異世界八険伝
19.フィーネ迷宮3階【挿絵】
「いよいよ3階ね! ワクワクが止まらないわ! 」
「俺もだ。まさに両手に花だ」
「凄く眠い――」
多分だけど、子どもの身体になったのが原因かもしれない。オトナの時間帯に入ると猛烈に眠くなるんだよね。
眠気覚ましになればと、ミルフェちゃんが髪を結んでくれた。そう言えば、昨晩お風呂に入ってからずっと髪を下ろしたままだったね。青いゴム紐で、ちょっと高めのポニーテールにしてもらった。おでこがぎゅっと引っ張られる感じで眠気が吹き飛ぶ。気合いの陸上部女子モードだ!
ちなみに、ミルフェちゃんは髪を下ろしたまま。桃髪を靡かせて颯爽と歩く姿は、なかなかに格好いい。どうでもいいけど、隊長さんはいつもいつでも金髪のツンツン頭。暑いからと言って兜は被らない人だ。
ボクはミルフェちゃんに引き摺られるようにして、螺旋階段を下りていく。この階段、随分と長い。迷宮は成長するって聞いたことがあるけど、この辺りに新たな階層が建造中とかかな。植物の根にある成長点みたいな?
そうだ。そう言えば、オルセインとかカーミンって名前がかっこよく聞こえるのは病気? 厨二病? いや、厨二病とロリコンは病気じゃないって判決がなかったっけ? どうでもいっか――。
「ところで、3階ってどんな構造? 」
ミルフェちゃんがスキップしながら、前を行くランゲイルさんに尋ねる。
「あ? 普通だな。つか、今までが少し異常だったわな」
「確かにバウムクーヘンとか、山とかは迷宮っぼくないよね」
「バウムなんちゃらが分からねぇが、3階は迷路みたいな構造らしい。全体が同心円状になっていて、外縁部からスタート、兎に角、中心部に進むらしいぞ」
「でも、迷宮が成長しているなら、古い情報はアテにならないよね。強い魔物も出てきたし」
「アンデッド以外なら大丈夫よ! 」
「そう言えば、“最奥の結界がある部屋”にフロアボスが居るのかな? 」
「またドラゴンなの!? 」
「さぁな。ただ、結界内には勇者しか入れないらしいから、ボスはその外じゃないか? 階段みたいに、ボスを倒したら部屋の扉が現れる、とか――」
「ちなみに、帰りも歩いて帰るの? 」
「ギルド情報だとそうらしい。成長した迷宮なら転移結晶で戻れるみたいだが、ここはまだだろ。一応、帰りの分も含めて3日で考えたろ? 」
「確認なんだけど、召喚石を回収したら迷宮が役割を終えるのよね? その瞬間に迷宮が崩壊して生き埋めというのは、ないわよね? 」
「さすがにそれはあり得ないだろ。他の迷宮だと、迷宮内に人がいる場合は崩壊しないようになってるぞ。その辺は親切設計に期待するしかないな」
話しているうちに階段は次第に狭く、暗くなっていく。と言っても、3人が横に並んで歩けるくらいの幅はあるけどね。そう、なぜか今はボクを真ん中に、横一列で歩いている。
ボクたちはやっと、その長い階段の終点を迎える。そして、ラストステージ、迷宮最深部の3階に降り立った――。
「うわぁ、面倒臭そう」
「いきなり左右に分かれ道? 悩むわね」
「左手を壁に当てながら進めば必ずゴールに辿り着くと言われているが、俺の経験では、宝箱は逆方向にあることが多かったな」
「どうしてよ? 」
「皆が左に行くから右の宝箱が取られてないってこと? 」
「リンネは理解が早いな。俺の――」
「やだよ? 」
「断るのも早いな! 」
左右に伸びる薄暗い通路を覗き込みながら、ボクたちは喧々囂々の議論を戦わせている。
「宝箱や魔物って、一度消えても復活するんでしょ? 」
「そうだな。一般的な迷宮だと10時間で復活する。さっきのワイバーンみたいに、魔物の種類や宝箱の中身はランダムだ。たが、宝箱の位置は固定なんだ」
「ワイバーンの目撃情報が無かったことを考えると、宝箱は全て復活してるわよね。全部取りに行くの? 」
「そりゃ無理だ。正確なマッパーがいても時間が掛かる。迷宮で迷子になったら――全員ゾンビだぜ? ギャオー! 」
「ボクがマッパーやるよ。迷路とか多分好きだし、せっかく鍵もあるんだから、深追いしない程度に探索しない? 魔法書だってあるかもだし――」
「あ、それ死ぬパターンだ。迷宮では中途半端が最も危険なんだぞ」
「ぷぅ! 」
「あ、リンネちゃん膨れた! 可愛いっ! 」
「なら、2つに分岐したときは、まず右側を確認する。さらに分岐するようなら戻り、本筋の左側を進める。これなら中途半端じゃないでしょ? 」
「分かった、分かったから2人して俺の足を踏むな! よし、それで行こう。俺が先頭で索敵と罠の確認をするから、2人はとりあえず迷子にならないよう、道を覚えとけ」
「「了解でーす!! 」」
「じゃあ、まずは右に行くぞ! 」
全体がどのくらい広いのか分からないけど、ボクは全体図を想像しながらマッピングしていく。ミルフェちゃんは、ポイントとなる箇所に印を付けながら道を確実に覚えてる。
「背後から魔物が来る場合もあるぞ! 迷子になるケースは、大半が魔物絡みで方向感覚がズレたときだ。リンネは背後にも気を配れ」
「はーい」
迷宮は少人数だと意外と忙しいね。
緩やかなカーブを30分くらい進んだとき、行き止まりにぶつかった。途中、ダークバットとか、リザードマンとか、ゴブリンジェネラルが出たが、単体だったため、難なく倒せている。
「宝箱だ! 」
「わぉ! 」
「やったぁ! 」
ボクとミルフェちゃんはハイタッチ。
「鍵付か。よし、大丈夫そうだ。開けるぞ! 」
「「はい! 」」
「銀貨だ――30枚、3000リルだな! 」
「おお! すごい!! 」
「ハズレね、戻りましょ! 」
うはっ、お姫様とは金銭感覚が違い過ぎる。3000リルって、300万円だよ? ハズレと言い切る感性が凄い! まぁ、ツッコむのは恥ずかしいからスルーしよっと。
ボクたち3人は来た道を戻り、30分後にはスタート地点の階段下に到着した。
「次は左側、本筋行くぞ! 」
「「はい! 」」
こっちも緩やかにカーブした後、行き止まりになっている。
あ!
