異世界八険伝

AW

50.囚われの王女

 ボク達は、王都に着くなり行列に吸収された。門兵による身元調査を受ける為である。王都にある東西南北の4大門のうち、ボク達がいるのは大東門だ。

 夜10時を過ぎていることを考えれば、王都に入れるだけでもラッキーなのだが、皆は行列に並ぶことが凄くストレスのようだ。
 3時間待ち上等的な日本の遊園地事情を知っているボクとしては、1時間待ちは行列のうちに入らないとさえ思う。

 しかし、今は時間が惜しい。1分を惜しんで精一杯飛ばしてきたところにこの行列だ。耐えられる訳がない。今のボクはミルフェちゃんを助けることしか頭になかった。


「ボクは浮遊で中に入る。皆は門から来て!」

「そう言って、またリンネちゃんは1人で王宮に乗り込むんでしょうね」

 メルちゃんにはお見通しか。でも1時間も待ってはいられない!

「ギルドに寄っていくから、何かあれば転移するよ。今は時間が惜しい」



 仲間達は賛否両論、かなり意見が分かれた。正直、議論する時間すら勿体ない。

「私、占います。ん……リンネ様、1人で行くの大丈夫です。ミルフェ王女に会います。ただし、不吉な闇が見えます。だから……」

 クルンちゃんの言葉を最後まで聞かず、ボクは暗闇の中、浮遊魔法を使って城壁を越えた。あまりにも急な行動だった為か、誰もついてこない。
 不安はあるけどその方が動きやすい。皆、勝手に行動してごめんね!後でたくさん怒っていいから!



 王都の警備は厳重だった……。
 何かしらの結界か探知に引っ掛かったのだろう、着地と同時に兵士に囲まれた。強行突破する?

(リンネさん!強行突破はダメ!大人しくしていたら地下牢に連れていかれるようです)

 本当だ。偉そうな兵士が『不審者を捕まえて地下牢に叩き込め!』ってわめき散らしてる。

(分かった。そうするね……アイちゃん達はエンジェルウイングの拠点準備をお願い。お金は『クピィ』ってパーティ名でギルドに預けてあるから。宜しく!)

(分かりました、クルンさんの言う不吉な闇が気になります、十分気を付けて下さい!)


 ボクは抵抗せず兵士達に捕まった。それでも、乱暴なことをされるなら強行突破しようと思っていたけど、大丈夫だった。

 そのまま3人の兵士に連行される形で、大きな建物にある地下牢に連れていかれた。ここは、クルンちゃんが言っていた王宮の地下牢なのだろうか。違ったら転移すればいいよね。

 兵士達はロボットの様に無言で淡々とやるべきことを淡々とこなす。手に枷を填められたボクを地下牢に放り込み、鍵をかける。ボクはじっと兵士達が去るのを待った……。


 ★☆★


 待ちくたびれて疲れていたのだろうか。
 地下牢に放り込まれたはずのボクは、いつの間にか睡魔に襲われていたようだ。

 気付いたら地下牢の中に居たはずが、何もない真っ白な空間にボクはいる。いや、何もないというのは語弊があった。そこにはボク以外にも何か・・がいるのだ。人なのかすら分からない、もやのような物が数m先を漂っている。



『初めまして。いや、久しぶりと言うべきか』

 その何か・・が語りかけてきた。脳内に直接響く音。何故か大きな存在、威厳を感じる……。

「は……初めまして。あの、どこかで会ったことありますか?すみません。覚えていなくて」

『ははは。そうかもしれない。私の姿は君には認識出来ないだろうからね』

「認識出来ない姿、ですか。靄にしか見えませんが、あなたは誰ですか?もしかして、ミルフェちゃん?」

『君が探しているのは……この子か?』

 突然、部屋の中に桃髪の少女が現れた!ミルフェちゃんだ!別れた時の姿だ!見間違いようがない。

「ミルフェちゃん!ミルフェちゃん!助けに来たよ!」

『なるほど。君がここにきたのはこの子を助ける為だったか。君は今、決断しなければならない』

 ボクは靄の言うことを無視してミルフェちゃんを抱きしめる!あれ!?触れない……触れられない!幻なのか!?

