異世界八険伝

AW

84.城塞都市ローゼンブルグ

 城塞都市ローゼンブルグ、そこは地上界の城塞都市チロルとは全く違っていた!

「ねぇ、もしかしてこれ?」
「スカイもこの辺りを何度も飛び回って確認していたみたいだし、都市っぽい物はこれしかなかったんじゃない?」
「都市っぽいって……これ、倉庫でしょ」
「もしかして、既に滅ぼされてこれしか残っていないとか……」
「逆に、これだけを綺麗に残す方が難しいわね」


 スカイに乗って5時間後、ボク達が目にした物は、大草原に佇むちっぽけなレンガ造りの“カマクラ”のような建物だった。
 直径2m、高さ1mほどの半球状だ。
 雨を力強く弾き返す様は、レンガなのに、水のオーラを発しているように見えて神々しい。
 でも、やはりどう見てもレンガ造りの“カマクラ”だ。


「とりあえず、確認しようよ」
「中に転移装置でもあるのかもしれないわね」

 スカイを待機させ、ボク達はレンガを念入りに調べていく。

「入口がない?」

 コンコン叩いてみた感じでは、中は空洞のようだ。
 まさか、雨宿り用に造ったは良いけど、出口を作り忘れちゃいました、てへっ!ってことはないよね。

 正直なところ、この出入口がない建造物を、誰が何の為に造ったのかがとても気になる……。


「壊しちゃう?」
「ダメだよ! 少し掘ってみようか」

「スノー! 手伝って」

 指輪を翳し、召還魔法陣を展開すると、新雪のように綺麗な鱗を持つスノードラゴン、スノーが現れた。

 久しぶりに会えたことがよほど嬉しかったのか、興奮気味に飛び掛ってきた。
 ボクは避けることなく、身体全体で愛情を受け止めてあげる。首にぶら下がったままグルグル回っていると、スカイが嫉妬心丸出しで潰しにくる。

 いや、よく見ると……違う!
 重なり合う体、見詰め合う2匹のドラゴン。

「お取り込み中すみませんが、穴を掘るのを手伝ってもらえませんか……」

『ギュルルッ』
『シュルルルッ』

 何とかお願いを聞いてもらえそうだ。


 泥を掻き出し、地面を1mも掘ると、地中にもレンガが敷き詰められているのが分かった。

 2匹のドラゴンを帰還させ、レンガを小突きながらミルフェちゃんと相談する。

「ここまでくると、気になってしょうがないわ」
「でも、アユナちゃんがここに来たんだったら何かしら形跡があるはずなんだけど」
「そう、よね」
「まさか、神様の力でヒュッとすり抜けたとか」
「隈なく触ってみたけど、それっぽい場所はなかったわ」
「魔力を流してみたらブワッって開いたりして」
「有り得るわね!」

 SFじゃないんだからと思いつつ、レンガに両手を添えてゆっくり魔力を流し込んでみる。

「ダメだね」
「そっか……」

「開ける為の呪文があるとか」

「開け!」
「ダメか……」

「もう、壊すわよ!」
「分かった……」


「サンダーバースト!! 」

「ウォーターランス!! 」

「ライトニングアロー!! 」


「頑丈過ぎる……」
「ふぅ……こんなの放って置いて、早く本物のローゼンブルグを探しましょうよ」


「えっ!? 」

 突然、今までビクともしなかったレンガが消え去った!
 そして、下へ続く階段が現れた!

「なさか、“ローゼンブルグ”に反応した?」

 再び現れるレンガのカマクラ……。

「ローゼンブルグ!」

 消えるレンガ、現れる階段。

「ミルフェちゃん、ナイス! さぁ、行くよ!」


 ボク達は、階段を下りていく。
 勿論、もう一度塞いでおくことも忘れない。


 階下からは明るい光が漏れ出している。

 5mほど歩くと壁がなくなり、視界が一気に開ける。
 そして、この建造物の全貌がはっきりと見えてきた!

