異世界八険伝
68.魔神と真実
2匹の親友は、夜を徹して導いてくれた。
魔物ばかりの夜闇を。
2人の親友は、夜を徹して食べてくれた。
魔王手作りの料理を。
朝日は厚い雲に覆われて勢力を失い、朝から降りだした雨は、次第にボク達を足止めするかのように勢いを増していった。
水魔法で造形した透明な傘が意外と活躍した。でも、足元や視界がこう悪くては速度を落とさざるを得ない。諦めて雨宿りするかな。
「あの村に寄っていく?」
『やめとく』
「あの町は?」
「怖いです」
キュリオ・キュルスで味わった恐怖がトラウマになっているようで、魔人がいる所での雨宿りは無理みたい。無理せず少しずつ進むしかない……。
そんな時だった。先行していたスカイが興奮しながら戻ってきたのは……。
「リンネ様……大神林の入口が近いそうです。森に入れば雨宿りにもなるです」
『魔神の森だよね?占いでは大丈夫って出たんだよね?あれ、夢とかじゃないよね?』
「アユナちゃん失礼です!クルンはちゃんと占ったです!絶対に絶対の、絶対です!!」
「正直、ボクは怖いよ。でも、ウィズが来る前に魔神に会うべきだと思う。スノー、森に入ろう!」
★☆★
スノーのお陰で3日目の昼過ぎには、ボク達は目的地に到着することが出来た。
大神林……エリ村や、アルン王国北部のエルフ村があった深い森とは雰囲気が違う。森全体が1つの生き物であるかのような、巨大生物の口の中に入っていくような違和感を感じるんだ。
『リンネちゃん……これ、変な森。精霊も妖精もいないのは仕方がないけど、生き物が全くいないみたいだよ』
「クルンも変な気分です。闇に吸い込まれていくようです」
エルフと獣族の感覚が、ボクの感じる違和感を立証している。
樹木は、トンネル状に伸びていてボク達を真っ直ぐ導いているかのようだ。空は、ボク達を包み込む樹木で隠されているが、森の中は暗くはなく、濃霧に木漏れ日が反射してきらきらした光で満たされている。
「魔神というか、神様が居そうな神秘的な場所だよね……」
『うん。邪悪な感じはしないよね』
「でも、危険だと思ったら転移するからね?手を繋いでおこう」
失敗した。
左手はクルンちゃん、右手はアユナちゃんに取られ、顔が痒くなっても掻けなくなった。
スノーに乗って、ゆっくり2時間ほど進んだ。
奥に進むほど明るさが、緊張感が増していく。クルンちゃんの占いを信じよう。きっと大丈夫だ。
自然と両手に力がこもる。小さな手が力強く握り返してくれる。ほんの小さな出来事に、思わず微笑んでしまう。
アユナちゃんがスキップするような軽い足取りでボクを引っ張る。ボクに引っ張られたクルンちゃんも、アユナちゃんに張り合う格好でボクを引っ張りだした。
緊張は次第に解れていく。小さな勇気がボクの心を導いてくれた。前に、進もう。
『来たか、運命に導かれし愛しい子らよ!ぼくは嬉しいよ』
透き通るような、歌うような声が響く。
魔神……?
『近くに来てくれ。ぼくに触れてくれ』
どこにいるの?
森は終着点を迎えている。樹木に覆われた広い半球状のドームがボク達を取り込んでいく。中心に聳える木がドームの天井を支えているようだ。
周囲を隈無く見渡す。魔神らしきは、影も形も見当たらない。
『目の前だよ。木に触れてごらん』
もしかして、この木!?
中央に立つ高さ30mほど……3人で手を広げれば幹を囲めるくらいの大木。
まさか……この木が魔神なの?
