学校一のオタクは死神でした。
第75話 幻想横丁
*第75話 幻想横丁*
_______京都___
季節は夏。紅葉には早すぎるこの季節。
その為か、観光客はテレビで見るようなごった返しでは無く、日時の重なった修学旅行中の学生がちらほら。季節とは関係なく観光に来た人がちらほら見渡せる。
「いくでやんすよ…」
「ウホッ…」
ゴクリと生唾を飲み込み、せーのと息を合わせ2人で握った錫杖を持ち上げる。
ふぬぅ〜!!と唸りながら辛うじて持ち上げているが、顔は真っ赤になり、本のわずかしか、地から浮いていない。
長さ約2.6m、重さ約97kg。
武蔵坊弁慶の錫杖である。
流石はゴリラと言ったところか、錫杖を持ち上げている力の八割は巨里である。
なんと言うか、ゴリラとイヤミと言うより、段々、ジャ〇アンとスネ〇に見えてきた…
約1時間と30分設けられた清水寺の散策。
新は、何となくこの2人と行動を共にしていた。
肩を上下に揺らしながら、疲れたと大きく息を吐く二人を横目で見ながら、新は仏の顔を見つめる。
人間の創造したものとはいえ、なかなかの出来栄えであると感心するなか、死神である自分がその偶像に感心するのはどうなのかと首を捻る。
「ウホッ…何とか持ち上がったウホッ…」
「そうでやんすね…」
「神藤は持ち上げないウホッ?」
「ん?俺か?」
と新は自分を指さしながら疑問に疑問で返す。
「そうでやんす。折角だから、持ち上げてみるでやんす。」
「少しはオタク以外のことにも目を向けるでウホッ。」
もし良けれは自分たちも持ち上げているのを手伝うと付け足した。
「ふむ……」
新は武蔵坊弁慶の錫杖のそれに近づき、その周りを、ぐるりと一周し観察した後、片手であっさりとそれ引き抜いた。
「「ふぁっ!?」」
「まぁ、こんなもんか…」
と少し期待外れといった表情を浮かべながら立ち去る。その後、二人の驚きの声が木霊した。
* * *
場所が変わり、清水寺に続く道に連なる土産物屋。
先程のゴリラとイヤミとは別れ、1人で行動していた。
外からでも様々な品が目に入るなか、新は1軒の土産物屋へ入ると、そこに陳列する食器に目を引かれた。
美しい焼き物である。量産型のお土産商品とは明らかに別物で、独特な模様がなんとも言えない味を引き出している。それは食器というより焼き物だ。
そんな褒め言葉が頭の中で交差するが、その焼き物がよく見慣れたもので新は微かに笑をこぼす。
その食器の側に風呂敷を首に巻いた豆柴のぬいぐるみが目に入ったが、敢えて見なかったことにした。
日本っていいな〜などとは決して考えたりはしてない。
「お?お兄さん、それ気になるんかえ?」
と店から若い女性の店員が二パッと笑いながら話しかけてきた。
「ん?ああ、そういえば最近1度に使う食器が増えてな。この際に買ってしまおうかと思って見ていたんだが…」
「それなら丁度よすな。お兄さんはツイてるわ〜。この食器はな〜、有名な職人さんが作った物でな、売れ行きがすごくてぇ、品切らしてたんけどな?今日、たまたま入荷できたんよ〜。」
「ああ、“閑楽付喪”の焼き物だろ?家でも使ってるよ。」
“閑楽付喪”。それが、付喪神である付喪のフルネームである。彼は焼物界でも名だたる職人でありながら、他の焼き物と比べるとその値は安く、家庭でも親しまれやすいことで有名だ。
因みに、新の家で使っている食器の大半が彼が作ったものである。
「おお〜っ!!お兄さんよく知っとるな〜!!うちも閑楽さんの大ファンでな?食器は家で使っておりますわ〜。ほんま、お兄さん気ぃ合うわ〜。せや、折角やさかい、ちょっとだけオマケしたるわ〜。買うてあらへんか?」
「ああ、この茶碗と小皿、それぞれ4つ貰うよ。」
「毎度おおきに〜」
そうして、新は代金を渡し、女性店員が手馴れた手つきで食器を包む。
「ああ、それと1つ。」
「なんどす?」
ふと、思い立ったように新はその女性店員に言った。
「観光客は騙せるかもしれんが、京都弁を無理矢理使うならアクセントに気おつけないと本物の京都民にどつかれるぞ?」