 ここは地下シェルターだ。
 奥行きは300mくらいしかない。

 20mほど下った先に見える広場には、たくさんの人が居る。
 どうやら、農作業をしているようだ。

 広場まで下りたボク達は、いろいろ質問する前に、あれよあれよと言う間に農作業に駆り出されてしまった。


 耕された広場に、等間隔に種を植えていくそうだ。

 えっと……ジャガイモの種芋? 春も秋も収穫できるし保存に向いているから良いね。確か栽培のコツは……種芋を逆さに埋めると丈夫に育つんだっけ? 後は、土寄せか。毒素ソラニンを減らす為に、日光に当たらないようにするんだった。

 こっちは大豆? “畑の肉”だっけか。土の栄養分があんまりなくても、栄養たっぷりに収穫できるって聞いたことがあるような。これも土寄せだしておこう。


 2時間ほどすると、50m四方ほどの広場全体に種を蒔き終った。

「いい汗かいたね!」
「って、こんなことしてる場合じゃない!」


 その後、熱烈に誘われた打ち上げ会を辞退し、ここローゼンブルグの市長を訪ねる。

 市長の住居は、階段のほぼ裏手、レンガで加工された壁の中にあった。



 青い短髪の初老の男性……初めて会う人だった。

 挨拶もしないうちから、凄い勢いで話し始めた。

『20年以上続く戦乱から逃れる為に造られたのがここ、ローゼンブルグです。最近の嵐のせいで地上での収穫が得られず、食糧の備蓄も尽きかけていました。そこにアユナ殿が来て、我々に希望を与えてくれたのです。
 アユナ殿は、“私の大好きな勇者は、絶望的な状況でも決して諦めない! 広場を耕し、種を植え、未来への希望とともに育てよ!”と仰いました。諦めないことが強さなんだと教えてくださったのです。悲嘆に暮れていた民の目は、生きる力を、喜びを再び取り戻したのです!
 その銀の髪、貴女が、アユナ殿の語っていた勇者様なのですね! よくぞ来てくださいました! 貴女に是非とも会って頂きたい者がいます!』

 いつの間にかボクの両手をがっちり握っていた手を離し、隣室へと消えていった市長。
 アユナちゃん……頑張ってるんだね、(まだ)やらかしてないんだね、偉いぞ!



 数分後、市長は、赤髪の男性を伴って戻ってきた。


 この人……ギルドマスターだ!!


『勇者リンネ、久しいな。まずは礼を言わせてくれ! 貴女のお陰で我が宿願である奴隷制度廃止が叶った! 本当にありがとう!! 』
「いえ……それよりも……」

『あぁ。言いたいことは分かる 』

 自治都市フィーネ、及び地上世界の10ギルドを束ねるギルドマスターゴドルフィン……彼は本日、天界で再び生を受けたそうだ。
 突然のギルド本部襲撃に対応することが出来ず、命を奪われたそうだ。

『相手は人間達の組織だった。目的は聞くことが出来なかったが、奴隷制度存続派の可能性もある。しかし、俺は全く後悔をしていない。遣り遂げた充実感が大き過ぎて、死んだ実感が涌かないくらいだ』

「確実に世界は変わるでしょうね!」

『そうなってほしい。しかし、遣り残したこともある。魔族の脅威は未だ衰えず、それどころか、日増しに不穏な噂が広がりつつあった』

「噂?」

『あぁ。魔王復活が近いと騒ぎ立てる輩が増えた。もしかすると、俺達を襲撃してきた連中も魔王信奉者なのかもしれんな』

「魔王の復活は絶対に阻止します! だから安心してください!」

『そう言ってもらえると俺も救われる……』

 魔王復活か……この天界に来て時間の感覚がイマイチ掴めないけど、多分、今日は召還から67か68日目。
 復活まではまだ30日以上もあるはず。

 でも、地上で何かが起ころうとしているのは確実だ!
 早く皆を連れて戻らないと!