『神のほとんどは植物だよ。ぼく達は光と魔素があれば永遠に生きられるけど、動物は無駄が多くて長生き出来ないからね』
「リーン様のように、人の姿をしているのかと思っていました……」
ボク達は魔神に歩み寄る。
お互いに顔を見合わせる。
魔神に触れる勇気はない。
『あはは。人の姿をした神がいたら、まずは詐欺師だと疑うべきさ。リーン・ルナマリア様だけが特別なのだから。
人は傲慢だからぼく達は嫌いなんだ。人の歴史は浅い。君の世界でもそうだろう?ぼく達には30億年の歴史がある。動物は5億年くらいか。その中で、人はどうだい?せいぜい600万年くらいだろう?世界を作ったのはぼく達さ。ぼく達を世話させる為に人を作ったはずなんだけどね。君達もそのうち機械相手に同じことを思うだろうね』
46億年前に地球を作った神が、わざわざ歴史の末端たる人の姿をしているなんて……確かに、変な話だ。人が持つ知性だって、他者に与えられたものかもしれない。人がロボットにしているように。
『ぼくに触れれば真実を伝えられるよ。その為に来たんだろう?リーン・ルナマリア様を救えるのは君達だけだよ。力を貸しておくれ』
魔神に頼まれてる?
確かに……リーン様が力を取り戻せば魔王を倒せる。でも、魔神は魔王を倒してはくれないのだろうか……。
『君の気持ちは分かるよ。でも、創造の3柱は既に力を失っているんだ。ぼくじゃ、地上の魔王には勝てない……すまないね』
やはり神。心を読まれているね。アユナちゃんもクルンちゃんも覚悟を決めているみたいだ。
繋いでいた手を離す。アユナちゃんが右手を木に伸ばす。左手はさりげなくボクのローブを掴んでいる。クルンちゃんも同じように右手をボクに伸ばして、左手で木に触れる。2人に抱かれるように、ボクは両手で木に触れた。
★☆★
朝日が眩しい……。
ボクは庭にいた。身体はない。意識だけがそこにあった。目の前には1軒の見慣れない家が建っていた。違う……2階建の、かつての見慣れた家。
ドアが開き、1人の少女が出てきた。車イスに乗り、スロープを下って朝日が照らす庭に出てくる。笑顔で花壇を眺めている。
考えが纏まったのか、ゆっくりと車イスから降りると地面に膝をつくと、白い小さな手で花壇の土を優しく掘る。1mの間隔を空けて2つの小穴を作ると、胸のポケットから種子を2つ取り出す。白い種と黒い種。
「私の分まで頑張って生きてね」
軽く種に口づけをすると、それぞれの穴に植えて、柔らかい土の屋根を作る。手を組み、祈るような姿勢をする少女。その後、歌いながらジョウロで水をやり、満足げに家に戻って行った。
ボクの意識は家の中へ向かう。
静まり返った世界。台所、リビング、客室、お風呂……誰もいない。2階へ続く急な階段……人の気配はない。
1番奥の寝室……いた。少女がベッドに寝そべり、本を読んでいる。『植物の育てかた入門』?銀髪碧眼の少女は、小難しい顔をして真剣に読んでいる。
ふと思い出したように、ページを繰る。焦った表情で机の上の袋を鷲掴みにすると、再び花壇に降りていった。
ベッドには、肥料について書かれたページを開けたまま投げ出された本がある。机には、家族写真だろうか……両親と少女が写った写真が飾られている。向かいの本棚には、2つの位牌が並んでいた……両親の写真と一緒に。
意識が切り替わる。
ボクは相変わらず少女の部屋にいた。窓ガラスを通して、花壇にいる彼女が見える。外はどしゃ降りの雨なのに……傘を差して花壇に立っていた。
その後、何度も何度も意識が切り替わった。
花壇の木を見ると、月日が過ぎ去っていくのが分かる。白と黒の2本の木は立派に育ち、車イスに座る少女よりも高くなっていた。