「よ、余計なお世話どす!!」
ぴょこんと頭から可愛らしい獣耳を一瞬現し、顔を真っ赤にしながら似非京都弁を使う女性店員を揶揄う。
頭の耳に気づいた女性店員は、いそいそと寝癖を直すかのようにその耳を撫で隠す。
「あはは…んじゃ、またな“猫叉”。」
「分かったさかい、さっさ何処かに行っとぉくれやす。商売の邪魔どす“死神”はん。」
「はいはい。頑張れよ〜」
しかしながら、改めて周りを見ていると面白い後継である。
観光客や店の店員に紛れて、人ならざる者がちらほらと目に入る。
店の屋根の上に止まるカラスと目が合うと、丁寧にもお辞儀をされ、木の中に身を潜める者もこちらに気づくと彼もまたお辞儀をする。
通りがかった親子とすれ違い際にも軽く会釈され、店から饅頭を持って新の手に握らせる者までいた。
京都、それは、日本でも有数の妖怪と呼ばれた“幻想種”が集う場所。
京都も意外と悪くないかもな、と我ながら似合わぬことを思うが、幻想種とは、ほぼ全員と知り合いである新は幻想種の者達がこちらに気づくたびに頭を下げられるため、少々照れくさい。ましてや、饅頭をくれたりなどすると悪いような気がして申し訳なく思う。
幻想種達は普段は人間に化け、現在のように商売や仕事などをして、その空間に溶け込んでいるか、彼らの持つ幻想種特有の人間では見破ることの出来ないステルス機能で身を潜める。
そんな幻想種達を、希に朧気にも目にした日本人は、彼らを“妖怪”と呼んだ。
* * *
新が皿などを買った後、バスの方向へとゆっくりと足を進めていた時である。
ふと通りかかった店で面白い光景に直面する。
「ほほぅ……」
視界の先にいるのは何処ぞの隊長さん。
そして、その手に持つのは何故か懐かしさを感じる木刀。中学生やらが修学旅行に来たら1度は手に取り、何故か買ってしまい、家での扱いに困るオチが待っている事で有名なお土産の定番である。
それにしても、隊長さん。久しぶりに登場したと思ったら、なんとまぁ随分とキラキラとした目でいらっしゃる…。
彼女の目には沢山の星が散りばめらたかのようにキラキラと輝いている。木刀を持ちながら。
強調するようで申し訳ないが、木刀を持ちながらである。
少し時代遅れのような気がするスケバン少女である彼女が木刀を持つと、完全にスケバンとイメージが固まってしまいがちだが、そうではない。
何故なら、彼女のその輝く瞳には『ホスィ…』という物欲の目であったからだ。
絵面的には新しい玩具を欲しがる子供の姿に近い。
しかし、彼女が欲しがっているのは、新しい玩具でもなく、彼女自身も子供ではなく、木刀を欲しがるスケバン少女である。
少し可愛らしく見えてしまうのは、随分と歳をとっているためだろうか?
すると、隊長さんは手に持つ木刀をレジに持って行き、それを購入した。
うわぁ…顔がホクホクしていらっしゃる…。
すると、店から出てきた隊長さんと新の視線がパチリと合う。
その瞬間、カ〜〜〜ッ!!と熱されたヤカンの如く頭から湯気が出るほど顔を真っ赤にした隊長さんが、買い物袋から木刀を引き抜き襲いかかってきた。
「死ねぇっ!!!!」
「なんでだよ!?」
隊長さん迷い無く木刀を振り抜く。危なっ!?
咄嗟に避ける。
「ちょっ、たんま!!俺今割れ物持ってるから!!」
「そんなこと知らん!!」
構うことなくビュンビュンと木刀を振り回す隊長さん。その木刀が新の手に持つ食器類に当たりそうになるとヒヤヒヤする。
そんなやり取りを繰り返す内、段々とイラついてきた新は凍りつくような冷たい目で言った。
「這い蹲れ駄犬。雌犬如きが二足歩行など烏滸がましい。」
「は、はいっ♡」
瞬時に地面に這い蹲る隊長さん。さらに、興奮した犬のようにヨダレを垂らしている。
うわぁ…もう重症だこれ…。そんでもって、そんな隊長さんの扱いに慣れてきた自分が嫌だわ…。
隊長さんは夏休みが明けても未だに元には戻っていない。そもそも、こっちが本質なのか?と疑ってしまう程だ。
しかしながら、この状態でいると周りからの視線が痛い。物凄く痛い。
奥さんがたのヒソヒソ話が1番痛い!!
