異世界八険伝
66.魔界に住まう少女
明け方魔界の地に降り立ったボクに、タイミングを見計らったかのようにアイちゃんからの念話が届いた。
(リンネさん、大変なことが分かりました!今すぐニューアルンに戻ってください!そこは危険です!!)
(えっ!?分かった……)
「アユナちゃん、クルンちゃん、事情は後ね。一旦戻るよ!……転移!!」
・・・
「もう地上です?」
『風景が変わってないよ?』
大きな魔物が飛び交う空の先で、霊峰ヴァルムホルンは、ボクが削り取ったはずの山頂を相変わらず見せつけている。やはり異空間転移には門が必要なのか。
(アイちゃん、魔界からそっちに直接転移出来ないみたい。戻るのに2時間掛かるよ?何があったか教えてくれない?)
(やはり異空間の壁は越えられませんか……。
私が伝えたかったのは、その転移魔法についてです。文献から察するに、リンネさんの転移は地点転移ですが、魔人ウィズの転移は人点転移です……ウィズが魔界にいるのなら、いつでもリンネさんの所に現れる可能性があります!!)
「なんだって!?」
『どうしたの?』
「あっ……声が出ちゃった。今ね、アイちゃんから念話がきて、ウィズはいつでもボクの所に転移出来るって!」
『こわっ!リンネちゃんは戦えないんでしょ!?ダメじゃん!!』
「だから、アイちゃんは皆がいるニューアルンに戻るようにって」
「大丈夫です。魔界で魔人ウィズには会わないです」
「『え?』」
「占ったです。今は地上にいるです。3日間は大丈夫です」
クルンちゃんの占いは絶対だ。詮索はしないけど、何かの意思でボク達を導いてくれている。占いに従えばボク達は助かるはずだ!
(アイちゃん、聞いてた?多分ウィズは地上にいる。ヴェローナは1時間しか魔界の扉を開けられない……それが幸いしているのかもしれない。ボク達は魔神を探すよ)
(分かりました。今日、明日、明後日の3日間だけですよ?ウィズが居なくても魔界は危険です!くれぐれも気を付けて下さいね!!)
(うん、ありがとう!絶対に魔神に会う!戦わずに魔王を何とかしてもらうから、ハンバーグ作って待っててね!)
(ふふっ!約束しましたからねっ!)
魔神……話が出来る相手なら良いな。でも、どうやって説得するか考えないとね。
『リンネちゃん、3日間しかないなら急がないと!で、馬車が無いけど……ドラゴンは呼べるの?』
「あ、そうか!どうだろう……召喚してみるね……スノー!スカイ!」
『ギュルルゥ!』
『シュルルルゥ!』
ボクが翳した左手の指環から、スノーとスカイが待ちわびたように飛び出した。良かった!
『……精霊は全員反応がないよ……嫌われちゃったのかな……』
アユナちゃんがしゃがみこみ、どこからか拾ってきた棒切れで地面に(T_T)という落書きをしてる。
「違うよ!ボクの知識だと、精霊界は魔界と繋がってない。だから召喚出来ないんだと思う」
『そうだよね、仲直りしたもん!』
顔文字が(T_T)から\(^_^)/に変わってる。
「リンネ様、魔神さんどうやって探すです?」
クルンちゃんが初歩的な質問をしてくる。アユナちゃんはドラゴンと遊ぶのに夢中だ。
「えっ……魔神って、1番大きな城とか神殿にいるんじゃないの?」
「神様って、城にいるものです?クルンは神様を見たことないから分からないです……」
「ボクもな……あるかな?もやもやしてた」
『私はあるよ!リーン様が神様じゃん!』
「そっか!」
じゃあ、洞窟に隠れてる?牢屋に隠れてる?そんな訳ないよね。ボク達は暫く考え込んでしまった。無闇に動き回る訳にはいかない!