行き止まりかと思ったが、よく見ると道が右に直角に折れて続いてる。
そしてしばらく歩くと――。
「完全なT字路だ。右は見た感じ突き当りに扉があるな。左はどうだ――行き止まりか? いや、また直角に道が続いてるようだが、どうする? 」
もう、答えは決まってる。
「「右でしょ! 」」
宝箱大好き!
「また俺が行くのか? 童貞で死にたくねぇ」
「「頑張れー! 」」
「チッ! 分かりましたよ!! 」
剣を肩に乗せ、数百m先に見える扉に向かい小走りに去っていく隊長。
「おーい、魔物部屋だ! 銀色の宝箱も見えるぞ! 援護頼む! 」
扉の隙間からチラ見し、ボクたちの方に声を上げる。
そして、よほど勝算があったのか、扉を開け放って突っ込んで行った――。
「チャイルドドラゴン3匹かよ。さすがにお花畑と走馬灯が見えたぜ。リンネ、援護ナイス! 助かった――」
隊長さんはリザードマンと間違えたらしい。いきなり血塗れで逃げ回っていた。
ボクは、棒2号をめちゃくちゃ振り回したり、風刃を連発して無双し、何とか倒した――。
何発か隊長さんに当たってたらごめん。
「宝箱は大丈夫だ、開けるぞ! 」
数歩下がった所で祈るようにして頷くボクたち。
「ん? これはローブか? 」
[鑑定眼!]
[賢者のローブ:防御:4.80、特殊:状態異常耐性]
「「欲しい!! 」」
「「あっ!? 」」
手を上げて叫ぶボクと、ローブに飛びつくミルフェちゃん、2連続でハモってしまった――。
「ドロップの類は後で分配するぞ。取り敢えずリンネが装備しとけ。今の芋っぽい服だと勇者に見えない」
仕方ないでしょ!
エリ村もボクも貧乏なんだから。
「はい、どうも――」
言葉とは裏腹に、気持ちはワクワクが止まらない。手が震えるくらい興奮していた。
「T字路まで戻って、反対側の分岐点行くぞ! 」
ミルフェちゃん、賢者のローブに飛び付いてたけど、多分デザインで気に入ったみたい? これ、なかなかに格好いい! 白ベースで縁のあたりが豪華に刺繍されてる。実はボク、魔法使いでもなく僧侶でもなく、賢者を目指してるの! この世界に賢者の概念があると思ってなくて、今凄く感動してる。ヤバい、ニヤニヤが止まらない。
<a href="//18730.mitemin.net/i244859/" target="_blank"><img src="//18730.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i244859/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
↑リンネ(清水翔三様作)
「リンネちゃん、凄く似合ってる! 格好いい! 可愛いっ! 私やっぱりそれ、諦めるわ。司祭服もあるし、ドレスローブもあるし」
「確かによく似合ってるな、萌えだな――」
「ありがとう! でも隊長、キモいよ? 」
褒められたのが嬉しくて、何度もくるくるっと回っていたら、目が回ってしまった。でも、全く吐き気がしない。“状態異常耐性”のお陰なのかも。凄いよこれ!
もと来た道を引き返した後、10分ほどT字路の左側を進む。
しばらく歩くと、隊長さんの言う通り、直進は行き止まりだったけど、左に折れる道が見えてきた。
さらにしばらく歩くと、道は右側に折れて続いている。
本筋、メインルートは一本道だ。
緩やかにカーブを描く道は、恐らく3階の外縁を形成している。
「長いね? 」
「だが、道はこれしかない。隠しの類もなかったから進むしかないだろ」
「これ、外縁をぐるっと半周してるみたい。大体、こういうルートはゴールに繋がってる」
結局、とても長いカーブだった。
一本道とは言うものの、10km以上は歩かされている気がする。
途中、魔物との遭遇が少なかったのが幸いして、4時間弱で右に直角に曲がるL字路に辿り着いた。
「見て見て! この行き止まりの壁なんだけど、ボクが描いたMAPだと、この壁の裏は最初に宝箱を見つけた行き止まりだよ? 」
「ホントだ! じゃあ、外縁を一周したのね――」
「かなり正確なマッピングだな! 迷宮が無くならなければ高く売れたかもな」
ちなみに、迷宮の壁は破壊できないらしく、乱暴なショートカットは不可能だそうだ。帰り道のことを考えるだけで気が遠くなるよ――。
さて、L字を右折すると、直ぐに道は左右に別れた。
「右は――行き止まりだな。扉もない。左に行くぞ! 後ろ気を付けろよ! 」
左折して40分ほど進む。
すると、直進の道、左に続く道、右に曲がる道という3本の分岐が見える広めのドームに出た。
そして、そこには巨大な魔物が居た――。
「なんだこりゃ。植物か? イソギンチャクか? ヒドラじゃないよな? とにかくデカいな! 」
「これ、夢に出てきた気がする! 」
正夢になっちゃいましたか。
ボクがこちょこちょしたせいです、ミルフェちゃんごめんなさい!