「ギルドマスター、アユナ達に会いましたか?」

『あのエルフ娘か。すまんが、俺と入れ違いでここを出たらしい』

 また一足遅かったか……。
 農作業をさせられたからでしょ……。

『勇者様、アユナ殿は5時間ほど前に旅立たれました。天神様の容態が急変したからです。ギルドマスターが襲撃されたことも考え合わせると、やはり地上界で何かが起こったのかもしれませんね……。アユナ殿は、急遽ヴァルムホルンの火口へ行くことになったと言っておられましたよ』


 ヴァルムホルン!
 よし、やっと捕まえられる!

「市長さん、ゴドルフィンさん、ボク達はアユナちゃんを追いかけます! 早く天界に安らぎを与えられるように、地上界に幸せをもたらすことが出来るように頑張りますから!」

『勇者様、お気をつけて』
『勇者リンネ、頼む……』

 急げ!
 もうすぐ皆に会える!

 ミルフェちゃんに抱き付くようにして飛ぶ!

「転移!! 」



 ★☆★



 ヴァルムホルンの麓に転移したボク達は、神殿には寄らず、一路頂きを目指した。

 豪雨による濁流は徐々に弱まっていき、しばらく登ると雨も止んで肌寒さを感じるようになった。

 そして、登り始めてから3時間ほどすると、ようやく火口まで辿り着くことが出来た。

 ミルフェちゃんは既にヘトヘト顔だ。



 火口の淵に立って眼下を見下ろす。
 かなり下の方にはメラメラとうごめくマグマが見える。

 こんなマグマの中に向かうとか、いろいろとおかしい。この中にいったい何があるんだろう。

 そう言えば、フェニックスは元気にしているかな。ちゃんとアユナちゃんを守ってくれているのかが心配……。

 あ、そうだ!
 水の羽衣がある!

 大迷宮で使った後、そのままアイテムボックスの肥やしになっていたんだった!
 これがあれば、ある程度の熱さには耐えられるはず。さすがにマグマ溜まりに落ちたら消し炭確定だと思うけど……。

「ねぇ、本当にここを下りるの?」
「うん、追いかけなきゃ。見て、道がある」

 冷え固まった溶岩が並ぶ火口の内側……人工の、とは言いがたいが、よく見れば人が歩ける程度の空間が蛇行しながら下へと続いている。

「いきなり噴火しないよね?」
「大丈夫! (死んでもすぐ麓の神殿で復活できるし)」

 後半はミルフェちゃんに聞こえないように呟いた独り言。



 小1時間ほど歩くと、凄まじい熱気が舞い上がってきた。

 マグマは既にボク達が歩くすぐ横、数メートルにまで迫っている。水の羽衣の効果で、何とか耐えながら先へと進む。

 アユナちゃん達は本当にこんな所を通ったのだろうか……今さらだけど不安に襲われる。


 その時、沼くらいにまで広がるマグマ溜まりの、紅く染まるうねりの中に、微かに白い物が目に入った。

 目を凝らす。

 マグマは絶え間なく波打ち、渦を巻いている。

 そのほぼ中央だ。

 そこに人がいる!

 島になっている岩の上に、人がいる!!


「ミルフェちゃん! 人がいる!」


 まさかという顔でマグマの海を覗き込むミルフェちゃん……次第に真顔に変わっていく。

 どうやら、岩の上にうつ伏せに倒れているようだ。


「ねぇ……まさか……アユナちゃん!? 」

 えっ!?
 白い……ローブ、金色の短い髪……まさか!?


 浮遊魔法を使い高く舞い上がると、ボクは夢中でマグマの海の孤島へと飛び込む!

 熱い!!

 水の羽衣を着ていても耐えられる熱さじゃない!!


 焼きつく岩に着地すると、その半径わずか3m半ほどの狭い場所に居たのは……アユナちゃんじゃない!?
 もっと小さい子、子どもだ。

「誰?」

 ほっとして気が抜けたのか、思わず変な質問を投げかけてしまった。


 うつ伏せに横たわっていた女の子は、ボクの声で意識を取り戻したのか、ゆっくりと立ち上がって振り向いた。

 角!?
 白い顔の額に、白い角が生えている。
 これが、この子が天神様!?