「『占って!』」
実はクルンちゃんの生占いは初めて見る。
クルンちゃんは地べたに女の子座りをして尻尾を抱き寄せ、目を閉じた。ボク達の視線が集中する。どんな神秘的な占いなんだろうかと期待が高まる。
3分後、クルンちゃんの身体が左右に揺れ始めた。もしかして、潮来さんみたいな降霊術!?
さらに3分後……身体が揺れに耐えきれずに横倒しになる。幸せそうな表情で、口からはヨダレを垂らしそうだ。
『寝てるよね……』
「そのように見えるだけだよ……」
さらに10分後……突然、思い出したように飛び起きたクルンちゃんが呟く。
「どうしましたです?」
『おはよう……』
「おはようです、よく寝たです」
「えっと……クルンちゃん、占いの結果は?」
座ったまま、口に手を当ててキョトンとした表情で何かを必死に思い出そうとするクルンちゃんに、アユナちゃんがジト目を向けている。
「占ったです。ずっと東……地上だとフィーネがある辺りです」
『リンネちゃん、これ信じられる?クルンちゃん、さっき絶対に“よく寝た”って言ったよね!?』
「気のせいだよ……さぁ、出発しよう!!」
[アユナがパーティに加わった]
[クルンがパーティに加わった]
★☆★
スカイが空から偵察を行い、ボク達はその後ろをスノーに乗って疾走する。フィーネは遠い。馬車だと8日は掛かる距離だ。
でも、スノーが休まずに走り続ければ……何とか3日目の昼には着く見込みだ。可哀想だけど頑張ってもらおう。帰りは転移すればいいし。
道中、ボク達の前に立ちはだかる魔物・魔族だけを倒しながら進んだ。時間を無駄にしたくないからね。遠くに魔物の群れを見やりながら、ボク達はサンドイッチを食べる。
その時、ボク達の耳に悲鳴が聞こえた!
『誰か助けて!!』
『リンネちゃん、あそこ!』
アユナちゃんが指差す先の茂みから複数の魔物の姿が見える。300mくらいか。
「助けに行こう!スノー、お願い!」
近づくにつれて、次第に状況が明確になる。
スカイが先行して魔物を牽制する中、レッサーデーモン3体が女の子を襲っている。近くには壊された馬車、多数の死体……。
距離が目算50mに差し掛かろうかという時、ボクは魔法を放った!
「サンダーアロー!!」
地を這う光速の光の矢がレッサーデーモンの頭を吹き飛ばす!2体の意識が急接近するボク達に向く。続けざまに連発する。容赦はしない!
「サンダーアロー!アロー!!」
「リンネ様、凄いです!命中です!」
「女の子は!?」
瀕死のレッサーデーモンに止めを刺し、アユナちゃんが介抱している女の子に走り寄る!
『リンネちゃん!この子、怪我もないし気を失ってるだけみたい。でも……魔人だよ』
「魔人です!?」
クルンちゃんが驚いて跳び上がる。でも、ボクは何となく分かってた。ここ、魔界だもん。でも、魔族って魔人の下僕だと思ってた。魔族が魔人を殺すなんて……。
「放っては置けないから」
馬車を見る。車軸も折れて使えそうにない。死体が……魔人の死体が2つだけ残されていた。レッサーデーモンの死体は消えて魔結晶になっていた。
魔界では魔人が死んでも魔素に変換されないのか。なんだ、人間と同じだね。
無惨に切り裂かれた死体に布を掛けて地に横たえる。弔う方法が分からない。一応、近くに穴を掘っておく。
『リンネちゃん!!』
「ん?」
あ、魔人の女の子の意識が戻ったみたい。戦いたくないな。もう戦うのは嫌だ。
『あたしは助かったのか……うっ……あたしだけ生き残ったのか!天使、人間、獣人……あたしも殺してくれ!!』
並べられた死体を見るなり女の子が暴れ始めた。死んだのは大切な人だったんだね。でも……。
「殺してなんて言うな!!