「ミルフェちゃんを返せ!!」

『君にとってはとても大切な人なんだね』

「当たり前だ!今すぐに返してもらう!!」

 ボクはアイテムボックスから杖を……あれ!?アイテムボックスが開かない!?


『落ち着きなさい、私は君の敵ではない。ここは異次元空間。次元魔法は使えない』

「異次元!?」

『勿論、このミルフェという子はこの空間には存在しない。君が1番欲しいものを君の記憶から拝借して映しただけだからだ』

 ふぅ……ふぅ……落ち着け、落ち着けボク……これは敵ではないと言った。味方かは分からない。何者で、何の目的で現れたのかを確認しよう。早くここから出てミルフェちゃんを助けなきゃ。


「分かりました。あなたはどなたですか?ボクはミルフェちゃんを助けに来ました。今は時間がありません、急いでいます」

『私は、次元を司る存在……君達にとっては……そうだな、精霊や神に近い存在か』

「神なんて……」

『神なんて居ないと?信じるかは君次第だ。君達をこの世界に転移させている力の正体が私だ』

「異世界転移の!?召喚石!?」

『魔法と言うものは、存在する力に触れてその一部を借りているのだ。精霊力も然り。私はその中の次元を担う力そのものだ。欲するものを転移させている』

「何となく分かります……あなたがボクをこの世界に無理矢理連れてきたということが」

『私には意思はない。欲したのは召喚した者だ。君の場合はこの世界そのものの意思だ』

「ボクを……世界が欲した?なぜ……こんな役立たずを欲する訳がない!ボクの力が足りなくてたくさん死んだ!ボクが勇者な訳がない!あり得ない!神なんてのも嘘だ!絶対に嘘だ!!」

『……信じるかどうかは君次第だ。話を戻そう。君は、今ここで決断しなければならない。私はその為に来た』

 落ち着け、落ち着け。これは敵ではない。敵なら素手のボクはやられてるはずだ。信じるんだ。今は味方が必要だ。敵を増やしてどうする!信じるんだ。



「決断……、ですか?」

『落ち着いたようだね。君には2つの選択肢がある。この子の手を取りこの世界で生きていくのか、元の世界に戻るのか。決断しなさい』

「えっ!!」

 元の世界に戻れる!?
 でも、ボクが戻ったらこの世界はどうなる?


「もしも……もしも、ボクが元の世界に戻ったら、この世界は……この世界はどうなりますか?」

『滅ぶ。間違いなく、滅ぶはずだ。この世界は君にしか救えない』

「そんなこと……ボクより強い人はたくさんいるし、新しく誰かを召喚すれば……」

『無理だ。君には荷が重いかもしれないが、この世界の意思は君を選んだ。運命に従いなさい』

「うっ……こんな運命……嫌だ……逃げたい……」

『では元の世界に戻るのか?さぁ、決断を』


「そんなこと……ボクには分からないよ。だって、ミルフェちゃんはこの世界で初めて出来た親友で、夢を語り合って、一緒に戦った仲間だよ!見捨てられる訳ないよ!!大切な仲間達を、ボクは絶対に見捨てない!!元の世界の家族……会いたい!会いたいよ!!絶対に待ってる。泣きながら待ってるんだ。今すぐにでも帰らなきゃ!!」

『選べるのは1つの道だけだ。さぁ、決断を』

「選べない!選べない!!どちらかなんて無理だよ!ボクは……皆を助けて、それから戻るんだ!」


『決断を!』

「出来ない!!」


『決断を!!』

「出来ないよ!!!」



『決断を!!!』

「出来る訳ないよ!!!!」





『……君という存在を理解した。
 君は仲間を、君自身・・・の手で救いなさい。私は待つよ。世界を救った後に、また会おう』

 そう、頭の中で音が響いた後、次元の力と名乗る靄も、ミルフェちゃんも、白い空間も……まるで溶けるかのように消えていった。ボクはまた地下牢に戻った。




 ★☆★




「お前は……ヴェローナ!!」

『あら、名前を覚えて頂けたのね!嬉しいわ、勇者リンネさん』

「どうしてお前が王宮の地下牢にいる!?」

 ボクはアイテムボックスから杖を出して構える、今度は大丈夫だった。

『待って!私はもう敵じゃないわ。魔王とも関係ない。どちらかと言うと貴女の仲間よ、正確にはウィズの仲間よ』

「信じられるか!」

『ウィズに確認すると良いわ』

「動くなよ……」



(アイちゃん!聞こえる?)