とりあえず…
「起立っ!!」
「はいっ♡」
「休め!!」
ダッダッ!!と軍隊の如く命令に従う隊長さん。
続けて新はポケットからスマホを取り出し、電話をかける。
『ぁあ?何の用だ!!』
「あ、もしもし?黒マスクさん?」
『誰が黒マスクじゃコラ!?』
「あ、今から言う場所に来て隊長さんの回収をお願いしたいんだけども?」
『何でお前の言うことを…ちょっと待て。そっちに隊長が居るのか?』
「あー、うん。いるから早く回収して欲しいんだけど?」
『……場所は?』
「清水寺本堂に向かう道の丁度中間地点あたり。赤旗の饅頭屋の近くだ。」
『…分かった直ぐにそっちに行く。……おーい!!隊長見つかったぞ!!(プツッ)』
最後の言動から察するに、どうやら、向こうも探していたらしい。
直ぐにこっちに来ると言ってはいたが、ここまで来るのに15分はかかるであろう。
相当探し回っていたのか、彼女らがいる位置は清水寺の音羽の滝の目の前である。
それにしても……
「はぁはぁ…♡」
「お前の素ってドMなの?スケバンなの?」
「はぁい!!分かりづらくてすみませぇん!!♡」
「あー、うん。分かったもう聞かないから、楽にしてていいよ。と言うか、スケバンの方の隊長さん戻ってこーい。」
新が隊長さんを元のスケバンに戻すのに約3分程時間をかけた後、やっとの事でまともな会話ができるようになった。
「で?お前ここで何してんの?」
「……土産を見ていただけだ。」
「土産ってその木刀か?」
「そ、そうだ!!悪いか!!」
「いや、別に悪くないけど…」
とても絵面がバブルだなんて言えなかった…
ピンク色のバイクに乗っていそうとも言えなかった…
精神的に疲れたため、先程目印に設定しておいた饅頭屋へ入り、メニューを見る。
すると、隊長さんも道端に突っ立っているのもなんだと思ったのか、一緒に店に入ってきた。
「ふむ……この抹茶セットを1つ頼む。」
「へい。毎度!!」
なかなか渋い声の親っさんだ。因みに知り合いの幻想種であるが、お互い初対面のフリをしている。
「……コレは美味いのか?」
「ん?ああ、ここの抹茶はマジで美味い。苦味の奥に甘みと奥深さがある。ここの抹茶を飲んだら1ヶ月は他の抹茶は飲めない。」
「1ヶ月しかもたんのけ。しかし、家の抹茶を気に入ってくれるとは坊ちゃんいい舌してやがる。」
「そりゃどうも。和菓子には目がねぇもので。」
「ハッハッハー!!まだ、若ぇのに良い趣味してるじゃねぇか!!ほれ、お待ちど。ついでにお嬢ちゃんにもサービス。小さいものしかサービスできんが飲んでけ。」
「親っさん、そんなにサービスしてたら店潰れるぞ?」
「けっ!坊ちゃんが高評価してくれてんだ。潰れてたまるかっての。」
「さいですか。んじゃ、遠慮なく。」
「おう!!毎度!!」
親っさんからお盆を受け取り、店の外に設置された縁台に腰掛ける。
隣にお盆を置き、その奥に隊長さんが足を組みながら座る。
お盆から抹茶碗を手に取り、口に含む。それを真似るように隊長さんが抹茶を飲む。渋い顔をしていたが、ホットしたような顔をしていた。似合わねぇ…
抹茶と一緒についてきた饅頭を黒文字で半分に切り、皿の淵と淵に寄せる。
その片方を付いてきた苴(和菓子を乗せる紙。親っさんが1つしかない饅頭を分けるだろうと予想して気を利かせてくれたのだろう。黒文字も2本乗せてくれているしな。)に乗せ、皿に乗った方を隊長さんに渡す。
「何だこれは?」
「まぁいいから食え。美味いから。」
と言って、新が自分の分を黒文字で刺し、口に運ぶ。
うむ。美味い。
モッチリとした皮の奥に、滑らかな漉し餡が舌にねっとりと残り、いつまでもその味を楽しませてくれる。
隣をチラリと見ると、ほぉ〜…と隊長さんが感動したかのような表情を浮かべていた。
そうであろう、そうであろう。ここの抹茶と饅頭は絶品なのだよ。