生きたいと願って、それでも死んでいった人だってたくさんいるんだ。その人たちの分まで生きて、生き抜いて、幸せになりなよ!!」
手が痛い……。
初めて……初めて、人をグーで殴った。
こんなにも、手が、胸が痛いんだね。
知らなかったよ……。
女の子だけじゃなく、アユナちゃんやクルンちゃんも驚いて目を円くしている。
「人生なんて辛いことばかり。その中で、戦って、戦って、たった1割の幸せを掴み取るもんでしょ!だから、生きることを諦めちゃだめなんだ!!」
『あ……あたしには……もう、何もない……』
「生き残った意味がある!
あなたが、他の人を幸せにすればいい!
そしたらあなたも、
きっと!必ず、幸せになるから!!」
『あたしにそんな力は、資格は……』
「あるよ!
誰にだってあるよ!!
聴かせて下さい。あなたのことを。ボク達があなたを助けたのは世界の意思。きっと運命なんだよ!」
もう、涙が止まらなくて何を言ってるのか自分でも分からない。
ボクはたくさんの死を見てきたから、死にたくないと苦しむ姿を見てきたから、生きたいともがく姿を見てきたから、だから、悔しい気持ちと怒りと悲しみが、全部一気に涌き起こった。
言葉ではない、滅茶苦茶に号泣するボクの涙が、種族の壁を越えて彼女に届いたんだ。女の子は、ぽつりぽつりと話し始めた。
『あたしは……フラムという。サンという村の出身だ。彼は……うっ……彼は、あたしの夫だ』
横たわる背の高い方の魔人を見て、慟哭を必死に抑えつける魔人フラム。
『昨日……結婚したんだ……幼馴染みでね、あたしの片想いだったんだが……やっと……やっと、夢が叶ったんだ……。
そう思ったのに……幸せな家庭を……ううっ……作ろうって……町でたくさん家具を買って……でも……彼はもう……』
そうだったのか……馬車にはたくさんの家具が積まれていた。死は、誰にでも無情に訪れる。悲しいね、悲しいよ!
でもごめん、ボクにはフラムさんの深い悲しみを理解出来ないかもしれない。知ったようなことを言ってごめん……。
何も言えなかったボクが出来ることは、彼女を……フラムさんを強く抱き締めることだけだった。
まだ若い子。魔界の結婚制度なんて知らないけど、まだ15歳くらいじゃないか。辛いよね、大好きな彼を失ったこと。幸せの絶頂からの絶望……辛いに決まってる!ボクは無性にこの少女を守りたくなった。
「フラムさん、家族は?」
『父と夫だけだ……』
再び死体を見て嗚咽を漏らす彼女……。
「家に送りましょうか」
『辛くなるだけだ……人間、いや銀髪の……』
「ボクはリンネ。それと、アユナちゃん、クルンちゃん」
『助けてくれた恩人の名も尋ねずに済まない。あたしも……連れていってはくれないか?』
思わぬ展開に、ボク達は顔を見合わせる。よく見ると皆、泣きすぎて酷い顔をしている。でも、頷いてくれた。打算も何もない……優しさが溢れていた。
アユナちゃんが死者を弔った。魔人とは言え、魂が天に還るのが見えた気がする。
家具は、アイテムボックスに収納した。燃やすべきだと泣きながら主張するフラムさんを説得して……。辛い想い出も、いつかは変わると信じたい。だって、必ず彼らは見守ってくれているはずだから。
★☆★
『魔神なんて本当にいるのか?』
「魔界の住人すら知らないとは思わなかった……必ずいる。秩序神リーンがいたんだから」
『それにしても……人間と天使と獣人、そして魔人か。不思議な巡り合わせだな』
そう言うと、フラムさんは初めて笑った。
口を開けて笑った訳ではないけど、花のような綺麗な笑顔だった。
「地上だと、魔族は魔人の下僕なんだけど……」
『馬鹿な!人間は凶暴な動物を下僕にするのか?魔族なんて、魔物の中でも魔に染まった邪悪な存在だ。一緒にしないでもらいたい!』