「戦うしかないわよね? もしかして固定型? 動けない? でも、これに捕まると大変なことになりそうよ? 特に私は! 」
「俺が捕まっても誰も得しない感じか? 」
「うん! ボクが風刃連発するから周囲警戒お願いね! 」
結局、休憩を挟みながら100発以上を撃ち込んで、やっと謎の植物は消滅した。全力でフラグをへし折ってやったよ、ミルフェちゃんを守るために!!
その魔素の霧が晴れると、床に何かが落ちていた。
[鑑定眼!]
[中級魔結晶:レベル20以上の魔物から入手できる魔力の核]
[鑑定眼!]
[7色の花:幸運をもたらすという珍しい花。万能薬エリクサーの素材となる]
「7色の花、万能薬エリクサーの素材だって! 」
「それはすげぇな! 」
「エリクサーって、伝説級のアイテムだよ! 」
何だが凄い素材みたいだ。
ただ、素材だけあっても加工できないけどね。
「これは面倒だな――」
改めてフロアを見渡すと、ボクたちが来た道以外にも3本の分岐が伸びている。
「ボクの図だとかなり中心が近いはず。多分だけど、中央はボスフロア。左右は、いずれ行き止まりになるはず。今度は左から行ってみない? 」
「私もリンネちゃんに賛成! 左からお宝の香りがするもん! 」
多数決の神様を信じ、まずは左の道を行く。
1時間ほど歩くと、予想通り行き止まりにぶつかった。でも、よく見ると、壁にめり込むように青い宝箱がある!
「リンネ、冴えてるな。よし、開けるぞ! 」
「「どう? 」」
「お、これは転移結晶だな」
「え!? もしかして、どこかにワープできるの? 」
「青色だから帰還転移、つまりは、入口行きだわな」
「素晴らしいわ! 実は帰り道、覚えてなかったの! 」
「おいっ! 」
やったぁ!
帰りの体力を気にしなくて済むんだ!
「じゃ、戻って右の道行くぞ! 」
「「おぅ!! 」」
ボクたちは、巨大触手植物の部屋まで戻り、今度は右の道を突き進む。
分岐がない一本道だけど、途中で180度折り返すなど、複雑なルートを辿っている。
そして行き止まりには、また宝箱が!
「銀色の宝箱か――俺に任せろ。よし、開けるぞ! 」
「「――どう? 」」
「おっ!! 」
「なにかしら? 」
「空っぽとか? 」
隊長が真顔でボクたちを見る。
そして、ニヤッと笑って叫ぶ。
「魔法書!! 」
「「え~っ!!! 」」
正直、泣いてしまった。
棒との別れが辛かったわけじゃないよ?
求めていた物が見つかった感動、安心感、感謝、今までの苦労――色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざりあってなぜだか熱い涙が零れてきたんだもん。
30分くらい泣いたかな、2人に励まされてやっと立ち上がれた。
ありがとう!
「雷の魔法書/中級、だね。これって、初級がなくてもいきなり覚えられるかな? 」
「「……」」
「……」
糠喜びでした――。
立ち直れなかったら、ボクの代わりに誰か牛さんでも召喚してください。
「さぁ、気を取り直して残りの道、中央ルートに行くわよ!! 」
「おう! 」
「ぉぅ! 」
ミルフェちゃんの元気な声が響き渡る。
★☆★
そして1時間後――ボクたちは、ボスが居ると思われるフロアに到達した。
「ボスって、あれ?」
「ありゃあ、魔物じゃないな。人間か? 」
「冒険者じゃないかしら? 」
「先生、話してきてよ! 私は人見知りだから無理」
「ボクも、テンションガタガタだから無理」
「リンネは仕方ねぇなが、ミルフェのどこが人見知りだよ! まぁ、いい。ちょっと待ってろ」
隊長さんが、勇敢にも話し掛けに行った。
人間ならいいけど、実は遠目から見ても人間じゃないのは分かる。だって、耳のところに何か付いてるし、決定的なのは、お尻から生えている長い尻尾!!
隊長さん、戻ってきた。
生きてる。でも、渋い顔してる。
「リンネ、竜人族だ――。お前の、勇者の実力を見たいんだと。絶対に死ぬなよ」
え!? 戦い前提ですか?
まぁ、一応フロアボス扱いだし?
ここまで来たら頑張るしかないよね。緊張で高鳴る胸を押さえ、深呼吸を3回して、竜人族と呼ばれる人が待機する奥の方へとゆっくり歩いて行く。彼の背後には何やら水色の膜で囲まれた結界らしきものが見える――。
「初めまして――」 
『……』
いきなり無視ですか!?
「召喚石を受け取りに来ました。ここにありますか? 」
“召喚石”という言葉を聴いて、彼の表情が一変する。
眼が怖い!
