悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア

ノベルバユーザー173744

趙子龍の妻への思い

 子龍は荷物を纏め、息子たちの事、二人の家である屋敷をよくよく頼み、軍に戻っていった。
 それからは全てをなかったかのように、戦い続けた。
 しかし、全てをなかったようになど、出来はしない……息子二人に面影を残し、逝ってしまった妻に恨めしいと言う思いよりも哀しいと……それ程辛い思いをしても、使いさえ送ってくれれば、即戻ったのにと悔やみ続けた。

 しかし228年の敗戦後、疲れたと思う自分がいた。



 自分は何をしているのだろう……。
 いや、何をしていたのだろう……。
 本当は、彼女を大切にしたくて……その為に武器をとったのに……。
 この武器は、ただ、妻と子供たちの為にと振るっていたはずなのに……。



 妻は存在はおろか、遺品に心の支えになるもの、全てを処分した。
 面影は、成長した息子たちにはもうほとんど見当たらない。
 虚しく、ただ鬱陶しいのは度々軍師将軍に食って掛かる、魏文長ぎぶんちょう
 自分の目でも、腕は良いが頭が悪い。
 自意識過剰である。
 だが、しかし……。

「……あぁ……わしの人生は、空しいものだ。あれの面影すら夢に見えぬ……そうよなぁ……」

 仕事だと言い訳をし、妻子を顧みなかった。
 だから妻は、自分を……。



 先日、息子たちに屋敷に呼び戻されるが、僅かに共にいた屋敷には、妻の声が聞こえるようで何度も目を覚ます。
 息子たちにはそれぞれ妻がいて幼い子供……つまり孫も生まれている。
 庭ではしゃぐ声に、身を起こす。
 ボーッとしているものの、体はさほど衰えはない。
 ただ、足りない……。

「父上」
「何だ?統」

 長男の名前を呼ぶ。

 時々部屋に来るのは統である。
 広は、そっけなく居心地が悪そうだった。
 それに、努力の甲斐もあってか、それぞれ位が上がってそれなりに忙しいらしい。

「俺もいるんだけど、父上」

 統と共に、拗ねたような顔で姿を見せるのは広である。

「あぁ、お帰り。大変ではないか?しかも二人でここに来るとは、休みがあったのか?」
「父上も体が起こせるなんて、調子が良さそうだね?」
「はい、軍師将軍さまから、お見舞いの書簡」
「あぁ、ありがとう」

 受けとると、書簡に目を通す。

 孔明こうめいは先年、実子として嫡男として育てていた兄の子瑜しゆの次男の伯松はくしょう……きょう……を亡くしている。
 その前に、妾との間にせんと言う息子を儲けており、黄夫人は伯松の嫁とその子供たちの屋敷に身を寄せ、屋敷に戻らないのだと言う。
 孔明は糟糠之妻そうこうのつまをそれはそれは愛していたので、何とか戻って欲しいと思うものの、妾が口をはさみ、悋気りんきを起こす為うまく行かないのだと書かれている。

「……まぁ、伯松は、本当に出来た子だった。生きておれば、軍師どのの後継者として国を富ます政策や、屯田兵とんでんへいの事も何とかなったであろう。わずかの違いではあるが、わしの命を譲れば良かったかもしれぬ」
「父上‼」
「何て事を言うんだよ‼」
「あぁ、済まぬな。いや……まだ若い伯松には未来があっただろうと、辛く思えたのだよ。こんな老いぼれよりも……」

 自嘲する。
 自分が年老いたなと思うのは、こう言う時である。
 年を取ったと、認めるしかないのだ。

「父上‼」
「寿命じゃ。無駄なことはせぬよ。ただ……そなたたちには謝りきれんが、ここで何度でも謝罪を告げられる。しかし、あれには……もう二度と会えぬのが……辛い……」

 父親の頬に伝うものに広は固まる。

「え?え?父上。母上と結婚したくなかったんじゃ……」
「は?」

 顔をあげる。

「何を申しておる。あれは、商家の娘で、わしは貧乏な農家の次男坊。兄が実家で働くと言うので、私が家族の食いぶちを稼ぐ意味もあり得意の馬術とぼうでならず者をのしておったのだ。ある時に商家の娘御が誘拐されたと聞いて、助けに行ったのだ」
「で、何で結婚に……」
「誘拐されたと言うのは噂が噂を呼んで、傷物にされたと言う噂になった。本人は本当に辛かっただろう……で、私も旅をしようと出ていくと言うと着いていくといって聞かなかったのだ。こんな任侠紛いの男にかどわかされた等と噂になっては、と言い聞かせておったのだ。だが、頑固で言うことを聞かん。何故聞かんのだと食って掛かろうと思ったが、周囲に白い目で見られるのが耐えられぬと言うのでな……」

 首をすくめる。

「嫌いではなかったんだ?」
「好きか嫌いかはわしにはその時は解らなかった。だが、失って気づく感情も愛情も憐憫ではなく、本当の愛情も……」

 遠い目になる。

「私は、あれに『幸せですわ』と言って貰うのが好きだった。愛おしかった……。なけなしのお金で飾りを贈った時も……自分の実家ではもっといいものを身に付けていたであろうに……『嬉しい』と笑ってくれた。幸せだった……どこが、間違っていたのだろう……私自身が間違っていたのだ、きっと……」
「父上……」
「すまぬ……幸せにできずに、ただ……」

 静かに遠くを見つめる子龍に、広は、

「はい、父上」

懐から何かを取り出し、手に載せる。

「……こ、これは……」
「母上が最後まで処分するか迷ってたよ。だから俺が預かるって」

 古ぼけた安物の飾り……しかし、新しいのをと勧めると拗ねた顔になった。

「良いのです。貴方の思いのこもった宝物ですもの。大事に大事に致しますわ」

 そう言ってくれた……。

「もう……失ったものと……」
「父上が魂が抜けたみたいになって、ふぬけるからだろ?母上生きてたら泣くぞ」

 悪態をつく息子の声に、押し戴くように抱き締める。

「ありがとう……あぁ、もし、もう一度会えた時には……伝えなければ……そして……」



 最近の落ち込みようと弱りようから穏やかで微笑む父に、息子たちはホッとしたのだが、夕刻食事を持っていったところ、妻の遺品を大事に手にし、眠るように旅だった姿を目にしたのだった。

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