少し満足気に新はもう一度抹茶を口に含む。
「ああ!!ここに居た!!!!」
……何処かで聞いた発音も同じようなセリフ(劇場版の最後辺りで聞いたような…)と同時に目の前に影ができる。
見ると、そこには会長さんがいる。
「ん?どうした?」
「どうしたじゃないわよ!!ずっと探してたんだから!!」
「は、はぁ?何のために?」
キョトンとする新に少しイラついたのか、スッパーンと頭を叩かれた。
「今日のためにどれだけプランを考えてきたことか………うん?」
「ん?プランがどうしたって?」
「いや、そうじゃなくて……珍しい組み合わせね?」
隣の隊長さんと新を交互に見ながら、会長さんはキョトンとしたような表情を見せる。
「ん?あ。あーー、隊長さんのこと?隊長さんは引き取り待ち。」
「引き取り待ち?」
会長さんが更に首を傾げるが、文字通りの引き取り待ちである。
「うん。引き取り待ち。ん?って、アイツら遅いな……」
「ああ!!ここに居た!!!!」
「…お前らもか……。」
ようやく到着した黒マスク御一行が少し息を荒げながら、隊長さんを見てホットしたような顔をしている。
因みに、え?何?皆、あの映画見たの?え?語りますか?語り合いますん?クルクル何みんとか言っちゃいますん?と少し期待してみたが、「何のことだ?」と一言で期待は10番目の剣で呆気なく両断される。
数分後、何故か物足りなさそうな隊長さんは保健所に送られた犬の如く黒マスク御一行に引き取られて行った。ついでに白いハンカチを振ってやった。
「さてと…どうします?残り自由時間三十分と無いけど。」
「うーん……(すすっ…)」←抹茶を啜る会長さん
「結局買ったんだ?」
「う、…わ、悪い?」
「いや?別に?」
「そ、そう…」
ふむ…。
徐に新がポケットからハンカチを取り出すと、会長さんの口を拭った。「わぷっ!?」と少し面白い声を出していたが気にしない。
「緑の髭ができてたぞ。」
「あ、ありがと…」
「どういたしまして。」
「別に言ってくれれば良かったのに…」
「言ったら慌てて袖で拭いて、袖が緑に染まり、それに気づいて慌てた会長さんが隣に置いた抹茶碗を零して悲惨なことになるのが目に見えたからだ。」
「そんなにドジじゃないわよ!?」
「まぁ、冗談は置いといて…。で?本当にどうします?」
「うーん……残り30分以内に出来ること…」
「…………なんなら…しますか…?」
「…?何を?」
「………だから…埋め合わせですよ…」
「………?何の…?」
「だーかーらー!!バスに戻るまでの間!!この前のデートの埋め合わせでもしましょうか!!って言っているんだよ!!」
「……うん…?…………うん!?!?!?」
「そ、それって、つ、つまり……デートのお誘い…?」
「…………そういう事だ。とは言っても残り30分で埋め合わせをするだけだ。あくまでも埋め合わせだ。」
「や、やったー!!!!」
感極まった会長さんが思わず新に抱きつく。
「ちょっ、離れろ。くっつくな暑い。」
「ふふん。」
上機嫌な会長さんは新の話すことが耳に入らなかったのか、ギュッと新の体を抱きしめた。
その姿を見た新は、ため息つきながら苦笑する。
こんな姿を“会長さんの親”にでも見られたりしたら怒鳴りつけられそうだ…
とある人の顔を思い浮かべながら、新と会長さんの埋め合わせが始まった。
30分と短い時間だったが、会長さんもそれなりに満足したようだった。
バスに戻った後、姉さんと委員さんにジト目で見られたが、土産に買った饅頭をお裾分けしたら少し表情が和らいでいた。
_______京都___
季節は夏。紅葉には早すぎるこの季節。
その為か、観光客はテレビで見るようなごった返しでは無く、日時の重なった修学旅行中の学生がちらほら。季節とは関係なく観光に来た人がちらほら見渡せる。
「いくでやんすよ…」
「ウホッ…」