それに、かなり細身な身体だけど、オーラと呼ぶべきか、猛烈な覇気を漂わせている――。
『我に力を示せ、さすれば神より預かり力を汝に授けん! 』
「力を示せ? ボクは人とは戦いません。戦い以外で示せる方法があれば教えて下さい! 」
彼は腕を組んで考え込み、結論を出す。
『――良いだろう。では、脱げ』
「はいっ!? 」
『脱げ』
「嫌です」
『――汝の賢者のローブを、脱げ』
「あ、あ? 」
『それは状態異常耐性の効果がある。それを装備していると、我は汝の記憶、心を読むことができぬのだ』
「そゆことですか! 分かりました――」
お互いに変な勘違いをしていたのが分かり、赤面する。さっきは怖いと思ったけど、よく見ると可愛いかもしれない? ローブを脱ぎ、エリ村で貰ったリザさんお下がりの芋服に逆戻りする。
竜人は、ボクの左胸に人差し指を当て、何かを呟き始めた――。
これって完璧にセクハラですよね!?
『記憶の喪失……竜の……巫女としての性……処女性……平和を愛する、仲間を愛する心……強い意思……』
何か、さらっと重要なこと言ってない?
『合格だ――。我、竜人グランは、青の召喚石を、汝に託す。世界を、この世界を頼んだぞ、勇者リンネよ!! 』
「あ、はい!」
「えっ!? 」
レベルアップしたよ!?
グランさん、死んじゃった? 自殺!?
もう、訳が分からないよ!!
取り敢えず、結界から開放された部屋に入る。
正面に聳える祭壇には、何かの金属だろうか――竜神を象った像が置かれている。そこの腕に掲げられれていた召喚石を、ボクは両手で丁寧に、厳かに受け取る。
光に満ち溢れる部屋、消えていく祭壇、そして竜神の像――しかし、ボクの手元には確かな重みで青の微光を放つ石が残されていた。
まだ頭が混乱している。
竜、巫女、勇者、神、魔王――これらのキーワードから連想すること自体は容易だ。だけど、それを受け入れられるか、乗り越えられるかは、今のボクには難しい。そもそも召喚なんてボクにできるのかな。そんな資格があるのかな。1人では重すぎるよ――。
結界が消えた部屋で立ち尽くすボクを見つけて、ミルフェちゃんが駆け寄ってくる。
「リンネちゃん! 大丈夫? ヒール! ヒール! ヒール!! 」
「ありがと、ヒールいらないよ? 戦ってないし」
「そうなの!? リンネちゃんが部屋に入ったら、結界で全く見えなくなって――すっごく心配したんだから!! 」
そう言ってミルフェは泣きながら抱きしめてきた。
温かい。
柔らかい。
そして、とても優しい子――。
「リンネ、無事か!? 」
遅れて赤髪ツンツン頭も走ってくる。
「はい、戦わずに、胸を触られて、心を読まれて――それで、合格って言われました」
「いいな――。いや、正直言うとアレと戦って勝てる人間なんて存在しないだろう。俺でもあの竜人が持つとんでもない強さは分かる。戦わずに済んだことは本当に幸運だった――いや、それもリンネの、勇者としての力なのかもしれないな」
いつもはセクハラ発言ばかりなのに、今は珍しく紳士だ。この人のこんな涙、初めて見た。だがしかし、どさくさに紛れて抱き付いてきたから、躱して足を引っ掻けて転んでもらった。涙が別の性質に変わってた。
「戻りましょ! 」
転んでる隊長の背中から足をどけ、ミルフェちゃんが叫ぶ。
隊長さんが、帰還の転移結晶を使用する。
すると、青白い光が足元に魔法陣を描いていき――ボクの視界全てが光に包まれる。
これが転移結晶!? 凄く綺麗、神秘的な輝きだ!!
そして――光が去り、無事に視力を取り戻したとき、ボクたちの目には、見覚えのある迷宮入口の風景が映っていた。
「迷宮攻略だ! 」
「例の物も無事に手に入れたみたいだし! 」
「うん、みんなありがと!! 」
徹夜の強行軍で臨んだ迷宮攻略だったけど、戦いやアイテムだけでなく、竜人との出会い、そして改めて伝えられた重い使命――ボクが得たものは凄く大きかったと思う。
ふぅ、今のうちに更新しておこう。
[ステータスオープン!]
レベル:10 職業:見習い勇者
◆ステータス
攻撃:5.25(+4.50)
魔力:9.90
体力:3.30
防御:3.50(+4.80)
敏捷:4.15
器用:2.25
才能:3.00(ステータスポイント2.0)
◆先天スキル:取得経験値2倍、鑑定眼、食物超吸収、アイテムボックス
◆後天スキル:棒術/初級、カウンター、(雷魔法/中級)
◆称号:ゴブリンキラー、ドラゴンバスター
お?
称号が増えた! ドラゴンバスター!?
[鑑定眼!]
[ドラゴンバスター:単独での竜種討伐に成功した者への称号]
あ、ワイバーンかな? チャイルドドラゴンかな? まさか、竜人グランさんじゃないよね!? ゴブリンキラーみたいな、お得なオマケ効果はないんだね――。
ステータスポイントは全部魔力でいいや。
レベル:10
◆ステータス
攻撃:5.25(+4.50)
魔力:11.90
体力:3.30
防御:3.50(+4.80)
敏捷:4.15
器用:2.25
才能:3.00(ステータスポイント0)
その後、やり遂げた気持ちに満たされながらフィーネの町に帰還した頃には、町並みは既に夕焼けに包まれていた。
昨日町を出発してから、実に36時間が経っていた計算になる。明日こそは1日中寝てもいいよね?