何となく意味が分かった気がする。魔人を人間に例えるなら、魔族はライオンとかだ。魔物は総称、つまり人間や亜人全てを指すようだ。
「そう……ごめんなさい。じゃあ、地上だと魔人が死ぬと魔素に変わったんだけど……」
言い終わった後に後悔した。嫌な話題を振ってしまった。案の定、アユナちゃんが肘でツンツンしてきたよ……。
『それもだ。地上にも魔人が居ると聞いたことはあるが、あたしたちとは全く違うんだ。あいつらは魔族と同じで魔素が創る邪悪な存在。魔界の魔人は……両親が愛し合って産まれてきた存在だ』
ちょっと顔が赤くなったのは羞恥心?その後に悲しそうな表情に変わってしまった……。
『それにしても……リンネは強者だな』
スノーの前に回り込んだ魔物を会話しながら軽く屠ったボクを見て、フラムさんが呟く。
「リンネ様は勇者です!」
『そう、リンネちゃんは1000年に1人現れるという伝説の勇者なんだからねっ!』
「そんな大袈裟なもんじゃないよ……」
『勇者?魔王を滅すると言われる?』
「魔王には勝てそうにない!だから、魔王の産みの親らしい魔神に交渉しに行くんだから!」
『それで魔界に……あたしは凄い人に助けられたんだな……』
「凄くはないけど、そうあろうと覚悟は決めてる。魔族はあれだけど、魔人と人間が共存出来る世界を作りたいんだ!!」
『壮大な目標だな。あたしにも、人生を賭けて手伝わせてくれ!』
嬉しかった!!
魔界に来て、夢を共有出来る人に出会えるとは思っていなかった。自然と涙が流れた。嬉し涙って、最高だよね!!
その後、ボク達はたくさん語り合った。
日が沈み、翌日になっても語り続けた。
やがて、スカイが興奮した様子で飛んできた。
遥か先を眺めると、地平線の彼方に広大な城が見えてきた。
「あれは……?」
『あぁ、大陸最大の都市キュリオ・キュールだ。あたしも初めて来た。折角だから寄ってみないか』
「えっ!?」
この時はまだ、魔界で渦巻く陰謀にボク達の誰もが気付いていなかった……。
(リンネさん、大変なことが分かりました!今すぐニューアルンに戻ってください!そこは危険です!!)
(えっ!?分かった……)
「アユナちゃん、クルンちゃん、事情は後ね。一旦戻るよ!……転移!!」
・・・
「もう地上です?」
『風景が変わってないよ?』
大きな魔物が飛び交う空の先で、霊峰ヴァルムホルンは、ボクが削り取ったはずの山頂を相変わらず見せつけている。やはり異空間転移には門が必要なのか。
(アイちゃん、魔界からそっちに直接転移出来ないみたい。戻るのに2時間掛かるよ?何があったか教えてくれない?)
(やはり異空間の壁は越えられませんか……。
私が伝えたかったのは、その転移魔法についてです。文献から察するに、リンネさんの転移は地点転移ですが、魔人ウィズの転移は人点転移です……ウィズが魔界にいるのなら、いつでもリンネさんの所に現れる可能性があります!!)
「なんだって!?」
『どうしたの?』
「あっ……声が出ちゃった。今ね、アイちゃんから念話がきて、ウィズはいつでもボクの所に転移出来るって!」
『こわっ!リンネちゃんは戦えないんでしょ!?ダメじゃん!!』
「だから、アイちゃんは皆がいるニューアルンに戻るようにって」
「大丈夫です。魔界で魔人ウィズには会わないです」
「『え?』」
「占ったです。今は地上にいるです。3日間は大丈夫です」
クルンちゃんの占いは絶対だ。詮索はしないけど、何かの意思でボク達を導いてくれている。占いに従えばボク達は助かるはずだ!
(アイちゃん、聞いてた?多分ウィズは地上にいる。ヴェローナは1時間しか魔界の扉を開けられない……それが幸いしているのかもしれない。ボク達は魔神を探すよ)
(分かりました。今日、明日、明後日の3日間だけですよ?ウィズが居なくても魔界は危険です!くれぐれも気を付けて下さいね!!)
