異世界八険伝
41.魔軍要塞カイゼルブルク
(もう少し進むと街道脇に大きな岩が見えてきます。そこから道を外れて南に8kmです。標高が低いのでかなり近づかないと見えてこないと思います)
(ありがと!因みに、ミルフェちゃんから連絡きた?)
(いいえ、まだですね。届き次第すぐに念話します。飛行タイプの魔物には気を付けて下さいね)
(はーい!よろしくね!)
討伐隊は厳選した。魔族の軍事拠点に乗り込むのはボクとメルちゃんの2人だ。大人数だとどうしても魔物に見つかり、包囲殲滅されかねない。なのでボクが1人で行こうとしたら猛反対されたのだ。
★☆★
昨晩の作戦会議中のこと。
「リンネちゃん1人だと後先考えずに無茶をしますし、私の気配察知があれば上手く潜入出来るかもしれません!」
『私ならリンネちゃんの浮遊と合わせて飛行移動出来るし、上空から潜入出来るよ!』
「あたしだってリンネちゃんとぴったりくっつけば2人セットで隠術が使えるかもしれないんだから!」
「わたしも情報収集や念話で役に立ってみせます!」
「クピプピィ!」
「皆ありがと!ん~メルちゃんと2人で行くね」
「『「えぇ~!」』」
「レンちゃんやアユナちゃんはまだ心身ともに万全じゃないから無理しちゃダメ。アイちゃんにはサポートをお願いしたいし。勿論、レンちゃん、アユナちゃんにもお願いしたいことがあるから。クピィは……留守番ね!」
★☆★
こうして、ボクとメルちゃんの2人だけで朝9時過ぎに町を出た。
ボク達は、装備の上から地味な草色のコートを羽織り、フードを目深に下ろして馬の背に跨がっている。メルちゃんが前でボクは後ろだ。
王都へ続く街道の為、護衛を伴った馬車の往来もある。彼等からすれ違い様に訝しげに見られることはあっても、魔物との遭遇はなかった。
しばらく進むとアイちゃんが言っていた岩らしき物が見えてきた。
「あれが例の岩ですね?ここからはより慎重に進みましょう」
ボクとメルちゃんは道中、綿密に作戦を練っていた。南に進んでからは魔物の斥候との遭遇は確実だ。たった2人なので魔物の大軍が動くことはないだろうが、油断は出来ない。
斥候が1匹なら確実に屠り、複数なら無理はせず引き付けてから始末する。斥候は強いほど有り難い。強い魔物は2人の旅人くらい単独で始末しようと接近してくる。弱い魔物ほど臆病で逃げる判断が早い。結果的に斥候の役割を果たされてしまう。
ボク達の最大目標は、目立たずに軍事拠点まで接近することなんだ。ミスは命取り。ボクはメルちゃんと慎重に馬を進めていった。
ボク達が大岩から南下すると、しばらくして空を飛ぶ黒い影が見えてきた。
「ダークバットですね、1匹です」
「逃げられると厄介だね。あっちに大きな木があるから隠れようか。気付かれなければ良いけど、気付かれたとしても情報を得る為にある程度近づくはず。100m以内なら魔法が届く」
「分かりました、進路を少し変えますね」
ボク達が木陰に身を潜めてから数分後、ダークバットは木の枝に宙吊り状態でこちらを窺っている。杖をかざして慎重に的を絞り、撃つ。
(サンダーボルト!)
「ギャンッ!」
「よし、仕留めたね。先に進もう」
「お見事です。あと6km、進みましょう」
道中、ダークバットだけでなく、ダークイーグルを始め、ハーピィやドラゴンフライ等の斥候と思しき飛行系の魔物ばかりと遭遇した。気のせいか、目標に近づくほど魔物のレベルも高くなっているような……。
既に昼下がりだ。足元は岩石砂漠から草原に変わり、ボク達はさらに道なき道を進む。
そして樹木が疎らに茂る窪地に差し掛かったとき、メルちゃんが夕焼けに染まる茂みの中に、土塀で囲まれたどす黒い要塞風の建造物を見つけた。
「リンネちゃん、あれですね……」
ボク達は木陰で足を止め、様子を窺う。500mほど先には幅約300m、高さ約10mの要塞が築かれていた。
(アイちゃん、見つけたよ!)