(はい、大変なことになっていますね?神ですか)

(それは後で話すね。今、目の前に魔人ヴェローナがいるんだけど。こいつ、ウィズの仲間だって言うの。信じられると思う?)

(大丈夫です、信じましょう)

(えっ!?魔人だよ!?こいつはアルン王国のレオン王子を騙して……)

(リンネさん!彼女がウィズの仲間だと名乗るメリットはありませんよ。本当のことだと思います。わたしはウィズを全面的に信用してはいませんが、当面は利害が一致している以上、今は助けにはなるはずです。信じて下さい)

(アイちゃんがそう言うなら、信じてみる)

(ありがとうございます!)



「分かった。もしかして……さっきの白い空間はお前の幻術なのか!?」

『何のことかしら?私は幻術を使っていない。夢じゃなければ、それは現実よ』

 違うのか……

「どうしてお前が王宮の地下牢にいる?」

『あら、貴女に捕まってここに連れて来られたんだけど?一時期は死ぬかと思ったわ。
 まぁ、ここにいる理由はウィズからガルクの行動を監視するよう頼まれたから、と言っておきましょう』

「ガルク?なぜ地下牢にガルクが?」

『私は次元魔法使いよ。魔界の扉を開くのが与えられた任務だった。誰かさんのせいで失敗したけどね。今はどうでもいっか。ここは安全だし、ガルクの情報を得るのに都合が良いのよ。
 で、ガルクは、王族と繋がっていた。ミルフェ王女の居場所を聞き、捕らえたみたい……』

「ガルクがミルフェちゃんを!?ミルフェちゃんは今どこにいる!!」

『落ち着きなさい、勇者リンネ。ここにミルフェ王女は居ないわ。ここには、ね』

「嘘だ!ボクは、ミルフェ王女が王宮の地下牢にいるって聞いて来たんだ!騙されないぞ!」

『最後まで聞くこと。私以外にも次元魔法使いがいた……まさかね、あいつが……ガルクが魔界の扉を開けるなんてね。ガルクは、ミルフェ王女を魔界の中、彼の城の中で監禁しているわよ』

「魔界の扉が開かれた!?ミルフェちゃんが魔界の中に!?どうやって助ければ……」

『魔界に入るしかないわ。ただし、ガルク側から入るのは困難ね。私ならあなたが通れるくらいの扉は開けられるわ。どうする?』

「魔界……」

『怖いの?まぁ、次元魔法が使えない者が魔界に入れば、戻って来れないわ』

「戻れない!?」

『魔界や精霊界は、この世界とは異なる次元に存在する。次元魔法で扉を作らない限りは戻れない』

「……でも……」

『ウィズからは勇者リンネに協力するように言われている。協力すれば、彼は私にご褒美をくれるの。だから、私は貴女に協力してあげてもいいわ!』

 そう言いながら、うっとりした表情を浮かべた。
 もうミルフェちゃんを助ける為なら何でもする!

「お願いします!助けて下さい!ミルフェちゃんを助ける為に力を貸して下さい!!」

『あらあら、勇者がそんな涙を流して情けないわね。でも、私は好きよ。仲間を助ける為にプライドを捨てられる子は。分かったわ。でも、交換条件がある』

「……交換条件?」

『あちらの扉の近くにガルクがいる。あいつを倒してほしい。あなたなら魔界の中からでも魔法を撃てるはずよ。私の魔力だと扉を開けられても1時間が限界。1時間以内に戻らなければ、帰れなくなるわ。それでも行くの?』

