異世界八険伝

AW

53.アルン王国へ

「これはレオン王子に、これを西の三賢マギラになるべく早く渡してね」

「確かに、受け取りました」

 ボクはミルフェ新国王からアルン王国への書状を2通受け取った。ボク達はフリージア王国の正式な外交大使として派遣されるらしい。なので、着慣れた村人ファッションとは一時的にさよならだ。

 今回、いつものメンバーに狐っ娘のクルンちゃんが加わっている。その際、実は一悶着が。双子の弟クルス君が大反対したんだ。でも、クルンちゃんの占いには“西へ向かえ”と出ているらしい。そうしたら今度は自分も連れて行ってと泣き始めた。仲良しの双子を離ればなれにするのは忍びない。でもね、魔人もいるし危険なの。クルス君はダフ班で拠点居残り組だから、時々転移で戻るよってことで納得してもらいました。

 たくさんのお見送りがいる中、笑顔で元気よく右腕を振り上げる。ポーズを決めて叫ぶ。

「行ってきます!!」

[メルがパーティに加わった]
[アユナがパーティに加わった]
[レンがパーティに加わった]
[アイがパーティに加わった]
[クルンがパーティに加わった]


 ★☆★


 8人乗りの豪華な2頭立て馬車、馭者さんも2人いる。ボク達が凄く軽いらしく、急げば国境まで2日、国境からアルン王都まで3日という合計5日間の行程だ。さぁ、出発するよ!



 〈アルン行き*1日目〉

 朝6時に旅立ったボク達は、ボクの魔法で魔物を倒しながら順調に進んだ。少しでもレベルを上げる、少しでも早く到着する為に話し合って決めたことだ。

 因みに、ウィズに貰った風魔法/中級はアユナちゃんが習得した。クルンちゃんも王都で火魔法の初級と中級を買って習得してもらった。狐といったら火だよね。これで魔法は皆が使える。まとめると、

 ・リンネ……雷/中、召喚/中、水/中、回復/初、浮遊
 ・メル……闇/中
 ・アユナ……精霊召喚/中、光/中、風/中
 ・レン……雷/初
 ・アイ……火/中
 ・クルン……火/中

 馬車の中はピクニック気分満開だ。皆で髪を結びあったり、歌を歌ったり、魔法の練習をしたり。

 明るい雰囲気にかこつけて、思い切って気になっていることを聞いてみる。

「アユナちゃん、最近は精霊召喚しないよね?」

『えっ……そう……だっけ?』

「うん。もしかして……?」

『大丈夫、出来るよ。出来るけど、皆に迷惑掛けてお別れしたから……召喚しにくいかな……』

「そういうことか。でもね、召喚してあげたら皆、喜ぶと思うよ」

「あたしも召喚した方がいいと思う!」

「クルンも、見たいです。気になります」

 メルちゃんもアイちゃんもにこにこ頷いている。



『分かった!頑張ってみる!!
 私の大好きな精霊たち……みんな、来て!!』

 アユナちゃんの肩にシルフとウィルオーウィスプが現れた。楽しそうに踊っている。
 頭の上に現れたサラマンダーが、羽にぶら下がって遊んでいる。羽が焦げないか心配。
 ウンディーネは、アユナちゃんの手のひらに乗ってアユナちゃんをうっとり眺めている。
 そして……アユナちゃんを優しく抱き締めながら、ドライアードが現れた。泣いている。


『アユナ様!もう私達をおいて逝かないで下さい!!悲しかった!悲しかったです!!』

『みんな、ごめんね……。もうずっと一緒だからね!ずっとずっと、ず~っとよろしくね!!』

 見ていたボク達も貰い泣きしてしまった。もう誰も仲間を死なせない!悲しむのは嫌だ!!

 その後、お昼まで精霊達と仲良く過ごした。



 お昼が近づきマールさんお手製のお弁当を開いたとき、メルちゃんが異変に気付いた。

「リンネちゃん!大変です!!」

「メルちゃん、どうしたの!?」

「スプーンを忘れてしまいました!!」

「……」

 確かに、お弁当にシチューが入ってる。完璧メイドからすれば、スプーンを忘れちゃうことは大失態なのかもしれない。しかし……

「そんなことよりも、あれは何だろう……」

 皆がボクの指差す方に注目する。馬車の窓辺に皆が固まる。皆の表情も固まる。

 ボクが指差す先、数百m上空には、大量の魔物が真っ黒な雨雲の如くに集結していた。南西から北東方向に移動しているように見える。

「このまま進むと今日中にフリージア王都が襲撃されます」

 アイちゃんが地図情報を参照してくれた。

「ボクがスカイに乗って行くよ」

「あの数ですよ!リンネちゃん、危険です!」

「メルちゃんはいつも過保護。心配し過ぎ。あたし達がリンネちゃんを信じなきゃ」

『レンちゃんの言う通りだよ。でも、私ならスカイに乗れるもんね!2人で行こうね!』

 でもあの高度。いくらスカイでも2人はぎりぎりだよ。アユナちゃんが150cm-35kgくらい、クルンちゃん140cm-30kgくらい。でも、魔法の威力や慣れもあるし、アユナちゃんにお願いしよう。

「軽くないとあの高さまでは無理かも。1番軽いのはクルンちゃんだけど、今回はアユナちゃんにお願いするね」

「分かりましたです。早くお役に立てるようにします。ドラゴンさんによろしくです」


 ボクはスカイを召喚してアユナちゃんと一緒に乗った。目指すは魔物の集団。数は1000くらいかもしれない。

 5分後、魔物をはっきり視界に捉える。

[鑑定眼!]