その前も、それ以後も、少女が木に注いだ愛情は、見ているボクですら涙が止まらないほどだった。雨の日も、風の日も、雪の日も……少女は健気に話しかけながら愛を注ぎ続けた。
しかし、少女は病弱だった。花壇にいる以外はベッドで咳き込む日々だった。
週に数回、近所のおばさんが世話をしに来る度に花壇に降りるのを注意されていた。その都度少女は同じ言い訳をしていた。『あの木は、お父さんとお母さんだもん』と。
ボクの意識が、世界の成り立ちを走馬灯のように映し出していく……。
2年後、少女が死んだ。
独り身の少女を弔う者はいなかった。世話をしていた近所のおばさんは、亡骸を横目に、自業自得だよと呟きながら家財道具を引き取ると、家ごと火を放った……。
人の優しさしか知らなかった2本の木は、片や人の醜い心への憎悪を糧に、片や浮き彫りになった少女の優しさを糧に、神に祈り続けた。燃え盛る家を間近で見つめながら。
その世界にも神はいた。
とめどなく愛を注がれて育った木々を、神はまるで自らの分身であるかのように、守り育てた。
長い年月が過ぎ、2本の木は双子の大樹と呼ばれるまでに生長した。少女が住んでいた地域は深い森に沈み、全てが大樹の糧となった。
双子の力の根源は相反するものであったが、やがて、大樹は共通の目標を抱くに至る。少女を生き返らせよう、その強い意志が大樹を神樹へと押し上げた。
神樹は、次元の存在の力を借りて少女リーンを神として蘇らせた。慈愛と憎悪……光と闇の力を併せ持つ少女は、秩序神リーン・ルナマリアと名付けられた。新たな神によって、白い木は母なる“天神”、黒い木は父なる“魔神”と名付けられた。
神々は力を結集し、皆が愛した庭を新たな世界として創造していった。こうして天魔界=地上世界たるロンダルシア大陸が誕生した。
神々は人を愛し、人の負の感情を魔素に変換して平和な世界を維持し続けた。
しかし、秩序神が、両親だと信じて疑わなかった2本の神樹は互いに不仲に陥った。少女の愛を独占しようと欲したからだ。
リーンは泣きながらも必死に仲裁に奔走した。しかし、魔神は魔素を吸収する存在たる魔王を産み出し、対抗するために天神は自らの魂を7つに分けて七勇召喚石を産み出した。
争いは続き、天魔界(地上世界)は荒れ果てていった。天神は、深い反省と共に新たな世界“天界”を作り、引きこもった。魔神もまた、強い後悔の念から“魔界”を作ると、同じように引きこもってしまった。かつての天魔界、地上世界にはリーンのみが残された。こうして、創造神はそれぞれ別の世界に散っていった……それを見届けながら、ボクの意識が次第に引き戻されていく。
★☆★
『ここからは直接ぼくが話すべきだね。
悲嘆にくれる秩序神リーン・ルナマリア様がとった行動は、全身全霊自らの力を込めて、生前の両親を転移させる為の神石を作ることだった。
しかし、召喚は叶わなかった……次元の存在は彼女の行動を是とせず、両親に再び会うことを許さなかったんだ。
彼女は銀の神石を人の子に託し、決死の覚悟を持って、天神の七勇と共に強大な魔王に挑んだ。結果、魔王の肉体を滅することには成功したが、自らは魂を激しく欠損させて記憶を失うこととなった。
次元の存在の気紛れか、運命の力か……1000年の時を超えて銀の召喚が叶った。そう、君だよ。でも……親子は互いに記憶を失い、再会は皮肉にも敵同士だったということさ……ふぅ……』
話し終えると、周囲に風が起こる。魔神が自虐の念を込めて、深い溜め息を吐き出したかのようだった。
『これが世界創世記さ。思っていたより単純だろう?そうさ、世界なんて、庭や屋根裏で作られるものなのさ』
酷い話……これじゃ、リーンが可哀想過ぎる!ボクに出来ることは何だ?考えろ……考えろ、考えろ……。
「リンネ様、大丈夫です?」
『顔が、真っ青だよ?リンネちゃん……』
えっ!?
