Twins ・Corridor

川島晴斗

第一話:公園①

 静かな部屋だった。何もかもが止まっていて、窓から差し込む陽の光が揺らぐばかり。静寂に包まれたの部屋の傍らに、2つの死体が重なるように倒れている――。

 俺は血でできた小さな湖に近づくこともなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。死体――下側にある男の視線は俺の方を向き、その口についた血を拭って今にも何かを語りだしそうだった。重なる女の死体は男に倒れこむような形になっており、着ているブラウスは赤く滲んでいた。

 気持ち悪い――そう感じることが当然なのに、吐き気は起きなかった。多大な喪失感が頭を真っ白に塗り潰し、様々な感情を平伏させている。

 ――サイレンの音が聴こえる。
 きっと、親が通報したのだろう。
 でも動く気になれない。

 ふと、凶器の包丁が目についた。赤い水が付着し、周りには赤い液体が点々と着いている。

 死がすぐ近くにある。それは死神の手招きにも思えた。

 止まった時間が動き出す。靴下のまま、常温になった血の道を踏み、包丁を拾う。









 何故だろう。

 どうして俺はあの時死ねなかったのだろう。

 それだけをずっと、悔やみ続けた――。



 ◇



 ………………。
 …………。

「…………?」

 意識が浮上し、瞼を開く。ゆっくりと開いた瞳には満月の月が映っていた。体を起こして周りを見渡せば、どこかの公園だ。
 四方30mといったところか、トイレ、砂場、ブランコ、滑り台がそれぞれ公園のすみに置かれている。それ以外にはベンチが4つ、木が公園を囲う塀のように立っているだけだった。夜だから当然ではあるが、遊んでいる子どもなんていない。

「何でこんな所に……」

 不思議に思い、首をかしげる。酔っ払って公園で寝てた――なんて事はないはずだ。そもそも俺は未成年……

「……あれ?」

 自分が未成年かどうかわからなかった。それだけじゃない、記憶が全くなかった。自分が誰でどこの生まれで、どんな人生を送ってきたのかまるで思い出せない。

「記憶喪失かよ……」

 溜息を吐きながらそう呟いた。落胆するも、いろいろな単語やその意味を理解できているだけマシと言える。

 しかし、ここから俺はどうすればいいのだろう。交番に行って助けを乞う……しかないか。

「その前に、自分の顔ぐらいは見ておくか」

 自分が男という事は声や体の感じでわかるが、どんな顔をしているかわからない。俺は重い足取りでトイレに向かうのだった。

 男性用の小便器がある小さい個室の扉を開く。
 中に入って電気をつけた。

「……つかねぇ」

 しかし、スイッチを入れても電気はつかない。仕方なしに、大きい方用の個室へ入る。パチンとスイッチを切り替えると、こちらは少し点滅しながらついた。念のために扉を閉め、鍵を掛けて鏡を見る。

 鏡に映った男は、あからさまに不健康そうな男だった。目つきは悪いが、目元のくまのせいでさらに悪い。髪型は寝起きのせいかクシャクシャで汚い。鼻の形と歯並びがいいのは嬉しいことだ。

 服は白いポロシャツにスラックスを履いている。靴はスニーカーだから、社会人よりも学生の可能性が高い。

「学生なら……」

 生徒手帳を持ってるはず――そう思ったが、ポケットに手を突っ込んでもそれらしいものは見つからない。今時の学生が生徒手帳を持ち歩いているかというそもそもの疑問に帰着する。
 だが幸いにもスマートフォンを発見した。パスワードがわからん。…………。

「……はーっ、わけわからん。とにかく自分の手掛かりぐらいないと、警察も俺の扱いが大変だよなー……」

 学生服のままならどこかにスクールバックがあるはず。それを探すしかないだろう。

「……よし、探すか」

 トイレにいても仕方がない、俺は再びドアの方を向いた――


 ――パリンッ!

「!?」

 突如聞こえた音に、再び振り返る。洗面台を見れば、取り付けられた鏡が割れていた。バラバラになった破片が床に散らばり、飛散している。

「なっ、なん……」

 衝撃に肩が震える。

 割れたのは偶然――? 

 それとも仕掛けられていた――?


 ドンドンドンドンッ!!

「うおっ!?」

 また背後より物音がした。
 ノックとは言えぬ、トイレの扉を強打する音。


 ドンドンドンドンッ!!

 鳴り止まず、何度もノックは繰り返される。ガチャガチャとドアノブも何度も回される。

 恐怖のあまり、俺は尻もちをついた。腰が抜けるというのはこういうことだろう。手のひらに破片が刺さり、血が滲む。ノックの音、ドアノブの音は鳴り止まない。耳に煩い騒音が精神を犯し、俺の鼓動を速める――。

 ガチャガチャドンドンドンドンッガチャガチャガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンガチャガチャ――

















 カチャッ。



 鍵が解けたその音に、俺の呼吸は一瞬止まった――。

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