ゴクリと生唾を飲み込み、せーのと息を合わせ2人で握った錫杖を持ち上げる。
ふぬぅ〜!!と唸りながら辛うじて持ち上げているが、顔は真っ赤になり、本のわずかしか、地から浮いていない。
長さ約2.6m、重さ約97kg。
武蔵坊弁慶の錫杖である。
流石はゴリラと言ったところか、錫杖を持ち上げている力の八割は巨里である。
なんと言うか、ゴリラとイヤミと言うより、段々、ジャ〇アンとスネ〇に見えてきた…
約1時間と30分設けられた清水寺の散策。
新は、何となくこの2人と行動を共にしていた。
肩を上下に揺らしながら、疲れたと大きく息を吐く二人を横目で見ながら、新は仏の顔を見つめる。
人間の創造したものとはいえ、なかなかの出来栄えであると感心するなか、死神である自分がその偶像に感心するのはどうなのかと首を捻る。
「ウホッ…何とか持ち上がったウホッ…」
「そうでやんすね…」
「神藤は持ち上げないウホッ?」
「ん?俺か?」
と新は自分を指さしながら疑問に疑問で返す。
「そうでやんす。折角だから、持ち上げてみるでやんす。」
「少しはオタク以外のことにも目を向けるでウホッ。」
もし良けれは自分たちも持ち上げているのを手伝うと付け足した。
「ふむ……」
新は武蔵坊弁慶の錫杖のそれに近づき、その周りを、ぐるりと一周し観察した後、片手であっさりとそれ引き抜いた。
「「ふぁっ!?」」
「まぁ、こんなもんか…」
と少し期待外れといった表情を浮かべながら立ち去る。その後、二人の驚きの声が木霊した。
* * *
場所が変わり、清水寺に続く道に連なる土産物屋。
先程のゴリラとイヤミとは別れ、1人で行動していた。
外からでも様々な品が目に入るなか、新は1軒の土産物屋へ入ると、そこに陳列する食器に目を引かれた。
美しい焼き物である。量産型のお土産商品とは明らかに別物で、独特な模様がなんとも言えない味を引き出している。それは食器というより焼き物だ。
そんな褒め言葉が頭の中で交差するが、その焼き物がよく見慣れたもので新は微かに笑をこぼす。
その食器の側に風呂敷を首に巻いた豆柴のぬいぐるみが目に入ったが、敢えて見なかったことにした。
日本っていいな〜などとは決して考えたりはしてない。
「お?お兄さん、それ気になるんかえ?」
と店から若い女性の店員が二パッと笑いながら話しかけてきた。
「ん?ああ、そういえば最近1度に使う食器が増えてな。この際に買ってしまおうかと思って見ていたんだが…」
「それなら丁度よすな。お兄さんはツイてるわ〜。この食器はな〜、有名な職人さんが作った物でな、売れ行きがすごくてぇ、品切らしてたんけどな?今日、たまたま入荷できたんよ〜。」
「ああ、“閑楽付喪”の焼き物だろ?家でも使ってるよ。」
“閑楽付喪”。それが、付喪神である付喪のフルネームである。彼は焼物界でも名だたる職人でありながら、他の焼き物と比べるとその値は安く、家庭でも親しまれやすいことで有名だ。
因みに、新の家で使っている食器の大半が彼が作ったものである。
「おお〜っ!!お兄さんよく知っとるな〜!!うちも閑楽さんの大ファンでな?食器は家で使っておりますわ〜。ほんま、お兄さん気ぃ合うわ〜。せや、折角やさかい、ちょっとだけオマケしたるわ〜。買うてあらへんか?」
「ああ、この茶碗と小皿、それぞれ4つ貰うよ。」
「毎度おおきに〜」
そうして、新は代金を渡し、女性店員が手馴れた手つきで食器を包む。
「ああ、それと1つ。」
「なんどす?」
ふと、思い立ったように新はその女性店員に言った。
「観光客は騙せるかもしれんが、京都弁を無理矢理使うならアクセントに気おつけないと本物の京都民にどつかれるぞ?」
「よ、余計なお世話どす!!」
ぴょこんと頭から可愛らしい獣耳を一瞬現し、顔を真っ赤にしながら似非京都弁を使う女性店員を揶揄う。
頭の耳に気づいた女性店員は、いそいそと寝癖を直すかのようにその耳を撫で隠す。