 ボクに迷いはなかった。
 ヴェローナを疑う余裕も無かった。

「行きます」

『では、急ぎなさい。あの子の精神も体力も限界が近いわ』

 ヴェローナは、複雑な呪文を唱えながら印を結んだ。すると1m程の小さな扉が現れた。

「分かった。ありがとう。行ってきます」



 ★☆★



 魔界は……夜の世界だった。
 ボク達の世界と何が違うのか。

 入ってきた扉は森の中にあった。
 森からは、黒々と聳え立つ城が見えた。
 あれが……ガルクの居城か……。

 ボクは走った。
 魔界には魔物もいた。より強い魔族もいた。
 何も考えず、ひたすら倒し、ひたすら走った。

 城の中に入った。
 ガルクは……居なかった。

 部屋を片っ端から調べていった。
 やがて、ある豪華な寝室に辿り着いた。



 ★☆★



 そこには薄着で横たわる少女がいた。
 あのさらさらな桃髪ではない……引き千切られたのか、ぼさぼさで乱れた、桃髪。
 意思の強さを感じさせた目は、虚ろ。
 透き通るような白い手足は、痣で見るも無惨だ。
 でも、ミルフェちゃんだ。ミルフェちゃんがいた!



「ミルフェちゃん!」

『あなたは誰?』

「リンネだよ!!助けに来たよ!!」

『助ける?私を?なんで?
 私はガルク様に身も心も捧げてるの。誰だか分からない子から助けられる筋合いはないわ』

「!!!!!」

 冷静になれ!冷静に、冷静に……。
 洗脳魔法?電撃で治せば大丈夫?


『私はガルク様と生きていくの。邪魔しないで!』


 いや、洗脳なんてガルクを殺せば解けるだろ!!


「ガルク!!!ガルクガルクガルクガルクガルク!!!ガルクガルクガルクガルクガルク!!!
 許さない!許さない!許さない!許さない!!ボクはお前を許さない!!絶対に許さない!!!
 よくも!よくもよくもよくも!ミルフェちゃんに手を出したな!!!
 ガルク殺す!絶対に!この手で!殺す!!!」



 発狂した。
 殺意に溢れた。



 ボクは、ミルフェちゃんをその場に放置し、魔界の扉を探した。

 程なくして、城の裏手に巨大な門を見つけた。
 高さは5mを超えるだろう。門の縁には悪魔を象った彫刻や彫像がところ狭しと並んでいる。門からは禍々しいとしか言えない力を強く感じる。これが……魔界の門。

 今はガルクを殺すことだけ考えろ!ヴェローナに頼まれたからじゃない、自分の意思でガルクを殺す!!

 よく見ると門の扉は黒曜石のように透き通っている。いた!!扉の向こう側にガルクがいる!!


 ガルクは戦っている。
 竜の牙!?
 見覚えがあった。
 洞窟で会った竜の牙の4人だ。

 でも、3人は倒れている……。
 リーダーのハルトさんも血塗れだ。

 対して、ガルクは……笑っている!
 ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!

 1撃で殺す!時間がない!
 闇の衣を貫く1撃。イメージしろ、イメージしろ!

 ティルスで最後に撃った1撃。雷の密度を極限まで高める、頭だけを狙って撃ち抜く!小細工はいらない、闇の衣を貫いて頭を吹き飛ばす絶対的な威力があればいい。ボクの今の魔力の9割を込めて、極限まで、極限まで、極限まで圧縮したサンダーストームを撃つ!

 魔力を練り上げる。
 魔界……魔力が満ちている。
 狙う。外せない!

「貫け!!サンダーストーム!!!!」

 雷撃は扉を貫通し、ガルクの背後から頭を貫く!

 当たった!!

 意識が遠退く……帰らなきゃ!
 ミルフェちゃんを連れて帰らなきゃ!!!

 意識を保つ。
 レベルが上がった感覚が入る。
 倒したか……。



 走る、走る、足がもつれても、全力で走る。

 ミルフェちゃん、いた!
 意識を失っている!

 背中に背負う。
 軽い……。

 急げ、急げ、早くしないと1時間が……。
 魔族が邪魔だ、戦う力も時間もない!

 ボクは攻撃を避ける余裕もない。
 ひたすらミルフェちゃんを庇い、森まで走る!

 森の中に……あった!
 魔界の扉!
 間に合った!!

 ボク達は魔界の扉を潜り抜け、地下牢に戻った。

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