世の中凡人を探す方が難しい

青キング

まやの過去

 「ただいまー」
 自分の家の玄関で靴を揃える。
 「まやお帰り。どこ行ってたの?」
 「う~ん・・・・・・ひみつぅー」
 お母さんはまたリビングに歩いていく。
 私も追いかける。
 ローテーブルに正座して、テーブル上にあるテレビのリモコンを手に取り電源ボタンを押す。
 楽しみでたまらないからか一つのボタンを連打する。
 「まだ早いわよ」
 キッチンで料理しながらお母さんは話をしてる。
 「今日はまやの誕生日だからお父さんも素晴らしい投球をしてくれるわよ」
 「うん!」
 六時になるのがとにかく待ち遠しかった。
 「まだかなーまだかなー」
 壁にかけられた時計を覗くと、針は五時四十分を示している。
 窓の外もすっかり夕暮れ時。
 「私も六時までに作り終わらないと」
 お母さんの姿を眺めるといつもより忙しそうにご飯の用意をしている。
そして二十分経過。
 中継のカメラがマウンドを映すとそこには投球練習をするお父さんの姿がはっきりとある。
 いつもとは覇気が違う。
 「もう始まってるじゃない!」
 夕飯の仕度を終えたお母さんがローテーブルに急いで座る。
 相手チームの打者をどんどん抑えていく。
 やっぱりお父さんはカッコいい!
 お母さんと一緒に目を見張ってお父さんの姿をテレビ越しだけど見守る。
 「九回ツーアウト、ここまでランナーを出さずに完璧なピッチングをしてきた室井投手むろいに京都ファルコンズ代打の安久あく選手を使います。室井選手との対戦成績は通算四割。静かにバッターボックスに入ります」
 固唾を飲んで見守る。
 「投げた! 安久選手の打球良い軌道を描いている! スタンドまで届くか届くか・・・・・・レフトつかんだあー! 少し届きませんでしたぁゲームセット。室井投手完全試合!」
 ・・・・・・ え? 完全試合?
 すぐに状況が飲み込めなかった。
 「まやぁー! お父さんが、グスッ、 まやのために完全試合を、グスッ」
 お母さんは嬉しすぎて号泣しはじめる。
 私も嬉しすぎて言葉が見つからないのだ。
 「お父さんはやっぱり私の・・・・・・ヒーローだ」

 それから三ヶ月。時期的にはキャンプが行われている頃だった。
 お父さんは肘の靭帯を断裂してしまい、そのシーズンは出場無しに終わった。
 次のシーズン 復帰するも怪我前の投球が取り戻せず成績低迷。
 そして翌年はさらに成績が落ちて、シーズン終了後には戦力外通告を言い渡され引退をやむおえなくなった。
 その後のお父さんはすさんでいた。
 以前はやっていなかったパチンコや飲酒ばかりの生活。
 その時私は十一歳。小学五年生だった。
 「お母さんと一緒に逃げましょう。もう耐えられない!」
 ある夏の日の早朝。
 お母さんは意味不明なことを言っていた。
 「耐えられないって?」
 「知らないわよね・・・・・・まぁ良いわ。お母さんと一緒に逃げましょうまや!」
 涙目になりながら私を説得しようとする。
 「時間がないの急ぐわよ!」
 たまった涙を服の袖で拭き取り、私の腕をつかんで力任せに引っ張ってくる。
 痛いよお母さん。
 そしてお母さんに言われるがままにリュックに服や教科書などの大事なものを詰め込み、車に乗せられた。
 そして車は家からどんどん離れていく。
 地元を抜けて、車はどんどん進んでいく。
 お母さんの運転した車はとある一つのマンションの駐車場で停止した。
 ずっと景色を見ていた私にお母さんの口から驚愕の台詞が言い放たれる。
 「今日からここがまやと私の家よ」
 それは引っ越しなんていうものじゃなかった。
 お母さんは悪魔みたいに二やついてるし顔はアザだらけ、腕にも切り傷の跡がところどころにあり、お母さんがなにを耐えてきたのかようやく気づいた。
 お父さんからの無慈悲な暴行だと。
 その時の私はお母さんを見つめることしかできなかった。     
 

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