「俺もだ。まさに両手に花だ」
「凄く眠い――」
多分だけど、子どもの身体になったのが原因かもしれない。オトナの時間帯に入ると猛烈に眠くなるんだよね。
眠気覚ましになればと、ミルフェちゃんが髪を結んでくれた。そう言えば、昨晩お風呂に入ってからずっと髪を下ろしたままだったね。青いゴム紐で、ちょっと高めのポニーテールにしてもらった。おでこがぎゅっと引っ張られる感じで眠気が吹き飛ぶ。気合いの陸上部女子モードだ!
ちなみに、ミルフェちゃんは髪を下ろしたまま。桃髪を靡かせて颯爽と歩く姿は、なかなかに格好いい。どうでもいいけど、隊長さんはいつもいつでも金髪のツンツン頭。暑いからと言って兜は被らない人だ。
ボクはミルフェちゃんに引き摺られるようにして、螺旋階段を下りていく。この階段、随分と長い。迷宮は成長するって聞いたことがあるけど、この辺りに新たな階層が建造中とかかな。植物の根にある成長点みたいな?
そうだ。そう言えば、オルセインとかカーミンって名前がかっこよく聞こえるのは病気? 厨二病? いや、厨二病とロリコンは病気じゃないって判決がなかったっけ? どうでもいっか――。
「ところで、3階ってどんな構造? 」
ミルフェちゃんがスキップしながら、前を行くランゲイルさんに尋ねる。
「あ? 普通だな。つか、今までが少し異常だったわな」
「確かにバウムクーヘンとか、山とかは迷宮っぼくないよね」
「バウムなんちゃらが分からねぇが、3階は迷路みたいな構造らしい。全体が同心円状になっていて、外縁部からスタート、兎に角、中心部に進むらしいぞ」
「でも、迷宮が成長しているなら、古い情報はアテにならないよね。強い魔物も出てきたし」
「アンデッド以外なら大丈夫よ! 」
「そう言えば、“最奥の結界がある部屋”にフロアボスが居るのかな? 」
「またドラゴンなの!? 」
「さぁな。ただ、結界内には勇者しか入れないらしいから、ボスはその外じゃないか? 階段みたいに、ボスを倒したら部屋の扉が現れる、とか――」
「ちなみに、帰りも歩いて帰るの? 」
「ギルド情報だとそうらしい。成長した迷宮なら転移結晶で戻れるみたいだが、ここはまだだろ。一応、帰りの分も含めて3日で考えたろ? 」
「確認なんだけど、召喚石を回収したら迷宮が役割を終えるのよね? その瞬間に迷宮が崩壊して生き埋めというのは、ないわよね? 」
「さすがにそれはあり得ないだろ。他の迷宮だと、迷宮内に人がいる場合は崩壊しないようになってるぞ。その辺は親切設計に期待するしかないな」
話しているうちに階段は次第に狭く、暗くなっていく。と言っても、3人が横に並んで歩けるくらいの幅はあるけどね。そう、なぜか今はボクを真ん中に、横一列で歩いている。
ボクたちはやっと、その長い階段の終点を迎える。そして、ラストステージ、迷宮最深部の3階に降り立った――。
「うわぁ、面倒臭そう」
「いきなり左右に分かれ道? 悩むわね」
「左手を壁に当てながら進めば必ずゴールに辿り着くと言われているが、俺の経験では、宝箱は逆方向にあることが多かったな」
「どうしてよ? 」
「皆が左に行くから右の宝箱が取られてないってこと? 」
「リンネは理解が早いな。俺の――」
「やだよ? 」
「断るのも早いな! 」
左右に伸びる薄暗い通路を覗き込みながら、ボクたちは喧々囂々の議論を戦わせている。
「宝箱や魔物って、一度消えても復活するんでしょ? 」
「そうだな。一般的な迷宮だと10時間で復活する。さっきのワイバーンみたいに、魔物の種類や宝箱の中身はランダムだ。たが、宝箱の位置は固定なんだ」
「ワイバーンの目撃情報が無かったことを考えると、宝箱は全て復活してるわよね。全部取りに行くの? 」
「そりゃ無理だ。正確なマッパーがいても時間が掛かる。迷宮で迷子になったら――全員ゾンビだぜ? ギャオー! 」
「ボクがマッパーやるよ。迷路とか多分好きだし、せっかく鍵もあるんだから、深追いしない程度に探索しない? 魔法書だってあるかもだし――」
「あ、それ死ぬパターンだ。迷宮では中途半端が最も危険なんだぞ」
「ぷぅ! 」
「あ、リンネちゃん膨れた! 可愛いっ! 」
「なら、2つに分岐したときは、まず右側を確認する。さらに分岐するようなら戻り、本筋の左側を進める。これなら中途半端じゃないでしょ? 」
「分かった、分かったから2人して俺の足を踏むな! よし、それで行こう。俺が先頭で索敵と罠の確認をするから、2人はとりあえず迷子にならないよう、道を覚えとけ」
「「了解でーす!! 」」
「じゃあ、まずは右に行くぞ! 」
全体がどのくらい広いのか分からないけど、ボクは全体図を想像しながらマッピングしていく。ミルフェちゃんは、ポイントとなる箇所に印を付けながら道を確実に覚えてる。
「背後から魔物が来る場合もあるぞ! 迷子になるケースは、大半が魔物絡みで方向感覚がズレたときだ。リンネは背後にも気を配れ」
「はーい」
迷宮は少人数だと意外と忙しいね。
緩やかなカーブを30分くらい進んだとき、行き止まりにぶつかった。途中、ダークバットとか、リザードマンとか、ゴブリンジェネラルが出たが、単体だったため、難なく倒せている。
「宝箱だ! 」
「わぉ! 」
「やったぁ! 」
ボクとミルフェちゃんはハイタッチ。
「鍵付か。よし、大丈夫そうだ。開けるぞ! 」
「「はい! 」」
「銀貨だ――30枚、3000リルだな! 」
「おお! すごい!! 」
「ハズレね、戻りましょ! 」
うはっ、お姫様とは金銭感覚が違い過ぎる。3000リルって、300万円だよ? ハズレと言い切る感性が凄い! まぁ、ツッコむのは恥ずかしいからスルーしよっと。
ボクたち3人は来た道を戻り、30分後にはスタート地点の階段下に到着した。
「次は左側、本筋行くぞ! 」
「「はい! 」」
こっちも緩やかにカーブした後、行き止まりになっている。
あ!
