Twins ・Corridor
最終話:真相③
「中弥……?」
その呟きは小子のものだった。彼女の顔は驚愕する反面、口元が笑っている。
振り上げたままの鉈は指をすり抜け、カランと音を立てて床に落ちた。
「そうだよ小子。僕だ、中弥だ」
「! 中弥ぁあ……!」
小子が中弥に抱きつき、中弥も優しく少女を抱きとめた。何が起きているのか理解できない。
突然中弥が現れ、そして、嫌いなはずの小子を抱きしめ返しているのだから。
「中弥ぁ……会いたかったわぁ……」
「ごめんよ小子。兄貴を探しててね……」
「そっかぁ……えへへへへへ。これからはずっと一緒だよね? ねぇ? ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ?」
狂ったように小子は何度も問いかける。中弥はそんな彼女に苦笑を1つくれてやり、小子の頭をそっと撫でた。
「……あぁ、ずっと一緒だ」
俺にはありえない台詞を、奴は優しく口にした。その刹那――小子の体の傷が癒えた。白い光に彼女は包まれ、目に光が戻る。
「ほん、と……? 嬉しい……。中弥……ありが――とう……」
途切れ途切れの小子の言葉は、彼女の体と共に消え去ってしまう。
白い光へと還った小子は、そのまま天井を抜けて淡く消えていった。
「…………」
改まって、中弥が俺を見る。その瞳には少し、怒りが見えた。俺が自分の言葉を曲げたせいだろうか……俺はその様子に少し驚き、1歩下がる。
「……小子は成仏したよ。彼女の未練は、僕と一緒に居ることだった。高校で別々になったこの僕とね。一緒に居てあげると言えば、それだけで彼女は満たされたんだ」
滔々と冷たい声で説明をする中弥は眉ひとつ動かさず俺を見つめる。蛇に睨まれたカエルのように、俺は動けなかった。
だって、どんな言葉をかければいいのかわからないんだから……。
「……兄貴」
中弥が寂しそうな顔をして俺を見つめる。何を言ってくるのかわからず、俺は身を縮めてしまう。
しかし、中弥の口から出たのは、ポツポツとした、俺がここにきた経緯だった。
「あの事件から1年が経って……兄貴は今日この日、僕と兄貴の誕生日に、僕の墓参りに来たんだ。そして、僕は君と会いたくて霊界の入り口に君を招いた。そうしたら何故か、僕らがよく遊んだ公園に場所が移り変わった。今思えば、記憶を落としたからなんだろうね。予想外だったよ、ほんと……」
それを笑い話のつもりで話しているのだろうが、彼の顔に浮かぶ苦笑には多少の悲しみが含まれていた。彼の言葉の中から俺は1つ疑問に思い、尋ねる。
「……なんで、俺に会おうと?」
「……簡単な理由だよ。兄貴は来年、大学受験じゃないか。兄貴の頭なら良い大学に入れる。なのに、いつまでもくよくよされてても、弟の僕が迷惑! それを伝えたかった」
「っ……」
俺の心に衝撃を与える言葉だった。コイツは、死んでからも俺の事を気に掛けてくれてたのか……?
「……って、僕が言えた義理じゃないけどね。もっと早く兄貴に小子の事をちゃんと伝えて解決させていれば、こんな事にはならなかった」
「でも……俺が聞いたって、解決できたかなんて……」
「……そうだね。兄貴がいて、解決できる保証はどこにもなかった。逆に兄貴まで死んでた可能性もある。……いや、過去の事を話すのはよそうか」
「…………」
話を切り、中弥はズボンのポケットに手を入れた。その中から取り出されたのは、縦長の黒い箱だった。
「……そして、呼んだ理由はもう1つある」
1歩、2歩と中弥は俺の元へ歩み寄ってきた。手を伸ばせば届く距離まで――。
「皮肉にも、今日は誕生日だ。1年間お預けだった誕生日プレゼント、貰ってくれ」
優しく笑いかけながら、彼は俺の右手を取って黒いケースを俺の手のひらに収めた。手が離されると、俺は黒いケースを見つめた。
これは中弥の遺品で見たことがある。中に入ってるのは、確か――
「――万年筆」
「うん。カートリッジ式で、カートリッジを変えれば何度でも使えるやつ。文系って何がいるのかわからなくてさ、いらなかったらごめんね?」
「いや……十分だよ……」
2度と受け取ることのできない誕生日プレゼントを受け取ることができた。それだけで俺は十分だった。
俺にはこれから何度も文字を書く機会があるんだ。万年筆が使えないなんて事はない。
でも……
俺の渡そうとしていた関数電卓は、もう中弥にとってガラクタでしかないんだ。
それでも、中弥は喜んでもらえるだろうか……。
「兄貴」