(うん、ありがとう!絶対に魔神に会う!戦わずに魔王を何とかしてもらうから、ハンバーグ作って待っててね!)
(ふふっ!約束しましたからねっ!)
魔神……話が出来る相手なら良いな。でも、どうやって説得するか考えないとね。
『リンネちゃん、3日間しかないなら急がないと!で、馬車が無いけど……ドラゴンは呼べるの?』
「あ、そうか!どうだろう……召喚してみるね……スノー!スカイ!」
『ギュルルゥ!』
『シュルルルゥ!』
ボクが翳した左手の指環から、スノーとスカイが待ちわびたように飛び出した。良かった!
『……精霊は全員反応がないよ……嫌われちゃったのかな……』
アユナちゃんがしゃがみこみ、どこからか拾ってきた棒切れで地面に(T_T)という落書きをしてる。
「違うよ!ボクの知識だと、精霊界は魔界と繋がってない。だから召喚出来ないんだと思う」
『そうだよね、仲直りしたもん!』
顔文字が(T_T)から\(^_^)/に変わってる。
「リンネ様、魔神さんどうやって探すです?」
クルンちゃんが初歩的な質問をしてくる。アユナちゃんはドラゴンと遊ぶのに夢中だ。
「えっ……魔神って、1番大きな城とか神殿にいるんじゃないの?」
「神様って、城にいるものです?クルンは神様を見たことないから分からないです……」
「ボクもな……あるかな?もやもやしてた」
『私はあるよ!リーン様が神様じゃん!』
「そっか!」
じゃあ、洞窟に隠れてる?牢屋に隠れてる?そんな訳ないよね。ボク達は暫く考え込んでしまった。無闇に動き回る訳にはいかない!
「『占って!』」
実はクルンちゃんの生占いは初めて見る。
クルンちゃんは地べたに女の子座りをして尻尾を抱き寄せ、目を閉じた。ボク達の視線が集中する。どんな神秘的な占いなんだろうかと期待が高まる。
3分後、クルンちゃんの身体が左右に揺れ始めた。もしかして、潮来さんみたいな降霊術!?
さらに3分後……身体が揺れに耐えきれずに横倒しになる。幸せそうな表情で、口からはヨダレを垂らしそうだ。
『寝てるよね……』
「そのように見えるだけだよ……」
さらに10分後……突然、思い出したように飛び起きたクルンちゃんが呟く。
「どうしましたです?」
『おはよう……』
「おはようです、よく寝たです」
「えっと……クルンちゃん、占いの結果は?」
座ったまま、口に手を当ててキョトンとした表情で何かを必死に思い出そうとするクルンちゃんに、アユナちゃんがジト目を向けている。
「占ったです。ずっと東……地上だとフィーネがある辺りです」
『リンネちゃん、これ信じられる?クルンちゃん、さっき絶対に“よく寝た”って言ったよね!?』
「気のせいだよ……さぁ、出発しよう!!」
[アユナがパーティに加わった]
[クルンがパーティに加わった]
★☆★
スカイが空から偵察を行い、ボク達はその後ろをスノーに乗って疾走する。フィーネは遠い。馬車だと8日は掛かる距離だ。
でも、スノーが休まずに走り続ければ……何とか3日目の昼には着く見込みだ。可哀想だけど頑張ってもらおう。帰りは転移すればいいし。
道中、ボク達の前に立ちはだかる魔物・魔族だけを倒しながら進んだ。時間を無駄にしたくないからね。遠くに魔物の群れを見やりながら、ボク達はサンドイッチを食べる。
その時、ボク達の耳に悲鳴が聞こえた!
『誰か助けて!!』
『リンネちゃん、あそこ!』
アユナちゃんが指差す先の茂みから複数の魔物の姿が見える。300mくらいか。
「助けに行こう!スノー、お願い!」
近づくにつれて、次第に状況が明確になる。
スカイが先行して魔物を牽制する中、レッサーデーモン3体が女の子を襲っている。近くには壊された馬車、多数の死体……。
距離が目算50mに差し掛かろうかという時、ボクは魔法を放った!