(ミルフェ王女からの連絡はまだです。ギルドマスターやレンさん、アユナさんからもまだです。リンネさんはしばらく待機して下さいね、私から合図をします)
「メルちゃん、もう少し待機だって」
「分かりました。休んでおきましょう」
待機することおよそ2時間……。
アイちゃんからの念話が入った。
(ギルドマスター達から連絡が入りました。リンネさん、メルさん……無理せず!十分に気を付けて!ご武運を!!)
(ボク達を信じて待っててね!)
「よし、メルちゃん、行こう!」
「はい!ここからは私が気配を探りながら先行します」
[メルがパーティに加わった]
[アイがパーティに加わった]
そうきたか。遠隔パーティですね。パーティ結成には直前に会話が必要なのかな?
さぁ、ここからが正念場だ!
★☆★
土塀の上には魔族の見張りは見当たらない。ボク達は薄暗がりの中を土塀まで進むと、馬を逃がした。
「大丈夫です、塀の向こう側にも魔物はいません。150m西に6匹、恐らく門兵でしょう」
「浮遊魔法を使うね、塀を越えたら魔物に見つからないように誘導よろしくね!」
ボクはメルちゃんに抱き付いて浮遊魔法を使う。こうすれば2人でも5mくらいならぎりぎり飛べるのは実証済だ。
ボク達は3mの高さの土塀を音をたてることなく乗り越えた。メルちゃん抱っこの柔らかな幸せはここまで。校庭ほどの広さの草原の奥、50m先には例の建造物が聳える。メルちゃんは迷うことなく走る。ボクは信じてついていく。
(塀の内側に潜入成功、建物に入るね)
(分かりました。危なくなったら……)
(転移する!大丈夫だよっ!)
「リンネちゃん……建物の中に魔物の反応が多数です。1000を超えています!大きな反応は……1番上、最上階に魔人がいるみたい」
「魔人の近くには?」
「魔人の近く……すぐ近くに2つの大きな反応。これはべリアルと同等の大きさです。魔人はさらに大きい!これは……ヴェローナの比ではありません。どうしますか?」
「強襲する。魔人だけが良かったけどね、ウィズみたいなボッチじゃなかったのか」
(メルちゃんによると、魔人はかなり強いらしい。魔人以外にべリアル級の魔族が2匹……)
(分かりました……気を付けて!)
ボクはアイちゃんに情報を送ると、メルちゃんの気配察知を頼りに、魔人がいるであろう建物の北側に移動する。運よく入口の魔物に気付かれずに行けた。
またメルちゃんを抱き締めて2階まで飛び、そこを足掛かりに最上階である3階に到達した。
「この壁の向こう、5m先に魔人がいます」
ボクは緊張で手足がガチガチだ。何度も何度も深呼吸をする。少し落ち着けたところで、抱き締めていたメルちゃんを離す。メルちゃんもニコニコ笑顔を返してくれた。
「ドガッッ!!」
メルちゃんが鬼化して思いっきり壁を殴り付けた!壁は轟音と共に半径50cmほどの大穴を開けて建物の中を覗かせた。ボク達は素早く中に潜り込む!
魔人は……禍々しい闇の衣を漂わせながら大きな椅子に座っていた。
『勇者諸君、ようこそカイゼルブルクへ!待っておったぞ。だがな、正面から堂々と入るのが勇者ではないのか?ガハハハ!』
バレてる!?罠!?
メルちゃんを見る。安心してと頷いている。
魔人のハッタリということかな。
「ボクは勇者リンネ!お前を倒しに来た!」
魔族が2匹、ボクと魔人の間に割って入ってきた。
魔人は片手を上げて魔族達の挙動を止める。
『わしを倒すだと?滑稽ここに極まれり!わしは魔人序列第3位、深淵の魔導師カイゼルなるぞ!跪け、命乞いをしろ!!』
3位……!!
ボクとメルちゃんは目を合わせ、頷き合う。
「サンダーストーム!!」
「風弾!!」
魔族2匹はそれぞれ左右に数m吹き飛ばされた!
致命傷には程遠い。
ただ、距離は稼げた!
重さもいける!
この一瞬に賭けていた……
メルちゃんとボクは手を繋ぐ!