不意に俺の事を呼ばれた。
目の前にいる中弥はいつものように優しく笑っていて、それでいてどこか悠然としていた。彼の笑った口元から言葉が呟かれる。
「約束を果たそう――」
「…………」
俺の迷いを吹っ切る一言だった。
そうだ、そうだよな。
どんなものであってもプレゼントは渡すしかない。
これが最後のチャンスなのだから。
俺は関数電卓を取り出した。
「中弥。これは俺からだ」
「…………」
弟は何も言わずにパッケージに入った電卓を受け取った。その表情に悲しみなど少しもない。
「……ありがとう」
屈託のない笑みで笑う中弥に、俺もつられて笑った。1年越しの誕生日プレゼント。こんなに……深く、嬉しいプレゼントは今までになかった。
ありがとう、その一言が聞けただけで俺も満足だ。
「これで僕も……」
「! 中弥、お前……」
――透けてるぞ。
異様な光景に目を疑う。目の前の少年も小子のように消えそうになっていたのだから。
「僕の未練は“兄貴との約束を果たすこと”。その未練が無くなった今、僕も成仏するよ……」
「……なんで。まだ話すことがあるだろ! 1年間、お前と話せなくて話す事がたくさんあるんだ! それに、お前だって母さんや父さんと話すことがあるだろ!?」
「……止めても無駄だよ。未練は達成された。僕はどうしたって成仏する」
「そんな……」
成仏したら、それで本当に終わりだ。霊でもなんでもいい、せっかく再会できた弟なのに……。
「兄貴、それがダメなんだよ」
「……え?」
急なダメ出しに俺は理解が追いつかず、小首を傾げた。すると中弥はその消え掛かった腕で俺の両肩を持ち、無理やり反対側を向かせ、俺の背中を突き飛ばした。
「うわっ……!」
振り向かされた先には何もなくて、もはや中弥の部屋ではなく、一面白い場所に立っていた。
後ろを振り返れば中弥がいる。俺たち2つの影だけがこの世界に存在していた。
「兄貴は僕達の死によって活力がなくなってしまった。僕は以前の兄貴に戻って欲しい。――再生して、兄貴。君はまだ生きてるんだから、死んだように歩くべきじゃない」
「……。……はっ」
自分を嘲笑するように笑った。なるほど、消えかけの弟にそこまで言われたら、な。
……俺も頑張らないと――。
「……そっちは出口に繋がってる。行って、兄貴」
「……ああ。心配かけたな、中弥」
ダサい兄貴のままで弟を成仏させられない。ここまで背中を押されて立ち直らないわけにはいかないな。
俺は歩き出す。先の見えぬ出口に向かって。この場所に来てプレゼント交換の約束を果たし、俺の後悔も払拭された。ここまでの事を俺にするために、中弥は俺を呼んだんだ。まったく……出来すぎた弟だ。
「ありがとう、中弥。お前が弟だった事、誇りに思うよ――」
その言葉を残し、俺は光に包まれるのだった――。
◇
眼が覚めると、俺は墓に寄りかかって倒れていた。それから自分の持ち物や服装を確認するが、中弥に貰った万年筆は制服のポケットに入っていた。小子に斬られた携帯は元通りになっていて助かった。
家に帰ると、俺と中弥の誕生日を家族に祝われた。俺のテンションが変わってると家族に指摘されると、あの貴重な体験の事を口にした。親は半分納得しながらも、真面目に聞いてくれた。
誕生日は毎年やってくる。俺はその度に中弥の事を思い出すだろう。双子の弟の死だ、思い出すのは辛い。けれど、もう情けない姿は見せないさ。
そうそう、俺の将来の夢が決まったんだ。俺みたいな人生を歩む子が居なくなるように、子供の心を理解できるような、そして、ケアできるような人間になる。そのために、心理学を専攻する事にした。
今俺が歩む道が正しいか決めつけられる人はいない。でもこれが歩む道なんだって、そう思うんだ――。
◇
それは大樹が現世に帰った時の事――。
「誇りに思う、か……」
中弥は1人、ポツリと呟いた。完全に消えるにはまだ時間があるようで、小子のようにはいかないらしい。それは悪霊と通常の霊の違いか、はたまた性格の差異故かは知る由もない。
ただ消える事実は変わらない。中弥は消えるまでのほんの僅かな間、自らが歩んだ人生を走馬灯のように思い返していた。
(幼い頃はたくさん振り回された……。中学に上がってからは普通の友達のように接して、僕にとってはいつも頼れる兄貴だった。……僕の方こそ、誇りに思うよ――)
「ありがとう、兄貴。良い人生を歩んでくれ……」
少年は優しく笑うとともに、静かに空へと還っていった――。