「あはは…んじゃ、またな“猫叉”。」
「分かったさかい、さっさ何処かに行っとぉくれやす。商売の邪魔どす“死神”はん。」
「はいはい。頑張れよ〜」
しかしながら、改めて周りを見ていると面白い後継である。
観光客や店の店員に紛れて、人ならざる者がちらほらと目に入る。
店の屋根の上に止まるカラスと目が合うと、丁寧にもお辞儀をされ、木の中に身を潜める者もこちらに気づくと彼もまたお辞儀をする。
通りがかった親子とすれ違い際にも軽く会釈され、店から饅頭を持って新の手に握らせる者までいた。
京都、それは、日本でも有数の妖怪と呼ばれた“幻想種”が集う場所。
京都も意外と悪くないかもな、と我ながら似合わぬことを思うが、幻想種とは、ほぼ全員と知り合いである新は幻想種の者達がこちらに気づくたびに頭を下げられるため、少々照れくさい。ましてや、饅頭をくれたりなどすると悪いような気がして申し訳なく思う。
幻想種達は普段は人間に化け、現在のように商売や仕事などをして、その空間に溶け込んでいるか、彼らの持つ幻想種特有の人間では見破ることの出来ないステルス機能で身を潜める。
そんな幻想種達を、希に朧気にも目にした日本人は、彼らを“妖怪”と呼んだ。
* * *
新が皿などを買った後、バスの方向へとゆっくりと足を進めていた時である。
ふと通りかかった店で面白い光景に直面する。
「ほほぅ……」
視界の先にいるのは何処ぞの隊長さん。
そして、その手に持つのは何故か懐かしさを感じる木刀。中学生やらが修学旅行に来たら1度は手に取り、何故か買ってしまい、家での扱いに困るオチが待っている事で有名なお土産の定番である。
それにしても、隊長さん。久しぶりに登場したと思ったら、なんとまぁ随分とキラキラとした目でいらっしゃる…。
彼女の目には沢山の星が散りばめらたかのようにキラキラと輝いている。木刀を持ちながら。
強調するようで申し訳ないが、木刀を持ちながらである。
少し時代遅れのような気がするスケバン少女である彼女が木刀を持つと、完全にスケバンとイメージが固まってしまいがちだが、そうではない。
何故なら、彼女のその輝く瞳には『ホスィ…』という物欲の目であったからだ。
絵面的には新しい玩具を欲しがる子供の姿に近い。
しかし、彼女が欲しがっているのは、新しい玩具でもなく、彼女自身も子供ではなく、木刀を欲しがるスケバン少女である。
少し可愛らしく見えてしまうのは、随分と歳をとっているためだろうか?
すると、隊長さんは手に持つ木刀をレジに持って行き、それを購入した。
うわぁ…顔がホクホクしていらっしゃる…。
すると、店から出てきた隊長さんと新の視線がパチリと合う。
その瞬間、カ〜〜〜ッ!!と熱されたヤカンの如く頭から湯気が出るほど顔を真っ赤にした隊長さんが、買い物袋から木刀を引き抜き襲いかかってきた。
「死ねぇっ!!!!」
「なんでだよ!?」
隊長さん迷い無く木刀を振り抜く。危なっ!?
咄嗟に避ける。
「ちょっ、たんま!!俺今割れ物持ってるから!!」
「そんなこと知らん!!」
構うことなくビュンビュンと木刀を振り回す隊長さん。その木刀が新の手に持つ食器類に当たりそうになるとヒヤヒヤする。
そんなやり取りを繰り返す内、段々とイラついてきた新は凍りつくような冷たい目で言った。
「這い蹲れ駄犬。雌犬如きが二足歩行など烏滸がましい。」
「は、はいっ♡」
瞬時に地面に這い蹲る隊長さん。さらに、興奮した犬のようにヨダレを垂らしている。
うわぁ…もう重症だこれ…。そんでもって、そんな隊長さんの扱いに慣れてきた自分が嫌だわ…。
隊長さんは夏休みが明けても未だに元には戻っていない。そもそも、こっちが本質なのか?と疑ってしまう程だ。
しかしながら、この状態でいると周りからの視線が痛い。物凄く痛い。
奥さんがたのヒソヒソ話が1番痛い!!