ボクの魂が泣いている……そうだね、ボクはリーンを幸せに出来なかった。今度こそ助けてあげなければ。でも、何をすれば……。
『リンネ……君はね、リーン・ルナマリア様が待ち望んだ存在なんだ。ぼくは君の代わりにはなれなかった。真実は伝えたよ、役目は果たした。もう許してくれ……ぼくを殺してくれ……』
魔物ばかりの夜闇を。
2人の親友は、夜を徹して食べてくれた。
魔王手作りの料理を。
朝日は厚い雲に覆われて勢力を失い、朝から降りだした雨は、次第にボク達を足止めするかのように勢いを増していった。
水魔法で造形した透明な傘が意外と活躍した。でも、足元や視界がこう悪くては速度を落とさざるを得ない。諦めて雨宿りするかな。
「あの村に寄っていく?」
『やめとく』
「あの町は?」
「怖いです」
キュリオ・キュルスで味わった恐怖がトラウマになっているようで、魔人がいる所での雨宿りは無理みたい。無理せず少しずつ進むしかない……。
そんな時だった。先行していたスカイが興奮しながら戻ってきたのは……。
「リンネ様……大神林の入口が近いそうです。森に入れば雨宿りにもなるです」
『魔神の森だよね?占いでは大丈夫って出たんだよね?あれ、夢とかじゃないよね?』
「アユナちゃん失礼です!クルンはちゃんと占ったです!絶対に絶対の、絶対です!!」
「正直、ボクは怖いよ。でも、ウィズが来る前に魔神に会うべきだと思う。スノー、森に入ろう!」
★☆★
スノーのお陰で3日目の昼過ぎには、ボク達は目的地に到着することが出来た。
大神林……エリ村や、アルン王国北部のエルフ村があった深い森とは雰囲気が違う。森全体が1つの生き物であるかのような、巨大生物の口の中に入っていくような違和感を感じるんだ。
『リンネちゃん……これ、変な森。精霊も妖精もいないのは仕方がないけど、生き物が全くいないみたいだよ』
「クルンも変な気分です。闇に吸い込まれていくようです」
エルフと獣族の感覚が、ボクの感じる違和感を立証している。
樹木は、トンネル状に伸びていてボク達を真っ直ぐ導いているかのようだ。空は、ボク達を包み込む樹木で隠されているが、森の中は暗くはなく、濃霧に木漏れ日が反射してきらきらした光で満たされている。
「魔神というか、神様が居そうな神秘的な場所だよね……」
『うん。邪悪な感じはしないよね』
「でも、危険だと思ったら転移するからね?手を繋いでおこう」
失敗した。
左手はクルンちゃん、右手はアユナちゃんに取られ、顔が痒くなっても掻けなくなった。
スノーに乗って、ゆっくり2時間ほど進んだ。
奥に進むほど明るさが、緊張感が増していく。クルンちゃんの占いを信じよう。きっと大丈夫だ。
自然と両手に力がこもる。小さな手が力強く握り返してくれる。ほんの小さな出来事に、思わず微笑んでしまう。
アユナちゃんがスキップするような軽い足取りでボクを引っ張る。ボクに引っ張られたクルンちゃんも、アユナちゃんに張り合う格好でボクを引っ張りだした。
緊張は次第に解れていく。小さな勇気がボクの心を導いてくれた。前に、進もう。
『来たか、運命に導かれし愛しい子らよ!ぼくは嬉しいよ』
透き通るような、歌うような声が響く。
魔神……?
『近くに来てくれ。ぼくに触れてくれ』
どこにいるの?
森は終着点を迎えている。樹木に覆われた広い半球状のドームがボク達を取り込んでいく。中心に聳える木がドームの天井を支えているようだ。
周囲を隈無く見渡す。魔神らしきは、影も形も見当たらない。
『目の前だよ。木に触れてごらん』
もしかして、この木!?
中央に立つ高さ30mほど……3人で手を広げれば幹を囲めるくらいの大木。
まさか……この木が魔神なの?