その呟きは小子のものだった。彼女の顔は驚愕する反面、口元が笑っている。
振り上げたままの鉈は指をすり抜け、カランと音を立てて床に落ちた。
「そうだよ小子。僕だ、中弥だ」
「! 中弥ぁあ……!」
小子が中弥に抱きつき、中弥も優しく少女を抱きとめた。何が起きているのか理解できない。
突然中弥が現れ、そして、嫌いなはずの小子を抱きしめ返しているのだから。
「中弥ぁ……会いたかったわぁ……」
「ごめんよ小子。兄貴を探しててね……」
「そっかぁ……えへへへへへ。これからはずっと一緒だよね? ねぇ? ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ?」
狂ったように小子は何度も問いかける。中弥はそんな彼女に苦笑を1つくれてやり、小子の頭をそっと撫でた。
「……あぁ、ずっと一緒だ」
俺にはありえない台詞を、奴は優しく口にした。その刹那――小子の体の傷が癒えた。白い光に彼女は包まれ、目に光が戻る。
「ほん、と……? 嬉しい……。中弥……ありが――とう……」
途切れ途切れの小子の言葉は、彼女の体と共に消え去ってしまう。
白い光へと還った小子は、そのまま天井を抜けて淡く消えていった。
「…………」
改まって、中弥が俺を見る。その瞳には少し、怒りが見えた。俺が自分の言葉を曲げたせいだろうか……俺はその様子に少し驚き、1歩下がる。
「……小子は成仏したよ。彼女の未練は、僕と一緒に居ることだった。高校で別々になったこの僕とね。一緒に居てあげると言えば、それだけで彼女は満たされたんだ」
滔々と冷たい声で説明をする中弥は眉ひとつ動かさず俺を見つめる。蛇に睨まれたカエルのように、俺は動けなかった。
だって、どんな言葉をかければいいのかわからないんだから……。
「……兄貴」
中弥が寂しそうな顔をして俺を見つめる。何を言ってくるのかわからず、俺は身を縮めてしまう。
しかし、中弥の口から出たのは、ポツポツとした、俺がここにきた経緯だった。
「あの事件から1年が経って……兄貴は今日この日、僕と兄貴の誕生日に、僕の墓参りに来たんだ。そして、僕は君と会いたくて霊界の入り口に君を招いた。そうしたら何故か、僕らがよく遊んだ公園に場所が移り変わった。今思えば、記憶を落としたからなんだろうね。予想外だったよ、ほんと……」
それを笑い話のつもりで話しているのだろうが、彼の顔に浮かぶ苦笑には多少の悲しみが含まれていた。彼の言葉の中から俺は1つ疑問に思い、尋ねる。
「……なんで、俺に会おうと?」
「……簡単な理由だよ。兄貴は来年、大学受験じゃないか。兄貴の頭なら良い大学に入れる。なのに、いつまでもくよくよされてても、弟の僕が迷惑! それを伝えたかった」
「っ……」
俺の心に衝撃を与える言葉だった。コイツは、死んでからも俺の事を気に掛けてくれてたのか……?
「……って、僕が言えた義理じゃないけどね。もっと早く兄貴に小子の事をちゃんと伝えて解決させていれば、こんな事にはならなかった」
「でも……俺が聞いたって、解決できたかなんて……」
「……そうだね。兄貴がいて、解決できる保証はどこにもなかった。逆に兄貴まで死んでた可能性もある。……いや、過去の事を話すのはよそうか」
「…………」
話を切り、中弥はズボンのポケットに手を入れた。その中から取り出されたのは、縦長の黒い箱だった。
「……そして、呼んだ理由はもう1つある」
1歩、2歩と中弥は俺の元へ歩み寄ってきた。手を伸ばせば届く距離まで――。
「皮肉にも、今日は誕生日だ。1年間お預けだった誕生日プレゼント、貰ってくれ」
優しく笑いかけながら、彼は俺の右手を取って黒いケースを俺の手のひらに収めた。手が離されると、俺は黒いケースを見つめた。
これは中弥の遺品で見たことがある。中に入ってるのは、確か――
「――万年筆」
「うん。カートリッジ式で、カートリッジを変えれば何度でも使えるやつ。文系って何がいるのかわからなくてさ、いらなかったらごめんね?」
「いや……十分だよ……」
2度と受け取ることのできない誕生日プレゼントを受け取ることができた。それだけで俺は十分だった。
俺にはこれから何度も文字を書く機会があるんだ。万年筆が使えないなんて事はない。
でも……
俺の渡そうとしていた関数電卓は、もう中弥にとってガラクタでしかないんだ。
それでも、中弥は喜んでもらえるだろうか……。
「兄貴」
不意に俺の事を呼ばれた。