とりあえず…
「起立っ!!」
「はいっ♡」
「休め!!」
ダッダッ!!と軍隊の如く命令に従う隊長さん。
続けて新はポケットからスマホを取り出し、電話をかける。
『ぁあ?何の用だ!!』
「あ、もしもし?黒マスクさん?」
『誰が黒マスクじゃコラ!?』
「あ、今から言う場所に来て隊長さんの回収をお願いしたいんだけども?」
『何でお前の言うことを…ちょっと待て。そっちに隊長が居るのか?』
「あー、うん。いるから早く回収して欲しいんだけど?」
『……場所は?』
「清水寺本堂に向かう道の丁度中間地点あたり。赤旗の饅頭屋の近くだ。」
『…分かった直ぐにそっちに行く。……おーい!!隊長見つかったぞ!!(プツッ)』
最後の言動から察するに、どうやら、向こうも探していたらしい。
直ぐにこっちに来ると言ってはいたが、ここまで来るのに15分はかかるであろう。
相当探し回っていたのか、彼女らがいる位置は清水寺の音羽の滝の目の前である。
それにしても……
「はぁはぁ…♡」
「お前の素ってドMなの?スケバンなの?」
「はぁい!!分かりづらくてすみませぇん!!♡」
「あー、うん。分かったもう聞かないから、楽にしてていいよ。と言うか、スケバンの方の隊長さん戻ってこーい。」
新が隊長さんを元のスケバンに戻すのに約3分程時間をかけた後、やっとの事でまともな会話ができるようになった。
「で?お前ここで何してんの?」
「……土産を見ていただけだ。」
「土産ってその木刀か?」
「そ、そうだ!!悪いか!!」
「いや、別に悪くないけど…」
とても絵面がバブルだなんて言えなかった…
ピンク色のバイクに乗っていそうとも言えなかった…
精神的に疲れたため、先程目印に設定しておいた饅頭屋へ入り、メニューを見る。
すると、隊長さんも道端に突っ立っているのもなんだと思ったのか、一緒に店に入ってきた。
「ふむ……この抹茶セットを1つ頼む。」
「へい。毎度!!」
なかなか渋い声の親っさんだ。因みに知り合いの幻想種であるが、お互い初対面のフリをしている。
「……コレは美味いのか?」
「ん?ああ、ここの抹茶はマジで美味い。苦味の奥に甘みと奥深さがある。ここの抹茶を飲んだら1ヶ月は他の抹茶は飲めない。」
「1ヶ月しかもたんのけ。しかし、家の抹茶を気に入ってくれるとは坊ちゃんいい舌してやがる。」
「そりゃどうも。和菓子には目がねぇもので。」
「ハッハッハー!!まだ、若ぇのに良い趣味してるじゃねぇか!!ほれ、お待ちど。ついでにお嬢ちゃんにもサービス。小さいものしかサービスできんが飲んでけ。」
「親っさん、そんなにサービスしてたら店潰れるぞ?」
「けっ!坊ちゃんが高評価してくれてんだ。潰れてたまるかっての。」
「さいですか。んじゃ、遠慮なく。」
「おう!!毎度!!」
親っさんからお盆を受け取り、店の外に設置された縁台に腰掛ける。
隣にお盆を置き、その奥に隊長さんが足を組みながら座る。
お盆から抹茶碗を手に取り、口に含む。それを真似るように隊長さんが抹茶を飲む。渋い顔をしていたが、ホットしたような顔をしていた。似合わねぇ…
抹茶と一緒についてきた饅頭を黒文字で半分に切り、皿の淵と淵に寄せる。
その片方を付いてきた苴(和菓子を乗せる紙。親っさんが1つしかない饅頭を分けるだろうと予想して気を利かせてくれたのだろう。黒文字も2本乗せてくれているしな。)に乗せ、皿に乗った方を隊長さんに渡す。
「何だこれは?」
「まぁいいから食え。美味いから。」
と言って、新が自分の分を黒文字で刺し、口に運ぶ。
うむ。美味い。
モッチリとした皮の奥に、滑らかな漉し餡が舌にねっとりと残り、いつまでもその味を楽しませてくれる。
隣をチラリと見ると、ほぉ〜…と隊長さんが感動したかのような表情を浮かべていた。