『神のほとんどは植物だよ。ぼく達は光と魔素があれば永遠に生きられるけど、動物は無駄が多くて長生き出来ないからね』
「リーン様のように、人の姿をしているのかと思っていました……」
ボク達は魔神に歩み寄る。
お互いに顔を見合わせる。
魔神に触れる勇気はない。
『あはは。人の姿をした神がいたら、まずは詐欺師だと疑うべきさ。リーン・ルナマリア様だけが特別なのだから。
人は傲慢だからぼく達は嫌いなんだ。人の歴史は浅い。君の世界でもそうだろう?ぼく達には30億年の歴史がある。動物は5億年くらいか。その中で、人はどうだい?せいぜい600万年くらいだろう?世界を作ったのはぼく達さ。ぼく達を世話させる為に人を作ったはずなんだけどね。君達もそのうち機械相手に同じことを思うだろうね』
46億年前に地球を作った神が、わざわざ歴史の末端たる人の姿をしているなんて……確かに、変な話だ。人が持つ知性だって、他者に与えられたものかもしれない。人がロボットにしているように。
『ぼくに触れれば真実を伝えられるよ。その為に来たんだろう?リーン・ルナマリア様を救えるのは君達だけだよ。力を貸しておくれ』
魔神に頼まれてる?
確かに……リーン様が力を取り戻せば魔王を倒せる。でも、魔神は魔王を倒してはくれないのだろうか……。
『君の気持ちは分かるよ。でも、創造の3柱は既に力を失っているんだ。ぼくじゃ、地上の魔王には勝てない……すまないね』
やはり神。心を読まれているね。アユナちゃんもクルンちゃんも覚悟を決めているみたいだ。
繋いでいた手を離す。アユナちゃんが右手を木に伸ばす。左手はさりげなくボクのローブを掴んでいる。クルンちゃんも同じように右手をボクに伸ばして、左手で木に触れる。2人に抱かれるように、ボクは両手で木に触れた。
★☆★
朝日が眩しい……。
ボクは庭にいた。身体はない。意識だけがそこにあった。目の前には1軒の見慣れない家が建っていた。違う……2階建の、かつての見慣れた家。
ドアが開き、1人の少女が出てきた。車イスに乗り、スロープを下って朝日が照らす庭に出てくる。笑顔で花壇を眺めている。
考えが纏まったのか、ゆっくりと車イスから降りると地面に膝をつくと、白い小さな手で花壇の土を優しく掘る。1mの間隔を空けて2つの小穴を作ると、胸のポケットから種子を2つ取り出す。白い種と黒い種。
「私の分まで頑張って生きてね」
軽く種に口づけをすると、それぞれの穴に植えて、柔らかい土の屋根を作る。手を組み、祈るような姿勢をする少女。その後、歌いながらジョウロで水をやり、満足げに家に戻って行った。
ボクの意識は家の中へ向かう。
静まり返った世界。台所、リビング、客室、お風呂……誰もいない。2階へ続く急な階段……人の気配はない。
1番奥の寝室……いた。少女がベッドに寝そべり、本を読んでいる。『植物の育てかた入門』?銀髪碧眼の少女は、小難しい顔をして真剣に読んでいる。
ふと思い出したように、ページを繰る。焦った表情で机の上の袋を鷲掴みにすると、再び花壇に降りていった。
ベッドには、肥料について書かれたページを開けたまま投げ出された本がある。机には、家族写真だろうか……両親と少女が写った写真が飾られている。向かいの本棚には、2つの位牌が並んでいた……両親の写真と一緒に。
意識が切り替わる。
ボクは相変わらず少女の部屋にいた。窓ガラスを通して、花壇にいる彼女が見える。外はどしゃ降りの雨なのに……傘を差して花壇に立っていた。
その後、何度も何度も意識が切り替わった。
花壇の木を見ると、月日が過ぎ去っていくのが分かる。白と黒の2本の木は立派に育ち、車イスに座る少女よりも高くなっていた。
その前も、それ以後も、少女が木に注いだ愛情は、見ているボクですら涙が止まらないほどだった。雨の日も、風の日も、雪の日も……少女は健気に話しかけながら愛を注ぎ続けた。