「サンダーアロー!!」
地を這う光速の光の矢がレッサーデーモンの頭を吹き飛ばす!2体の意識が急接近するボク達に向く。続けざまに連発する。容赦はしない!
「サンダーアロー!アロー!!」
「リンネ様、凄いです!命中です!」
「女の子は!?」
瀕死のレッサーデーモンに止めを刺し、アユナちゃんが介抱している女の子に走り寄る!
『リンネちゃん!この子、怪我もないし気を失ってるだけみたい。でも……魔人だよ』
「魔人です!?」
クルンちゃんが驚いて跳び上がる。でも、ボクは何となく分かってた。ここ、魔界だもん。でも、魔族って魔人の下僕だと思ってた。魔族が魔人を殺すなんて……。
「放っては置けないから」
馬車を見る。車軸も折れて使えそうにない。死体が……魔人の死体が2つだけ残されていた。レッサーデーモンの死体は消えて魔結晶になっていた。
魔界では魔人が死んでも魔素に変換されないのか。なんだ、人間と同じだね。
無惨に切り裂かれた死体に布を掛けて地に横たえる。弔う方法が分からない。一応、近くに穴を掘っておく。
『リンネちゃん!!』
「ん?」
あ、魔人の女の子の意識が戻ったみたい。戦いたくないな。もう戦うのは嫌だ。
『あたしは助かったのか……うっ……あたしだけ生き残ったのか!天使、人間、獣人……あたしも殺してくれ!!』
並べられた死体を見るなり女の子が暴れ始めた。死んだのは大切な人だったんだね。でも……。
「殺してなんて言うな!!
生きたいと願って、それでも死んでいった人だってたくさんいるんだ。その人たちの分まで生きて、生き抜いて、幸せになりなよ!!」
手が痛い……。
初めて……初めて、人をグーで殴った。
こんなにも、手が、胸が痛いんだね。
知らなかったよ……。
女の子だけじゃなく、アユナちゃんやクルンちゃんも驚いて目を円くしている。
「人生なんて辛いことばかり。その中で、戦って、戦って、たった1割の幸せを掴み取るもんでしょ!だから、生きることを諦めちゃだめなんだ!!」
『あ……あたしには……もう、何もない……』
「生き残った意味がある!
あなたが、他の人を幸せにすればいい!
そしたらあなたも、
きっと!必ず、幸せになるから!!」
『あたしにそんな力は、資格は……』
「あるよ!
誰にだってあるよ!!
聴かせて下さい。あなたのことを。ボク達があなたを助けたのは世界の意思。きっと運命なんだよ!」
もう、涙が止まらなくて何を言ってるのか自分でも分からない。
ボクはたくさんの死を見てきたから、死にたくないと苦しむ姿を見てきたから、生きたいともがく姿を見てきたから、だから、悔しい気持ちと怒りと悲しみが、全部一気に涌き起こった。
言葉ではない、滅茶苦茶に号泣するボクの涙が、種族の壁を越えて彼女に届いたんだ。女の子は、ぽつりぽつりと話し始めた。
『あたしは……フラムという。サンという村の出身だ。彼は……うっ……彼は、あたしの夫だ』
横たわる背の高い方の魔人を見て、慟哭を必死に抑えつける魔人フラム。
『昨日……結婚したんだ……幼馴染みでね、あたしの片想いだったんだが……やっと……やっと、夢が叶ったんだ……。
そう思ったのに……幸せな家庭を……ううっ……作ろうって……町でたくさん家具を買って……でも……彼はもう……』
そうだったのか……馬車にはたくさんの家具が積まれていた。死は、誰にでも無情に訪れる。悲しいね、悲しいよ!