そうであろう、そうであろう。ここの抹茶と饅頭は絶品なのだよ。
少し満足気に新はもう一度抹茶を口に含む。
「ああ!!ここに居た!!!!」
……何処かで聞いた発音も同じようなセリフ(劇場版の最後辺りで聞いたような…)と同時に目の前に影ができる。
見ると、そこには会長さんがいる。
「ん?どうした?」
「どうしたじゃないわよ!!ずっと探してたんだから!!」
「は、はぁ?何のために?」
キョトンとする新に少しイラついたのか、スッパーンと頭を叩かれた。
「今日のためにどれだけプランを考えてきたことか………うん?」
「ん?プランがどうしたって?」
「いや、そうじゃなくて……珍しい組み合わせね?」
隣の隊長さんと新を交互に見ながら、会長さんはキョトンとしたような表情を見せる。
「ん?あ。あーー、隊長さんのこと?隊長さんは引き取り待ち。」
「引き取り待ち?」
会長さんが更に首を傾げるが、文字通りの引き取り待ちである。
「うん。引き取り待ち。ん?って、アイツら遅いな……」
「ああ!!ここに居た!!!!」
「…お前らもか……。」
ようやく到着した黒マスク御一行が少し息を荒げながら、隊長さんを見てホットしたような顔をしている。
因みに、え?何?皆、あの映画見たの?え?語りますか?語り合いますん?クルクル何みんとか言っちゃいますん?と少し期待してみたが、「何のことだ?」と一言で期待は10番目の剣で呆気なく両断される。
数分後、何故か物足りなさそうな隊長さんは保健所に送られた犬の如く黒マスク御一行に引き取られて行った。ついでに白いハンカチを振ってやった。
「さてと…どうします?残り自由時間三十分と無いけど。」
「うーん……(すすっ…)」←抹茶を啜る会長さん
「結局買ったんだ?」
「う、…わ、悪い?」
「いや?別に?」
「そ、そう…」
ふむ…。
徐に新がポケットからハンカチを取り出すと、会長さんの口を拭った。「わぷっ!?」と少し面白い声を出していたが気にしない。
「緑の髭ができてたぞ。」
「あ、ありがと…」
「どういたしまして。」
「別に言ってくれれば良かったのに…」
「言ったら慌てて袖で拭いて、袖が緑に染まり、それに気づいて慌てた会長さんが隣に置いた抹茶碗を零して悲惨なことになるのが目に見えたからだ。」
「そんなにドジじゃないわよ!?」
「まぁ、冗談は置いといて…。で?本当にどうします?」
「うーん……残り30分以内に出来ること…」
「…………なんなら…しますか…?」
「…?何を?」
「………だから…埋め合わせですよ…」
「………?何の…?」
「だーかーらー!!バスに戻るまでの間!!この前のデートの埋め合わせでもしましょうか!!って言っているんだよ!!」
「……うん…?…………うん!?!?!?」
「そ、それって、つ、つまり……デートのお誘い…?」
「…………そういう事だ。とは言っても残り30分で埋め合わせをするだけだ。あくまでも埋め合わせだ。」
「や、やったー!!!!」
感極まった会長さんが思わず新に抱きつく。
「ちょっ、離れろ。くっつくな暑い。」
「ふふん。」
上機嫌な会長さんは新の話すことが耳に入らなかったのか、ギュッと新の体を抱きしめた。
その姿を見た新は、ため息つきながら苦笑する。
こんな姿を“会長さんの親”にでも見られたりしたら怒鳴りつけられそうだ…
とある人の顔を思い浮かべながら、新と会長さんの埋め合わせが始まった。
30分と短い時間だったが、会長さんもそれなりに満足したようだった。
バスに戻った後、姉さんと委員さんにジト目で見られたが、土産に買った饅頭をお裾分けしたら少し表情が和らいでいた。
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