悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア

ノベルバユーザー173744

まゆらの名前は、玉響(たまゆら)からです。

 チュールは、悠然と歩きながら、

「まゆらの名前の意味を知っている?」
百目鬼真侑良どうめきまゆらさんのまゆらは真侑良……真実に良い、侑……ですよね?」
「日本の言葉に『たまゆら』と言う言葉がある。漢字では『玉響たまゆら』。日本には知っているかな?勾玉まがたま……中国や韓国では陰陽いんようの模様に似た……あれは、昔の日本では魂をかたどったとも言われていて、古代の日本ではあの形に削られた石を繋いで権威の象徴としていた」
「い、一応勾玉は解ります。日本の三種の神器の一つが『八尺瓊勾玉やさかにのまがたま』と呼ばれていますよね?勾玉とどう……」

少々小走りながら追いかけて行く関平かんぺいに、皮肉げに告げる。

「『玉響』と言う言葉は、文字通り『勾玉同士が触れあって立てるかすかな音』と言う言葉だよ。そこから、『ほんのしばらくの間』『一瞬』。あるいは『かすか』」
「『一瞬』……」
「そう。一瞬」

 チュールは珍しく嫌悪感を丸出しにし、先を進む長身の男を見る。

「だからね?野狂やきょうが、戯れに手を出した女人。それが『玉響』。異母妹との悲恋の物語があるらしいけど、本当は異母妹でも何でもない、ただの遊び心」
「遊び……戯れ……」

 関平も、今ではもう遠い昔のことだが、結婚をしていたし、恋をしたこともある。
 それは本当に幼かったが、外見は少年でもこの世界で1800年も生きていれば、それなりにあの頃は本当に若かったと言えるが、それでもその時の思いは真剣だった。

『恋をしていた』

 しかし、戯れとはなんだ?
 まぁ、確か小野篁おののたかむらは、現代の西暦で言うと800年ごろに生まれた。
 自分よりも600才も若いが、その200年後に書かれた『源氏物語』を読んだことがあるが、『光源氏』に嫌悪感を抱いたことはある。

『紫の上』と言う女性がいながら、蝶々のようにヒラヒラと他の花に飛んでいき、振られたり、そっけない素振りをすれば拗ねて、年下の『紫の上』に甘えに戻る……どこのお子さまだ‼と憤慨した。

「源氏物語の作者、紫式部むらさきしきぶ藤原為時ふじわらのためときの娘で、その娘が大弐三位だいにのさんみ。夫が藤原宣孝ふじわらののぶたか。父は有名な漢学者で、本人も『そなたが男であれば……』と、嘆かれる程の漢文の才能を発揮した。でも、彼女は長い間、父と共に任地に下っていた為に結婚が遅かったと言うけれど、本当は恋をしていた。賢い彼女には解っていた。でも、恋は『乞い願ふ』。願ってしまったんだ。彼女は……」
「な、何を……」
「名を名乗らない男に……心を打ち明けた。その男は彼女を『玉響』と呼び、時々会うようになった。……野狂はそつのない男だ。参議さんぎと言う当時としては高い位に着く程だ。父親が知恵者であったがゆえに、彼女は分かっていた。この想いは男には届いていないのだと……その為、何も告げずに男の元を去り、結婚した」

 関平は素直に思う……未来のない『恋』は、彼女を苦しめる……正しいことだと。

「だが、野狂は怒り狂った。身勝手に自分が彼女を振り回しておきながら、彼女が去ると追いかけていった。自分は自分の名前も身分も名乗らなかったが、彼女の身分を知っていた。で、結婚していた……と言っても、正妻がいる年上の男が通ってくる……実家に住んでいた彼女の元に押し入り……彼女は身ごもった」
「……‼」
「で、生まれたのが娘……しかし、自分に似ていない娘を見て、夫は問い詰め……彼女は好きだった男を、別れた男の事を告げる……そして、夫から離縁されるが、流行り病で亡くなった。野狂は手折った花を見ることはなかった。だが、時々思い出したように会いに来る……。そしてそれが噂になり、父や兄弟に不利益にならぬように、本当は望まなかった宮中で女房として仕えることになる。子供は父親の元に残し……彼女は逃げた……父親にも、娘の父親のことは言えなかった……名前も知らぬ男だったからね。でも、野狂は逃げ出した彼女を見つけ出し、問い詰めた」

 関平は転移をする室内にチュールと入り、目を伏せた。
 あの小柄なちょっとポッチャリとした、可愛らしい女性を思い出す。
 そして、先に転移をした、父の関聖帝君かんせいていくんと然程変わらぬ長身の男を……。

「自分の身勝手さを棚にあげ、彼女を責めた。逃げるなと……捕らえたんだ」
「……では……」
「彼女は紫式部と呼ばれた女人。そして、不義を犯した罪人で、罪を償うと生まれ変わっても野狂は見つけ出し、彼女を苦しめる……でも、野狂は閻魔大王の部下で、生きながらこの世界に住まうもの。罪咎つみとがには問えない……その為に、彼女に罪は重なり、苦悩する……それで、生まれ変わるのをやめて、消滅を望んだ……そのギリギリになって、野狂は度々彼女の消滅を食い止める命のタブレットを飲み込ませる。意識がなくならないと、彼女は誰も傍に寄せ付けないからね」

 移動しつつ転移を繰り返し、関帝廟の裏世界になる、関平たちの生活圏にたどり着くと、

「……ゆら……『玉響』‼止めてくれ‼私を中に入れてくれ‼『玉響』‼」



野狂……小野篁は必死に叫んでいたのだった。

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