余裕綽々ににやける魔人に突っ込む!!
「転移!!!」
★☆★
成功だ!!
『ぬ!?転移魔法で結界に引きずり込んだか。ふむ、実に弱き者共の企みそうなことよのぅ』
ボクは回りを見渡す。
手を繋いだままのメルちゃん、エリ村の広場をギルドが誇る高レベル冒険者が囲う。ローブの男達5人が広場全体を覆う結界を張っている。確かこれは侵入不可の聖結界ではなく、味方ステータス+50%、敵ステータス-50%のバフ・デバフ効果。レンちゃんとアユナちゃんがボク達の所まで走ってきた。多数vs魔人1人の、圧倒的有利な展開。これがボク達が考えた作戦だ。
「上手くいったね!これからはあたしの出番!」
『私も!』
「みんな!油断しないで!!序列3位の魔導師だって!名前は忘れた!!」
「『名前忘れたの!?』」
「そこを突っ込むの!?
3位のとこを突っ込むよね、普通は!!」
[メルがパーティに加わった]
[アイがパーティに加わった]
[レンがパーティに加わった]
[アユナがパーティに加わった]
『ここはエリザベートがいた貧乏村じゃないか。虫けらが集まって何をするのかと思えば、わしに虐殺の続きをやってほしいのか?』
「黙れ!ボクはお前達を絶対に許さないぞ!」
ボクは既に浮遊や転移で3割を消費している。残り7割を全部使う。結界の中では闇の衣は使えまい。魔法は直撃するはずだ。気絶しても構わない、レンちゃんに運んでもらう手筈だ。
アユナちゃんに目配せする。同時に魔法を撃つ約束をしているからね。
魔力を限界まで練り上げたボクは、魔法のイメージを固める。速く……熱く……濃密な電気……体を突き抜ける雷撃……直径が1mまで凝縮された雷撃はどんな魔法もどんな金属をも貫く天の雷となる!
アユナちゃんとお揃いの杖を振りかざす!
魔人は魔力の高まりから既に撃たれるであろう魔法の種類、威力の分析をしていた。余裕の表情に翳りが表れ、次第に焦りへと変わり、行動も制限されていった。
銀髪の勇者が放つのは光の速さを誇る稲妻……しかも無詠唱だ。隣の天使族だかエルフだかが放つのは浄化力の高い聖光……これも無詠唱だ。どちらも発動後の回避は不可能!
結界の中で撃たれれば魔法を極めた魔人とて一瞬で消滅するだろう。カイゼルが取りうる唯一の手段……攻撃を受ける前に動く!範囲魔法で一掃する!!
『舐めるなよ!ダークブラスト!!』
「天雷・サンダーバースト!!!」
『セイントバースト!!!』
頭上には雷魔法、眼前には光魔法!
バフや称号、武器で強化された魔法は、中級とはいえドラゴンをも貫く威力!回避不能の2筋の光速魔法が満月の闇夜を照らし、深淵の魔術師を襲う!!
『グオォォォァァァ!!』
ボクは朦朧とする意識の中で魔人の咆哮を聞いた。間違いなく直撃した!倒した!?
『ガハハハ!とてつもない雷撃だな!わしに死の恐怖を抱かせるとは……激しく賞賛に値する!だが、惜しかったな!!』
いや……あれを耐えたのか!!
ボクはまだ倒れる訳にはいかない!!
レンちゃんがボクを抱き締める。
ボクとアユナちゃんを担いで離脱するみたいだ。予定通りの流れ。
魔人を、鬼化したメルちゃんと冒険者達が囲んで戦闘が再開されている!!