 種族:ヴァンパイア(眷属/グスカ)
 レベル:22
 攻撃:8.00
 魔力:16.50
 体力:8.85
 防御:8.40
 敏捷:10.25
 器用:4.00
 才能:1.55

「ヴァンパイアだ!レベル22、グスカの眷属!」

『怖い!!噛まれたら死んじゃう!!』

 多分、眷属に噛まれても大丈夫だとは思うけど、確かに怖い!ソーサラー戦みたいに雷のバリアで戦うか。けど、アユナちゃんの光魔法だけだとあの数は倒せない……どうしよう。
 バリアからバトルロワイヤルで使ったみたいな全方位放射魔法に変えられるかな?スカイを中心に半径3mのバリアを10秒間保ちながら10秒間電流を蓄える……そこから一気に放射。気絶しないぎりぎりまで魔力を使えばいける!アユナちゃんには倒しきれなかった残りをお願いしよう。

 ボク達は作戦を話し合いながら魔物の群れに突っ込んだ。よく見ると、これは……元アルン王国軍!?人間だ……。なんて酷いことを!でも、戦わなければ!!

「サンダーバリア!」

 集中してバリアを張る。2秒……5秒……10秒……電流を溜めていく。ヴァンパイアも集まってきた。総魔力量の8割に達した時、両手を広げて一気に解き放つ!!

「スパーク!!!」

 イメージしたのは核爆発だ。電流が高温の熱を伴い放射状に拡散していく。聞こえるのは悲鳴……焼け爛れて黒焦げに堕ちていくヴァンパイア……直視出来ない光景に胸が痛む。
 放射は5秒間続いた……。1000体くらいいたヴァンパイアは20体ほどが疎らに飛んでいるのみとなった。アユナちゃんが光の矢を連発して止めを刺していく……。
 地面には無数の魔結晶が残された。これは元人間達の魂なのか。この人達にも大切な人がいるはず。複雑な感情が胸に去来する。
 誰かを守る為に誰かを傷付ける……ヴェルサス元国王の陰惨な表情が脳裏に甦る。相手は魔物……相手は魔物……自分を納得し続ける。ダメだ、涙が止まらない。
 ボクは何と戦っているの?何故戦わないといけないの?苦しい。苦しいよ!少し前まで人間だったはず。平和を求めて戦った仲間達。それを、何も感じさせることなく一瞬で焼き尽くした。
 エリクサーや浄化魔法があれば救えたんじゃないか。グスカを倒せば救えたんじゃないか。今さら湧き上がる後悔の念に押し潰されそうになる。


(リンネさん!1度魔物になった人は助けられません。既に死者です。死人は生き返りません。気持ちを強く持って下さい!これから1人でも多く救うことが私達の使命です。前を向いて!)

(アイちゃん……ありがと。分かってる。分かってるつもりだけど、辛い。もう戦いたくない)


 ボク達は地上で魔結晶を回収することなく馬車へと戻った。案の定、レンちゃんに叱られた。
 ボク達には奴隷解放という任務もある。組織の運営資金も必要だ。皆を支えていく為にはどうしても魔結晶を回収し、お金を稼がないといけない。そんなこと……分かってる!かつての守銭奴はどこに行っちゃったんだろうね。

 結局、馬車で魔結晶を回収しに向かった。ボクは疲れたから馬車の中で寝ると言って1人で留守番だ。寝る振りをしてずっと泣いてた。
 殺す為の魔法じゃなく、救う為の魔法を使いたい。いつの間にかそう考えるようになっていた。

 1時間後、ボク達は再び出発した。
 その日は、誰も何も言わず皆がボクの代わりに魔物を倒してくれた。


 ★☆★


 〈アルン行き*2日目〉

 途中の村で1泊した後、朝6時に馬車は出発した。
 昨日の戦いで、皆のレベルもかなり上がっていた。まるで人の魂を受け継いだかのように。現在の皆のレベルは……

 ・リンネ……27
 ・メル……21
 ・アユナ……20
 ・レン……18
 ・アイ……14
 ・クルン……11


 国境まであと半日というところで、フリージア王国最西端の町フリーバレイに到着した。バレイというのは渓谷を意味する単語。何故か英訳なんだけど、そこは無視しよう。

 アイちゃんの話では、ここから5日間北上するとグレートデスモス地境に行き着くらしい。つまり、ここは魔物に1番近い町ということになる。

 こんな場所に住んでいて不安はないのだろうか。魔物の襲撃を防ぐ手立てがあるのだろうか。多分、皆が疑問を抱いているはずだ。だから、この町に寄ってみようというボクの提案に皆が賛同したのは必然だったのかもしれない。