行き止まりかと思ったが、よく見ると道が右に直角に折れて続いてる。
そしてしばらく歩くと――。
「完全なT字路だ。右は見た感じ突き当りに扉があるな。左はどうだ――行き止まりか? いや、また直角に道が続いてるようだが、どうする? 」
もう、答えは決まってる。
「「右でしょ! 」」
宝箱大好き!
「また俺が行くのか? 童貞で死にたくねぇ」
「「頑張れー! 」」
「チッ! 分かりましたよ!! 」
剣を肩に乗せ、数百m先に見える扉に向かい小走りに去っていく隊長。
「おーい、魔物部屋だ! 銀色の宝箱も見えるぞ! 援護頼む! 」
扉の隙間からチラ見し、ボクたちの方に声を上げる。
そして、よほど勝算があったのか、扉を開け放って突っ込んで行った――。
「チャイルドドラゴン3匹かよ。さすがにお花畑と走馬灯が見えたぜ。リンネ、援護ナイス! 助かった――」
隊長さんはリザードマンと間違えたらしい。いきなり血塗れで逃げ回っていた。
ボクは、棒2号をめちゃくちゃ振り回したり、風刃を連発して無双し、何とか倒した――。
何発か隊長さんに当たってたらごめん。
「宝箱は大丈夫だ、開けるぞ! 」
数歩下がった所で祈るようにして頷くボクたち。
「ん? これはローブか? 」
[鑑定眼!]
[賢者のローブ:防御:4.80、特殊:状態異常耐性]
「「欲しい!! 」」
「「あっ!? 」」
手を上げて叫ぶボクと、ローブに飛びつくミルフェちゃん、2連続でハモってしまった――。
「ドロップの類は後で分配するぞ。取り敢えずリンネが装備しとけ。今の芋っぽい服だと勇者に見えない」
仕方ないでしょ!
エリ村もボクも貧乏なんだから。
「はい、どうも――」
言葉とは裏腹に、気持ちはワクワクが止まらない。手が震えるくらい興奮していた。
「T字路まで戻って、反対側の分岐点行くぞ! 」
ミルフェちゃん、賢者のローブに飛び付いてたけど、多分デザインで気に入ったみたい? これ、なかなかに格好いい! 白ベースで縁のあたりが豪華に刺繍されてる。実はボク、魔法使いでもなく僧侶でもなく、賢者を目指してるの! この世界に賢者の概念があると思ってなくて、今凄く感動してる。ヤバい、ニヤニヤが止まらない。
<a href="//18730.mitemin.net/i244859/" target="_blank"><img src="//18730.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i244859/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
↑リンネ(清水翔三様作)
「リンネちゃん、凄く似合ってる! 格好いい! 可愛いっ! 私やっぱりそれ、諦めるわ。司祭服もあるし、ドレスローブもあるし」
「確かによく似合ってるな、萌えだな――」
「ありがとう! でも隊長、キモいよ? 」
褒められたのが嬉しくて、何度もくるくるっと回っていたら、目が回ってしまった。でも、全く吐き気がしない。“状態異常耐性”のお陰なのかも。凄いよこれ!
もと来た道を引き返した後、10分ほどT字路の左側を進む。
しばらく歩くと、隊長さんの言う通り、直進は行き止まりだったけど、左に折れる道が見えてきた。
さらにしばらく歩くと、道は右側に折れて続いている。
本筋、メインルートは一本道だ。
緩やかにカーブを描く道は、恐らく3階の外縁を形成している。
「長いね? 」
「だが、道はこれしかない。隠しの類もなかったから進むしかないだろ」
「これ、外縁をぐるっと半周してるみたい。大体、こういうルートはゴールに繋がってる」
結局、とても長いカーブだった。
一本道とは言うものの、10km以上は歩かされている気がする。
途中、魔物との遭遇が少なかったのが幸いして、4時間弱で右に直角に曲がるL字路に辿り着いた。
「見て見て! この行き止まりの壁なんだけど、ボクが描いたMAPだと、この壁の裏は最初に宝箱を見つけた行き止まりだよ? 」
「ホントだ! じゃあ、外縁を一周したのね――」
「かなり正確なマッピングだな! 迷宮が無くならなければ高く売れたかもな」
ちなみに、迷宮の壁は破壊できないらしく、乱暴なショートカットは不可能だそうだ。帰り道のことを考えるだけで気が遠くなるよ――。
さて、L字を右折すると、直ぐに道は左右に別れた。
「右は――行き止まりだな。扉もない。左に行くぞ! 後ろ気を付けろよ! 」
左折して40分ほど進む。
すると、直進の道、左に続く道、右に曲がる道という3本の分岐が見える広めのドームに出た。
そして、そこには巨大な魔物が居た――。
「なんだこりゃ。植物か? イソギンチャクか? ヒドラじゃないよな? とにかくデカいな! 」
「これ、夢に出てきた気がする! 」
正夢になっちゃいましたか。
ボクがこちょこちょしたせいです、ミルフェちゃんごめんなさい!
