれてはいけない』ことが条件だ。

少しでも疑問に持たれてはいけない。

そして必ず情報を抜き出す。

手を握られた際に一瞬でも疑われるのも彼の中ではNGとなっている。


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そう考えてしまうため、顔のない殺人鬼は結構めんどくさい性格のやつだった。
ナナシ自身も自覚はあるが、こればかりは仕事肌で過敏になっている。


姿はもちろんだが、服装や変身する人間の仕草などを完璧にコピーして相手の認識を操作しなければいけない。
もちろんそれだけではない。

それは触感。
それは臭い。
それは髪の質。
背の高さや身体的特徴。
声の高さ低さ。
さらには顔の位置など。


標的ですら知らない情報を持ってこそこの能力は真の力を発揮した。
だがそれを知るには、本人の身体をくまなく触ったりして調べなければならない。

前の職業を『演者をやっていた時に勉強でやってみたら出来た』とテラスに言った後に今見せている能力について話す。
するとテラスは剣の塚に手をかけてナナシに冷たい眼差しを向ける。

「貴様…そうだとしたらその姿の少女の身体をくまなく触ったことになるが何か弁明はないか?」

「オイオイ、俺は交渉して触らせてもらったんだ。もちろんこの魔獣討伐が終われば姿を借りたお嬢ちゃんに報酬も払うつもりだよ」

「そういう問題ではないだろう! やっぱり変態ではないか!!」


ついに抜刀して斬りかかろうとしてくるテラスだったが、見た目が変わっただけで背丈や腕のリーチなどは変わってないので、片腕を伸ばして弄んであげる。

まずは右手をチョップ。
見た目は少女が遠くで腕を上下運動する姿だが、実際はテラスの剣を持つ手を叩いていた。
急に痛む腕に驚き剣から手を離すテラスに、今度は一歩だけ近づいてジャブをテラスの肩に当てる。

これもテラスの目にはリーチが違うように見えて実際は当たっている。

認識が違っているので遠くからの攻撃に痛がるテラス。
その反応に心躍る………まんざらでもない感じのナナシ。


「ちょ!! 痛い痛い!! なんで触れてもないのに当たってるんだ!?」

「アホか、認識変えただけで本体は元の成人男性に決まってんだろ。見た目で判断すんなよ」

「見た目を変えてる者が言う台詞ではないだろう!」


そう茶化しながら、ナナシはコローネの姿のまま魔獣殺しの準備を進める。
これはこれで楽しい、そして何よりもテラスの緊張感はこれで一気にほぐれたはずだ。
さっきまで神妙な顔をしていたテラスも、目の前の不純なナナシに冷たい目で見ている。
これはこれで背後から斬りかかってきそうだが。


「仕事がらこういったことは初めてじゃないし。それに子供の裸見たくらいで俺は興奮なんざしねぇよ」

「でも貴様はその少女の身体に触ったんだろ?」

「もう止めようぜこの話、いちいちお前に斬られたら埒があかない」

とりあえずテラスを制してからさっきの事を思い出す。
コローネに身体を触らせてもらったのは今考えると失礼なことだと思うが、そうしなければ敵討ちにはならない。

相手は魔獣、いくら殺しが下手くそでも殺人鬼であるナナシですら相手がどの程度強いのかはっきりと分からない。
もしかしたら魔獣に返り討ちもあり得る。

そのため最初は子供に扮して近づいてきたら奇襲しようと考えたわけだ。
殺人鬼の思考を熟知していたナナシは、相手が自分より弱い者なら襲うと考え、さらに逃した相手なら確実に仕留めたいと思うだろうと予測をつけておいた。


それがコローネに扮した理由だ。

交渉はナナシにとっても厳しいものだった。
眠らせて触る仕事の要領でも良かったのだが、相手は小さい女の子だ。無理矢理触っては殺人鬼の名に傷がつく。そこはプライドが許さない。
そのため、ナナシはこれが終わったらなんでもするとコローネに頼んだのだ。

実際にコローネはそれを受け入れ、ナナシにある約束事をお願いしたのだ。
それは、デザールハザール王国の隣国にあるオータニア国まで一緒について行って欲しいと言う頼みだった。
ナナシにとって旅は不慣れだがそれで良いと言うのであればと思ってコローネに誓った。
そうしてお互いに交渉が成立して現在に至るわけだ。


コローネに瓜二つに認識を変えたナナシは得物であるナイフの切れ味を確認しながらテラスに最後の確認をする。

「いいか、お前は最後に出てくるんだぞ。絶対に途中で出てくんなよ」

「貴様に言われるまでもない。殺したら首級をあげ、魔獣に懸けられた賞金も全部貴様にやる。私にはそんなもんいらないからな」


横目でテラスにキツく言うナナシに、いつも通りと言った風に上からの口調で答えるテラス。
彼もまた剣を抜いて問題がないか何度も確認していた。

やがて時間は過ぎ、深夜になった頃に二人はお互いに宿屋から抜け出しフェルド街に出た。

そしてナナシはコローネの真似をしてバスケットを持って路地裏をうろつき。
テラスはその近くでひっそりと後を付けていた。

そして、思った通り魔獣がコローネに近づき話しかけてくる。





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魔獣、ジャック・ザ・リッパーの顔を真っ二つに斬り、一旦離れたコローネの姿をしたナナシは、コローネの姿に見せる認識の能力を解き、倒れているジャック・ザ・リッパーにナイフを向けて構える。

「伝説の殺人鬼がまさかこんな雑魚だったとはな。しかも神様を信じてるときたか」

「そぞぞぞぞっぞそっぞそそそれのな"に"が"わ"る"い"ーーー!! 神は絶対に"悪を許ざない"ーッ!!」

「人殺す人間が言っていいセリフと悪いセリフってのを考えろ」


そう言ってナナシはジャック・ザ・リッパーに接近する。自ら近づいてくる人間に対してジャック・ザ・リッパーは腹部を不自然に膨らませると、バンッとコートが破けて中から複数の凶器を持った手が触手のように伸び出してくる。

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"アーーーー!」


ジャックは大きく叫ぶと縦横無尽に手を操りナナシに向かって凶器の刃を向ける。
狭い路地裏で、しっちゃかめっちゃかに腕を広げて隙がないように。
だが凶刃は、一つもナナシに当たるどころかカスリもしなかった。

「ア"ア"ア"…………あレ?」

一瞬何が起こったのかわからなかったが、ジャック・ザ・リッパーは自分の触手が斬られていることにようやく気づいき、その時にはもう目の前に男はいなかった。

「どこ行ったのよ!?」

バッと辺りを見回すが男の姿はなかった。
さすがのジャックも焦りを感じて魔獣の姿に変えようとするが、その一歩前で耳元に囁いた声が終わりを告げる。

「神に祈っとけ」

自分の背後から聞こえた声にジャックは振り向くが、そこには既に背を向けて帰ろうとするナナシの姿があるだけだ。
そして、振り向いてようやく気付いた。
自分が首だけ切り落とされていたことに。

「……………………………………あ、あれ?」

ジャックは落ちる頭から自分の体があった場所を見る。
そこには細切れに切り刻まれた、自分の身体だった肉片が山のように積んであっただけだった。

それを知り、最後に地面に落ちる前にようやく気付いた。

-まだ、自分のこと言ってなかったな………と。





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