『グギギィ! お前の魂を喰らう!! 』


 突然の不意打ちがボクの肩を襲う!

 迫り来る2本の牙は辛うじてかわせたが、体当たりの衝撃を殺しきれずに体勢を崩してしまった。


 脚がもつれる。

 右足の裏には何もない……身体を支える足場がない。


 藁をも掴む思いで伸ばす腕が目に映る。

 聞こえてくるのはミルフェちゃんの悲鳴。


 いつの間に時間遅滞を発動したのだろうか、ゆっくりと時間が過ぎていく。

 身体に力が入らず、ボーっとしたままの頭から倒れていく身体。

 そして、ボクはマグマの海に堕ちた……。




 長い間気を失っていたんだと思う。


 いつの間に抱きしめられたのだろう、温かい腕がボクの身体を包んでいる。


 この感覚……子どもの頃、お母さんに抱かれていたような。死んだ魂が天界で再び生まれ変わる時って、こんな感覚を味わうのか……。



『リンネ様……』

「ん?」

『リンネ様……』

 空耳だと思っていた声が、一段とはっきり聴こえてきた。


「あなたは……イフリート?」

『勝手ながら顕現させていただきました。この地、霊峰ヴァルムホルンですな? 何という膨大な魔力に満ちた場所か』

「あなたがボクを助けてくれたんだ……ありがとう」

『当然のことをしたまでです。それより、先ほどの邪悪な塊は何者でしょうか』

 邪悪な塊……そう言えば、ボクはいきなり襲われたんだ!

 周囲を確認すると、ボクはまだマグマの中に居ることが分かった……イフリートが温かい炎で包み込み、灼熱のマグマから守っているようだ。

「知らない……邪悪な魂……まさか、邪神!? 」

『邪神ですと!? 』

「うん、ボク達は天界の天神を探しに来たんだけど……」



 ボク達の目的、今までの経緯を掻い摘んで説明すると、ボクを包む炎が勢いを増していくのが見えた。
 イフリートが怒っている?

『事情は分かりました。邪神の行い、断じて許しがたい。幸いにして、天神様や魔神様の魔力の痕跡を感じます。急ぎ合流しましょう!』

「邪神は!? 」

『既に下へ向かいました。追いかけて滅する必要がありましょう』



 勢いよくマグマが噴き出す様子を見て、泣き崩れていたミルフェちゃんが顔を上げる。

 5mもある巨人が、ボクを抱えるようにしてマグマの海を歩いてくる。

 一瞬だけ恐怖に引き攣った顔は、すぐに歓喜に変わった。

 お互いの笑顔がそうさせたんだと思う。


「ばかっ!! 」

 いきなりポコポコ叩かれた。

「ごめん……」

「私こそごめん!! 私が余計なことを言ったから……」

「ううん、アユナちゃんじゃなくても助けに行ったと思う。でも、アイツは邪神かもしれない! いきなり襲われた!」

 邪神という言葉を聞いて、再び顔が引き攣るミルフェちゃん。

「でも、イフリートが助けてくれた!」

「イフリート……」

 恐らく、異世界での出来事も、使い魔のミールの目を通じて見ていると思う。

 炎の上位精霊イフリート……ある意味フェニックスよりも威圧感が凄い。その巨人をまじまじと見詰めるミルフェちゃんの胆力も凄い。


『リンネ様……早く追いましょう』

「そうだね。ミルフェちゃん、邪神が天神を追いかけて下りていったらしい。ボク達も行くよ!」

「う、うん……」



 その後、イフリートの肩に乗せられたボク達は、今までの遅れを取り戻すような速度で火口を下っていく。


 マグマの熱気は次第に遠ざかっていく。

 その中をひたすら進むこと3時間……道の傾斜は緩やかになり、水の音が聞こえ始めてきた。

 そして、火口に作られた道の終点に辿り着いた。

 やや広めな空洞の先、そこには広大な地底湖があった。

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