「戦うしかないわよね? もしかして固定型? 動けない? でも、これに捕まると大変なことになりそうよ? 特に私は! 」
「俺が捕まっても誰も得しない感じか? 」
「うん! ボクが風刃連発するから周囲警戒お願いね! 」
結局、休憩を挟みながら100発以上を撃ち込んで、やっと謎の植物は消滅した。全力でフラグをへし折ってやったよ、ミルフェちゃんを守るために!!
その魔素の霧が晴れると、床に何かが落ちていた。
[鑑定眼!]
[中級魔結晶:レベル20以上の魔物から入手できる魔力の核]
[鑑定眼!]
[7色の花:幸運をもたらすという珍しい花。万能薬エリクサーの素材となる]
「7色の花、万能薬エリクサーの素材だって! 」
「それはすげぇな! 」
「エリクサーって、伝説級のアイテムだよ! 」
何だが凄い素材みたいだ。
ただ、素材だけあっても加工できないけどね。
「これは面倒だな――」
改めてフロアを見渡すと、ボクたちが来た道以外にも3本の分岐が伸びている。
「ボクの図だとかなり中心が近いはず。多分だけど、中央はボスフロア。左右は、いずれ行き止まりになるはず。今度は左から行ってみない? 」
「私もリンネちゃんに賛成! 左からお宝の香りがするもん! 」
多数決の神様を信じ、まずは左の道を行く。
1時間ほど歩くと、予想通り行き止まりにぶつかった。でも、よく見ると、壁にめり込むように青い宝箱がある!
「リンネ、冴えてるな。よし、開けるぞ! 」
「「どう? 」」
「お、これは転移結晶だな」
「え!? もしかして、どこかにワープできるの? 」
「青色だから帰還転移、つまりは、入口行きだわな」
「素晴らしいわ! 実は帰り道、覚えてなかったの! 」
「おいっ! 」
やったぁ!
帰りの体力を気にしなくて済むんだ!
「じゃ、戻って右の道行くぞ! 」
「「おぅ!! 」」
ボクたちは、巨大触手植物の部屋まで戻り、今度は右の道を突き進む。
分岐がない一本道だけど、途中で180度折り返すなど、複雑なルートを辿っている。
そして行き止まりには、また宝箱が!
「銀色の宝箱か――俺に任せろ。よし、開けるぞ! 」
「「――どう? 」」
「おっ!! 」
「なにかしら? 」
「空っぽとか? 」
隊長が真顔でボクたちを見る。
そして、ニヤッと笑って叫ぶ。
「魔法書!! 」
「「え~っ!!! 」」
正直、泣いてしまった。
棒との別れが辛かったわけじゃないよ?
求めていた物が見つかった感動、安心感、感謝、今までの苦労――色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざりあってなぜだか熱い涙が零れてきたんだもん。
30分くらい泣いたかな、2人に励まされてやっと立ち上がれた。
ありがとう!
「雷の魔法書/中級、だね。これって、初級がなくてもいきなり覚えられるかな? 」
「「……」」
「……」
糠喜びでした――。
立ち直れなかったら、ボクの代わりに誰か牛さんでも召喚してください。
「さぁ、気を取り直して残りの道、中央ルートに行くわよ!! 」
「おう! 」
「ぉぅ! 」
ミルフェちゃんの元気な声が響き渡る。
★☆★
そして1時間後――ボクたちは、ボスが居ると思われるフロアに到達した。
「ボスって、あれ?」
「ありゃあ、魔物じゃないな。人間か? 」
「冒険者じゃないかしら? 」
「先生、話してきてよ! 私は人見知りだから無理」
「ボクも、テンションガタガタだから無理」
「リンネは仕方ねぇなが、ミルフェのどこが人見知りだよ! まぁ、いい。ちょっと待ってろ」
隊長さんが、勇敢にも話し掛けに行った。
人間ならいいけど、実は遠目から見ても人間じゃないのは分かる。だって、耳のところに何か付いてるし、決定的なのは、お尻から生えている長い尻尾!!
隊長さん、戻ってきた。
生きてる。でも、渋い顔してる。
「リンネ、竜人族だ――。お前の、勇者の実力を見たいんだと。絶対に死ぬなよ」
え!? 戦い前提ですか?
まぁ、一応フロアボス扱いだし?
ここまで来たら頑張るしかないよね。緊張で高鳴る胸を押さえ、深呼吸を3回して、竜人族と呼ばれる人が待機する奥の方へとゆっくり歩いて行く。彼の背後には何やら水色の膜で囲まれた結界らしきものが見える――。
「初めまして――」 
『……』
いきなり無視ですか!?
「召喚石を受け取りに来ました。ここにありますか? 」
“召喚石”という言葉を聴いて、彼の表情が一変する。
眼が怖い!