でもごめん、ボクにはフラムさんの深い悲しみを理解出来ないかもしれない。知ったようなことを言ってごめん……。
何も言えなかったボクが出来ることは、彼女を……フラムさんを強く抱き締めることだけだった。
まだ若い子。魔界の結婚制度なんて知らないけど、まだ15歳くらいじゃないか。辛いよね、大好きな彼を失ったこと。幸せの絶頂からの絶望……辛いに決まってる!ボクは無性にこの少女を守りたくなった。
「フラムさん、家族は?」
『父と夫だけだ……』
再び死体を見て嗚咽を漏らす彼女……。
「家に送りましょうか」
『辛くなるだけだ……人間、いや銀髪の……』
「ボクはリンネ。それと、アユナちゃん、クルンちゃん」
『助けてくれた恩人の名も尋ねずに済まない。あたしも……連れていってはくれないか?』
思わぬ展開に、ボク達は顔を見合わせる。よく見ると皆、泣きすぎて酷い顔をしている。でも、頷いてくれた。打算も何もない……優しさが溢れていた。
アユナちゃんが死者を弔った。魔人とは言え、魂が天に還るのが見えた気がする。
家具は、アイテムボックスに収納した。燃やすべきだと泣きながら主張するフラムさんを説得して……。辛い想い出も、いつかは変わると信じたい。だって、必ず彼らは見守ってくれているはずだから。
★☆★
『魔神なんて本当にいるのか?』
「魔界の住人すら知らないとは思わなかった……必ずいる。秩序神リーンがいたんだから」
『それにしても……人間と天使と獣人、そして魔人か。不思議な巡り合わせだな』
そう言うと、フラムさんは初めて笑った。
口を開けて笑った訳ではないけど、花のような綺麗な笑顔だった。
「地上だと、魔族は魔人の下僕なんだけど……」
『馬鹿な!人間は凶暴な動物を下僕にするのか?魔族なんて、魔物の中でも魔に染まった邪悪な存在だ。一緒にしないでもらいたい!』
何となく意味が分かった気がする。魔人を人間に例えるなら、魔族はライオンとかだ。魔物は総称、つまり人間や亜人全てを指すようだ。
「そう……ごめんなさい。じゃあ、地上だと魔人が死ぬと魔素に変わったんだけど……」
言い終わった後に後悔した。嫌な話題を振ってしまった。案の定、アユナちゃんが肘でツンツンしてきたよ……。
『それもだ。地上にも魔人が居ると聞いたことはあるが、あたしたちとは全く違うんだ。あいつらは魔族と同じで魔素が創る邪悪な存在。魔界の魔人は……両親が愛し合って産まれてきた存在だ』
ちょっと顔が赤くなったのは羞恥心?その後に悲しそうな表情に変わってしまった……。
『それにしても……リンネは強者だな』
スノーの前に回り込んだ魔物を会話しながら軽く屠ったボクを見て、フラムさんが呟く。
「リンネ様は勇者です!」
『そう、リンネちゃんは1000年に1人現れるという伝説の勇者なんだからねっ!』
「そんな大袈裟なもんじゃないよ……」
『勇者?魔王を滅すると言われる?』
「魔王には勝てそうにない!だから、魔王の産みの親らしい魔神に交渉しに行くんだから!」
『それで魔界に……あたしは凄い人に助けられたんだな……』
「凄くはないけど、そうあろうと覚悟は決めてる。魔族はあれだけど、魔人と人間が共存出来る世界を作りたいんだ!!」
『壮大な目標だな。あたしにも、人生を賭けて手伝わせてくれ!』
嬉しかった!!
魔界に来て、夢を共有出来る人に出会えるとは思っていなかった。自然と涙が流れた。嬉し涙って、最高だよね!!
その後、ボク達はたくさん語り合った。
日が沈み、翌日になっても語り続けた。
やがて、スカイが興奮した様子で飛んできた。
遥か先を眺めると、地平線の彼方に広大な城が見えてきた。
「あれは……?」
『あぁ、大陸最大の都市キュリオ・キュールだ。あたしも初めて来た。折角だから寄ってみないか』
「えっ!?」
この時はまだ、魔界で渦巻く陰謀にボク達の誰もが気付いていなかった……。
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