「ギルドは……やっぱりないね」

「奴隷商人もいないらしいですよ」

 通りすがりの人にメルちゃんが話し掛けて聞いてくれた。人見知りしないって素晴らしい。

「城壁もない、ギルド冒険者もいない、なのに魔物を退けられているのが不思議ね」

 ボクもレンちゃんに激しく同意だ。凄く強い人がいるのだろうか。是非とも力を借りたい。

「町長に話を聴きに行こう。アルン王国の情勢も分かるかもしれない」

「リンネ様!不吉です。嫌な感じがします」

 クルンちゃんの占いはよく当たる。でも、危なくなったら転移もあるし大丈夫でしょ。

「馭者さん達には留守番してもらうとして、何かあれば転移魔法を使うから大丈夫だと思うよ」

 無理矢理にクルンちゃんを納得させて、ボク達は町長の屋敷に向かった。ただし、馬車の護衛としてレンちゃんとクルンちゃんが残ることになった。


 町長の屋敷は3階建の立派な洋館だ。治安が良いのか門に衛兵はいない。広い庭を進み、まっすぐ玄関へと向かう。ドアをノックしてみる。
 すぐに品の良い初老の男性が笑顔で出迎えてくれた。見るからに執事さんだね!ボク達4人はそのまま町長の執務室に通された。


『可愛いお嬢さんたち、旅の方かね?こんな辺境までよくいらした。歓迎するよ』

「初めまして!ボク達はフリージア国王の使者としてアルン王国に向かうところです」

 アイちゃんとメルちゃんが視線を送ってくる。名乗らない方が良かった!?ごめん……。

『そうですか。でも、それは大変残念です』

「はい?どういう……」

 ボクが質問をしようと口を開くや否や、床が開いた!なんで!?ボク達は不意をつかれて罠に嵌まってしまった……。


 ★☆★


 ボク達は5mほど落下して地面に叩きつけられた。地面が比較的柔らかかった為か、誰も怪我はしていない。というか、ボクの上にアユナちゃんとアイちゃんが落ちてきたんだよね。メルちゃんは普通に着地してるし。

「ごめんなさい……」

「以前にも洞窟で魔人の罠で落とし穴に落ちましたね。もう慣れっこです」

 落ち慣れても着地は難しいよ。
 上から町長の声が聞こえてきた。

『君達には申し訳ないが、そこで死んでもらう』

「どういうことですか!!ボク達は平和を守る為に急いでアルン王国に行かなければ……」

『だからだよ!我が町は既に魔族に屈したんだ。王国は我々を見捨てた。フリーバレイは魔族に協力して生き延びてきた。人間を1人殺せば1日生き長らえることが出来る。我々にはそうするしか道がない。せめてもの情けだ、血を流さずに静かに死んでくれ』

「……」

 何という無情、いや非情な決断。返す言葉がない。

「リンネちゃん!馬車の皆も危ない!ここから早く出ましょう!」

「分かった。転移!」

 ……あれ?

「転移!」

 ……

「転移が出来ない!」



『私がドライアードを呼ぶね、ドライアード!皆を助けて!』

 ……

『あれ?何で?』

「リンネさん、アユナさん、これは魔法結界です。魔法が封じられています」



「私が天井を破ります!」

 メルちゃんはそう言うと、思いっきりジャンプしてメイスを振り抜いた!

(ガキンッ!)


「硬い!!鬼化します!!」

 再びジャンプしてメイスを豪快に振り払う!

(ガキンッ!!!)

「すみません……無理そうです……」



「アイちゃん、どうしよう!」

「少し待って下さいね、レンさんに事情を説明して助けに来てもらいますから」


 ★☆★


 30分後、ボク達は無事に落とし穴から救出された。町長の執務室に戻ったボク達が目にしたのは、血塗れで倒れている町長と執事さんだった。まだ息はある!

「ヒール!」

「リンネちゃんダメ!」

「何で!?まだ今なら助けられる!!」

「こいつら、リンネちゃん達を殺そうとしたんだよ!あたしは絶対に許さない!!」

『殺せばいい。我々2人が死ねば町は2日間長らえることが出来るだろう。本望だ』

「何で?何で皆はそんな悲しいことを言うの!皆が助かる道を求めないの!?」

『そんな都合がいい道があればとうに歩いてるがな。我等は無力なんだよ……強い者に従って生かしてもらうしか道はない』

「なら、ボク達が助けるから!誰も殺さないで!ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!」

「リンネちゃんのバカ~!!!」

「リンネちゃん、レンちゃん……皆、馬車に戻りましょう。町長!勇者リンネを信じて下さい。命を大切に……私達はアルンへ向かいます」

『勇者リンネ……』



 ボク達は馬車に戻った。皆は無事だった。

 ボク達は夕方には国境とされる川を渡り、アルン王国に入った。国境付近はとても静かだった。

 夕食中も、夜営中も……その日は皆が無口だった。

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