それに、かなり細身な身体だけど、オーラと呼ぶべきか、猛烈な覇気を漂わせている――。
『我に力を示せ、さすれば神より預かり力を汝に授けん! 』
「力を示せ? ボクは人とは戦いません。戦い以外で示せる方法があれば教えて下さい! 」
彼は腕を組んで考え込み、結論を出す。
『――良いだろう。では、脱げ』
「はいっ!? 」
『脱げ』
「嫌です」
『――汝の賢者のローブを、脱げ』
「あ、あ? 」
『それは状態異常耐性の効果がある。それを装備していると、我は汝の記憶、心を読むことができぬのだ』
「そゆことですか! 分かりました――」
お互いに変な勘違いをしていたのが分かり、赤面する。さっきは怖いと思ったけど、よく見ると可愛いかもしれない? ローブを脱ぎ、エリ村で貰ったリザさんお下がりの芋服に逆戻りする。
竜人は、ボクの左胸に人差し指を当て、何かを呟き始めた――。
これって完璧にセクハラですよね!?
『記憶の喪失……竜の……巫女としての性……処女性……平和を愛する、仲間を愛する心……強い意思……』
何か、さらっと重要なこと言ってない?
『合格だ――。我、竜人グランは、青の召喚石を、汝に託す。世界を、この世界を頼んだぞ、勇者リンネよ!! 』
「あ、はい!」
「えっ!? 」
レベルアップしたよ!?
グランさん、死んじゃった? 自殺!?
もう、訳が分からないよ!!
取り敢えず、結界から開放された部屋に入る。
正面に聳える祭壇には、何かの金属だろうか――竜神を象った像が置かれている。そこの腕に掲げられれていた召喚石を、ボクは両手で丁寧に、厳かに受け取る。
光に満ち溢れる部屋、消えていく祭壇、そして竜神の像――しかし、ボクの手元には確かな重みで青の微光を放つ石が残されていた。
まだ頭が混乱している。
竜、巫女、勇者、神、魔王――これらのキーワードから連想すること自体は容易だ。だけど、それを受け入れられるか、乗り越えられるかは、今のボクには難しい。そもそも召喚なんてボクにできるのかな。そんな資格があるのかな。1人では重すぎるよ――。
結界が消えた部屋で立ち尽くすボクを見つけて、ミルフェちゃんが駆け寄ってくる。
「リンネちゃん! 大丈夫? ヒール! ヒール! ヒール!! 」
「ありがと、ヒールいらないよ? 戦ってないし」
「そうなの!? リンネちゃんが部屋に入ったら、結界で全く見えなくなって――すっごく心配したんだから!! 」
そう言ってミルフェは泣きながら抱きしめてきた。
温かい。
柔らかい。
そして、とても優しい子――。
「リンネ、無事か!? 」
遅れて赤髪ツンツン頭も走ってくる。
「はい、戦わずに、胸を触られて、心を読まれて――それで、合格って言われました」
「いいな――。いや、正直言うとアレと戦って勝てる人間なんて存在しないだろう。俺でもあの竜人が持つとんでもない強さは分かる。戦わずに済んだことは本当に幸運だった――いや、それもリンネの、勇者としての力なのかもしれないな」
いつもはセクハラ発言ばかりなのに、今は珍しく紳士だ。この人のこんな涙、初めて見た。だがしかし、どさくさに紛れて抱き付いてきたから、躱して足を引っ掻けて転んでもらった。涙が別の性質に変わってた。
「戻りましょ! 」
転んでる隊長の背中から足をどけ、ミルフェちゃんが叫ぶ。
隊長さんが、帰還の転移結晶を使用する。
すると、青白い光が足元に魔法陣を描いていき――ボクの視界全てが光に包まれる。
これが転移結晶!? 凄く綺麗、神秘的な輝きだ!!
そして――光が去り、無事に視力を取り戻したとき、ボクたちの目には、見覚えのある迷宮入口の風景が映っていた。
「迷宮攻略だ! 」
「例の物も無事に手に入れたみたいだし! 」
「うん、みんなありがと!! 」
徹夜の強行軍で臨んだ迷宮攻略だったけど、戦いやアイテムだけでなく、竜人との出会い、そして改めて伝えられた重い使命――ボクが得たものは凄く大きかったと思う。
ふぅ、今のうちに更新しておこう。
[ステータスオープン!]
レベル:10 職業:見習い勇者
◆ステータス
攻撃:5.25(+4.50)
魔力:9.90
体力:3.30
防御:3.50(+4.80)
敏捷:4.15
器用:2.25
才能:3.00(ステータスポイント2.0)
◆先天スキル:取得経験値2倍、鑑定眼、食物超吸収、アイテムボックス
◆後天スキル:棒術/初級、カウンター、(雷魔法/中級)
◆称号:ゴブリンキラー、ドラゴンバスター
お?
称号が増えた! ドラゴンバスター!?
[鑑定眼!]
[ドラゴンバスター:単独での竜種討伐に成功した者への称号]
あ、ワイバーンかな? チャイルドドラゴンかな? まさか、竜人グランさんじゃないよね!? ゴブリンキラーみたいな、お得なオマケ効果はないんだね――。
ステータスポイントは全部魔力でいいや。
レベル:10
◆ステータス
攻撃:5.25(+4.50)
魔力:11.90
体力:3.30
防御:3.50(+4.80)
敏捷:4.15
器用:2.25
才能:3.00(ステータスポイント0)
その後、やり遂げた気持ちに満たされながらフィーネの町に帰還した頃には、町並みは既に夕焼けに包まれていた。
昨日町を出発してから、実に36時間が経っていた計算になる。明日こそは1日中寝てもいいよね?
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