「リンネちゃんより魔人の魔法の方が発動が早かった!あれは多分、上級闇魔法の範囲攻撃……あたしたちはメルちゃんが闇魔法で相殺してくれたからいいけど、結界を張っていたギルドの魔法使いが全滅した!魔人は闇の衣を纏うことでリンネちゃんの雷撃を凌ぎきった!だけど、無傷じゃない、かなりのダメージを与えてるよ!あたし達が物理攻撃で押し切る!任せて!!」
広場の隅まで下がったボク達はアユナちゃんの聖結界の中で状況を確認している。
ボクは休みながら魔力を回復させることに専念する。聖結界の中では魔力回復が速くなる。また、ボク自身も瞑想することにより魔力回復を速める。アユナちゃんは直径1mまで絞って凝縮させた聖結界を維持する。レンちゃんはメルちゃん達に加勢する。
ボク達の魔法で倒せなかった場合のシミュレーション通りの動き。今はそれぞれがやるべきことに全力を注ぐ!まだ、想定の範囲内だ。
魔人に対するのは青の召喚者メルちゃん、赤の召喚者レンちゃん、及びSランク冒険者2人、Aランク冒険者3人と、リザさんだ。
鬼化したメルちゃんは限界の40秒ギリギリまで攻撃の手を休めない!回復魔法を使わせない為だ。魔人の杖はグリフォンメイスによりへし折られ、腕や脚にも手痛いダメージを与えている。
リザさんが召喚したエルダートレントとシルフが魔人を襲う!枝を絡め、風の刃を飛ばす。魔人のローブは所々破れている。徐々に闇の衣の持つ強力な防御結界にも綻びが見え始めてきた。
冒険者達が見事な連携で隙を突く!魔人は杖を早々に諦め、魔力で作られたであろう剣で対抗している。
メルちゃんの魔力が底を尽き鬼化が切れると、レンちゃんが背後から二刀流の連撃を浴びせ続ける。メルちゃんはアユナちゃんの結界まで退いてくる。予定通りだ。
魔人は残忍な表情を浮かべながら剣を振るい続け、精霊や冒険者を一人、また一人と倒していく。リザさんは魔力を振り絞って風の上位精霊ジンを召喚した。レンちゃんがフラフラなリザさんをカバーし、下がらせる。魔人にはまだ余裕がある。ジンの魔法に対し、何らかの対抗魔法で相殺している。魔人はジンを徹底的に攻め、闇魔法で消滅させた。
気付いたら無事に立っている者は魔人とレンちゃんだけになっていた。そのレンちゃんも肩で息をしていて防戦一方だった。魔人の1撃で弾き飛ばされた。
『ふん、わしを追い詰めたのは最初の1撃だけか。暇潰しにもならなんだ。冥土の土産にわしの最高の魔法を見せてやろう!』
そう言って、魔人は長い詠唱に入った。
既に必要な魔力は回復している。ボク達は諦めない!絶望せず、絶対に勝つという強い意志で最後の力を振り絞る!
ボクはメルちゃん、アユナちゃん、レンちゃんとアイコンタクトをとる。
(みんな、頑張れ!!)
アイちゃんの念話を合図に、仕掛ける!
「転移!」
ボクとメルちゃん、アユナちゃん、レンちゃんが魔人を囲うように現れる。転移と同時に、直前まで練り上げていた力を一瞬で解放する!4人が全ての力を出し切る最大の1撃!
「サンダーストーム!!」
『セイントブレス!!』
「鬼化!!」
「二刀流奥義!!」
『グァァァァァァァァァァ…………』
完全に意表を突いた4人同時の攻撃は、魔人の生命力を一瞬で削り取った!!
最期の弱々しい咆哮と共に、魔人の姿は霧のように霧散した。
後には巨大な魔結晶と魔法書が残されていた。
[上級魔結晶]
[召喚魔法/初級]
「勝った……」
『ギリギリだけどね!』
「あたし、頑張ったよね!?」
「怪我人の治療をしましょう!」
その後、ギルドが持ち込んでいた大量のポーションによって怪我人を治療していった。ボク達は魔力切れ寸前だったため、最も活躍したのはレンちゃんだった。レンちゃんにMVPをあげよう!
幸い、誰一人として死者は出なかった!ボク達は、エリザベートさんや村人達のお陰だと囁きあった。
その後、アイちゃん(念話)とリザさんを含めた6人で日が昇るまで泣き続けた。勿論、嬉し泣きだ!
それを見ていた冒険者達も多分、貰い泣きしていたように思う。
さぁ、アイちゃんが待っているフィーネに帰ろう。
★☆★
魔王軍フリージア王国制圧勢力の総大将であった魔人カイゼルの討伐は、魔族との戦いを大きく変える結果をもたらした。
町や村を組織的かつ計画的に陥れることが出来なくなり、統率を失われた魔族が分散してフリージア王国全域を巻き込んだ無秩序な戦いへと変遷していったのだった。
(ありがと!因みに、ミルフェちゃんから連絡きた?)