目の前にいる中弥はいつものように優しく笑っていて、それでいてどこか悠然としていた。彼の笑った口元から言葉が呟かれる。
「約束を果たそう――」
「…………」
俺の迷いを吹っ切る一言だった。
そうだ、そうだよな。
どんなものであってもプレゼントは渡すしかない。
これが最後のチャンスなのだから。
俺は関数電卓を取り出した。
「中弥。これは俺からだ」
「…………」
弟は何も言わずにパッケージに入った電卓を受け取った。その表情に悲しみなど少しもない。
「……ありがとう」
屈託のない笑みで笑う中弥に、俺もつられて笑った。1年越しの誕生日プレゼント。こんなに……深く、嬉しいプレゼントは今までになかった。
ありがとう、その一言が聞けただけで俺も満足だ。
「これで僕も……」
「! 中弥、お前……」
――透けてるぞ。
異様な光景に目を疑う。目の前の少年も小子のように消えそうになっていたのだから。
「僕の未練は“兄貴との約束を果たすこと”。その未練が無くなった今、僕も成仏するよ……」
「……なんで。まだ話すことがあるだろ! 1年間、お前と話せなくて話す事がたくさんあるんだ! それに、お前だって母さんや父さんと話すことがあるだろ!?」
「……止めても無駄だよ。未練は達成された。僕はどうしたって成仏する」
「そんな……」
成仏したら、それで本当に終わりだ。霊でもなんでもいい、せっかく再会できた弟なのに……。
「兄貴、それがダメなんだよ」
「……え?」
急なダメ出しに俺は理解が追いつかず、小首を傾げた。すると中弥はその消え掛かった腕で俺の両肩を持ち、無理やり反対側を向かせ、俺の背中を突き飛ばした。
「うわっ……!」
振り向かされた先には何もなくて、もはや中弥の部屋ではなく、一面白い場所に立っていた。
後ろを振り返れば中弥がいる。俺たち2つの影だけがこの世界に存在していた。
「兄貴は僕達の死によって活力がなくなってしまった。僕は以前の兄貴に戻って欲しい。――再生して、兄貴。君はまだ生きてるんだから、死んだように歩くべきじゃない」
「……。……はっ」
自分を嘲笑するように笑った。なるほど、消えかけの弟にそこまで言われたら、な。
……俺も頑張らないと――。
「……そっちは出口に繋がってる。行って、兄貴」
「……ああ。心配かけたな、中弥」
ダサい兄貴のままで弟を成仏させられない。ここまで背中を押されて立ち直らないわけにはいかないな。
俺は歩き出す。先の見えぬ出口に向かって。この場所に来てプレゼント交換の約束を果たし、俺の後悔も払拭された。ここまでの事を俺にするために、中弥は俺を呼んだんだ。まったく……出来すぎた弟だ。
「ありがとう、中弥。お前が弟だった事、誇りに思うよ――」
その言葉を残し、俺は光に包まれるのだった――。
◇
眼が覚めると、俺は墓に寄りかかって倒れていた。それから自分の持ち物や服装を確認するが、中弥に貰った万年筆は制服のポケットに入っていた。小子に斬られた携帯は元通りになっていて助かった。
家に帰ると、俺と中弥の誕生日を家族に祝われた。俺のテンションが変わってると家族に指摘されると、あの貴重な体験の事を口にした。親は半分納得しながらも、真面目に聞いてくれた。
誕生日は毎年やってくる。俺はその度に中弥の事を思い出すだろう。双子の弟の死だ、思い出すのは辛い。けれど、もう情けない姿は見せないさ。
そうそう、俺の将来の夢が決まったんだ。俺みたいな人生を歩む子が居なくなるように、子供の心を理解できるような、そして、ケアできるような人間になる。そのために、心理学を専攻する事にした。
今俺が歩む道が正しいか決めつけられる人はいない。でもこれが歩む道なんだって、そう思うんだ――。
◇
それは大樹が現世に帰った時の事――。
「誇りに思う、か……」
中弥は1人、ポツリと呟いた。完全に消えるにはまだ時間があるようで、小子のようにはいかないらしい。それは悪霊と通常の霊の違いか、はたまた性格の差異故かは知る由もない。
ただ消える事実は変わらない。中弥は消えるまでのほんの僅かな間、自らが歩んだ人生を走馬灯のように思い返していた。
(幼い頃はたくさん振り回された……。中学に上がってからは普通の友達のように接して、僕にとってはいつも頼れる兄貴だった。……僕の方こそ、誇りに思うよ――)
「ありがとう、兄貴。良い人生を歩んでくれ……」
少年は優しく笑うとともに、静かに空へと還っていった――。
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