しかし、少女は病弱だった。花壇にいる以外はベッドで咳き込む日々だった。
週に数回、近所のおばさんが世話をしに来る度に花壇に降りるのを注意されていた。その都度少女は同じ言い訳をしていた。『あの木は、お父さんとお母さんだもん』と。
ボクの意識が、世界の成り立ちを走馬灯のように映し出していく……。
2年後、少女が死んだ。
独り身の少女を弔う者はいなかった。世話をしていた近所のおばさんは、亡骸を横目に、自業自得だよと呟きながら家財道具を引き取ると、家ごと火を放った……。
人の優しさしか知らなかった2本の木は、片や人の醜い心への憎悪を糧に、片や浮き彫りになった少女の優しさを糧に、神に祈り続けた。燃え盛る家を間近で見つめながら。
その世界にも神はいた。
とめどなく愛を注がれて育った木々を、神はまるで自らの分身であるかのように、守り育てた。
長い年月が過ぎ、2本の木は双子の大樹と呼ばれるまでに生長した。少女が住んでいた地域は深い森に沈み、全てが大樹の糧となった。
双子の力の根源は相反するものであったが、やがて、大樹は共通の目標を抱くに至る。少女を生き返らせよう、その強い意志が大樹を神樹へと押し上げた。
神樹は、次元の存在の力を借りて少女リーンを神として蘇らせた。慈愛と憎悪……光と闇の力を併せ持つ少女は、秩序神リーン・ルナマリアと名付けられた。新たな神によって、白い木は母なる“天神”、黒い木は父なる“魔神”と名付けられた。
神々は力を結集し、皆が愛した庭を新たな世界として創造していった。こうして天魔界=地上世界たるロンダルシア大陸が誕生した。
神々は人を愛し、人の負の感情を魔素に変換して平和な世界を維持し続けた。
しかし、秩序神が、両親だと信じて疑わなかった2本の神樹は互いに不仲に陥った。少女の愛を独占しようと欲したからだ。
リーンは泣きながらも必死に仲裁に奔走した。しかし、魔神は魔素を吸収する存在たる魔王を産み出し、対抗するために天神は自らの魂を7つに分けて七勇召喚石を産み出した。
争いは続き、天魔界(地上世界)は荒れ果てていった。天神は、深い反省と共に新たな世界“天界”を作り、引きこもった。魔神もまた、強い後悔の念から“魔界”を作ると、同じように引きこもってしまった。かつての天魔界、地上世界にはリーンのみが残された。こうして、創造神はそれぞれ別の世界に散っていった……それを見届けながら、ボクの意識が次第に引き戻されていく。
★☆★
『ここからは直接ぼくが話すべきだね。
悲嘆にくれる秩序神リーン・ルナマリア様がとった行動は、全身全霊自らの力を込めて、生前の両親を転移させる為の神石を作ることだった。
しかし、召喚は叶わなかった……次元の存在は彼女の行動を是とせず、両親に再び会うことを許さなかったんだ。
彼女は銀の神石を人の子に託し、決死の覚悟を持って、天神の七勇と共に強大な魔王に挑んだ。結果、魔王の肉体を滅することには成功したが、自らは魂を激しく欠損させて記憶を失うこととなった。
次元の存在の気紛れか、運命の力か……1000年の時を超えて銀の召喚が叶った。そう、君だよ。でも……親子は互いに記憶を失い、再会は皮肉にも敵同士だったということさ……ふぅ……』
話し終えると、周囲に風が起こる。魔神が自虐の念を込めて、深い溜め息を吐き出したかのようだった。
『これが世界創世記さ。思っていたより単純だろう?そうさ、世界なんて、庭や屋根裏で作られるものなのさ』
酷い話……これじゃ、リーンが可哀想過ぎる!ボクに出来ることは何だ?考えろ……考えろ、考えろ……。
「リンネ様、大丈夫です?」
『顔が、真っ青だよ?リンネちゃん……』
えっ!?
ボクの魂が泣いている……そうだね、ボクはリーンを幸せに出来なかった。今度こそ助けてあげなければ。でも、何をすれば……。
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