(いいえ、まだですね。届き次第すぐに念話します。飛行タイプの魔物には気を付けて下さいね)
(はーい!よろしくね!)
討伐隊は厳選した。魔族の軍事拠点に乗り込むのはボクとメルちゃんの2人だ。大人数だとどうしても魔物に見つかり、包囲殲滅されかねない。なのでボクが1人で行こうとしたら猛反対されたのだ。
★☆★
昨晩の作戦会議中のこと。
「リンネちゃん1人だと後先考えずに無茶をしますし、私の気配察知があれば上手く潜入出来るかもしれません!」
『私ならリンネちゃんの浮遊と合わせて飛行移動出来るし、上空から潜入出来るよ!』
「あたしだってリンネちゃんとぴったりくっつけば2人セットで隠術が使えるかもしれないんだから!」
「わたしも情報収集や念話で役に立ってみせます!」
「クピプピィ!」
「皆ありがと!ん~メルちゃんと2人で行くね」
「『「えぇ~!」』」
「レンちゃんやアユナちゃんはまだ心身ともに万全じゃないから無理しちゃダメ。アイちゃんにはサポートをお願いしたいし。勿論、レンちゃん、アユナちゃんにもお願いしたいことがあるから。クピィは……留守番ね!」
★☆★
こうして、ボクとメルちゃんの2人だけで朝9時過ぎに町を出た。
ボク達は、装備の上から地味な草色のコートを羽織り、フードを目深に下ろして馬の背に跨がっている。メルちゃんが前でボクは後ろだ。
王都へ続く街道の為、護衛を伴った馬車の往来もある。彼等からすれ違い様に訝しげに見られることはあっても、魔物との遭遇はなかった。
しばらく進むとアイちゃんが言っていた岩らしき物が見えてきた。
「あれが例の岩ですね?ここからはより慎重に進みましょう」
ボクとメルちゃんは道中、綿密に作戦を練っていた。南に進んでからは魔物の斥候との遭遇は確実だ。たった2人なので魔物の大軍が動くことはないだろうが、油断は出来ない。
斥候が1匹なら確実に屠り、複数なら無理はせず引き付けてから始末する。斥候は強いほど有り難い。強い魔物は2人の旅人くらい単独で始末しようと接近してくる。弱い魔物ほど臆病で逃げる判断が早い。結果的に斥候の役割を果たされてしまう。
ボク達の最大目標は、目立たずに軍事拠点まで接近することなんだ。ミスは命取り。ボクはメルちゃんと慎重に馬を進めていった。
ボク達が大岩から南下すると、しばらくして空を飛ぶ黒い影が見えてきた。
「ダークバットですね、1匹です」
「逃げられると厄介だね。あっちに大きな木があるから隠れようか。気付かれなければ良いけど、気付かれたとしても情報を得る為にある程度近づくはず。100m以内なら魔法が届く」
「分かりました、進路を少し変えますね」
ボク達が木陰に身を潜めてから数分後、ダークバットは木の枝に宙吊り状態でこちらを窺っている。杖をかざして慎重に的を絞り、撃つ。
(サンダーボルト!)
「ギャンッ!」
「よし、仕留めたね。先に進もう」
「お見事です。あと6km、進みましょう」
道中、ダークバットだけでなく、ダークイーグルを始め、ハーピィやドラゴンフライ等の斥候と思しき飛行系の魔物ばかりと遭遇した。気のせいか、目標に近づくほど魔物のレベルも高くなっているような……。
既に昼下がりだ。足元は岩石砂漠から草原に変わり、ボク達はさらに道なき道を進む。
そして樹木が疎らに茂る窪地に差し掛かったとき、メルちゃんが夕焼けに染まる茂みの中に、土塀で囲まれたどす黒い要塞風の建造物を見つけた。
「リンネちゃん、あれですね……」
ボク達は木陰で足を止め、様子を窺う。500mほど先には幅約300m、高さ約10mの要塞が築かれていた。
(アイちゃん、見つけたよ!)
(ミルフェ王女からの連絡はまだです。ギルドマスターやレンさん、アユナさんからもまだです。リンネさんはしばらく待機して下さいね、私から合図をします)
「メルちゃん、もう少し待機だって」
「分かりました。休んでおきましょう」
待機することおよそ2時間……。
アイちゃんからの念話が入った。
(ギルドマスター達から連絡が入りました。リンネさん、メルさん……無理せず!十分に気を付けて!ご武運を!!)
(ボク達を信じて待っててね!)
「よし、メルちゃん、行こう!」
「はい!ここからは私が気配を探りながら先行します」
[メルがパーティに加わった]
[アイがパーティに加わった]
そうきたか。遠隔パーティですね。パーティ結成には直前に会話が必要なのかな?
さぁ、ここからが正念場だ!
★☆★
土塀の上には魔族の見張りは見当たらない。ボク達は薄暗がりの中を土塀まで進むと、馬を逃がした。
「大丈夫です、塀の向こう側にも魔物はいません。150m西に6匹、恐らく門兵でしょう」
「浮遊魔法を使うね、塀を越えたら魔物に見つからないように誘導よろしくね!」
ボクはメルちゃんに抱き付いて浮遊魔法を使う。こうすれば2人でも5mくらいならぎりぎり飛べるのは実証済だ。
ボク達は3mの高さの土塀を音をたてることなく乗り越えた。メルちゃん抱っこの柔らかな幸せはここまで。校庭ほどの広さの草原の奥、50m先には例の建造物が聳える。メルちゃんは迷うことなく走る。ボクは信じてついていく。
(塀の内側に潜入成功、建物に入るね)
(分かりました。危なくなったら……)
(転移する!大丈夫だよっ!)
「リンネちゃん……建物の中に魔物の反応が多数です。1000を超えています!大きな反応は……1番上、最上階に魔人がいるみたい」
「魔人の近くには?」
「魔人の近く……すぐ近くに2つの大きな反応。これはべリアルと同等の大きさです。魔人はさらに大きい!これは……ヴェローナの比ではありません。どうしますか?」
「強襲する。魔人だけが良かったけどね、ウィズみたいなボッチじゃなかったのか」
(メルちゃんによると、魔人はかなり強いらしい。魔人以外にべリアル級の魔族が2匹……)
(分かりました……気を付けて!)
ボクはアイちゃんに情報を送ると、メルちゃんの気配察知を頼りに、魔人がいるであろう建物の北側に移動する。運よく入口の魔物に気付かれずに行けた。
またメルちゃんを抱き締めて2階まで飛び、そこを足掛かりに最上階である3階に到達した。
「この壁の向こう、5m先に魔人がいます」
ボクは緊張で手足がガチガチだ。何度も何度も深呼吸をする。少し落ち着けたところで、抱き締めていたメルちゃんを離す。メルちゃんもニコニコ笑顔を返してくれた。
「ドガッッ!!」
メルちゃんが鬼化して思いっきり壁を殴り付けた!壁は轟音と共に半径50cmほどの大穴を開けて建物の中を覗かせた。ボク達は素早く中に潜り込む!
魔人は……禍々しい闇の衣を漂わせながら大きな椅子に座っていた。
『勇者諸君、ようこそカイゼルブルクへ!待っておったぞ。だがな、正面から堂々と入るのが勇者ではないのか?ガハハハ!』
バレてる!?罠!?
メルちゃんを見る。安心してと頷いている。
魔人のハッタリということかな。
「ボクは勇者リンネ!お前を倒しに来た!」
魔族が2匹、ボクと魔人の間に割って入ってきた。
魔人は片手を上げて魔族達の挙動を止める。
『わしを倒すだと?滑稽ここに極まれり!わしは魔人序列第3位、深淵の魔導師カイゼルなるぞ!跪け、命乞いをしろ!!』
3位……!!
ボクとメルちゃんは目を合わせ、頷き合う。
「サンダーストーム!!」
「風弾!!」
魔族2匹はそれぞれ左右に数m吹き飛ばされた!
致命傷には程遠い。
ただ、距離は稼げた!
重さもいける!
この一瞬に賭けていた……
メルちゃんとボクは手を繋ぐ!
余裕綽々ににやける魔人に突っ込む!!
「転移!!!」
★☆★
成功だ!!
『ぬ!?転移魔法で結界に引きずり込んだか。ふむ、実に弱き者共の企みそうなことよのぅ』
ボクは回りを見渡す。
手を繋いだままのメルちゃん、エリ村の広場をギルドが誇る高レベル冒険者が囲う。ローブの男達5人が広場全体を覆う結界を張っている。確かこれは侵入不可の聖結界ではなく、味方ステータス+50%、敵ステータス-50%のバフ・デバフ効果。レンちゃんとアユナちゃんがボク達の所まで走ってきた。多数vs魔人1人の、圧倒的有利な展開。これがボク達が考えた作戦だ。
「上手くいったね!これからはあたしの出番!」
『私も!』
「みんな!油断しないで!!序列3位の魔導師だって!名前は忘れた!!」
「『名前忘れたの!?』」
「そこを突っ込むの!?
3位のとこを突っ込むよね、普通は!!」
[メルがパーティに加わった]
[アイがパーティに加わった]
[レンがパーティに加わった]
[アユナがパーティに加わった]
『ここはエリザベートがいた貧乏村じゃないか。虫けらが集まって何をするのかと思えば、わしに虐殺の続きをやってほしいのか?』
「黙れ!ボクはお前達を絶対に許さないぞ!」
ボクは既に浮遊や転移で3割を消費している。残り7割を全部使う。結界の中では闇の衣は使えまい。魔法は直撃するはずだ。気絶しても構わない、レンちゃんに運んでもらう手筈だ。
アユナちゃんに目配せする。同時に魔法を撃つ約束をしているからね。
魔力を限界まで練り上げたボクは、魔法のイメージを固める。速く……熱く……濃密な電気……体を突き抜ける雷撃……直径が1mまで凝縮された雷撃はどんな魔法もどんな金属をも貫く天の雷となる!
アユナちゃんとお揃いの杖を振りかざす!
魔人は魔力の高まりから既に撃たれるであろう魔法の種類、威力の分析をしていた。余裕の表情に翳りが表れ、次第に焦りへと変わり、行動も制限されていった。
銀髪の勇者が放つのは光の速さを誇る稲妻……しかも無詠唱だ。隣の天使族だかエルフだかが放つのは浄化力の高い聖光……これも無詠唱だ。どちらも発動後の回避は不可能!
結界の中で撃たれれば魔法を極めた魔人とて一瞬で消滅するだろう。カイゼルが取りうる唯一の手段……攻撃を受ける前に動く!範囲魔法で一掃する!!
『舐めるなよ!ダークブラスト!!』
「天雷・サンダーバースト!!!」
『セイントバースト!!!』
頭上には雷魔法、眼前には光魔法!
バフや称号、武器で強化された魔法は、中級とはいえドラゴンをも貫く威力!回避不能の2筋の光速魔法が満月の闇夜を照らし、深淵の魔術師を襲う!!
『グオォォォァァァ!!』
ボクは朦朧とする意識の中で魔人の咆哮を聞いた。間違いなく直撃した!倒した!?
『ガハハハ!とてつもない雷撃だな!わしに死の恐怖を抱かせるとは……激しく賞賛に値する!だが、惜しかったな!!』
いや……あれを耐えたのか!!
ボクはまだ倒れる訳にはいかない!!
レンちゃんがボクを抱き締める。
ボクとアユナちゃんを担いで離脱するみたいだ。予定通りの流れ。
魔人を、鬼化したメルちゃんと冒険者達が囲んで戦闘が再開されている!!
「リンネちゃんより魔人の魔法の方が発動が早かった!あれは多分、上級闇魔法の範囲攻撃……あたしたちはメルちゃんが闇魔法で相殺してくれたからいいけど、結界を張っていたギルドの魔法使いが全滅した!魔人は闇の衣を纏うことでリンネちゃんの雷撃を凌ぎきった!だけど、無傷じゃない、かなりのダメージを与えてるよ!あたし達が物理攻撃で押し切る!任せて!!」
広場の隅まで下がったボク達はアユナちゃんの聖結界の中で状況を確認している。
ボクは休みながら魔力を回復させることに専念する。聖結界の中では魔力回復が速くなる。また、ボク自身も瞑想することにより魔力回復を速める。アユナちゃんは直径1mまで絞って凝縮させた聖結界を維持する。レンちゃんはメルちゃん達に加勢する。
ボク達の魔法で倒せなかった場合のシミュレーション通りの動き。今はそれぞれがやるべきことに全力を注ぐ!まだ、想定の範囲内だ。
魔人に対するのは青の召喚者メルちゃん、赤の召喚者レンちゃん、及びSランク冒険者2人、Aランク冒険者3人と、リザさんだ。
鬼化したメルちゃんは限界の40秒ギリギリまで攻撃の手を休めない!回復魔法を使わせない為だ。魔人の杖はグリフォンメイスによりへし折られ、腕や脚にも手痛いダメージを与えている。
リザさんが召喚したエルダートレントとシルフが魔人を襲う!枝を絡め、風の刃を飛ばす。魔人のローブは所々破れている。徐々に闇の衣の持つ強力な防御結界にも綻びが見え始めてきた。
冒険者達が見事な連携で隙を突く!魔人は杖を早々に諦め、魔力で作られたであろう剣で対抗している。
メルちゃんの魔力が底を尽き鬼化が切れると、レンちゃんが背後から二刀流の連撃を浴びせ続ける。メルちゃんはアユナちゃんの結界まで退いてくる。予定通りだ。
魔人は残忍な表情を浮かべながら剣を振るい続け、精霊や冒険者を一人、また一人と倒していく。リザさんは魔力を振り絞って風の上位精霊ジンを召喚した。レンちゃんがフラフラなリザさんをカバーし、下がらせる。魔人にはまだ余裕がある。ジンの魔法に対し、何らかの対抗魔法で相殺している。魔人はジンを徹底的に攻め、闇魔法で消滅させた。
気付いたら無事に立っている者は魔人とレンちゃんだけになっていた。そのレンちゃんも肩で息をしていて防戦一方だった。魔人の1撃で弾き飛ばされた。
『ふん、わしを追い詰めたのは最初の1撃だけか。暇潰しにもならなんだ。冥土の土産にわしの最高の魔法を見せてやろう!』
そう言って、魔人は長い詠唱に入った。
既に必要な魔力は回復している。ボク達は諦めない!絶望せず、絶対に勝つという強い意志で最後の力を振り絞る!
ボクはメルちゃん、アユナちゃん、レンちゃんとアイコンタクトをとる。
(みんな、頑張れ!!)
アイちゃんの念話を合図に、仕掛ける!
「転移!」
ボクとメルちゃん、アユナちゃん、レンちゃんが魔人を囲うように現れる。転移と同時に、直前まで練り上げていた力を一瞬で解放する!4人が全ての力を出し切る最大の1撃!
「サンダーストーム!!」
『セイントブレス!!』
「鬼化!!」
「二刀流奥義!!」
『グァァァァァァァァァァ…………』
完全に意表を突いた4人同時の攻撃は、魔人の生命力を一瞬で削り取った!!
最期の弱々しい咆哮と共に、魔人の姿は霧のように霧散した。
後には巨大な魔結晶と魔法書が残されていた。
[上級魔結晶]
[召喚魔法/初級]
「勝った……」
『ギリギリだけどね!』
「あたし、頑張ったよね!?」
「怪我人の治療をしましょう!」
その後、ギルドが持ち込んでいた大量のポーションによって怪我人を治療していった。ボク達は魔力切れ寸前だったため、最も活躍したのはレンちゃんだった。レンちゃんにMVPをあげよう!
幸い、誰一人として死者は出なかった!ボク達は、エリザベートさんや村人達のお陰だと囁きあった。
その後、アイちゃん(念話)とリザさんを含めた6人で日が昇るまで泣き続けた。勿論、嬉し泣きだ!
それを見ていた冒険者達も多分、貰い泣きしていたように思う。
さぁ、アイちゃんが待っているフィーネに帰ろう。
★☆★
魔王軍フリージア王国制圧勢力の総大将であった魔人カイゼルの討伐は、魔族との戦いを大きく変える結果をもたらした。
町や村を組織的かつ計画的に陥れることが出来なくなり、統率を失われた魔族が分散してフリージア王国全域を巻き込んだ無秩序な戦いへと変遷していったのだった。
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